第13話 フォトショは神。これギャルの鉄則
「待て、そこの人間共」
背後から声を掛けられ、アキナ達は足を止めて振り返る。
残忍そうな3体のモンスターがこちらを見下ろしている。
1体は悪魔の様に捩れた角を猛禽類の様な顔の両端に生やし、背に付いた巨大な翼を広げている。
1体は美しい女の姿をしているが、やはり捩れた角を生やしていて、馬の様な蹄を持つ両足が不気味だ。
1体は一見してローブを纏った魔道士に見えるが、フードから覗く顔は明らかに生きてはいない事を示す骸骨姿である。
3体とも初めて見るモンスターだったが、トントロ村周辺で出てきたモンスター達とは桁違いにレベルが高い事は確かだった。
「……お前達が勇者か?」
「如何にも」
レノアがズイッと前に進み出ながら厳かに答える。
誰何した猛禽類っぽいモンスターはやや困惑した様に三人を睥睨する。
「魔王軍のヴォイドを倒したと聞いていたが、まさかこんな小娘共とは……」
「ヴォイドも耄碌したって事じゃない? 最近はビター・キルズとかいう人間崩れと組んで行動してるみたいだし」
「……何にせよ、ここでコイツ等を仕留めればザンダーの旦那へのいい手土産になるだろう」
3体のモンスター達は頷き合うと、申し合わせた様に同時に飛んだ。
「「「死ね!!」」」
しかし、モンスター達が会話している間にレノアは既に詠唱を終えていた。
「死ぬのはお前達。〝震える大気〟」
辺りの空気をつんざく様な震動が生まれ、見えざる衝撃波が空中に居た3体のモンスター達を一瞬で山の向こうまで吹っ飛ばした。
その圧倒ぶりにシェーラが唖然となる。
「あのレベルのモンスター達を一瞬で……一体レノアさんは何者なんですか……?」
因みに〝震える大気〟は初歩も初歩の攻撃魔法だが、女神であるレノアの魔力(厳密には神力)を以ってすればご覧の威力である。
なお、神は基本的に魔法を使う事は無い為、何度も使い続ける事で可能になる詠唱の省略は出来ない。
「……もしや、かつて魔王を打ち倒す程の魔法を極めながら、禁忌の呪文に手を出し、人の理を外れて不老不死となった大魔道士エヴァルドン・トレイナール・ビターシャル様では……?」
「想像に任せる」
もったいぶるなあとアキナは逆に感心しながら、二人のやり取りを見ていた。
レノアは何事も無かったかの様に僅かに乱れた髪を手で直す。
シェーラは考え込む様に手を顎に当てながら首を捻っている。
「待ちな! そこのお嬢さん達!!」
だが、そんな時間も束の間。
新たな敵がアキナ達の前に立ちはだかる。
アキナ達はうんざりした様子で溜息をつく。
「……次はシェーラの番」
「……頑張ります」
「……マジで今日何組目? 全っっっっ然先に進まないんだけど!!」
本日6組目の勇者討伐御一行様であった。
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「はー……やーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと着いたし!!!!!!!!!」
やっと次の町に辿り着いたアキナ達はようやく一息つくことが出来た。
結局、合計49組の一行がアキナ達を襲って来て、その全てが返り討ちとなった。
いずれも危なげない戦いだったが、流石にアキナも聖剣を持っているとは言え、無限に湧いて来る襲撃者達を相手に疲れは隠せず、一瞬ヒヤッとする場面も何度かあった。
シェーラも錫杖と首から提げたカルトゥーシュの特殊効果を駆使して、何とか敵を撃退してローテーションを最後まで守った。
唯一、まったく疲労感無く涼しげな顔のレノアは全て完全試合でパーティーのエースとして大車輪の活躍であった。
とにかく、今回は予想以上にハードな旅路となった。
「マジで何なの一体! ウチら、もしかしてモンスター達の間で指名手配でもされてんの!?」
「されていても不思議ではない。流石に今日の襲撃数は異常」
「……って事は明日も明後日も明々後日も明々々後日もこんな調子って事!? マジのマジで冗談じゃねーし!!!!!!!!!!」
発狂するアキナにシェーラがまあまあと落ち着かせる様になだめる。
「とにかく、宿を取って今日はもう休みましょう。明日の事は明日考えろと神も仰って……」
と、シェーラは言葉を切って眉を潜める。
「どしたの?」
ボサボサになった髪を掻き上げながらアキナはシェーラの視線を追う。
建物の外壁に掲示された1枚の張り紙があり、三人は近寄ってそれを見てみる。
〝WANTED! この者達を捕らえた者に金貨10000枚。生死は問わず〟
そんな文言と共に描かれているのは……何とアキナとレノアとシェーラの似顔絵だった。
大分凶悪な感じに誇張されてはいるが、まるで実物を見て描いたかの様に三人ともよく似ている。
「これは……」
三人は顔を顰めながら顔を見合わせる。
「ウチ、こんなに顎のライン弛んでねーし」
「私はもっと鼻も耳も小さい」
「わたくしってこんなに額が広かったでしょうか……」
張り紙を見つめながら三人は一様にショックを受けた様子で切なげに吐息を漏らす。
どんな時でも美を追求する事を忘れない乙女心と言うヤツである。
「……ったく、勝手にこんなん作るとか失礼にも程があるっしょ? 肖像権侵害だし!」
アキナは不機嫌そうに張り紙を剥がし取るとクシャクシャに丸めてしまう。
「……でも、何故我々が指名手配に? わたくしは神に誓ってその様な行為を働いた覚えはありません」
「ウチもウチなりにマジメに生きて来たつもりだけどなあ……ピンポンダッシュとかトンボの羽を千切ったりとかならした事あるけど」
「恐らく魔王軍の仕業。私達に賞金を懸ける事で魔王軍に属さないモンスターをけしかけて消耗させる算段」
「なら、街中に張り紙があるのは少々変では? モンスター達はここまで入って来られませんし」
「何も変ではない。街中にも魔王軍に属さない者はいる」
レノアはそこで言葉を切ると視線を街中の方に向け、アキナとシェーラもそれに倣う。
いつの間にか棍棒や斧やモーニングスターを持った大勢のならず者達が三人を取り囲んでいた。
「ようこそ、お嬢ちゃん方。欲望と暴力の蔓延るジャクソンの町へ!」
「こんなガキ共に金貨10000枚とは気前の良い話だぜ、まったくよ!」
「久々の女だぜ。生死は問わずってこたあ、アッチの方も別に頂いちまって構わねえって事だよな? ヘッヘッヘッ……」
ならず者達は粗野で下卑た笑みを浮かべながら、品定めする様に三人に視線を這わせて舌なめずりをしている。
どうやらスタイルの良いシェーラが一番人気である様だった。
「……なるほど。ある意味モンスターより厄介かも? ま、でもレノアの魔法でチョチョイのチョイって事で。先生、ココは一つお願いします」
拝む様に手を合わせるアキナに、だがレノアは首を振る。
「私の魔力ではどんな弱い魔法でも対象を彼方まで吹き飛ばしてしまう。強靭な体を持つモンスターなら地面や壁に叩きつけられても、せいぜい肉体の一部が損傷する程度だが、生身の人間ではそうはいかない。頭が割れて脳漿が飛び出すか、さもなくば内臓が破裂して身体機能を失うか。それでもやれと貴方が命じるなら私は構わないけれど」
「いや! ダメダメダメ! そんなの絶対ダメ! 脳漿が飛び出すとかグロ杉内っしょ!! じゃ、じゃあ、シェーラは? シェーラならそんな攻撃力ないし、その杖でちょいっとブッ叩けば……」
「いえ……わたくしは神官とは言え、これでもレベル93です。強靭な体を持つモンスター相手ならタンコブが出来るとか腕があらぬ方向に曲がるとか程度で済みますが、生身の人ではそうもいきません。頭蓋骨が陥没して脳が損傷するか、折れた肋骨が肺に刺さって呼吸困難になるか。それでも良いと言うのならわたくしも覚悟を決めますが……」
「イヤイヤイヤ! それもダメ! 何その残酷な設定!? ココまでスゲー雑魚っぽい感じだったけどモンスターって実は結構強いって事!? 人間の脆さを思い知るが良いって!?」
「因みに貴方の聖剣も強靭な体を持つモンスターなら戦意を失う程度のダメージで済むけど、生身の人間だと切れ味抜群の刃による見事な切り口からの大量失血で死に至るか、さもなくば聖剣の追加効果で神経が焼き切れて骨がガタガタになるか……」
「この剣そんなヤベー代物なの!? 聖なる剣っしょ!? 神経が焼き切れて骨がガタガタになるとか、どんな状態!? そんなの聞いたらウチも絶対コレ抜きたくないよもう!!」
と言う訳で結局……
アキナたちはにげだした!