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第20話 神も休暇を取ってベガスに行く。これギャルの鉄則

「ねえ、一体どういうこと!?」


 開口一番アキナはレノアに向かってそう聞いた。

 前回、絶対勝てる筈の賭けに挑んだアキナ達だったが、100枚の金貨は目前で手中から零れ落ちてしまった。

 これで一行は正真正銘すかんぴんである。


「何でいきなりダイスで勝負とか言い出したのさ……? まーそれはまだいいとして、そもそもレノアならガチの勝負だろうがダイス対決だろうが円周率どこまで言えるか対決だろうが負ける事はまず無い筈でしょーが? だのに何で負けちゃったのさ?」


 アキナの当然の問いにレノアは例の如く淡々とした調子で驚愕の事実を明かす。


「彼女は〝法則〟を司る女神ヴァイス・ブルージェイズ・ラ・ジバン・ダ・リ・アリエール。何故、彼女がこの世界にいるのかは不明だが主神より〝神による絶対権限ヴァイス・オールマイティー〟を与えられた紛う事無き神が一柱。もし私と彼女がまともに戦えば貴方達人間の基準からすると凡そ永遠に等しい時間を要する。下神である彼女に中神である私が負ける事はほぼ無いが、私の力も相応に消耗する。神同士で争うのはただ不毛。だから完全に運任せの勝負を提案した」


 アキナはポカンとした顔になる。


「……アイツも神だって言うの? でもレノアならダイスの出目を弄る位朝飯前っしょ?」

「事象の確率操作は息をするより簡単。でも、それは向こうも同じ。実際、一度目はお互い確率を操作し、また同等の力による干渉を行った。彼女は全て〝6〟が出るようにダイスを振り、私の干渉によって一つだけ〝5〟となった。私が振った時も同じ」

「じゃあ二回目は?」

「二度目に使ったダイスは〝概念〟を司る神によって造られた特殊な物で一切の外部干渉を受け付けない。つまり、あの結果は完全なる無作為によるもの。単に私が負けただけ」


 それを聞き終えたアキナは諦めた様に両手を挙げて天を仰いだ。

 まさかレノアを以ってしても勝てない相手が居ようとは。

 絶対に勝てる勝負など無いという事か。


「柳の下にいつも泥鰌は居らぬ」

「もうそれでいいよ……」


 意気消沈とするアキナはそれでも重たい足を上げると雑踏の奥に向かって歩き出す。

 客引きに連れて行かれたシェーラを助ける為である。

 今の話をする為に例によって怪しいキャッチに捕まったシェーラをあえて放置したのだ。

 神を信仰するシェーラにレノアの事を話すのはやはり躊躇われた。


「……幾らボラれちゃってるかな? 金貨100枚のポッキーとかフルーツ盛り合わせとかウチらの懸賞金と同じ位するピンドンとか入れられちゃってたらどうしよ?」

「無い袖は振れない。でも体はある」

「ひえぇ……何か一気にドン底感ハンパねーし……」


 戦々恐々としながらシェーラが連れ込まれたらしき怪しい店に到着した二人を迎えたのは若い女だった。


「い、いらっしゃいませ……アル! ようこそ来たアルヨ! ゆっくりしていかれるがヨロシ!」

「……シェーラ?」


 果たしてそれはシェーラであった。

 着ているのは見慣れた神官装備では無く深いスリットの入ったチャイナドレスで、髪も縛っている上にメガネもしていなかったので一瞬分からなかったが間違いなくシェーラの声である。

 アキナは恥ずかしそうに顔を赤らめるシェーラの姿にしばらく見入ってしまっていた。

 いつもの清廉な印象の法衣姿に比べてセクシーなチャイナドレス姿のシェーラは何だかとても妖艶だ。


「あ、アキナさん?」


 どうやらシェーラの方もメガネが無いのでアキナ達に気付かなかった模様だ。

 ただでさえ赤かった顔が更に真っ赤になる。


「そんな格好で何してんの?」

「それが……実はお金が無くて困っていると説明したら働かせてやるといきなりこの服を手渡されて、それで……」


 入り口の所で話していると店の奥からオーナーらしき恰幅の良いオッサンがやって来た。


「チョット! そんなとこで何してる? 早くお客サマ中に案内するヨ!」


 そう怒鳴りながらアキナ達の方を見たオッサンは途端に眉を潜める。

 

「ム、女性客とはこれまた珍しいネ。ウチの店の客の殆どは根暗な男共ヨ。アイヤ、よく見ればドチラも愛らしき小女ね。何ならウチで働かないか? そこらの小汚い店よりコレ弾むヨ?」

 

 手を金貨の形にしながら、いきなり交渉を持ち掛けてくる店のオッサン。

 シェーラがこの二人は旅の仲間である事を説明するとオッサンは大きく頷いた。


「アイヤー! なら話は早いよ! キミ達お金困ってる! ワタシ人不足で困ってる! ウィンウィン! さあ、コッチ来るネ!!」


 返事も聞かずにアキナとレノアの手を取るとオッサンは二人を店の裏にある従業員用の控え室に連れて行く。

 二人はそこで着替えさせられると軽く業務の説明を受けたあと早速店内へと放り込まれた。


「さあ、ドンドン接客してバンバン稼ぐヨ! チップは全部自分の物になるから頑張れば頑張っただけ報われるネ!」


 店のシステムは様々な格好をした女の子が辛い現実から逃げる為に来店した男性客を接客し、満足して帰って貰うと言う具合だ。

 と言っても決していかがわしい店ではなく、女の子の店員は注文を聞いたり料理を運ぶのが主な仕事で時折客と話したりちょっとしたゲーム等で軽くスキンシップを取る程度である。

 何かトラブルがあれば奥から屈強な用心棒がすぐさま現れて事態を収拾する。

 働く女の子にとっては非常に安心できる職場となっていた。


「いらっしゃいませー! コスプレ喫茶〝赤の隠れ家〟へようこそ! 2名様ですね? はーい、イケメンのお客様ごあんなーい!!」


 そんなわけでアキナ達はボロ宿からまっとうな宿へクラスチェンジする為、一生懸命働いた。

 アキナの格好は殆どそのままで頭にバカみたいに見えるネコ耳を生やした程度だった。

 元々メイド喫茶で働きたかった事もあってアキナはノリノリで接客し、次々とチップを貰った。


「ゲームの対戦は5分銀貨1枚。チェキは1枚銀貨3枚。ツーショットは追加で銀貨5枚。単独指名は金貨1枚より」


 レノアはセーラー服を着せられてメガネも掛けさせられた。

 必要最低限の事しか口にせず、無愛想ココに極まれりの接客態度だったが、一部のコアな客にウケて小額のチップや情報統合思念体なる称号を得ていた。


「ラーの鏡入り毒沼風カレーどくけしそう添えに魔王ガリアスが丹精込めて作った闇汁に勇者ロトスケの畑で採れた野菜のサラダですね。デザートは当店自家製の老酒ゼリーかカンダタ風チーズケーキをお選び頂けます」


 スタイル抜群のシェーラはラインが出るチャイナドレスを完璧に着こなし、何でもソツなくこなして店の主力としてフル回転だった。

 オーナーの意向でメガネを外している都合上、たまに何かに躓いたり他の店員にぶつかったりしていたが、それがまたクールビューティな本人とのギャップ萌え的な感じを生み出していて多額のチップを服の隙間に突っ込まれていた。


「今日はホントにお疲れ様だったネ! 明日も待ってるヨ!!」


 夜遅くに終業となったアキナ達はクタクタで例のボロ宿に戻ってきた。

 税金の関係上、給与及びチップで得たお金は明日以降にならないと貰えないとの事で文無しのアキナ達は仕方なく宿の店主に交渉してツケ払いで何とか寝床を確保したのだった。


「よ、こんな遅くまでお疲れチャーン」


 大して愛着もない部屋に戻ると見たくもない顔がベッドの上でパラソルを立てながらトロピカルなカクテルを片手にくつろいでいた。


「………………」


 一同はエリーを完全に無視して各々窓の下やドアの前やベッドの陰に座り込んで一日の疲れを少しでも解消しようと体を丸める。

 そんな反応にエリーはやや傷ついた顔になるが、それでも神の威信を示す為に話を続ける。


「なんだいなんだい、そんなシケたツラしおってからに。今日の事は偶然も偶然だかんな。恨みなさるなよ。アタシだってこんな所でまさかバランタインに会うなんて思ってもいなかったんだから」


 それでも誰も反応しなかったので、エリーはいよいよ不貞腐れた様子で手にした酒を一気に飲み下した。

 仕方ないのでアキナが相手になる事にする。


「何の用っすか? 反則の神様」

「法則の女神、な。別にアタシは理に反する事はしねーからな? じゃないと自身を否定する事になって存在自体が消えちまうから」


 そこでやっとレノアが口を開いた。


「貴方がここに居る理由と目的を速やかに尋ねる」

「ははっ、相変わらず無愛想かつ機械的な話し方すんね、お前は。だからいつまで経っても上神になれないんだよ、バランタイン。ま、そんな事はどうでもいいさ。アタシがこの世界に居る理由は600年ぶりの休暇を過ごす為で、ココに来た目的は全て上手く行くと信じ切っていたお前らのシケたツラを拝みながら一杯やる為さ。まったく、ざまあ見ろってんだ!」


 心底バカにした顔でゲラゲラ笑いながらベッドの上からアキナ達を睥睨して酒を煽るエリー。

 酔っているのか、やや早口で自身の身の上話を喋り出した。

 

「ったくよ、こんな辺ぴな所まで遥々来たってーのにドルも円も元も使えないって来たもんだよ。だからアタシは仕方なく働く事にしたんだ。休みに来たのに働くってどういう事だよな、まったくよ! まあ、とにかくラクして稼げる仕事を探していたらあのしみったれた地下闘技場のオヤジに用心棒として誘われたって訳さ。チョロイ仕事だったぜ? 何せ相手は正真正銘タダの人間だからな。空を見上げるより簡単な仕事だ。主神の神殿の草抜きするより退屈だったよ。だからバランタインが現れた時は正直ワクワクしたぜ。そんであの結末だからな! いやあ、こんな所まで来た甲斐があったってもんよ!!」


 そこで困惑していたシェーラが恐る恐る尋ねる。


「……この方は神様なのですか?」

「その通り! 神の下僕たる神官だか修道女だかのネーちゃん。アタシは正真正銘〝法則〟を担当する美しき女神で……」

「こんなのが神な訳ないじゃん。ただの頭のオカシイ酔っ払いだよ、シェーラ」


 すかさずアキナがそう割り込むとエリーはまたグダグダと喚き始める。

 だがいい加減、疲労が頂点に達し始めたアキナとシェーラがうつらうつらと船を漕ぎ始めるとエリーはやれやれと苦笑いしながらレノアの方を見る。


「こんなガキ共の子守なんてお前も大変だな、バランタイン」

「貴方が思うほど大変ではない。主神の神殿の草抜きよりはよっぽど退屈しない」


 やっと感情的な事を口にしたレノアにエリーは肩の力を抜くようにして微笑んだ。


「なら、よかったよ。退屈過ぎて世界の一つや二つをメチャクチャにする神だっている。ココはドルも円も元も使えない不完全な世界だが、そう悪くもない世界だ。曲がりなりにもアンタが面倒見てるだけあるよ」


 エリーはすっかり夢の世界のアキナとシェーラを担ぎ上げてベッドに寝かすと、何処からかペンを取り出してそれぞれの顔にラクガキをし始める。

 どうせ止めても無駄な事を知っているのでレノアは何も言わない。


「しかし、お前も変わったな。今アタシの事を止めようとしただろ? ま、やめねーけどな。お前もそれは分かっている。それでも止めようと思ったんだ。驚きだね。でもアタシはそう言う人間的な振舞いが好きだ。他のトンチキな神共には理解できんだろうけどな」

「貴方がどうかしているだけ。わざわざ人間の世界にバカンスに来る神などいない。私達には貴方の方が理解できない」


 エリーは落書きに飽きるとペンを放り捨て、人間がする様に肩を竦めて見せた。

 レノアはじっと彼女を見上げていたが、やがて模倣する様に肩を竦めた。

 フッ、とエリーは小さく笑うと静かに部屋を出て行った。


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