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第17話 大いなる発展には大いなる犠牲が伴う。これギャルの鉄則

 周りを広大な砂漠に囲まれたベイガスシティは噂に違わぬ大都会であった。

 遥か彼方の丘からでも派手なネオンの煌きが見えるほどで24時間消えることはない。

 東西南北あらゆる場所から人々が次々と訪れ、あるいは去って行った。


「スゲー……ほぼラスベガスじゃん……行った事ないけど」

「まさに人々のあらゆる欲望が生み出した町と言う名のモンスターですね、これは……」


 到着した勇者御一行はその巨大さに圧倒されて町の前でしばらく立ち尽くしていた。

 その横を一儲けしようと大量の荷物を抱えた商人や都会への希望で若いカップルや満ち溢れた全てを失い落胆した表情でトボトボと町を後にする老人が通り過ぎていく。


「ま、とりあえず行ってみますか! ここまで来て寄らないわけにはいかないし」

 

 アキナを先頭に三人はまた歩き出す。

 町の入り口にはビシッとしたタキシードを着た紳士風の男がわざとらしい程の笑顔で待ち構えていた。


「ようこそ! ベイガスシティへ!! この様な砂漠のど真ん中まで遥々お越し下さり恐縮でございます。ワタクシはこの町の首長補佐を務める者です。多忙な首長に代わりまして貴方がたを歓迎……」


 そこで男はアキナ達の顔をまじまじと順に見ながら意外そうな顔になる。


「……もしや、ここ先日話題になっている例の手配書のお三方では?」


 その問いにアキナは苦い顔になる。

 まさかこんな所にまで知れ渡っているとは……

 何とか誤魔化そうとアキナは言い訳を考えるが、その前にレノアが答えてしまう。


「如何にも。文句があるなら受けて立つ」

 

 しかし首長補佐の男はまたニッコリと笑って首を振る。


「いえいえ、とんでもございません。ここベイガスシティは誰もが楽しめる夢の楽園。我々は何人たりとも拒むことは致しません。ただ少々驚きましたもので。金貨10000枚と言えばかの〝魔竜殺し(マーロン・スレイヤー)〟に懸けられた金貨8000枚を超える程の額。手配書に描かれた顔は凶悪そのものでしたが……まさかこんな愛らしいお嬢様方とは思いもしませんで、まったく」


〝愛らしい〟の一言にアキナは途端に上機嫌になり、男に負けない程の満面の笑みとなる。


「そうっしょそうっしょ! ウチらはこれでもカワイサ第一でやってるから! まあ武器とか持っちゃったりしてるけど仕事柄仕方なくみたいなとこあるし? それに服だってちゃんと自分で選んだもん着てるし」


 そう主張するアキナの出で立ちを眺めながら首長補佐の男はただ黙って微笑んでいる。

 賞金首であることは知っていてもまさか勇者であるなどとは気付きもしないだろう。


「さて、先の通り当町は誰でもウェルカムですが幾つかご留意して頂きたい点をワタクシの方から説明させて頂きます。この町独自のルールのようなものです。勿論国や領主による御触れではないので法的強制力はありませんが、従って頂けない場合は少々ご面倒な事になってしまいますのでどうかご了承下さい」


 ・来訪者がこの町で何らかの損失を被っても町は一切の責任を負わない


 ・この町ではあらゆる職業を制限しない


 ・衛兵からの協力及び要請には応じる事


 ・この町はあらゆる者を拒否しない


「勿論、我々は皆さんに楽しい時を過ごして頂きたいと願っております。故に犯罪防止や治安維持に全力で努めておりますが、何分大きな町ですので人手が足りておりません。なので基本的に身の安全その他はご自身でお守り下さる様お願い致します。では良き滞在を」


 町の中へと入るとアキナはレノアを振り向く。


「〝この町ではあらゆる職業を制限しない〟ってどういう意味?」

「そのままの意味。商人は商売をする事を制限されず、魔法使いは魔法を使う事を制限されず、戦士は戦う事を制限されず、賞金稼ぎは賞金を稼ぐ事を制限されない。要するに喧嘩だろうが窃盗だろうが殺人だろうが黙認するという事」

「え、だって犯罪はちゃんと取り締まるってあの人言ってたじゃん?」

「ただの建前。この町にある警察組織の目的は秩序の維持ではなく町の支配層の守護。先程の男を含め彼らは町の利益を最優先としていて住人の事は二の次。保障も何もない自己責任の世界」


 酷い話だったが始めにルールとして提示されている以上は文句は言えない。

 アキナは苦虫を噛み潰したような顔で肩を竦めた。


「しかし……その割には随分と平穏に見えますが」


 シェーラの言う通り町の中はそれほど荒れておらず、様々な人々が行き交っている。

 大きな棍棒を担いだ傭兵らしき大男や夜の店で働く派手な格好をした女や辺りを警戒する(建前の)衛兵や酒瓶を片手にフラフラと徘徊するギャンブラー等々。

 中には子供達の姿もあり、道端の露天を眺めたり野良猫と戯れたりしていた。


「衆目がある以上そうそう騒ぎを起こそうとする者はいない。人が多いと言う事は監視の目が多いと言う事」

「抑止力ってヤツ? まーゴッサムシティほど荒廃してなくて良かったし」


 一先ず宿を探すために三人は町の奥の方へと進む。

 ベイガスシティの街並みはこれまで訪れた町や村とは比べものにならない程発展しており、立派な高層の建物がそこかしこに乱立していた。

 その隙間を縫うように走る狭い路地には細々とした店がびっしりと並び、木彫りの看板や派手に灯るネオンがそれぞれ何の店なのか示している。

 至る所に酒場の呼び込みや怪しい物売りや浮浪者がおり、近くを通る度に声を掛けてきた。


「お嬢さん方! 若いイケメン揃ってるよ! 今なら金貨一枚で三人纏めて面倒見ちゃうよ?」

「そこのメイドさぁん? この幸運を呼ぶブレスレットなんだけど今タダで配ってるの~。良かったらすぐそこに絵画のギャラリーもあるから見てってよ~」

「お恵みを……どうかお恵みを……」


 東京の街に慣れているアキナはキャッチやエウリアンを軽くあしらいながら道に置かれた缶に片っ端から金貨を放り投げていく。

 その後を背後霊のように音も無く憑いて行くレノアに声を掛ける者はいない。

 しかし……


「え? 若い殿方が何の面倒を見て下さるのですか??」

「え? 無料でブレスレットを? 教会の方でもないのに何故そんな慈善活動を??」

「全ての生きとし生ける者に神の恵みがあります。貴方にもご加護がありますように」


 元々田舎出身な上に神に仕えるという職業柄、少々世間から遠のいているシェーラは数打ちゃ当たる戦法の都会の洗礼を真に受けていちいち付き合っていた。


「お姉さん、いいカラダしてるね! どう? 一日で金貨10枚は稼げるよ? 神より金の方が身を助くよ?」


 言葉巧みに近寄って来るチャラい兄ちゃんに連れて行かれそうになっていたシェーラの手を取ると「どっちも間に合ってるよ!」とアキナは捨て台詞を吐きながら早足でその場を脱出する。


「知らない人についてっちゃダメだよ、シェーラ! アイツら隙あらば風呂に沈めようとしてくるから! 底無し沼に沈むより悲惨な人生を送るハメになっちゃうよ!!」

「……す、すみません」


 アキナとレノアはシェーラを庇護するように挟み込みながら人混みを抜けて行く。

 すれ違う人々の様子を注意深く窺っていたシェーラはある事実に気付き、この町の〝何者も拒絶しない〟という何度も繰り返された文言の真の意味を理解した。


「……ここにも〝共栄〟が存在するのですね」


 そう、行き交う人々の中に紛れて本来であれば忌避されるべきモンスター達の姿があったのだ。

 町の理念として人とモンスターの共存を掲げるホープタウンの様に堂々と言うわけではなかったが、帽子やフードで顔を覆い隠しながら彼らはひっそりと町に溶け込んでいた。

 特別モンスターの気配に敏感であるわけでもないシェーラが気付くほどである。

 つまり町の人々も彼らの存在に気付きながら黙認しているのだ。

 これもまた別の道を辿った共存なのだとシェーラは感慨深く頷いた。


「お、あのベラージオホテルみたいなとこにしよ! オーシャンズ11に出てきたヤツ!!」


 アキナが指名したのは幻想的な噴水を湛えるそれはもう立派な扇の様な建物だった。

 入って行く客の殆どがパリッとしたテカテカのタキシードやふわふっわの毛皮のコートを纏っている。


「いらっしゃいませ、レディの皆様。当宿はベイガスシティでも最も素晴らしい宿ランキング(じゃらん調べ)六年連続一位を誇る最高のおもてなしをお約束しております。本日は御宿泊で宜しいでしょうか?」


 流石は最も素晴らしい宿ランキング(じゃらん調べ)六年連続一位を誇る最高の宿である。

 丈を詰めたメイド服にゴテゴテした剣を背負っているアキナを見てもフロントのお姉さんは顔色一つ変えずに丁寧な対応を崩さない。

 まさに正真正銘プロの接客であった。


「イエス! せっかくだし、いっちゃんいい部屋で!!」

「畏まりました。最高のお部屋を御用意させて頂きます」


 それから提示された宿泊料は相当な大金だったがアキナは余裕の表情でシェーラに視線を送る。

 だが財布を管理するシェーラは何だか困惑したような顔でアキナに小声で耳打ちする。


「……お金が足りません」

「え? 足んない? だってまだメッチャ残ってるっしょ?」

「先程アキナさんが恵まれない方々に大分配ってしまったので……」

「ウチ、そんな配ったっけ……?」


 仕方なく残った所持金で泊まれる部屋が無いか改めて聞いてみるが、フロントのお姉さんは申し訳無さそうに首を振った。


「申し訳ありませんがこの金額でご利用頂ける部屋は御用意してございません。宜しければ近くの宿をお探し致しましょうか?」

「スイマセン、お願いします……」


 三人は再び外に出ると調べて貰った場所へと向かう。

 近くと言う割には結構歩かされたあげくに辿り着いたのは……これまたとんでもなくボロい宿だった。

 言われなければ宿と言うよりお化け屋敷に見える。


「……ま、まあ、野宿よりはマシっしょ?」

 

 レノアとシェーラから無言の視線を浴びながらもアキナは引き攣った笑みを浮かべつつ中へと入って行く。

 フロントには亡霊の様な老婆の姿があり、アキナ達を見てもニコリともしない。


「……さ、三人お願いします」


 老婆は金貨を受け取るとそれを噛んで本物かどうか確かめる。

 それから無言でカギをカウンターの上に置いた。

 相応のサービスには相応の物が必要なのだとアキナは痛感する。


「うわっ……」


 部屋に入った瞬間アキナは呻く様な声を漏らす。

 部屋の中は三人が泊まるには狭く、あちこちに蜘蛛の巣が張り、窓はカタカタと揺れている。

 一歩足を踏み入れるとギィッと床が軋んだ。

 

「何だかカビ臭いですね……」


 シェーラが不安げに室内を見回しながら呟く。

 レノアがドアを閉めようとしたら取っ手が取れてしまった。


「……ま、まあ野宿よりはマシっしょ?」

「恵む者が恵まれない者になる」

「……でも恵まれない人が少しでも恵まれたんなら悪くは無いっしょ、別に?」

「悪くは無い。彼らが本当に恵まれない人々であったのなら」

「え? どういうこと?」


 レノアが答えないのでアキナはシェーラを見やる。

 シェーラはちょっと言い難そうに目を伏せていたがやがて言った。


「……恐らくあの方々の殆どはごく普通の暮らしをしている町の住人かと」

「え、そうなの? ウチにはホームレスにしか見えなかったけど……シェーラにはやっぱ恵まれない人とそうでない人の見分けがついちゃったりするわけ?」

「いえ、その……腕に金の時計を巻いていたり大きな宝石のついた指輪をしていたので……」

「マジで!? 全然気づかんかったし……つーか、気付いてたなら早く言ってよ!?」

「スミマセン……でも善い事をしようとするアキナさんの気持ちは尊重すべきですし、神に仕える者としてそれを止める事などとてもできません……」


 そう言われてしまうとアキナも何も反論できなかった。

 お腹が空いたので三人は食堂に行ってタマネギのスープと小麦を練って焼いたような物を食べた。

 悲しくなる程美味しくなかった。

 勿論風呂もないので我慢するしかなかった。


「じゃあ、ぼちぼち寝るとしますか」


 アキナがそう提言するとレノアとシェーラも神妙な面持ちで頷く。

 何故なら部屋にはベッドが二つしかなかったからだ。


「古今東西〝京浜東北線の駅名〟でどう?」

「電子をどこまで分割できるかを競う勝負を提案する」

「恵まれない人々の為に聖書の神の言葉24時間耐久朗読対決などは如何でしょうか?」


 そのままやはり三人が睨み合っていると……







 何処からともなく太鼓の音が聞こえてきた。


「イヤもう流石にカンベンだし!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

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