第9話 人を見かけで判断してはいけない。これギャルの鉄則
最初の町を後にしたアキナ達は平原を突っ切った所にボロボロの木の立て札を見つけた。
〝トントロ村、ここより北。ハラミ洞窟、ここより西〟
「とりあえず村に行っとく? 超疲れたし、クソ暑いし、風呂入りたいし」
「どの道洞窟には行く事になる。村でアイテムを買い込んだ後に洞窟の宝箱から同じ物が手に入って〝損したー!〟となるのは常。よって先に洞窟に行った方が得」
「シェーラは?」
「……わたくしも少々疲労感が。出来るなら湯浴みをしたいです」
「はい! じゃあ多数決で村に決まり! レッツヴィレッジ!」
元気よく手を掲げながら先頭を行くアキナに、やや不満げなレノアと何時も通りニコニコ笑顔のシェーラが続く。
無論、今は魔王の影響力が強いご時勢である。
ここまでの道中、結構な数のモンスター達が襲ってきた。
だがアキナ達と対峙するなり殆どのモンスターがあたふたと逃げ出してしまう始末であった。
一見ただのメイドにしか見えない背の中くらいの女の振り回す剣はデタラメでおよそ戦った事など無いのが丸分かりだったが、その剣自体が相当ヤバイ物である事はモンスター達にも一目で分かったし、おまけに自分達とは比べ物にならない程の高位な魔族の力を秘めたと思われる腕輪までつけている。
一見ただの神官に見える背の高い女はどう見てもこの辺りをうろついている様な装備とレベルではないし、どことなく笑顔が不気味に感じる。
一見何だかよく分からない背の低い女に至っては〝コイツは絶対ヤバイとにかくヤバイマジヤバイ〟と野生の本能が告げている。
それでも果敢に挑んでくるモンスターも中にはいたが、聖剣の追加効果で遥か彼方に吹っ飛ばされるか、攻撃力自体はほぼ無いがレベル93の腕力で振るわれる錫杖に殴打されて伸びてしまうか、目が合った瞬間体が石の様に固まって一行が視界から消えるまで身動き一つ取れなくなるかのいずれかであった。
「ちょっとちょっと! レノアもシェーラも遅くね? こんなんじゃ日が暮れちゃうよ!」
由緒ある聖なる剣をマチェット代わりに草木を切り払いながら鬱蒼とした林の中にガンガン道を拓いて行き進むアキナは遅れる後続の二人を振り返りながら大声で叫ぶ。
「申し訳ありません……裾が引っ掛かって歩き辛いのです……」
「罠があるかもしれない。狩人、罠にかかる」
「イヤ、だからそれ何か違くね?」
仕方なく足を止めて溜息をつくアキナ。
同じく立ち止まって膝に手をつくシェーラが息を整えながらアキナを見上げる。
「アキナさん、良ければお先にどうぞ。この辺は大した敵も出ませんし、レノアさんもいますし」
「ん、そんじゃお言葉に甘えて! 村まで着いたら泊まるとことか美味しい店とか探しとくから!」
アキナは先行して林を抜けると視界の向こうに何かがあるのを見つけた。
「お、アレじゃね?」
見えてきたのは質素な家が建ち並び、あとは畑と小川位しか無い小さな村であった。
アーチ状の入り口の所には〝トントロ村へようこそ!〟と消えかかった文字で書かれていて、剥がれかかった木の板が風でカタカタと鳴っている。
何だか不安になるアキナだったが、とりあえず村に向かう事にした。
……その30分後、遅れてレノアとシェーラが村に到着した。
「ようこそ勇者様!」
村の入り口には大勢の村人達(恐らく全村人)が集まっていて、〝熱烈歓迎〟と書かれた横断幕を掲げたり見た事もない謎の楽器を鳴らしたりしている。
そこへ一人の老人が二人の前に進み出てきた。
「ようこそトントロ村へ。村人一同お待ちしておりました。ワシはこの村の村長ですじゃ。城下町よりここまで長旅でさぞお疲れでしょう? ささ、私の家へどうぞ。もうじき宴の準備も整います故」
人の良い笑みを浮かべながら二人を促す村長だが、レノアとシェーラの困惑した様子に気づき、更にニンマリと笑みを深くする。
「ほっほっほっ、何故貴方がたがいらっしゃる事を我々が知っていたのか不思議でしょう? なんて事はありません。城下町からやって来た使者に勇者様が光臨なされたと伺ったのです。我がトントロ村は代々まだ右も左も分からない勇者様が最初に立ち寄られる由緒正しき村。確かにこの先行かれるであろう大きな町や城に比べたら何も無い所ですが〝お・も・て・な・し〟に関しては右に出る者はいないと自負しております。今宵は是非ごゆっくりとされるが宜しい」
ドヤ顔で胸を張る村長とその周りで誇らしげに頷く村人達。
大変有難い話であったが、レノアとシェーラはそれよりもまず聞かねばならない事があった。
「……あのう、わたくしたちより先にこちらへ来た者がいると思うのですが」
「ああ、従者の方ですね。彼女なら今向こうで宴の準備を手伝って貰っております。丁度お手伝いの服を着ていたので。いやーお若いのによく出来た娘さんですな。出来るならウチのせがれ辺りと一緒になってくれると有難い所なんですが……あー、いやいや、失礼しました。あの方は勇者様の剣をお持ちになる太刀持ちですからな」
それから村長はレノアとシェーラを交互に見ながら少し考える仕草をする。
恐らくどちらが勇者なのか判りかねているのだろうとシェーラは見当をつけた。
「……いや、まさか勇者様がこんな神秘的で気品あふれる女性だとは思ってもいませんでした。これまで村に伝わる歴代の勇者様達はいずれも男性でしたので。いやはや時代ですな」
村長はレノアの手を取りながら感慨深く何度も頷く。
「こうしているだけで私には分かります……この奥底に感じるオーラを。余りに神々しく、眩しい光の根源が……おお、素晴らしい! 如何に邪悪な魔王と言えど、貴方様の前ではまったく赤子も同然でしょう!」
そこまで言われてもレノアはなお黙ったまま村長をじっと観察している。
どうやらもう少しこの状況を楽しむつもりらしかったが、流石にいたたまれなくなったシェーラがレノアを控えめに小突く。
「私は只の従者。勇者ではない」
その一言に村長はポンと手を叩く。
「おお、なるほど! 露払いの方でしたか。確かにこの凄まじいオーラを中てられてはモンスター共も勇者様と相まみえるまでもなく居竦んでしまう事でしょうな!」
一人で勝手にそう納得した村長は今度はシェーラの手を取って見上げる。
「まさか勇者様が神官の格好をされているとは予想外でした。歴代の勇者様達は皆如何にも勇者という出で立ちでしたので。なるほど、よくよく考えてみれば自ら勇者であるとわざわざ敵に知らせてやる必要はありませんからな。今度の勇者様は大変慎重でいらっしゃる。それは確実に魔王を倒すという覚悟の表れ。確かに貴方様からは露払いの方とはまた違った底知れぬ何かを感じます。これならば魔王だろうと何だろうとお茶の子さいさいで……」
「すみません。わたくしも勇者様ではなく、そのお供でございます」
すると村長は一瞬眉を潜めた後、ああっと閃いた様に大きく頷いた。
「なるほど、勇者様はまだ到着されていないのですね! これは早とちり致しました。いやいや、今度の勇者様ご一行はまた序盤から大所帯ですなあ。いやあ頼もしい限りです!」
ようやく腑に落ちたとばかりに大笑いする村長。
これは先が思いやられると憂鬱そうに首を振るシェーラであった。