第14話 死者と100均コスメには敬意を払え。これギャルの鉄則
鮮やかな新緑の広がるなだらかな丘。
その丘をアキナ達はゆっくりと下っていく。
本日も空は快晴で、幾らか風があるだけマシだったが相変わらず汗ばむ陽気である。
「あっち~……」
胸元を開けてパタパタと風を送り込みながらアキナはうんざりした様に漏らす。
半袖にミニスカートと涼しそうな格好に思えるが、しっかりとした黒のアルパカの生地はおよそ夏の旅向きとは言い難く、見た目よりずっと熱を籠らせていた。
そんなアキナより更にちゃんとした装備のシェーラも表情こそ崩してはいないが、さっきから一言も発する事無く沈黙している。
唯一、レノアだけが何でも無さそうに欠伸をしたり、どこかに飛んでいく鳥を眺めたりしていた。
「はー、もうマジムリ!! 暑杉内!!」
堪り兼ねてスカートをバサバサと扇ぎ始めるアキナを虚ろな目でシェーラが見ていたが、最早それを咎める元気すら無い様だった。
代わりに搾り出す様に慰めの言葉を口にする。
「……まあ、でも静かなだけ良しとしましょう」
現在指名手配中の勇者一行。
あれから何日か経つが、山の様に押し寄せていた襲撃者の数は大分減ってきた。
来る敵来る敵を余さず撃退した結果、モンスター達の間でも三人の強さが生半可なものでは無い事が広まった様で、中には勇者ではないかと勘付く者もおり、とてもじゃないが割に合わないと殆どのモンスターは手を引いたのであった。
それでも腕に自信のある高位モンスターや生活に困った家族持ちのモンスター等が散発的に襲っては来たが、連日の襲撃と暑さで完全に生気を失っているアキナとシェーラの代わりにレノアが多彩な魔法博覧会を連日開催して蹴散らした。
そして襲撃者の代わりに奇妙な珍客も何度かやって来た。
「その強大な魔力に底知れないミステリアスな雰囲気……伝説の賢者エヴァルドン・トレイナール・ビターシャル殿とお見受けする。我は魔道都市カリネウスの最後の生き残り……〝空白を埋める者〟ことヴィヴィ・テンパル・ブロロロンテスと申す者。その生涯を魔道の研究に捧げ、その終に究極の魔法を極めた次第。全ては貴方を超える為に。どうかお手合わせ願いたい」
「了解。何時でも来ると良い」
レノアが承諾すると〝空白を埋める者〟ことヴィヴィ・テンパル・ブロロロンテスは重々しい表情と声音で詠唱を開始する。
詠唱はとても長く、レノアは枝毛を探しながら10分程待った。
やがて究極の魔法とやらが完成し、ブロロロンテスの頭上にとてつもない魔力が渦を巻くように集まった。
「賢者殿! ご活目あれ! 〝爆縮する魔力!!〟」
人の頭程の大きさに圧縮された強大な魔力の塊がレノアに向けて放たれる。
レノアは耳にも止まらぬ速さで呪文を唱えると掌を突き出した。
「〝反射する障壁〟」
凄まじい力を帯びた魔力の塊はレノアの生み出した見えない障壁に弾かれ、火花の様な魔力片を飛び散らせながら遥か上空へと昇っていく。
次の瞬間、頭上で途方も無い大爆発が起こって大地を振るわせた。
爆風に髪を靡かせながらレノアはブロロロンテスに視線を向ける。
「次は?」
ブロロロンテスは呆然としたまま立ち尽くし、やがてガックリと膝を着いた。
「初めて杖で殴打された瞬間、貴方に惚れてしまいました! 俺も神を信じる事にしました!! だから結婚して下さい!!」
「ゴメンなさい。でも神は何時でも貴方と共にあります」
頭を下げるシェーラに、フられた蝋燭型のモンスターは逆上してキエーッと飛び掛かる。
シェーラは悲しげに首を振りながら錫杖を思いっ切り振るい、繊細なデザインの施された杖の先が蝋燭型のモンスターの顔面にめり込んだ。
「そこの可愛らしいメイドさん」
「え? ウチ? 何々??」
「これ、落としましたよ」
オーランド・ブルーム似のイケメン騎士はドラ○ーのハンカチをアキナに手渡すとまた馬に乗って去って行った。
「……ウチだけにオチって事?」
旅路は順調に進み、一行は次の町に辿り着いた。
また町の住人に襲われる可能性もあったが、そんな事を言っていられない位アキナもシェーラも暑さにやられてしまっており、とにかく熱い湯に浸かりたかった。
その為なら今度こそやってやるつもりだ。
「ようこそ! 旅の方! 共栄の町ホープタウンへ!」
予想に反して三人が町に足を踏み入れると非常に歓迎された。
出迎えてくれた住人達の姿を見てアキナとシェーラは驚く。
「人間とモンスターが一緒に……?」
そう。
ホープタウンの住人の中には人間だけで無く、様々なモンスター達の姿もあったのだ。
「驚かれたでしょう? そうなんです。ここは人間と魔族が共に生きる町なのです」
「へー、そんな町もあるんだー。今までみんな敵だったから何か新鮮!」
「ここでは、この町の建立者であるエヴァレット・ホープの名の下に誰もが平等に平穏に暮らせる権利を有しているのです。さあ、旅の方々も今宵はゆっくりと休まれて下さい」
お言葉に甘えてアキナ達は宿を取ると、早速汗を流す為に公衆浴場に向かう。
浴場には先客が居た。
骸骨型のモンスターだった。
「お先に。良いお湯加減ですわよ。ホホホ」
彼女(ここは女湯なのでそう思われる)はアキナ達にお辞儀すると浴場を後にした。
「……アレって男の骸骨だったら、女湯覗き放題どころか一緒に入り放題じゃね?」
「……良心を信じましょう」
入浴を終えると三人は食堂へとやって来た。
カウンター席しか無い小ぢんまりとした店で、常連が通う小さな居酒屋の様な雰囲気である。
だが料理はどれも絶品だった。
特に丸鶏の香草ローストチキンと素揚げにした謎の芋の様な物がアキナは気に入ってそればかり食べた。
栄養バランスを気遣ってシェーラが野菜をアキナの皿に盛るが、いつの間にかレノアの皿に瞬間移動していた。
そんな三人に店主のオヤジが料理を作りながら話し掛けてくる。
「女三人で旅してんのかい? 最近は物騒な世の中だが、アンタ等は相当腕に自信があるらしいな」
「……まあまあってとこ? ウチら、こう見えてお尋ね者だかんね!」
「……アキナさん」
慌ててシェーラが咎めるが、もう一人の獣人の店員がアキナ達を見て、あっと声を上げる。
「見た事ある! 確か金貨10000枚の賞金首の三人組ですよね? いやーまさかこんな所でお目に掛かれるなんて! 噂には聞いてますよ! ザンダー組の正規構成員や〝氷結のマリス〟の異名で恐れられた元魔王軍の幹部をあっさりと倒したとか! 何せ金貨10000枚ですもんね! そりゃ相当お強いんでしょう!」
目を煌かせながら早口で捲くし立ててくる獣人の店員にアキナはエヘンと胸を張って、レノアは無言で、シェーラはやや引きつり気味の笑みでそれぞれ応える。
「なんせ、あの魔王軍から名指しですからね。貴方達が何者かは知りませんけど、魔王軍が警戒する程なんだから、そりゃそこらのモンスターでは勝てん訳です」
「魔王軍のモンスターってやっぱ強いの?」
「ええ、もちろんです。まあ魔王軍に属さない強者もいるっちゃいますが、殆どは魔王軍に所属しています。特に四天王と呼ばれる〝暴君ヴォイド〟〝滞留者ビター・キルズ〟〝水の導き手アンブローシア〟〝暗黒騎士ショウキョウ〟は別格で、全員揃えば魔王にも匹敵すると言われています。まあ、魔族の間では強いヤツは基本的に単独で戦うという伝統みたいなものがあるらしいので、彼らが手を組むなんてまずありえませんがね」
そこで店主が口を挟む。
「でも最近はヤツらもエラく慎重になってるらしいじゃねえか。こないだウチに飲みに来た最近魔王軍を辞めたって言うヤツがそんな事言ってたぜ?」
「へえ、魔王軍も変わったって事ですかねえ。何か今度の魔王もこれまた随分とクセのあるヤツらしいですし」
「どんなヤツでも構わんけど、どうせなら血の気の多いヤツより平和ボケした暢気なヤツであって欲しいもんだね。その方が世界平和もずっと近くなる」
「そうですね。いつか世界中がここみたいになると良いですね」
二人の会話を聞いていたアキナも料理を頬張りながらコクコクと頷く。
必ずしも人と魔族が戦わなくてはいけない訳でも無いのだ。
人の歴史とは戦争の歴史でもあると世界史の先生が言っていたのを思い出す。
争わずには何も解決出来ないのだと。
それは正しいと思う。
歴史にそう書いてあるからだ。
でも、いつかそうでなくなって欲しいとも思う。
「この町を作ったホープさんってどんな人なの?」
アキナの問いに、店主は寂しげな笑みを浮かべる。
「……知らないんだ。彼がどんな人物だったか。俺だけじゃない。ここに住む全員誰もエヴァレット・ホープを知らない」
「え? そうなの?」
「ああ。この町に最初の移住者がやって来た時、彼はもう亡くなった後だった。エヴァレット・ホープはこの地でずっと待っていたんだ。ずっと一人で。人と魔族が手を取り合って生きる世界を夢見ながら……」
「……そっか。でも、きっと良い人だったとウチは思うよ」
愛おしそうにアキナが呟く。
そこでキノコのスープを延々と掬っていたレノアが手を止めた。
「知らない者を神格化するのは人間の悪い癖。今の話を聞くにエヴァレット・ホープとこの町の現状に直接的な関係性は見られない」
「はっはっはっ! ま、その通りだわな。俺らはエヴァレット・ホープに会った事すら無いんだからな。それでも俺は信じてる。彼は立派で清廉な男だったってな」
「ウチも! 人間万歳!!」
レノアはそれ以上何も言わなかった。
その横でシェーラは食事の手を止め、何やら呟きながら祈っていた。
「……この地と彼の魂が永遠に安らかであります様に」