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第十三話 優奈との外出②

「ひぃッ、うわああああああああああああッ!!」


 夜空が見下ろす深夜のハイウェイに、一人の男の情けない叫び声が400ccの排気音に混じって木霊する。


「うるせえな、いつまでワンワンワンワン鳴き続けてんだ。いい加減慣れろ」


 高速道路に乗ってから10分、絶えず背後に大音量の絶叫を聞き続けていた優奈が首を少し後ろへと曲げて言った。しかしそんな事を言われても関係無く疾風は情けない声を上げ続ける。


「なッ、慣れろって無茶言うなよ! 訳も分からず外に出されたかと思えば、突然時速100キロ越えで走るバイクの後に抱きつかされてんだぞッ! そもそもッなんでオレ今こんな事に成ってるんだっけ? 罰ゲームか何か??」


「あ? あれだろ、確かお前が如何してもアタシの外出に同行したいって泣いて頼んだから仕方なく後ろに乗せてやってんだろうが」


「へえ! 君とっても記憶力が良いんだねッ!!」


 優奈曰わく外出に同行したいと泣いて頼んだという疾風は、何やら行きたい所が有るとだけ伝えられ、現在彼女の操るバイクの後ろに乗り真夜中の高速道路をかっ飛ばしているのであった。


 正直車であれば何とも思わない高速道路もバイクという風をもろに受ける乗り物、優奈の背に腕だけで抱き付いているという条件変更のみで此処まで絶叫マシン染みるのかと驚かされている。

 視線を下げ凄まじい勢いで背後へ流れゆくアスファルト見ながら、疾風は何故これが法律で認可されているのかと心から思った。


「わッ、分かった! 静かにする、静かにするからもうちょっとだけ安全運転で走ってくれ!! 時速30キロぐらいでッ」


「原付じゃねえんだから、んな速度で高速走ったら逆に危ねえだろうが」


「じゃ、じゃあせめて追い抜きだけは止めてッ! 何で深夜の高速ってこんな殺伐としてんの、大型トラック同士が馬鹿みたいな速度でデッドヒートしてるんだけどッ!!」


「ヤバいよな。アタシも負けてらんねえ、ちょっとお前の歳の数だけ前のトラック抜くから見てろッ」


「止めてッ! 負けて良いから、誕生日の彼女に格好付けるヤンキーみたいな事しなくて良いから!!」


「卍オレ我流でバイク学んだから、アクセルの緩め方知らないんだわ卍」


「痛え、痛えよッ!! そういう奴に限ってちゃんと教習所で免許取ってるんだよ! お願いだからッ、アタシの事大切に思ってるなら安全運転してえぇぇッ!!」


ブルゥン、ブゥン、ブオオオオオオオオ”ッ!!!!


「きゃああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 疾風の願いも虚しく、何故かよく分からないスイッチが入ってしまった優奈は高速道路を走る運ちゃん達との熾烈なレースへ飛び込んでいった。

 そして少し触れただけでバイクなど軽く弾き飛ばしてしまいそうな大型トラックの隙間を縫う様に走り、重量が何十倍も違うモンスターマシン達とポジション争いをする中で疾風が幾度となく漏らしかけたのは言うまでもない。



 そうこうして疾風が恐怖と叫び過ぎで顔色青白どころか真っ白に成り掛かった頃、優奈の運転するバイクがようやく高速道路を下り下道へ入った。


 しかし入ったその道は異様に静かな場所。疾風には、周囲を包む静寂の理由が単純に今が深夜だからというだけではない気がした。

 人の寝息さえ感じられない死んだ様な空間。しかしそんな静寂を排気音が無作法に引き裂き、バイクはどんどんと人気ひとけの無い山間部へと進んでいく。


 そして周囲に民家も消え、見渡す限り木しか無くなり、互い以外の気配が消えた辺りで疾風は口を開いた。


「あの、優奈さん? これ若しかして僕殺されたりとかします?」


「ああ、もうこれだけ山奥に来れば死体が見つかる事もねえだろう。野生動物に食い荒らされて綺麗さっぱり……うおッ!? ばッ、馬鹿冗談だ!! もう直着くからじっとしてろッ」


 死ならば諸共と背後からハンドルを狂わせようとしてきた疾風を優奈は慌てて止める。


「こいつ偶に常識が通じない時があるよな……。まあ良い、この道を真っ直ぐに進んだら目的地に到着だ。けどもう暫くで最後の難関が来るから覚悟しとけよッ」


「最後の難関?」


「この先にヘアピンカーブが4連続で待ち構えてる。其処を一切ブレーキを掛ける事無く走り抜けば、目的地はもう目の前だ」


「えぇ…なんでだよ。普通にゆっくりブレーキ掛けながら一個一個曲がっていけば良いじゃん」


「卍オレ我流でバイク学んだから、アクセルの緩め方ッ……」


「ああもう分かった分かったッ!! もう良いからさっさと終わらせてくれッ!!」


 優奈の言っている事は依然何一つ理解したくもないが、それでも此処一時間近くノンストップで恐怖に晒され続けた疾風は悲しい事に少し慣れてしまった。

 下手に抵抗して恐怖心を煽らず、腹を据えて運命を受け入れる事とする。


 そして背後でもう抵抗する事さえ辞めた疾風を、優奈はまるで『ちったあ成長したじゃねえか』とでも言う様な目線で見た後にこう注意した。


「もうじきそのカーブゾーンに入るぞ。急カーブだから身体に滅茶苦茶な遠心力が掛かる、振り落とされない様しっかりしがみ付いてなッ」


「お、おうッ!!」


 優奈にそう忠告された疾風は、本格的に覚悟を決める。

 そして振り落とされない様に改めて、優奈の身体へガシッと彼は抱きついた。


ムニュッ


「…ッひゃう!?」


 しかしその瞬間、疾風は抱きつき直した掌に何か途轍も無く柔らかな突起物の感触を覚える。更にそれと同時に、前方から聞いた事の無い誰かの声が聞こえた。


「えッ、誰今の声!? 何か聞いた事のない可愛い女の子のこえッ……」


「疾風てめえ”ッ!! 何どさくさに紛れて人の胸揉んでんだッ、ブチ殺すぞォ”!!」


 その優奈が発したドスの効いた怒鳴り声で疾風はやっと気が付いた。抱きつき直した彼の両手が意図せずに彼女の胸に触れ、其れ処か鷲掴みにしていたのである。


「へぇ? あ、ごめんッ!!  わざとじゃ無い!!」


「わざとじゃ無いで許されたら警察もヤクザもこの世に居ねえんだよ!! てめえ、本当にこの山奥で殺して帰ってやろうかッ!!」


「ごめん、マジでごめんッ!! …ってか、おい優奈ッ!? 前見ろ前ッ!!」


「ああん? ……うおッ!?」


 疾風が起こしたトラブルに優奈が背後へと殺意の視線を向けている間に、いつの間にか彼女が言っていたヘアピンカーブがもう目と鼻の先まで迫って来ていた。

 しかも怒りが無意識にアクセルへと伝わったのか、バイクは凄まじい速度を纏い今まさにカーブへと突入しようとしていたのである。

 

「マジかよッ、これはッ本気でヤバい!! ブレーキが間に合わねえ、カーブも曲がりきれねえぞッ」


「嘘だろッ!? 死ぬのッオレ達死ぬの!?」


「うるせえなッ! 死なねえ様に今必死で考えてやってんだろうがッ。……おい疾風″!! アタシが合図したら全体重をコーナーの内側に向けろ。もうこうなったらッこの速度でヘアピンカーブを曲がりきるしかねえッ!」


 優奈は一瞬の躊躇が命取りとなる状況の中で力強く疾風へとそう指示を出した。


 既にこの速度ではブレーキを慌てて掛けた所でカーブには間に合わない、制御不能へ陥りガードレールを突き破って谷の下へ真っ逆さまだ。確実に死ぬ。

 ならばいっそ一か八かに賭け、生死をこの速度のままカーブを曲がりきれるのかという一点に賭けるしかない。


「分かったッ、こんな所で死んで溜まるか。お前の合図を信じるぞ!!」


 疾風もまた本当に死が迫ればヘタレな事を言わず、生き残る為即座に覚悟を決める。


 そうして瞳孔が開き瞬きの消えた4つの瞳が見据える中、そのカーブはどんどんと彼らの前へ迫ってきた。

 機を見誤れば死。完璧なタイミング、完璧な位置でハンドルを切って始めて半分有るか無いかという確率に挑戦する権利が与えられる。


 そして等々、二人の乗ったバイクは死のヘアピンカーブへと突入した。



「………………………今だッ”!!」


ッキキィ″ィ″ィ″ィ″ィ″ィ″ィ″ィ″!!!!



 彼女の発した合図を受け、疾風と優奈は全体重をコーナーの内側へと傾ける。

 その結果バイクは地面スレスレまで傾き、直ぐ頬の横に恐ろしい速度で過ぎ去っていくアスファルトの地面が見えた。しかしそんな状態でも車体が横転せぬ様優奈がアクセルとハンドルを匠に操作する。


 結果その甲斐あって、二人の乗ったバイクはギリギリでガードレールに衝突する事無くカーブを曲がりきった。

 

 だがそれでも安心するには未だ早すぎる。

 地面の匂いが分かる程倒した車体を元に戻さなければこのまま曲がり続け岩壁に衝突、若しくは体勢崩れてアスファルトの地面とキスする未来が待っている。


「反対側に体重を掛けろ!! 車体戻すぞォッ!!」


 そう優奈の指示を受けた疾風は一気に反対側へと体重を掛ける。そして遠心力も利用し元の安定した体制に戻れるかという最後の勝負に打って出た。



「「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」


ィ″ィ″ィ″ィ″ィ″…………ブオオオォォォォンッ!!



 疾風と優奈は叫び声を重ねながら全体重を反対方向へ掛け、何とかその傾いた機体を元の状態に立て直す。

 そしてバイクは数度大きく左右に揺れたものの、何とか安定を取り戻す事が出来たのであった。


 間一髪で死地から生還した優奈は漸くブレーキを掛け、いつも以上にゆっくりと車体を減速させ、バイクを停車させる。


「………はあッ、はあッ、はあッ、はあッ」


「……はッ…はッ…はッ…はッ…はッ」


 バイクから降り、静止した道路に両足を付けた二人の荒息だけが木々の隙間に響くという時間が数秒流れた。

 何とか生き延びたものの、しばらく間近で触れた死の緊張が付き纏い、自分が生きているのか死んでいるのか確信が持てなかったのである。


「なあ優奈ッ……」


 しかしそんな正しく生きた心地のしない無言の沈黙を、疾風が万を辞して破ったのであった。


「あッ? 何だよ??」


「…………お前以外と胸デカッ、ブッフェ!!!!」


 ドゴオッ”!!というバンクエットオブレジェンズの世界でも滅多に聞かない素晴らしい打撃音を上げ、腹に優奈の蹴りを受けた疾風が吹き飛ぶ。



「お前を後ろに乗せてたら次は何されるか分かんねえから此処に置いてくわ。この道真っ直ぐ行った先に目的の建物がある、其処まで歩いてこいッ」


「…………ちッ、ちょっと待って…ッ。 冗談、緊張を和らげようと思って言ったじょうだッ」


ブゥン…ブオオオオオオオオオオオオンッ!!



 疾風のセクハラ発言で九死に一生を掴んだ緊迫も薄れた優奈は、蹴りと共にこの先は歩けと伝えバイクに跨がる。

 そして振り返りもせず、僅かさえ後ろへ注意を向ける事なくアクセルを捻ってバイクを発車させた。


「………………」


 彼女は、本当に戻ってくる事は無かった。

 一人深夜の山に放置された疾風は、20分以上掛け徒歩でその目的地へ向かう事を余儀なくされたのである。

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[良い点] 現実で超高速を体験させることで、ゲーム内での体感速度を向上させる…なんてクレバーなんだ(深読み空振り勢
[気になる点] これだけしゃべる時間があれば止まれるような……
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