第十三話 優奈との外出④
「おいッ、そんな速く歩くな!! 置いてったらぶっ殺すからな!!」
「何か急にランニングしたくなってきたなッ」
ギュウウウウウッ!!
「グフッ…腹がッ、腹が絞め潰されるッ内臓が出る!! 分かったッ、走んないから腹を絞め潰してくるのは辞めてくれッ!!」
優奈からの取引、というよりも脅迫に屈した疾風は渋々ながら建物に入り先頭を歩いていた。
前を歩く疾風が逃げない様に優奈は腰へ腕を回し、完全に及び腰に成りながらその後ろを付いて来る。此処に来る時の位置関係とは真逆に成った。
そして何か事有るごとに優奈はその腕を締め上げ、疾風に口から内蔵を吐き出させようとしてくるのだ。
ミッドナイトに誰もいない場所で男女二人っきり。普通ならもっと甘い雰囲気に成るものだが、この二人に限って言えばそんな空気は微塵もない。
唯誰もいない建物の中で趣もクソも無い2つの悲鳴が響くのみ。
「きゃああああッ!!」
「ぐはあああああッ!!」
優奈が突如悲鳴上げ、腹を締め上げられた疾風は苦悶の悲鳴を上げる。
「何ッ、次は何??」
「右ッ、右!! 右に人影が見えたッ!!」
「右に人影? ……何だ唯の鏡じゃねえか、鏡面にオレらの姿が反射しただけだよ」
「ちくしょうッ、なんでこんな所に鏡なんて有るんだよ!! 怖いだろ!」
「そりゃあ鏡の一枚や二枚ぐらい有るだろ。何たって此処は『鏡の館』なんだろ?」
疾風と優奈が現在足を踏み入れている場所、そこはネット上で鏡の館と呼ばれていた。
正式名称も調べれば分かるのだろうが、建物内に大量の鏡が置かれている事からその愛称を付けられたこの場所は、十年前に廃業したホテル。
ここいらの地域は日本有数の星空が有名で、元はその星を強みに都心部からの宿泊客を集めようと建てられた施設であった。
そして当初のコンセプト通り星を見るという目的の上ではこれ以上無い程素晴らしい建物として完成された訳だが、不運にも完成とほぼ同時期に日本で大不況が発生し旅行需要が激減。
建設費や諸々の初期投資すら回収出来ないまま一年で施設は閉じる事を余儀なくされたのである。
そして現在はその遺された星を見る為の構造を利用した写真スポットとして、また焼身自殺したオーナーの霊が出る心霊スポットとしてネットの片隅に名を残すのみと成っていた。
「きゃああああッ! おい疾風ッ、お前後ろから何かに抱きつかれてるぞ!! 幽霊だッ幽霊!!」
「それお前な。自分が今どんな体勢に成ってるか確認してみろ」
「きゃああああッ! おい疾風ッ、今鏡に肌の青白いヒョロガリの幽霊が映ったぞ!!」
「それオレな。幽霊扱いしないでくれる? 泣きたく成るから」
「きゃああああッ! おい疾風ッ、鏡に今鬼みたいな面した金髪の女が映ったぞ!!」
「それお前やないか。金髪で鬼みたいな面ゆうたら凛堂優奈しか居らんやないか」
ギュウウウウウウウウウッ
「痛でででででででッ!! お前が先に言ったんだろうが!! 理不尽ッ、理不尽だ!!」
幽霊よりも恐ろしい優奈の暴力に耐え凌ぎながら、疾風は一歩一歩真っ直ぐに鏡の館を進んでいく。正直今すぐに優奈を放置して走り出しビビる姿を拝んでやりたいが、凪咲を脅しに使われたのではそれも出来ない。
(だが、それでオレを完全に屈服出来たと思ったら大間違いだぞ優奈ッ! 契約に縛られているのならその契約の内側で貴様を恐怖のどん底に突き落とすまで。お前がビビりまくってピクピク身体を震し、赤面しながら失禁する様を画面向こうのマニア共にお届けしてやるぜ!!)
度重なる理不尽に晒された疾風の精神は再び第四の壁を突破し、復讐の炎に燃える彼の瞳は彼女をビビらせる為の作戦を瞬く間に練り上げる。
そして優奈の醜態を見るのが待ちきれない彼は、即座にその作戦を実行に移したのであった。
「……仕方ねえ、こんな鏡が有る毎に腹締め上げられてたら敵わねえしオレが一肌脱いでやるよ」
「一肌脱ぐ? 又セクハラか??」
「違えわッ!! てか又って何だ又って、さっきのは事故だからな!! そういうのじゃなくて、お前の怖さが和らぐように少し話をしてやろうと思っただけだよ」
「話って、どんなの?」
「家族の愛情をテーマにした滅茶苦茶ハートフルな内容さ。幽霊の恐怖なんてこの話を聞けば一発で吹き飛ぶ」
「本当かッ! それなら頼む!!」
そのパッと明るくなった優奈のリアクシュンに、疾風は彼女に見られない様暗闇の方向を向いてニヤリと笑った。
そしてお嬢様のお望み通り、家族の愛情をテーマーにした滅茶苦茶ハートフルな怪談を話し始める。
「昔ある所に、とある夫婦がいた。夫は目鼻立ちがクッキリとして身長が高く笑うととっても愛嬌のあるイケメン、妻は長く美しい髪をして睫毛の長くパッチリとした大きな目を持つ街を歩けば幾人もが振り返る美女。そんな二人が結婚しのだ、周囲の人々は彼らの間にどれ程美しい子供が生まれるのだろうかと話のタネにしていたのだった。そしてそんな期待の中妻が懐妊し、無事男の子を出産したのである」
「うん、それで?」
「しかし生まれた男の子は予想に反し、父にも母にも似ていない醜い顔をしていたのだ。周囲の人々は言った、病院が取り違えたのではと、若しくは妻が浮気して出来た子供なのではと。だがそんな噂が流れていると知りながらもこの夫は出来た人で、子供の為多くの時間を使い、休日には決まって朝早くから子供を連れ遠出する姿が街の人々に見られていた」
「良いね。ハートフルでちょっと恐怖心が和らいできた」
「そしてそれはある日の休日。その日も夫は子供を連れ、家から遠く離れた北海道へ向うフェリーの上に居た。そして甲板の上から大海原を見渡し面白そうに笑う子供へと彼はこう言った『お父さんは少しトイレに行ってくる。戻って来るまで此処で待ててくれるかい?』、そんな父の言葉に息子はニコニコしながら頷く。そしてその反応を見届けた夫は子供の頭を撫で、甲板から船内へと戻り、自分と息子のリュックサックを持って船を下りる。車に乗り込み、自宅に帰った」
「…………え?」
「それから数年後、夫婦の間子供が出来た。二人の良い部分を受け継いだ美しい男の子である。父はその子を大層かわいがり、毎日休日平日関係無く様々な場所へその子を送り迎えする父の姿を街の人々は見た。そしてそんなある日、近所の公園に友達と遊びに行った息子が7時に成っても家に帰って来ない。そこで心配に成った父が息子を探しに行くと、公園でまだ一人の友達と遊んでいた息子を発見する。そして慌てて駆け寄り、息子に何故こんな遅くになっても帰って来なかったんだと尋ねると、息子は今日友達に成った子の親を一緒に待っていたと答えた」
「………………」
「其処で夫は同じくこんな時間まで遊んでいたその友達に話し掛けた。その子は少し離れた所に顔を俯かせて立っており、周囲が暗く成っていた事もあって顔がよく見えない。夫がその子に近付きながら『親御さんは?』と尋ねても、その子供は何も答え無い。『お迎えは?』と尋ねても、その子供は何も答え無い。『お母さんは?』と尋ねても、その子供は何も答え無い。そして、『お父さんは?』と尋ねるとその子供は下げていた顔をパッと上げて………………………お”前”だ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!!!」
「きゃあああああああああああああああああッ!!」
ドオォン”!!!!
「がッはァ!!!!」
この手の怪談ではお決まりのお前だオチを喰らった優奈は、甲高い悲鳴と共に正拳突きを疾風の背に叩き込んだ。そしてその鋭い衝撃を受けた疾風は激痛の余り前倒しに床へ手を突いた。
しかしその行動は反射的だったのか優奈の記憶には残らず、彼女は突然倒れた疾風へと慌てて声を掛けてくる。
「おいッ、疾風如何した! 何にやられたッ!!」
「お前だあああああッ!!」
「きゃああああああああああああああああッ!!」
ズバァン”ッ!!
期せずしてオチの繰り返しの様に成ってしまった疾風の四つん這いになった脇腹へと、優奈の回し蹴りが快音を響かせる。
その背中と脇腹に感じる激痛の中で、疾風はもう彼女相手に策を巡らせるのは辞めようと心に誓ったのであった。




