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第十一話 聡太との外出⑥

「そうたぁ……おーい………待ってくれぇ~…………」


 ジムからチームハウスへと戻る帰り道。ゆっくりとした歩みで帰路を辿っていた聡太を、背後から聞こえたふやけた声が引き留める。


「疾風、本当に大丈夫? かなりゆっくり歩いているのに付いて来れないって、やっぱり気絶した影響で何処か悪く……」


「唯ッ、久し振りに激しい運動して疲れただけだよ……。ハアッハアッ、此処もう二年以上ベッドに寝転がってるだけの生活してたのに……ちょっと調子乗り過ぎた。多分明日は筋肉痛で殆ど動けねえぞ……」


「でもやっぱり少なからず疲労以外の要因も有る筈だよ。まあ、俺の責任でも有るし仕方ない……………ほらッ」


 そう言って聡太は路上にしゃがみ込み、背中を疾風の方へと向けた。


「ほらって……何?」


「いやだから、おんぶ」


「おんぶって、オレ一応二十歳過ぎてるんだぜ? んな醜態を人様の前で晒せるかよ」


「今周りに殆ど人歩いてないから大丈夫だよ。それに僕と疾風の体格差が有れば、遠目には小学生の弟をおぶる高校生の兄くらいのハートフルな絵に映る」


「誰が小学生だッ。こう見えても一応オレ170センチ有るんだからな!」


「じゃあ僕が195センチだから、疾風から見れば145センチの人間と同じくらいの身長差が有る訳だ」


「………ギリ、中学生だろ」


「はいはい、じゃあ中学生様早く背中に乗って下さい。このままじゃ15分で着ける家までの道程に一時間掛ける事に成るよ」


「グヌヌヌ…………………………ッ」


 疾風は屈辱だったが、それでも今の精根尽き果てた自分の身体は一歩動くだけでも辛く、聡太の好意に甘える他無かった。

 数秒の躊躇を挟み、疾風は聡太の背に乗る覚悟を決める。


 そして首に手を掛けておぶさり、聡太の身体が立ち上がった瞬間グンッと上がる視線の高さに疾風は驚かされた。これが身長190センチ越えの人間が見ている世界かと。

 だがそれと同時に、これが自分と聡太の身長差かと悲しくも成った。


 しかしそんなチビのひがみなど知りもせず、高身長の筋肉ゴリラはチームハウスへ向けて一歩一歩足を進めていったのである。


「…………聡太、さっき実はちょっと嘘を付いた」


 195センチの新鮮な視界を眺めながら、疾風は背中より聡太に話し掛ける。


「嘘って?」


「実はオレの身長はな、169,9センチなんだ」


「こすッ! 0,1センチだけ盛ったのかよ!? 何なら175とか言えば良かったのに」


「いや160台か170台かって事が重要なんだよ。170センチがギリギリ格好いい系で行ける限界、それ以下は可愛い系で行くしか道は無くなるんだよ」


「いやそんな事無いでしょ。170無くても格好いい人だって居るよ、リヴァイ兵長とか」


「それ逆に言うと一個旅団分の戦闘能力無きゃ170センチ未満は格好いい系には成れないって言ってる様なもんだろ? 絶望じゃねえか。チビは壁外遠征行けってか?」


「たッ、確かに……」


 疾風の訳が分からないが、しかし何故か説得力のある理論に聡太は論破されてしまった。


「あ~あ、多分成長過程で爺ちゃんにしごかれて筋肉付け過ぎたのが原因なんだろうな。其れが無かったら今頃オレも195くらい行ってた」


「希望的観測は自由だけど虚しくなるだけだよ。今の自分が、一番ベストなのさッ」


「うわッ、その慰め195の奴が言う?」


 聡太の放ったそこそこ良い言葉も、心のすさみきったチビのひび割れた心を振るわす事は出来ない。


 しかし聡太はそんな疾風の反応よりも、彼がポロッと溢した爺ちゃんという言葉の方へ気が留まった。その爺ちゃんというのは、恐らく前にも言っていた疾風に空手のような物を教えていた人物なのだろう。


 更にその情報と結び付いたのは、疾風が気絶している間に彼がケビンと交したとある会話の内容。



『一体何があったですかケビンさん! 貴方が力加減を間違うなんてッ』


『Oh no……Sorry、ワタシの悪い癖が出てしまいましタ』


『悪い、癖?』


『YES……………実は、ワタシ昔army、軍隊に居ましタ。そこでワタシ戦争終わったばかりの場所……管理する仕事してたネ。でも戦争終わったケド、ワタシ達嫌いな人沢山イタ。普通の人…みたいに成ってコウゲキしてくる敵も居たネ」


『そ、その話が今と何の関係が…』


『だからワタシ、時間かけてッ殺されないタメ敵見分けられる様成ったヨ。人殺した事ある人、オーラで分かるネ。目とか、動きとか…スメルにサインが出るヨ。それで………………ハッティーにそれ出てたヨ』


『ッ!?』


『フィーリングだから証拠は無いネ。でもハッティーのパンチ、人殺した事ある人のパンチとワタシ思ったデス。だから、気が付いたらカウンターしてたヨ。軍隊時のクセ、未だ残ってると思わなかっタ。日本平和だから、こんなの始めてデス』



 そんな1分そこらの会話を交した後、疾風が目を覚ましたのである。


 当然、聡太も所詮フィーリングに過ぎにないケビンの発言を信頼している訳ではない。

 未だ出会ってから時間は短いが、その短くも濃密な関わりの中で彼は疾風の事を良い奴であると認識していた。とても人を殺している様な人間には見えない。


 だがそれでも、こんな話を聞いて気にするなという方が無理な話であろう。

 ケビンは昔から良い人と悪い人は見分けられると言っていた。そして実際、ジムへの入会を拒んだ相手が窃盗犯として後日ニュースに出ていたという実績もある。


 だから少しだけ、直接核心には触れないけれども、少しだけ掠る程度に探りを入れてみようと思ったのだ。


「……そのお爺さんって、前に疾風が言ってた空手みたいな物を教えてくれてた人?」


「ん? ああその通り、前言ってた人だよ。人か如何かは怪しいラインだけどな、仙人とか天狗とか鬼の方が近いかも」


「じゃあさ。疾風は何でそのお爺さんに空手みたいな物を教わろうと思ったの?」


「何で…………ッ?」


 そう聡太が質問したとき、疾風は一瞬言葉に詰まる様に沈黙した。

 その流れた無音の間に、聡太は若しや何か地雷を踏んでしまったのだろうかと彼をおぶる背に冷たい物が伝うのを感じる。



「……オレと凪咲は小さい頃に両親を事故で亡くしててさ、ある日突然家族がたった二人だけに成った」



 だがしかしそんな彼の心配とは裏腹に、疾風はその沈黙の後覚悟を決めた様に質問へ対する回答を話してくれた。



「それで、小さかった凪咲が毎日恐い恐いって泣くから…自分がこの妹を泣かなくて良い様に守らなきゃって思って。その時のオレは、強く成れば凪咲を守ってあげられると思ってた………それが、爺ちゃんに空手を教わろうと思った切っ掛けッかな?」


「…………………………そっか、良いお兄ちゃんだなッ」



 聡太はこの後にも幾つか質問を用意していたが、その全てをダストボックスに放り込んだ。

 こんな暖かい事を言える人間が人なんて殺せる筈が無い、そう確信したからである。


 きっとケビンの勘違いか、若しくは人殺しだと思わせるくらい疾風のパンチが凄かったのだろう。聡太はこう思う事で、今件に関する思考をもう一切放棄すると決めた。


「ま、その良いお兄ちゃんも今や凪咲に炊事洗濯からお小遣い、更には迷子に成った時のお迎えまでおんぶに抱っこされてるんだけどな。情けねえ……」


「今もおんぶされてるしね」


「それはお前がおんぶされろって言ったからだろうがッ! オレは仕方なく背負われてやってるんだよ」


「じゃあ此処に降ろして行こうか?」


「嫌だッ、おんぶしたからには最後まで責任持っておんぶしきれッ!! オレはもう絶対にこの両足をアスファルトには付けないからな!!」


 そう言って疾風は両手をヘッドロックの様に聡太の首へ巻き付け、両足で胴体を挟み込んだ。

 そしてその言葉通り疾風は一歩もアスファルトに足つく事無くチームハウスへと辿り着き、その日は珍しく六時間もの睡眠時間を享受したのであった。

 

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