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第19話 神は一度だけサイコロを振る。これギャルの鉄則

 アキナとシェーラがヒゲ親父について暗い階段を下りて行くと表からは想像できない程の広い空間が存在していた。

 いわゆる〝地下闘技場〟と言うヤツである。

 地下なので窓は無く松明の火がレンガの壁と衝撃を吸収する為の柔らかい砂の地面を照らしている。

 アキナ達が案内されたのは観客席として設けられたスペースで、イスとテーブルが用意されていて店の一階にある酒場から酒や軽い食事を持ち込める様になっていた。


「ようこそ、光の届かないカビと湿気の楽園へ。オレンジジュースでも飲むかね、お嬢ちゃん達?」


 観客席には先客がいた。

 粗末な格好をした爺さんで顔は熟れたトマトの様に真っ赤である。

 テーブルの上には酒瓶が何本も並んでいて朝っぱらからご機嫌の様子だ。


「ココには朝も昼も夜もない。あるのは不味い安酒としょっぱいだけの豆のフライとつまらん喧嘩だけさ。そんなとこに来るヤツなんてワシみたいな暇人かアンタらみたいな観光客だけじゃよ」


 隣の席に腰を下ろしたアキナとシェーラは毎日の様にココに通っている常連だと言う爺さんから貰ったよく分からない葉っぱの盛り合わせをつまみながらレノアが現れるのを待つ。

 常連の爺さんは見ただけで食欲が失せそうな色のソースがかかったドーナツの様な物を食べながら、ヒゲ親父に酒をもう一杯注文した。


「えー、皆様お待たせしました。それでは本日最初の挑戦者の登場です!」

 

 やがて周りを簡素なロープで囲まれたリングの真ん中に登場した司会の奥さんが高らかに宣言する。

 まず左の方から現れたのは我らがエース女神である。


「秀麗なる美貌を持ちながらどこかミステリアス。だが果たしてその実力や如何に……挑戦者レノアハピネス!」


 続いて右の方から現れたのはレノアと同じ拘束具を口元に装着した格闘家風の男。


「三度のメシより戦う事が大好き。ご存知ココ〝バトル・リング〟の切り込み隊長……先鋒レガーノ!」


 両者がロープを潜ってリングの中で対峙すると司会の奥さんがルールを説明する。

 レガーノは向かいに佇む無表情の挑戦者を見て拍子抜けした様な表情を浮かべている。

 この闘技場に所属するファイターの中ではそれ程大きい方では無い自分に比べてもなお小柄で、透ける様に色白い腕は枯れ木の枝の如く華奢である。

 レガーノがチラリと奥さんの方を見やると奥さんもレガーノを見返して目で合図する。

 それで自分の役割を理解したレガーノは可愛らしい挑戦者を向き直る。

 つまりこれは接待だ。


「どうだい、お嬢ちゃん方。ただ見てるだけじゃあ退屈じゃろ? 一つ賭けでもせんかね?」

「賭け? んー、別にいいけど」


 そう持ち掛けてくる常連の爺さんにアキナは即座に応じる。

 更に儲けるチャンスである。


「勿論ワシは店側に賭けるぞい。どんなに強そうなヤツが挑戦してきてもワシはいつも店に賭けているからな。ココで一番高価なトカゲの尻尾酒でどうだね?」

「シェーラ、あと幾ら残ってる?」

 

 シェーラがテーブルの上に有り金全部を並べるとアキナはそれをズイッと差し出した。

 常連の爺さんは思わず目を丸くする。


「……正気かね、お嬢ちゃん?」

「当然。だってレノアはウチらのエースだし?」


 自信満々のアキナに常連の爺さんは長年の経験から来る嫌な予感を覚える。

 コレはハッタリじゃない、と。

 だが自分の方から持ち掛けた以上、やっぱなしという訳にはいかない。

 常連の爺さんはしぶしぶ同意した。


「それでは早速試合の方を始めたいと思います! 両者準備は宜しいですね? では(レディ)……始め(ゴー)!!」


 勝負は一瞬だった。

 挨拶代わりとレガーノが繰り出した(かなり弱めの)右ストレートがレノアに触れようかとした瞬間、レノアの姿が一瞬揺れて空間が歪み、レガーノの体は何かに弾かれる様にしてあっという間にロープを突き破って背後の壁に叩き付けられた。

 奥さんと常連の爺さんが呆気に取られた様子で地面にぐったりと横たわってノビているレガーノを見ている。

 

「……しょ、勝者レノアハピネス!」


 それでも何とか挑戦者の勝利を宣言する奥さん。

 続いて2人目の相手がコールされるがレノアの前では赤子も同然だった。

 ヒゲ親父が注文の品を持って降りて来た所で3人目が場外に吹っ飛ばされた。

 急遽4人目にレノアとの体格差が半端無いオークの様な大男が投入されたが、やはり一秒で壁に張り付く羽目になった。


「……お嬢ちゃん方、流石にコイツは話が違うぜ。あんなマネ魔法かアイテムでも使わなきゃ不可能だぜ……?」


 堪らずアキナに詰め寄るヒゲ親父。

 しかしアキナは涼しい顔でフライドビーンズを口に放り込む。


「ウチらはちゃんとルールは守ってるし? そもそも身体検査だって受けたし、あんなん着けてたら魔法だって唱えらんないっしょ?」

「うむむ……」


 確かにそれは正論だったのでヒゲ親父は閉口してしまう。

 元盗賊の妻が身体検査で何かを見逃したとは考え辛いし、あの拘束具は特殊な魔法アイテムで装着した者の魔力を封じる事で根本的に魔法を使えなくしてしまう。

 つまり、この一見して世間知らずの小娘共は何らかのイカサマを用いたのだ。

 ただ、それがどんなイカサマなのか……この町でも相当長い事商売している自分にもさっぱり見当がつかなかった。

 

「……ったく、ココはホントに世知辛い町だぜ」

 

 同じく事情を理解した常連の爺さんと顔を合わせるとヒゲ親父は苦い顔で肩を竦める。


「さ、次の5人目を倒したらウチらの勝ちだし! まさか今更ナシとか言わせないかんね?」

「ああ、分かってるよ。オトコに二言はねえ。だがこっちも生活が懸かってるんでね」


 ヒゲ親父がピィッと指笛を鳴らすとリングの上に突然水着姿の女が現れた。

 まるで瞬間移動にしか見えなかったのでアキナは驚いた顔になる。


「先生、お願いします!」

「んっんー(オッケー)」


 先生と呼ばれた女はワンショルダーのビキニ以外にも腰に巻いた花柄のパレオに麦藁帽子にサングラスに厚底サンダルという出で立ちで、どう見てもバカンスに来た様にしか思えない格好である。


「当店の誇る最高にして最強の絶対守護神。ここまで完全無欠の4連勝で来た挑戦者に立ちはだかる最後の砦……大将エリー!」


 そんな紹介をされたエリーは手を腰に当ててモデルの様に直立しながら、厚底のせいもあって遥か眼下のレノアをサングラス越しに見下ろしている。

 だが今までの者達の様な闘気を一切感じさせない。


「では最終戦を始めます! レディ……」


 そこでレノアが手を上げてタイムを要求した。

 奥さんがそれを認めるとレノアは喋る為に拘束具を外す。


「3つのダイスの出目の合計値の大小による勝負を提案する」


 その提案にその場にいる全員が眉を潜める。

 ただ一人、エリーだけが我が意を得たりと目元を笑わせる。

 最早、本来の趣旨とはかけ離れた展開にヒゲ親父は表情を強張らせるが、全てを託したふざけた格好の女が目で合図して来たので仕方なく認める事にした。

 どうせ観客は殆ど居やしないのだ。


「んじゃ、こんなブサイクなもんはもういらねーわな」


 エリーも拘束具を放り捨てると管楽器の様な凛とした声を発した。


「ダイスはこれでいいかしら?」


 店側が用意したダイスを奥さんがレノアとエリーに見せる。

 二人とも特に細かくチェックなどせずに頷いた。


「では、お先に」


 エリーは手渡されたダイスを宙に向かって無造作に放る。

 パラパラと地面に転がったダイスの目はそれぞれ〝5〟〝6〟〝6〟だった。


「ゲッ! ちょっと強杉ない……? イカサマじゃないの??」


 大金の懸かった大一番でほぼ最高の結果を出したエリーにアキナは思わず毒づく。

 だがレノアは無言でダイスを拾うとやはり無造作にダイスを投げる。

 出た目は〝6〟〝5〟〝6〟。


「やった! 振り直し!!」


 アキナはほっとした表情で両手を掲げる。

 エリーはダイスを拾い上げると不敵に微笑んだ。


「やるじゃん。でもこのダイスやっぱりちょっと怪しいな」


 そうケチをつけるとエリーはダイスを奥さんに返す。

 それから胸元から別のダイスを3つ取り出すと不敵に微笑む。


「コイツで決めようか?」

「問題無い」


 レノアの了承を得るとエリーは再びダイスを振り込む。

 出た目は〝2〟〝2〟〝1〟。


「メッチャ弱っ! これなら勝てるっしょ!!」


 その結果に歓喜するアキナと諦めた様に酒を煽る常連の爺さん。

 レノアは足元に転がるダイスを手に取ると何のタメもなく適当に放り投げる。

 宙を舞う3つのダイスに全員の視線が集まる。

 

「行け!!」


 地面に着地したダイスは互いにぶつかり合って弾ける様に転がって行く。

 アキナとヒゲ親父が息を呑む。

 やがてダイスは各々の場所でピタリと止まった。

 果たして確定した3つの出目は……〝1〟〝2〟〝1〟

 

 

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