第18話 イカサマにはイカサマで倍返し。これギャルの鉄則
翌日、カーテンの無い窓から差し込む太陽の光で目を覚ましたアキナは体のあちこちに走る痛みに顔を顰めながら身を起こした。
見ると腕には床の羽目板の跡がくっきりとついていて、太股の所には何かの虫に噛まれたのか謎の赤い斑点が出来ていた。
最悪の朝である。
「……早く何とかしてお金稼がないと」
ガサガサになった髪を弄繰り回しながらアキナは切実に呟く。
両脇のベッドではレノアとシェーラがまだ寝息を立てている。
「…………」
ふとアキナは中学の時の修学旅行の事を何故か思い出した。
あの時も確か他の部屋から遊びに来ていたクラスメイトにベッドを占領され、仕方なく床で寝たのだ。
そしてあの時も真っ先に目覚めたアキナはまだ眠っているクラスメイト達の顔にラクガキをしてやったのだ。
あれは楽しい時間だった。
暫くの間、暖かい朝の光の中でアキナの心はそんな懐かしい記憶の中を漂っていた。
「ふぁ……おはようございます、アキナさん、レノアさん」
食堂から貰ってきたタライ一杯の水でアキナとレノアが髪を梳かしているとシェーラがやっと起きてきた。
だが半目のまま、その場でぼんやりと立ち尽くすシェーラはまだ眠たそうだった。
よく母親と喧嘩して度々家を飛び出し、ネカフェや友達の家の押入れや公園の遊具の中など色んな場所で寝た経験のあるアキナと違い、まあまあ育ちの良さそうなシェーラには堪える睡眠環境だったようである。
開かずの窓のせいで空気は悪く、粗末なベッドも床よりはマシとは言え寝心地の方はイマイチのようだった。
「おはよう、シェーラ。今日は頑張って稼いでもっといいとこ泊まろ」
気合十分のアキナを筆頭に同じ思いの一行は一先ず食堂で朝御飯を取る。
メニューはやはりタマネギのスープと小麦を練って焼いたような物だった。
「ヨシ! 目標は昨日のベラージオホテルみたいなとこに泊まる事! みんな頑張るよ!!」
そんなわけで三人は一発当てるために町へと繰り出す。
宿がある細い路地を抜けてメインの通りに出ると、まだ一日が始まったばかりだと言うのに相変わらず人また人でごった返していた。
「レッドオーク討伐! レッドオーク討伐に志望する者はおらんかね? 報酬は金貨3枚だ!!」
「西通りにあるダンス&オーケストラのショーを毎夜開催している〝リリーママの極楽クラブ〟で~す! キャスト募集してま~す! 男女問わず募集中で~す! 給料は日払いで金貨1枚は保障しま~す!」
「さあ、コチラは賭け札の販売所だ! 現在の賭けの対象は一週間後に大闘技場で開催される〝第4回ベイガス・トーナメント〟だよ! もはや説明不要の年に一度の大勝負! さあ張った張った!!」
「チケット何でも買うよ~、なんでも売るよ~、ベイガス・トーナメントの特等席なら幾らでも買うよ~、通常席なら安く売るよ~」
流石は大都会、金を稼ぐ手段は色々とあるようである。
アキナ達はなるべく手っ取り早く稼げそうな物を探しながら当てもなくぶらつく。
そこに興味を惹く看板を見つけた。
〝話題沸騰! 超リアル脱出ゲーム! 今までの脱出ゲームとは別次元のリアルさを再現! 賞金は金貨50枚! 挑戦者求ム!!〟
「コレ良さそうじゃん! 金貨50枚だって!!」
「ゲームをクリアするだけなのにそんな大金を貰えるものなのでしょうか……?」
「そんだけムズイって事じゃない? ま、ウチらなら余裕っしょ! 何たってあの超絶サイコなジャングルゲームだって一応クリアしたんだから! レッツトライ!!」
早速アキナは受付へと向かう。
「ようこそ! 勇敢なるチャレンジャーよ! ルールは簡単! とある場所から脱出してココまで帰ってくるだけ! たったそれだけで金貨50枚はアナタの物です! 勿論手段は問わず! 魔法で壁をブチ抜こうが召喚した悪魔でジャマ者を薙ぎ払おうが自由! ただココに帰ってくれさえすれば後は何でもアリです!!」
説明を聞いたアキナはデ○ノートの○神月の様に笑うのを堪えながら声を潜める。
「……だってさ。計算問題とかなぞなぞを解かないと進めないみたいなヤツだと困っちゃうけど、ルール無用なら楽勝だし!」
もう賞金を手に入れたも同然のテンションでアキナは参加費として金貨3枚を払う。
確かに、と受付の怪しいオッサンは金貨を懐に仕舞うとニンマリと口端を吊り上げた。
「では早速始めましょう。まず町の外れにある警備の厳しい大豪邸に行って下さい」
「なるほど、その警備を掻い潜って家の中に入ればいいわけね?」
「はい。それから今の時間なら恐らく書斎で葉巻を吸いながら瓦版を読んでいる男を見つけて一発ブン殴って下さい」
「なるほど、その大豪邸の主っぽい人をブン殴って……え?」
「彼はこの町の首長です。多額のお金が動く巨大シティの全てを掌握している絶対権力。そんな彼に暴力を振るったなら即牢獄行きでしょう」
「ホントだよ! 何でゲームなのにそんなヤバそうな人ド突かなきゃいけないし!?」
「その牢獄から脱出して貰うからです。ココより北へ行った所にある〝砂漠の果ての牢獄〟は世界中の極悪犯が収監される最も過酷な牢獄と称されています。そこから見事に脱出出来たなら賞金をお支払いしましょう」
「イヤそれ脱出じゃなくて脱獄やん! 何で金貨50枚の為に前科者にならなくちゃいかんのよ!?」
「お嬢さん、金貨50枚ってのはそれ程の大金って事だよ。確かに人を助けるのは良い事だ。でもだからと言って素性も分からない赤の他人に金貨をポンポン上げるなんて正気の沙汰とは言えねえ。そんなのは何の義理もねえ異世界の為に魔王を倒しに行く勇者位どうかしてる。そうだろう?」
というわけで初っ端からぼったくられた一行は早速都会の洗礼を浴びたのだった。
まあ自己責任の町である以上は愚痴っても仕方ないのでアキナ達は気を取り直して次なる金策を検討する。
「さあ、腕っ節に自信のあるヤツはいねーか? 魔法だのアイテムだの小賢しい手を使わず正々堂々と己の拳だけで勝負できる漢はどこかにいねーか?」
アキナは再びスタスタと声の主の方へと近づいて行く。
「女でも大丈夫?」
「お、可愛らしいお嬢ちゃん。勿論だ。俺の言う漢ってのは拳一つで勝負するヤツの事で見てくれは関係ねえ」
「ルールは?」
「勝ち抜き戦で相手は全部で5人。当然、後のヤツ程強い。相手が戦闘不能になるか参ったと言ったら勝ちだ。5人全員を倒したら俺から真の漢の称号と副賞として金貨100枚を贈呈させて貰う。先にも言った通り、魔法やアイテムは一切禁止。アイテムってのは武器や防具から回復薬や魔力の込められた特殊な道具等を含む。使用が発覚した時点で失格だ。勿論参加費は返却しない。ま、そんな感じだ。どうだい、一勝負して行くかい?」
アキナはレノアとシェーラの元へ戻ってくるとジョー○ーの様な邪悪な笑みを浮かべた。
「今度こそイケるよ! レノアの何たらオールマイティなら魔法でもアイテムでも無いからルールに引っ掛かんないし!」
「しかし、それはあの方がおっしゃる漢と言う定義に反するのではないでしょうか……?」
「ルールには反してないから問題ナシ! 全部自己責任!!」
そう主張するアキナにシェーラはやや悲しげな表情を浮かべるがそれ以上何も言わなかった。
アキナはレノアの背中を押して受付まで連れて行く。
「参加費は金貨5枚だ。少々高いかもしれねえけど俺も金貨100枚が懸かってるんでね。お嬢ちゃんだろうと神様だろうと魔王だろうとキッチリ頂くぜ」
アキナは言われた通り金貨を支払う。
これで手持ちは殆ど無くなってしまったが、どうせすぐに20倍になって戻ってくるのだ。
「毎度あり! さて、説明した通りアイテム類の持ち込みは禁止だ。その首輪は外してくれ。それから一応身体検査もさせて貰うぜ。別に他意はねえが決まりは決まりなもんでね」
そう言って舌舐めずりするヒゲ親父にアキナはやや怒った表情で抗議しようと詰め寄ろうとするが、そこへ店の奥からとんでもない美人が出てきたので全員の視線がそちらへ向いた。
「俺の奥さんだ。女の身体検査は彼女がする。だからそんな顔すんなって、メイドのお嬢ちゃん?」
どうやらからかわれたらしい。
アキナは拳を下ろしながら大人しく引き下がる。
ヒゲ親父の奥さんは挑戦者であるレノアを見て驚きを浮かべる。
「まあまあ、随分また可愛らしい挑戦者ね。ウチの娘位じゃない」
それから旦那の襟首を掴んで引き寄せながら小声で囁く。
「……アンタ、まさか強引に引き込んだじゃないんだろうね?」
「……俺はちゃんと説明した上で持ち掛けただけだぜ? まあ、物見遊山で来たどっかの金持ちのお嬢様ってとこだろうよ。別に金が欲しいわけじゃなくてスリルを味わいたいんだよ、きっと。だから適当に遊んで貰って満足して帰って頂こうや」
何やらヒソヒソと話していた夫婦は顔を上げると人のいい笑みを浮かべた。
奥さんの方がレノアの身体検査を行い、問題無しと頷く。
それから魔法の詠唱が出来ない様に拘束具の様な物をレノアの口元に着ける。
「あっはっはっ! 何だかレクター博士みたいで強そうだよ!!」
アキナがそれを見て大爆笑する。
シェーラも可笑しげに身を捩るが聖職者らしく何とか抑えていた。
「じゃ、こちらへどうぞ。お友達は旦那と一緒に向こうの観戦席に」
美人の奥さんに連れて行かれるレノアに一言声を掛けるとルンルンのアキナと何だか申し訳無さそうなシェーラはヒゲ親父の後について店の奥に入って行く。
もうアキナの頭の中はベラージオホテルのスイートルームのふかふかな大きなベッドやテーブルに載り切らない程の豪華な食事で一杯だった。
しかし予想だにしないまさかの結末が三人を待ち構えていた。