第十二話 ウィザードの視点
「分かったね皆。全員持ち場を守って、それぞれに与えられた役割へ忠実に行動しよう。それがチームの勝率を高める一番の方法なんだ」
「了解!」
「…了解」
「ジーク、分かったかなッ? 持ち場を守って役割へ忠実にッ」
「りょ、了解……」
ジークがチームに正式参加してから3回目の練習。
空に描かれた開戦までのカウントダウンが10秒を切る中、リーダーのへキムがチームメンバーに何よりも重要な確認事項について話をしている。そしてそれに対する反応が乏しかったエースに、特別念をおして伝えておいた。
そんな最早定番と成ったやり取りを経て、遂に試合開始の時刻となる。
……ッドオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ン!!!!
「よしッ、試合開始だ! 皆気合い入れていこう!!」
「「「おうッ」」」
空に表示されたカウントダウンがゼロとなり、幾発もの花火が打ち上げられると同時にステージへの道を塞いでいたオーラの壁が取り払われる。
そして威勢の良い闘志溢れる声を上げて仲間達が駆け出していく中、ウィザードであるへキムは一人スタート地点へと残り、足を止めてマップを開いたのであった。
これがチームの司令塔たるマジッククラスの役目。
他のメンバーが雑念無く戦闘へ集中出来る様に、一人孤独に脳味噌を回転させ続けるのが彼の仕事だ。
【風魔法陣×1、生成開始】
味方がちゃんと所定の位置へ向かえているのかという事を確認しながら、へキムは早速魔法陣の生成を始めた。
ウィザードの戦いとは、自らが駒を作れるチェスと捉える事が出来るだろう。
ウィザードが試合に直接干渉する手段である魔法は、魔法陣という物を消費して放つ。そしてこの要素の肝は魔法陣を生成するのに一定の時間が掛かり、魔法が必要に成った段階で慌てて魔法陣を作るのが通常の手段では出来ないという点にある。
其処で重要に成ってくるのが、事前に戦況の変化を予測して魔方陣を用意しておく準備の概念だ。
【風魔法陣×1、生成完了】
【所有魔法陣:風×1】
風の魔方陣の生成が完了した。
魔方陣には火、水、風、土、更にはウィザードを選ぶかネクロマンサーを選ぶのかによって光と闇の魔方陣も生成可能になる。この各プレイヤーに五種類与えられた魔方陣を組み合わせて多種多様な魔法を放っていくのだ。
【風魔法陣×1、生成開始】
そうして魔方陣を1つ生成すれば、直ぐにまた新たな魔方陣の生成を開始する。
1つの魔方陣程度では大した魔法を放つ事は出来ない。幾つもの魔方陣を重ね合わせ大魔法を放つからこそウィザードは試合を引っ繰り返す力を持つチームに必須のジョブと呼ばれているのだ。
更にこの生成する魔方陣を如何に素早く、如何に正しく選択出来るかという所がウィザードの技量と呼べる部分であろう。
「さて、皆はちゃんと定位置に向かえているかな?」
しかし、そうは言っても魔方陣の生成のみに意識を裂いている訳にもいかない。
へキムにはチームの司令塔としてマップを眺め指示を出すというもう一つの大きな仕事が有るのだ。
マップを見る限り、メンバーは全員決められた場所へと迎えている様である。
エイナはアーチャーの定石通りジェットストリームで前線へと駆け上がり、龍の巣により二分されたうち左サイドの前線へともうじき到着しそうだ。
ドンファンはエイナの後方、中立地帯に隣接する自陣ジャングルにてレベリングを行なって貰う。エイナは前線優位を得る能力は有るが少し攻めすぎる気も有るので、不足の事態に対処する為カバーに入れる位置へ着いて貰った。
更にジークは右サイドの前線に隣接するジャングルを一人で広く使いレベリングを行なって貰う。一応変に移動しないようエイナやドンファンとは龍の巣で遮っているが、兎に角気が抜けない。彼なら容易く龍の巣を通り抜け反対側へ抜けられてしまうからだ。
他よりも注視し、彼の居る場所は常に確認していなくては成らない。
【風魔法陣×1、生成完了】
【所有魔法陣:風×2】
『へキム、敵にエンカウントした。どうやら敵はアーチャー二人態勢らしい』
二つ目の魔方陣が生成完了したのと殆ど同時、エイナから敵と遭遇したという報告が入る。そして如何やら少し面倒な状況と成ってしまったらしい。
ギルドクラスのジョブは各チーム何人でも選択する事が出来る。そして同時に、同じジョブを複数人で選択するという事も可能。
そして今回敵が使用してきたアーチャー二人というシステムは、一定の知名度がある超短期決戦向きな編成であった。
アーチャーは幾らでも選択出来るレンジャークラスでありながら、低レベル時で比較するとナイトやパラディンをも上回るステータスを持っている。
それ故、その低レベル時最強ジョブを二枚も揃えていれば序盤の前線押し合いでは殆ど無敵と言って差し支え強度を誇るのだ。
しかし、当然メリットが有ればデメリットも存在する。
前線押し合いでは通常のレベリングに比べ稼げる経験値の総量が減る。しかも二人で前線に上がれば狭いエリア内で経験値を食い合う事となり、最終的に見た経験値量も減少するだろう。
だがそれでもこの編成を使って来ているという事は、余程序盤に前線を押し上げる事へ重点を置いたチームなのだと思われた。
そしてそれらへキムの持てる知識が教えてくれたこの瞬間の最適解はこうだ。
序盤にアーチャー二枚体制と真正面からぶつかるのは得策ではない、一旦前線優位は譲るべきだと。
しかし彼は、エイナにこう尋ねたのである。
「じゃあエイナ、その二人相手にやれそうかい?」
『ああ、一人でもやられはしない。ドンファンが上がってさえこれば確実に押し込める』
「分かった。じゃあドンファンが来るまで持ち堪えてくれ、彼には少し速度を上げて前線へ登るよう伝えておく」
『了解』
そうエイナとの会話を終えたへキムは、直ぐにドンファンへと文字で『前線へ向う速度上げろ』とメッセージを送った。
間違い無く、論理的に考えれば此処は引かせるべきであろう。敵がアーチャー2人なのに対し、此方はアーチャー1人。不利に成るのは当たり前だ。
しかしそれでも、へキムはチームメイトとして見てきたエイナというプレイヤーへの知識を元に此処は前線へ残らせるべきという判断を下したのである。
彼女は間違い無くこのバンクエットオブレネジェンズで上澄み中の上澄みに入る対人戦闘能力の持ち主だ。その彼女がやられはしない、ドンファンが合流すれば押し込めると言った以上キルを取られるという最悪の事態は起らない筈。
ウィザードの仕事とは唯論理的な正解を仲間に伝える事ではない。チームメンバーとして見てきた仲間一人一人の情報、それを元に最善な選択を下すのが仕事なのである。
【風魔法陣×1、生成開始】
だが次なる魔方陣の生成を開始しながらも、へキムはエイナがいる前線を注視し続けていた。
仲間の事は信用している、出来ると言った以上は間違い無く出来るのだろうと。
しかし、このゲームでは不測の事態など試合中に幾らでも起る。そしてその内容によっては緊急的に対応しなくては成らない場合もある。
それ故今最も目まぐるしく動いている地点へと注意を向けるのは当然な事であった。
「…ッ!?」
すると、マップに表示されたエイナのHP表示が突如減少する。
恐らく敵の攻撃を受けたのだろう。流石の彼女と言えどもやはりアーチャー二人を一人で相手取るのは苦しいらしい。
マップ上に表示された点で見る限りでは、敵に主導権を握られ狭いエリアに押し込まれている様に映っている。
此処で彼女を援護する為魔法を放つべきか? そうへキムの中で問が浮かび上がってきた。
恐らく今彼女へ強化魔法を掛ければこの状況は好転するであろう。
唯スピードを上げる魔法だけでもエイナはそれを切っ掛けとして一気に持ち直す筈だ。
しかし魔方陣は有限で1度使えば消滅してしまう、今消費してしまって本当に必要な時に足りなく成ったら如何するのか。だが此処でキルを取られ、敵に序盤でレベル的人数的不利を取る事こそ最も避けるべき事態なのではないか。それでもやはり、エイナがキルは取られないと言った以上信じるべきではないか。しかしだが念には念を入れ、最悪の事態だけは避けるべきなのではないのか。
そんな絶対解の存在しない問がイタチごっこの様にグルグルグルグルと頭を巡る。
それでも、へキムは最後とある通知を区切りに自らの責任でもって1つ決断を下し、それを行動へと移したのであった。
【風魔法陣×1、生成完了】
【所有魔法陣:風×3】
【攻撃魔法:ワンダラートルネード発動。消費魔法陣:風×3】
【へキム 1300ex獲得】
【レベルアップ レベル3へ到達しました】
へキムは貯めていた魔法陣を消費し攻撃魔法を放った。
しかし、それはエイナを援護する為の魔法では無い。当初の予定通りな、速やかに自らがレベル3へ突入する為のレベリング行為である。
エイナであれば間違い無くドンファンが到着するまで持ち堪える事が出来る。そう判断したへキムは他のメンバーと被っていない、スタート地点から一番近い龍の巣によってV字状に割られたジャングルへと魔法攻撃を放ったのである。
そして其れにより発生した巨大竜巻はジャングルの木々を薙ぎ倒しながら進み、多数のモンスタを巻き込み倒して一気に彼をレベル3へと押し上げたのであった。
【光魔法陣×1 土魔法陣×1、生成開始】
その行動により、レベル3へ到達した彼は1度に生成出来る魔法陣の数が2つに増えた。この魔法陣生成能力の差が長期的に見ればチーム全体へ多大なアドバンテージを与えると信じての行動である。
しかしこの行動によって得たアドバンテージも、若しエイナがキルされてしまえばディスアドバンテージに上回られてしまうだろう。
だがそれでも、絶対に彼女は倒れないと信じ、チームの頭脳として全ての責任を背負いヘキムは行動したのである。
そして、その選択が正解だったのか間違いだったのかという事を示す情報が、彼の元へと届いたのであった。
『間に合った…何とかエイナに合流出来た。これから前線の援護に回るよッ』
『遅えよ、一秒で来い。何の為の筋肉だ?』
『無茶言うなッ! こっちはエルメスシューズ使って最大限飛ばしてきたんだッ、寧ろそっちこそ筋肉を何だと思ってるんだよ!!』
ボイスチャットから、エイナと合流したドンファンの声が聞こえて来たのである。
「……ハハッ、良かった。取り敢えず前線は何とか成りそうだね。其れじゃあ二人共、無理してキルを取る必要は無いからリスクを最低限に前線を維持してくれ」
『『了解』』
結果的に、へキムの決断は正解を選んでいたらしい。
彼は無事当初の予定通り素早くレベル3へと到達し、エイナはキルされる事なくドンファンと合流する事が出来た、
しかも更にその後、エイナとドンファンは前線を維持するだけでなく中立地帯内の優位を手に入れ、前線を敵側へ押し込む事にまで成功したのであった。




