第十一話 聡太との外出③
「こんにちわ~、ケビンさん居ますか?」
元居たジムの上階、二階のキックボクシングジムへとやって来た疾風と聡太。そしてジムの入り口であるドアを潜った聡太は、臆する事無くケビンという人物の名を呼んだ。
「何奴ッ! ………Oh,ソウティーじゃないデスか! よう、5年ぶりダナ」
すると奥から金髪で青い目をした、大柄な体格である聡太を身長だけなら軽く上回る巨人の様な印象の人物が出てきた。
しかしその顔には人懐っこい笑顔が浮び、威圧感の様な物は微塵も発していない。
「そんなに経ってないですよ…精々二ヶ月ぶり位じゃないですか?」
「HaHaHa! ごめんなさいデス。ジムに居ると毎日がbusyで一杯時間が過ぎた気がしますッ。此処での三日間は外の世界での一日デス!」
「まあ、此処が繁盛してるのは良い事ですけど」
「YES。商売繁盛、一攫千金、金は命より重い…!デス!」
「また随分使い道が限られる日本語を覚えましたね…」
出てきて早々ケビンという人物はエネルギー迸る様子で聡太と会話し始めた。そして話の隙を見計らい、疾風は聡太に声を潜めて質問する。
「なあ……この癖の強い日本語の外国人誰?」
「ん? ああッ、ケビンさんは此処のオーナー兼トレーナーだよ。昔僕が通ってた時期にもお世話に成ってたんだ。癖が強く感じるのは、漫画とアニメで日本語を覚えちゃったから」
「オッス、おらケビンですッ! What your name?」
まるで聡太の説明を補足するかの如く、the漫画とアニメで日本語を覚えた外人の挨拶という言葉をケビンが発する。そして疾風へとニコニコしながら右手を伸ばし、名前を聞いてきた。
そのアクションに、疾風も右手を伸ばして握手し自らの名を名乗る。
「あ、疾風ッです」
「Oh,ハッティーですね」
途轍もなく滑らかにあだ名が付けられた。しかし、その事に関する違和感は直後彼が発した言葉の衝撃に塗り潰される。
「お越し頂き誠に誠に感謝致します、恐悦至極ッデス。で、二人一体此処へ何しに来タッ? ソウティーとハッティーでタタカイッしに来たノカ?」
ケビンは突然日常生活では聞かない仰々しい言葉を使ったかと思えば、急にぶっきらぼうな言葉遣いに変わる。
恐らく場によって使用する言葉を変えるという概念が無く、生活で触れた様々なシチュエーションの言葉を継ぎ接ぎのようにして覚えているのだろう。
そう考えると日本語とは何とも難しい言語だと思えてくる。少なくとも今の言葉でも意味は通じるというのが問題をより複雑にしている気がした。
「あ、今日は何かしに来たんじゃなく、疾風にこの場所の見学をさせに来たんです。疾風は昔空手やってたみたいだから、キックボクシングもハマるかなと思って」
「Wow、ハッティーは空手ファイターですか!? 私空手大好きですッ、後退のネジを外してある奴デスよね!」
「ケビンさんそれ多分空手とあんまり関係無い……」
「What? そうなんデスか?? でもまあ良いデス、いやッ良くないデス! やっぱり見ていくより、実際にパンチしていってくだサイ。格闘技の楽しさはやってみないと分からないデスよ!!」
そう言ってケビンは握手した疾風の手を引っ張った。そして驚く疾風を、そのまま引き摺る様にリングの方へ連れていき始める。
「えっ、そ、聡太ッ!? 見学だけじゃなかったのかッ! リングに上がらされる何て聞いて無いぞッ」
「良かったじゃないか疾風ッ。ケビンさんは昔キックボクシングの世界チャンピオンだったんだ、チャンピオンに教えて貰える機会なんてそう無いぞ~」
「Do it!! Do it!! Do it!! Just do itデ~ス!!」
その急展開に今日は唯見学するだけだと思っていた疾風は、まるで親と突然引き離された子供の様な表情となる。
しかし聡太はそんな様子を入り口付近から眺め、身体の持つパワーの桁違う大男に引っ張られてゆく疾風へ親指をグッと立てた。
そして抗える訳もなく疾風はケビンに引っ張られるがままリングの上へと登り、グローブを嵌めジムの練習の一部を実際に体験してみる事と成ったのである。




