第15話 空間は有効活用しても渡ってはいけない。これギャルの鉄則
次の日の朝、アキナ達が目を覚ますと何だか外が騒がしかった。
小さな子供を7人抱えるハイグリズリーのお母さんが営む町の雑貨屋で買ったバブル○ライム柄の毒々しいパジャマを着たアキナとレノアとシェーラは急いで着替え、急いで顔を洗い、急いでシャワーを浴び、急いで髪を乾かし、急いで化粧をし、急いで朝御飯を食べ、急いで外に出た。
「なになに? 何事??」
アキナが尋ねると村人の一人が三人を振り向いて深刻そうな顔で答える。
「襲撃です。人間とモンスターの共生を謳っているこの町の性質上、人間とモンスター双方から敵視されてしまうのです。これまでも絶対人間主義を掲げる偏執的な愚王の軍勢や魔王軍の過激派などに襲われてきましたが、我々はその都度何とか凌いできました。でも今度ばかりは終わりかもしれません……」
絶望的な表情で村人が言う通りそれ程広くはない町は如何にも屈強そうなモンスター達の大群によって包囲されていた。
「魔王軍も一目置くと言う〝定まらぬ混沌のドラムリン〟一派の中でも随一の精鋭と言われるドラムリン遊撃隊です。我々もそれなりに鍛錬を積み重ねて防衛に力を入れてきましたが流石に相手が悪過ぎます……」
悲観を隠さずそう言う別の村人にアキナは事の深刻さを感じ取る。
それでも彼らは武器を構えて臨戦態勢を取ることで戦う意志を示している。
だが戦闘に関してはド素人のアキナにも多勢に無勢な事は一目瞭然であった。
「勇者様達は今の内に村をお出で下さい。無論、勇者様の強さは我々とて知っております。ですが今回は少々タイミングが悪過ぎます。〝定まらぬ混沌のドラムリン〟は魔王軍の四天王に匹敵する程の実力者で隙あらば魔王の座を狙っていると聞きます。この世界には魔王軍以外にも恐ろしい強者がごまんといるのです。でも貴方がたさえ生き延び下されば希望は残ります。ここにいる我々モンスター達が望むのはやはり平和な世。どうかその願いを成就させて下さい」
既にクライマックスなセリフを吐く村人にアキナはしかしクールぶった笑みで応える。
「そんな辛気臭い事言うなし。これまでの勇者がどんなんだったか知らないけど今はウチが勇者な以上は全部救ってくから。誰一人見捨てたりしないよ」
状況を理解したアキナは躊躇なく聖剣を引き抜く。
シェーラもコクリと頷くと錫杖を構える。
レノアはいつも通り涼しい顔でスッと目を細めるだけである。
「脆弱な人間共と馴れ合いながら生きる軟弱な魔族達に告ぐ! 我々は貴殿らの目を覚ますためにこの様な辺境の地までわざわざやって来たのだ! 今ならまだ間に合う。ただちにその愚かしい人間共の首をへし折り、我々と共にドラムリン同志の為にその命を捧げるのだ!」
予め用意してきた原稿を読み上げるかのように野太い声がホープタウンに住まうモンスター達に問い掛ける。
だがそれに応じる者は誰一人としていない。
彼らは命を賭してでもこの町とエヴァレット・ホープの理念を守り貫く覚悟である様だった。
「良かろう! ならば後悔するがいい!! 我らドラムリン同志の剣となりしドラムリン遊撃隊の実力をその目に焼き付けながら死に往け!!」
それを口火に激しい戦闘が始まった。
ホープタウンの住人達は見かけに反して皆大した武闘派だった。
侵攻者たるドラムリン遊撃隊も予想外の抗戦にややうろたえた様子を見せる。
そして何よりも想定外だったのが一見して戦闘の「せ」の字も知らないように見える少女二人だった。
「飛天御剣流! アバンストラッシュ!! グランドクロス!!! 地の利を得たぞ!!!!」
「〝震える大気〟〝震える大気〟〝震える大気〟〝震える大気〟」
破竹の勢いで自陣を屠っていくメイド&魔道士風の女を前にドラムリン遊撃隊は一旦攻勢を中断せざるを得なくなる。
「あいつらは……例の手配書にあった〝切り裂き冥土〟に〝毒舌ブラスター〟……!!」
ドラムリン遊撃隊を率いる〝不屈の戦士ヘッソボーン〟はその正体にようやく気付いて一気に警戒を強める。
それから頭をフル回転させて急いでこの窮地を脱する作戦を立てた。
「……そなたらはその首に金貨10000枚の大枚を懸けられた名うての達士とお見受けする! 我は誉れ高いドラムリン遊撃隊を預かるヘッソボーン! その腕を見込んで是非とも我と手合わせ願いたい!!」
その提案にアキナとレノアは視線を合わせて頷き合う。
「我が剣は少々派手な技と成る故、ここでは余計な犠牲が伴いかねない。ついてはあすこの丘の上まで参られよ!」
そう言って飛翔魔法で遥か向こうに見える丘へと先立った敵将にアキナは思わず感心してしまう。
「へー、中々イケメンなヤツもいるじゃん。ねえ、そうならウチらもそれに応えなきゃ。だってこれじゃ実質二対一だし」
「口だけならどうとでも言える。ヤツらは所詮愚劣な魔族。バカ正直に付き合う必要はない」
「レノアはもっと過酷な世界を担当したほうがいいと思うわ……北斗の拳とか」
アキナは不満そうに肩を竦めるがしぶしぶ了承し、二人はヘッソボーンの後を追う。
目的の丘は思ったより遠く、通常の五倍ほどの速度を叩き出したレノアの飛翔魔法でも結構かかった。
「おー、中々いい見晴らしじゃん!」
遥か遠くにホープタウンを見下ろしながらアキナは上機嫌で絶景を評す。
今もあそこでは戦闘が続いている筈だがアキナとレノアの猛攻で敵は大分減らしたし、一番強いと思われる隊長とやらは今まさに目の前にいる。
「さて、じゃあやりますか!」
やると決めたからにはキッチリやるアキナは聖剣を構えながらヘッソボーンに向かって言う。
重厚な鎧を着込んだリザードマンのような容貌のヘッソボーンはしかし得物を抜く事なく不敵な笑みを浮かべる。
「俺が貴様らと? はっはっはっはっ、笑わせてくれる!!」
その反応にアキナは怪訝そうに眉を潜める。
「貴様らの事はよく知っているぞ、〝切り裂き冥土〟に〝毒舌ブラスター〟。特に〝毒舌ブラスター〟……お前は相当危険だ。ごく初歩的な魔法で森や山を吹き飛ばしたり、見た事もない奇妙奇天烈な術を使うと聞いている」
レノアに向かって畏怖の視線を送るヘッソボーン。
当の本人は〝毒舌ブラスター〟なる二つ名をどう評価すべきか考えているようだった。
ヘッソボーンは油断なく身構えながらアキナの方に視線を移す。
「それからその剣も厄介だ。恐らくは伝説級の名前付武具……貴様らとバカ正直に戦えば我々とてタダでは済まないだろう。だからここまで誘き寄せて貰ったのだ!!」
高らかに笑いながらヘッソボーンが右手を虚空に突き出すとまるで水面に波紋が広がるように空間が歪んで口を開けた。
「俺はここから空間を渡ってあの町に戻らせてもらう。貴様らの仲間である〝神様家族〟はお前達二人に比べれば遥かに格下だ。我々からすれば取るに足らん。貴様らが町に戻ってくる頃には俺達は町を滅ぼしていることだろう。尤も向こうには俺よりももっと強く凶暴な〝粉砕するロケットグレイ〟を残してきたからな。もしかするともうとっくに全滅しているかもしれんな!!」
勝ち誇ったようにそう宣言するヘッソボーンは言った通り空間を自身の体程まで開くとその中へと姿を消した。
「チッ、レノアの言う通りだった! どうしよう!?」
「問題ない。所詮はトカゲ畜生の浅知恵」
うろたえるアキナにしかしレノアはやはり沈着冷静に答えながら前方に向かって無造作に手を突き出す。
そして何かを掴むように手の平を握るとゆっくりと引き戻す。
すると虚空から消えたはずのヘッソボーンの体が現れ始めた。
「……なっ、バカなっ!」
驚愕の声を上げるヘッソボーンはレノアによって再び通常空間へと引き摺り出されてしまった。
「位相や世界線の移動に比べれば現時空の一部に過ぎない空間に干渉することなど造作もない。穴倉の虫けらを捕まえるようなもの」
そのままレノアは自身の前までヘッソボーンを引っ張ってくると見えざる巨大な手に掌握されて身動きの取れない憐れなトカゲに詰め寄る。
「私達に小細工は一切通用しない。だから私達の首が欲しいのなら自ら全力で来い。いつでも相手になってやる。そうお前のボスに伝えろ」
ヘッソボーンはコクコクと頷くと次には自分の体が解放されたことに気付き、慌ててまた空間を開いて虚空へと消えた。
「いいの? またいなくなっちゃったけど……」
「心配ない。ヤツは巣へと帰った」
それからアキナはハッとして向こうに見えるホープタウンへと視線をやる。
「早く戻らなきゃ! ロケット何とかってヤツがまだ残ってる!!」
一刻を急ぐアキナは空間移動で戻ることを提案するが、レノアは首を振る。
「生身の人間の体では耐えられない。他の類似移動手段も同じ。亜光速に近似する移動には相応のエネルギーが発生し負担がかかる」
「じゃあレノアだけ先に行って! ウチもダッシュで戻るから!!」
レノアは頷くと一瞬で掻き消えた。
アキナもブーツの紐を締め直すと全力で丘を駆け下り出した。