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第12話 出番が無くても化粧はしておく。これギャルの鉄則

 トントロ村より遥か西に位置するとある城。

 ここにはかつて王族に匹敵するほどの大貴族が住んでいたが、度重なる戦への出兵で疲弊し、没落してしまった。

 そのまま城は放置され、今はもう廃墟も同然である。

 だが最近、いつ崩落してもおかしくないほど古びたこの城に新しい主が住み着いた。

 ただ前の主と違うのは人ではないと言う事だった。


「失礼します」


 大広間に一人の獣人が入ってくる。

 大広間はこの城でも一番広く立派な場所で、当時はここで大規模な晩餐会や舞踏会が開かれていたのだろう。

 その奥に他の獣人より一際大きな体躯の獣人の姿があった。

 人間なら4人は優に座る事が出来るであろう長椅子にドッカリと腰掛け、退屈そうに自慢の爪を研いでいる。

 彼こそが四天王が一人――ヴォイドだった。


「……ヴォイド様、ご報告がございます」

「聞こう」


 爪に視線を落としたままヴォイドは促す。

 報告を持ってきた獣人はやや緊張した面持ちでゆっくりと口を開く。


「……先程、ここより東にある洞窟で偵察任務に就いていたビター・キルズ様の部下から一報が入りまして……ヴォイド様がやられたそうです」


 その報告に大広間に詰めていた他の獣人達がどよめく。

 中には力なくその場に崩れ落ちる者もあった。


「まさか、ヴォイド様が……?」

「そんな筈がねえ……ヴォイド様がやられる筈が……」

「何てこった……ヴォイド様無しじゃ俺達はもう終わりだ……」


 絶望が大広間を包む中、只一人まったく動じずに堂々としている獣人がいた。


「うろたえるな、我が同胞達よ」


 巨大な爪をぎらつかせながら、ゆっくりと立ち上がったヴォイドの一声に大広間は静まる。

 正に城の主に相応しい威厳ある姿であった。


「たかが四天王の一角がやられただけに過ぎん。まだ三人も残っているし、そもそもヤツは四天王の中でも最弱。大した痛手では……」

「失礼ながら四天王最弱は全軍満場一致でビター・キルズ様かと」

「むっ……そうか。まあいい。確かにヴォイドはやられたが、こちらにはまだ俺様……このヴォイドが残っている! それに何の不満があるか!?」


 暗い表情だった獣人達が顔を上げて、そうだそうだと皆一斉に奮起し始める。


「そうだ! 確かにヴォイド様がやられたのは痛いが、こちらにはまだヴォイド様が残っていらっしゃる!」

「ヴォイド様を失った俺達をヴォイド様が代わりに導いてくれる!」

「俺達をここまで面倒見てくれたヴォイド様よ永遠なれ! そして俺達をここから面倒見てくれるヴォイド様万歳!」


「「「「「「「「「「「「ヴォイド様万歳!!!!」」」」」」」」」」」」


 やる気を取り戻した部下達を睥睨しながらヴォイドは大きく頷く。

 我らが〝大地を踏み鳴らす猛獣達ストンピング・レギオン〟はとにかく気合と気概が売りであるのだ。

 こうなった以上、魔王軍屈指の突進力を誇る猛獣共の暴走スタンピードを止められるものはこの世に存在しない。


「相変わらず騒がしいですね。ここは」


 そこへ現れたのは一見して只の人間にしか見えない細身の男だった。

 と言うか彼は正真正銘の人間……いや元人間である。

 彼は遥か昔に名を馳せた大魔道士で、多くの賢者達が望み挑んできた永遠の命を追い求め、不滅の霊魂として今もこの世に存在し続けているのだ。

 そして人ならざる者となった知を極めし男は四天王随一の切れ者ビター・キルズとして魔王軍の一員となった。


「貴様こそ、相変わらず辛気臭い顔をしているな」


 神経質そうに眉根を寄せているビター・キルズを睨む様に見ながらヴォイドが言い返す。

 だが、そう言われるのは生前からの事だったので当の本人は最早まったく気にしておらず、ヴォイドに生気の無い視線を送りながら本題に入る。


「どうやらワンチャン狙いで序盤の方の洞窟に送り込んだヴォイドがやられたようです」

「らしいな。で……誰の仕業だと思う?」

「既に複数の情報筋からつい最近に勇者が光臨したとの情報が入っています。あの辺りの冒険者は基本的に駆け出しレベルの雑魚ばかりですから、ヴォイドを倒したのは勇者でまず間違いないでしょう」


 流石の分析力にヴォイドもまったく異論はない。

 だがその話を聞いた獣人達がまたざわつき始める。

 自分達を滅ぼしかねない存在が光臨したらしいのだ。

 士気は確かに上がっていたが、それでも〝勇者〟と言う単語は彼らをある程度動揺させた。


「……勇者、か。ヤツが現れないと人間共が騒いでいるのは知っていたが……やはりヤツとの戦いは避けられぬ運命か」

「その様ですね。しかし勇者の出現を早めに察知できたのは僥倖。序盤にいきなり魔王軍の最高戦力である四天王を配置した甲斐があったと言うものです。従来のモンスターでは勇者で無くとも倒せてしまいますからね。我々がヤツの存在に気付いた頃にはもう手遅れ……そんな過ちを何度も繰り返す訳にはいきません」


 魔王軍もまた過去の敗北から色々と学んでいた。

 今までの歴代魔王軍はいつも後手後手に回り過ぎ、魔王やそれに次ぐ強者が迎え撃つ頃には勇者パーティーはレベルも装備も呪文も技も全てが整ってしまっており、その結果敗北を繰り返してきたのだ。

 だから今度の魔王軍は常に先手を取ることを決めたのだ。


「それでビター・キルズよ、作戦は如何に? いっそこれから俺達で勇者共を倒しに行くか?」

「いえ……向こうの手の内がまだ分かっていない以上、それは危険過ぎます。確かにこちらから攻めねばこれまでの魔王軍の二の舞ですが、焦りは禁物です。ここはまだ慎重に行きましょう。そうですね、まずは……」

「……お話中失礼致します!」


 四天王同士の会話を遮ったのは慌てた様子で大広間に駆け込んできたヴォイドの部下であった。

 ヴォイドが視線を送る。


「何事だ?」

「はっ! 信じられない事ですが……たった今ヴォイド様がお戻りになられました……!!」

「何だと!?」


 ヴォイドが顔を上げると大広間にもう一人の獣人が現れた。

 その姿を見た獣人達が歓喜の声を上げる。

 

「おお! ヴォイド様がご生還なされたぞ!!」

「ヴォイド様! よくぞご無事で!!」

「ははっ! 流石の勇者でもヴォイド様を倒す事など出来ようがない!!」


 ハラミ洞窟からほうほうの体で逃げて来たヴォイドを騙っていた獣人は、その異様な歓待ぶりに当惑する。


(え? え? え? え?)


 するとボスであるヴォイドがわざわざ自分の前までやって来て労いの咆哮を上げた。

 それに呼応して他の獣人達も次々と咆哮を上げる。

 ヴォイドを騙っていた獣人はますます困惑してしまう。


「ヴォイドよ! よくぞ戻った! 勇者にやられたと聞いていたが、お前が早々やられる筈があるまいな!!」

「は、はあ……?」

「勇者と遭遇しながら生きて戻るとは……やはり私が見込んだだけはありますね」


 ビター・キルズも感心した様に何度も頷いている。

 二人の四天王に囲まれながらヴォイドを騙っていた獣人は激しく混乱する。


「……それで、早速ですが勇者達の情報を教えて頂けますか?」

「……はっ、わ、分かりました」


 ヴォイドを騙っていた獣人は何とか冷静に努めながら、ハラミ洞窟での出来事の一部始終を話した。


「……なるほど。パーティー構成は派手な剣を背負った変な格好の女、首輪を付けた口の悪い女、やたら強力な装備の神官の女、ですか。それで、どいつが勇者なのです?」

「……恐らく、口の悪い女かと。自分を問い詰めてきたのもそいつですし……それと伝言がありまして」

「ほう?」

「……〝必ずお前達の命は貰い受ける。せいぜい震えながら首を洗って待っていろ〟……と」


 それを聞いてヴォイドとビター・キルズは大変憤慨するかと思い、ヴォイドを騙っていた獣人は伝言を伝えるか最後まで迷ったのだが、両者ともまったくそんな様子は見せずに冷静な態度のままであった。


「……まったく、舐められたものですね。本来はこちらの台詞だと言うのに」

「仕方あるまい。実際もはや立場は逆転しているのだ。かつては勇者と言えど出現直後は取るに足らぬ只の人間に過ぎなかった。だが昨今の勇者は初めから強力無比な能力やアイテムを持つと聞く。ヴォイドが瞬殺される位だ。恐らくヤツもまた後者に違いあるまい」

「そうですね……やはり我々も慎重に事を進めねば。いやしかし、ヴォイド。今回はお手柄でしたよ。大変参考になる貴重なデータが取れました」

「うむ。俺も同じ思いだ。ヴォイドよ、これからもこのヴォイドに仕えてくれるな?」

「……は、はい。勿論ですとも」


 その後、ビター・キルズを中心に勇者討伐の為の作戦会議が続けられた。

 大体の方針が決まると最後はヴォイドとビター・キルズの三本締めで解散となり、皆トレーニングや打ち上げをする為に各々散って行く。

 未だに呆然としているヴォイドを騙っていた獣人の所へ別の獣人がやって来てポンと彼の肩を叩いた。


「……今夜は飲みに行くか。奢るぜ?」


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