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第十一話 聡太との外出⑤

 白い天井、消毒液の匂い、脇の花瓶に生けられた花、自分の手を握り身体をベッドへ預けて眠る妹。

 気が付くと、いつの間にか疾風は病院に居た。一体何があったのか思い出せない。だが何か取り返しの付かない事をしてしまった様な胸騒ぎだけは感じていた。


 そしてやはり何か如何しても思い出さねば成らない事がある気がして周囲をキョロキョロと忙しなく見回していると、妹が気配を察知し薄目を開けたのである。

 次の瞬間、まるでスイッチが切り替わるかの如く彼女はその目を見開いた。


「……おにい、ちゃッ…お兄ちゃんッ!? 目を覚ましたのお兄ちゃん!!」


 身体を起こし辺りを伺っていたオレを認めた凪咲が、その力尽きた様に眠っていた様子から180度変わって一も二も無く動き抱きついてきた。更にまるで昔へ戻ったかの如く、身体を振るわせ大粒の涙を流しながらワンワン泣き始めたのである。


「お兄ちゃッん、心配したんだからッ!! もうッ……一週間も意識がッ戻らないから、二度と目を覚まさないかもって…ッ思って。一人ボッチに成るんじゃ無いかってッ、グスッ、恐かったよぉッ」


 凪咲はまるで感情を嘔吐するかの如く、息を吸う事さえ拒む様子でグシャグシャに涙で濡れた言葉達を吐き出す。


 そんな余りにも感情溢れる妹の様子に、今自分が如何成って此処に居るのかを思い出せないオレは何と言葉を掛ければ良いのか分からなかった。

 だから今自分に出来る最大限として、妹の身体を抱き寄せ、今までずっとそうしてきた様に背中を優しく撫でたのである。


 そうやって少しの時間互いの体温を重ねながら過ごすと、凪咲の震えと嗚咽も段々と収まってきた。

 そして兄の胸で涙を拭った彼女は今まで背中に回していた腕をオレの後頭部へ動かし、霜柱しもばしらにでも触れる様にそっと包帯巻かれたその部分を指で触れた。


「お兄ちゃんは…何も心配しなくて良いからね? 私はもう普通の人生じゃ一生掛けても手に入らない位沢山貰ったもん、だから此れからは私がお兄ちゃんの無くした全部の変わりに成る。この傷がある限り、群雲凪咲の全ては群雲疾風の物」


 凪咲はオレの頭を覆う包帯の、その下にある深い深い傷に指当てながらまるでおまじないでも唱える様にそう呟いた。

 その妹の言葉にオレが「じゃあ冷蔵庫に入ってる凪咲のプリンも貰って良いのかな?」というと。凪咲は「それはまた別ッ!」と言って二人で少し笑った。


 笑った事により涙が引っ込んだ凪咲は、今度はオレの首に手を回してくる。そして今までこんな顔は見たことが無い、ウットリととろける様な表情で兄の瞳を覗き込みながら妹はこう尋ねて来たのだった。


「ねえお兄ちゃん。これからお兄ちゃんじゃなくて、疾風って呼んで良い?」


 凪咲にそう言われて、オレは少しショックを受けた。妹にお兄ちゃんと呼んで貰えなくなるという事が、何というか自分のアイデンティティー1つの消滅に思えたからである。

 もしも自分という存在を言葉で他人に説明する機会があったならば、オレは間違い無く群雲疾風とは群雲凪咲の兄だと第一声に発するであろうから。


 それ故オレは「如何して?」と凪咲に尋ね返した。


「だってお兄ちゃんより疾風って呼んだ方が仲良さそうに感じるでしょ? 兄妹よりももっとも~っと特別な関係! …駄目?」


 そう妹に潤んだ上目遣いの瞳で見詰められれば、もう兄は如何しようも無かった。いつの間にか彼女は自分が持つ武器の最も凶悪な使い方を熟知してしまっていたのだ。


 妹から何と言われようとオレが兄である事は変わらない、この残された唯一人の家族は自分が何としてでも守る。そう決意を新たにしながら、オレは凪咲に「良いよ」と言葉を返したのだった。


「やった、疾風大好きッ」


 オレの許可を得た凪咲はもう躊躇無くその新しい呼び方を使い、再びハグを求める様に手を伸ばして来た。当然オレが其れを拒む理由など無く此方からも腕を伸ばして彼女を受け入れる。

 しかし次の瞬間、互いの間で思いも寄らない出来事が起ったのであった。


…チュゥッ


 オレの唇と凪咲の唇が僅かな誤差も無く重なったのである。


 それが偶々起った事故的な物だったのか、将又別の何かだったのかは分からない。

 だがその夢の中で再び体感する事となった、この世にアレと並ぶ物が有ろうかという柔らかな感触と、燃えているかの如き温度がオレの心臓を大きく跳ね上げた。


 そして恐らくその刺激が切っ掛けと成ったのか、オレの意識は現実世界へと急激に浮上していったのである。




「……………………また気絶してたのか?」


 意識を取り戻し目が開いた数秒後、疾風はそう言葉を発した。

 見慣れぬ視界の天井とは対照的に、覚えのある突如導線が繋がり体に電気が流れ始めた様な感覚で今自分がうたた寝をしていた訳ではないと悟ったのである。


 一方でその彼がいきなり明瞭に喋ったという事実に対し、疾風を見下ろしていた2つの顔は今の今まで気絶していた男の無表情な顔とコントラストかの如く歪んだ。

 そして次の瞬間、まるで死者が蘇ったかの如き反応で聡太とケビンはマシンガンの如く言葉を放ってきたのである。


「疾風″ッ! 疾風大丈夫かいッ!? いや大丈夫ではないんだろうけど、何か特に大丈夫じゃ無い所とかない? ごめんね、まさか外出させて一日二回も気絶させる事に成る何て思ってもみなかった。気絶自体はまあ五分も無かったんだけど、何が起ってるか分からない。取り敢えず病院に連絡ッ、いやその前に凪咲ちゃんに連絡入れた方が良いのか…………………」


「Oh、ハッティーッ!!!! 強く殴っちゃってごめんネッ、生きててくれて本当に本当に良かったデスよーッ!! ハッティーのパンチが凄くてッつい思わずに本気のカウンター出しちゃったヨ! ワタシ殺しちゃったかと思ったネッ。生きててくれてアリガトッ、危うくブタ箱に放り込まれる所だっタッ!! ビザ取り消し、強制送還、他にもイロイロ頭を過りましたッ! Sorry!! Sorry!! ベリーベリーSorryネッ!!」


 聡太は自分が連れ出してしまったが故に2度も気絶させてしまい申し訳ないと謝ると同時に、携帯を取り出し何処へ連絡しようかとおどおどし始める。

 そしてケビンに至っては号泣しながら謝罪してきた。


「ちょっ、聡太! 病院に連絡なんてしなくて良いって! 凪咲も変に心配してすっ飛んでくるから何も言わなくて良い!! ケビンもそんなに頭下げないで……」


 凄まじい取り乱し様で言葉をぶつけてくる聡太とケビンとは対照的に、疾風はもう達観した様な表情と成っていた。

 既に今日だけで2度、夢の中を合わせれば3度意識の覚醒を経験しているのだ。慣れて良い物ではないが慣れてしまった疾風は、寧ろ取り乱しまくっている聡太とケビンを宥める側へと回る事に成ったのである。


 そして気絶していた時間も短く、身体は何とも無いからという事で押し通し、取り敢えず今日の外出は此処までとして帰宅する事と成った。

 号泣し続けるケビンに見送られ、疾風と聡太はジムを後にしたのである。

 

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