第十二話 ウィザードの視点②
【次の前線位置が確定しました。中立地帯内の優勢により前線が前進します】
へキムの元へとそう嬉しい知らせが届いた。
アーチャー二枚体制という考え得る限りで他に無い程序盤戦に強いチームを相手に最初の前線確定で敵側へと押し込む事が出来たというこれ以上無い戦果だ。恐らくここ暫く練習していたエイナとドンファンの連携が上手く嵌ったのだろう。
これでかなり戦況が有利に成った事は間違い無い。
しかし、油断は禁物である。
「エイナ、少し前に出すぎだよ。無理して敵を追う必要は無いから、中立地帯の半分より敵側は行かないようにして」
『……了解ッ』
せっかく楽しく成ってきた所へ下がれと言われて、エイナは少し唇を尖らせた声を返してくる。しかし声は不満げだが言われた通り彼女の位置を知らせる点は後退する。
【光魔法陣×1 土魔法陣×1、生成完了】
【所有魔法陣:光×1 土×1】
【土魔法陣×2、生成開始】
魔法陣の生成完了報告を受けたへキムは即次の生成魔法陣を入力して目線をマップへと戻した。
試合は此方の優勢で進んでいる。しかし勝敗を決定付ける程圧倒的な差は依然生まれてないのだ。
エイナとドンファンは彼自身が無理をしないようにと釘を刺していた事もあり、敵プレイヤーをキルするには至っていない。此方は四名、相手側も四名。この数の何方かが三へ変わった瞬間戦況は一気に揺らぎ始めるであろう。
このバンクエットオブレジェンズというゲームは、1つのキルが非常に重い意味を持っている。
そもそもプレイヤーの数が四人しか居ない為、一人減るだけでも単純計算で戦力四分の一減。しかもキルされれば相手側を確定で一レベル上昇させ、更に限界突破で9レベルまでの成長を可能にする。
そして経験値を稼ぐ手段がドラゴンを倒す以外には一人一人のプレイヤーが動き回りモンスターを倒す他無い以上、例え前線を押し込み自陣を広くしたとしてもそのスペースでレベリングを行ない経験値を収穫する者が居なければ宝の持ち腐れだ。
だから絶対に、何としてでもキルされる事だけは避けなくては成らない。そしてここぞという勝負所以外では、仲間達を制止し命を守るのがリーダーであるへキムの役目なのである。
それ故、今マップ上でコソコソと持ち場を離れようとしている点を、大変心苦しいが見逃す訳にはいかないのである。
「ジークッ、ステイ」
『………グルルルルルッ!!』
「チッチッチッ……ジーク、ステイ」
『ウウゥゥゥ、バウッバウッ!!』
「ジーク…………ステイ”ッ」
『クゥン…………』
右のジャングルからこっそり竜の巣を越え、前線争への参加を目論んでいた野良犬をレベリングに戻した。
全く、エイナとドンファンの方へ意識を向けていると直ぐコレである。敵の動きだけで無く味方の動きにまで気を張らねば成らないとは、ウィザードも楽な仕事では無い。
【土魔法陣×2、生成完了】
【所有魔法陣:光×1 土×3】
【土魔法陣×2、生成開始】
そしてへキムは順調に次の展開へ備え魔法陣を蓄積し、試合は序盤の目まぐるしい様子から変化して一時的な硬直状態となる。
前線での戦いは、依然両チーム間で止まる事無く駆け引きが続いている。だが互いに前線を無理に押し上げる様な動きやキルを取りに行く様な動きは無くなった。
それ故へキムはエイナとドンファンへと細かに指示を出しながら、定期的に野良犬をジャングルに押し返しつつ、大きな変化の無いマップを眺め続けたのである。
しかし、彼はその間一瞬たりとも気を抜く事は無かった。敵も此方も機が熟すのを待ち、勝負に打って出るタイミングを見計らっているだけなのだと分かっていたから。
互いの額へ安全装置の外れた銃口を押し付け合っている様な緊張感。それが恐らく互いにフィールドの端同士に居るであろう敵のウィザードとへキムとの間で、一秒と開ける事無く交し続けられていた。
そして、第2ラウンドはエイナの報告より始まった。
『相手が動いたぞッ。敵アーチャー二人とナイトが前線優位を取り返しに攻め込んで来た、動き的にナイトは6レベ、アーチャー二人も最低4は有ると思う』
そうエイナからの報告を受け、へキムの既に温まっていた脳は急加速する。
ナイトがレベル6という事は、やはり敵はかなり多くのスペースを割いてナイトにレベリングを行なわせていた様である。そしてその目的は此方と同じ、ウィーリアジョブ同士のエース対決に試合の勝敗を掛けるつもりなのだろう。
そしてそんな相手の出方に対する最も定石的な手段。それは此方もジークを動かし、どちらのエースがより優れているのかという事をぶつけ合わせて確かめるという物。
しかしそれでは余りにブサイクだ。全てを優秀な仲間達にぶん投げて自分は高みの見物など司令塔としての美学に反する。
(決戦を行なうのなら、99,9%勝てる状況を作ってからだ。皆が勝てる舞台を僕が作るッ)
そう胸中にて呟いたへキムは脳の回転を更に加速させ、確実に勝てる状況を生み出す為のアクションを開始する。
「ジーク、やっと仕事の時間だよ! 可及的速やかに竜の巣へ登りドラゴン討伐を行なってくれ。そしてその後漸く敵とぶつかって貰うよ」
『……アアッ、やっとかよ。暇すぎて人間の言葉忘れそうだったぜ』
「エイナとドンファンは正面からぶつかる事は避け、目標を切り替えたと敵に伝わる様キッパリとした動きで撤退して。そして竜の巣に入りジークと合流。合流地点はマップ上にピンを刺して示しておく」
『了解。ジークが自陣化する頃までには竜の巣に入っていれば良いんだよね』
『チッ、やっぱ突っ込むのは駄目か…………』
一人かなり不安に成る様な事を言っていたが、それでも三人とも指示に従って行動を開始してくれた。敵の動きに触発され着実に決戦準備が進んでいく。
そしてヘキムの元へも、決戦へ向けた最終準備完了の通知が入る。
【土魔法陣×2 生成完了】
【所有魔法陣:光×1 土×5】
【攻撃魔法:アースクウェイク発動。消費魔法陣:土×4】
【へキム 3000ex獲得】
【レベルアップ レベル5へと到達しました】
【光魔法陣×1 風魔法陣×2、生成開始】
溜め込んでいた土魔法陣を一気に吐き出し、時間経過により再スポーンしてきた前方ジャングルの経験値達を大地震によって回収する。そして何としてでも疾風がドラゴンを倒すまでに達成しておきたかった、レベル5に到達するという目標を果たす。
そして更に3つまで増えた魔法陣生成枠で次なる魔法の準備を開始。
ヘキムは試合開始時から変わらずスタート地点に立ちながら、最終局面へと向かっていく仲間達の点を高まる拍音と共に見詰めたのであった。




