第十話 練習以外の時間③
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「なあ海斗、この後は何するんだ?」
ハート型のチョコレートクッキーをバキンと噛み折りながら、疾風はリーダーである海斗に尋ねた。このおやつ休憩の後は一体どんな練習をするのかという質問である。
「ズズゥッ……今日のチーム内練習はこれで終わりだよ。後は、夕飯を食べた後に自主練を1時間から2時間取るだけかな」
「え? じゃあ後の時間は何するんだ??」
「何でも良いよ、頭を休ませる為にゲーム以外の事をするんだ。フルダイブゲームは脳に大きな負担を掛けるからね。休憩をしっかり挟んでコンディションを高める、それは練習と同じくらい重要な事さ」
「そんなに負担って掛かるか? オレ今まで何時間もぶっ通しでゲームやってきたけど何とも無かったけどな…」
「何時間もってッ、どれ位だ?」
疾風のぽろっと溢した発言に優奈がクッキーを口に入れたまま興味を示す。
「一日三時間睡眠で、飯と風呂と歯を磨いてる時間以外全部」
「ふーん、飯と風呂と歯を磨いている時間以外全部ね…………全部”ゥッ!?」
さも大した事なさげに疾風が言ったその発言を一瞬優奈は聞き流しそうになる。
だが良く良く考え、今の発言の異常性に気付いた彼女は電光石火の勢いで首を彼の方へ向けて聞き返した。
しかもそんな反応を示したのは彼女だけでは無い。海斗はガチッと動きが凍り付いた様に固まり、聡太に至っては口に含んでいた紅茶を吹き出しそうに成る。
「……疾風ッ。君今までそんなに一日中VR空間に居て、体調は悪く成らなかったのかい?」
固まっていた海斗が何かとんでもない事を知ってしまったという顔になり、絞り出す様にしてそう言葉を発した。
「別に、体調悪いなとか思った事は無いけど」
「頭が痛く成った事は?」
「痛くなるっていうか……別にずっと痛いから成るとかじゃない」
「夜眠れないとか無い?」
「普通の人がどれ位寝てるのか分かんない。さっきも言ったけど、大体毎日三時間くらい寝たり起きたりを繰り返してる」
「身体が重いとか感じた事は」
「別に感じた事無いな。あ、でも何時も肩は凝ってて起き上がると立ち眩みがする。あと良く足が攣る」
「運動はどれくらいの頻度でする?」
「しない」
「そッ、そっかあ…………」
疾風が質問一つ答える度、さっきまであれ程明るかったリビングの空気が重く淀んでいく。
海斗達三人は。疾風の言っている事のヤバさを誰よりも理解しているが故に表情を引き攣らせる。凪咲は兄に何か良くない事が起っているのかとオロオロし始める。
そして久美さんだけが笑顔のまま「疾風君はとってもゲームが好きなのね~」と言って紅茶を啜った。
医学部を中退してプロゲーマーを目指している海斗に言わせれば、いや碌な専門知識がない人間だろうと迷いなくこう断言出来るであろう。
疾風のこれまで送って来た生活は健康という観点で見れば最低最悪だ。普通の画面を見るタイプのゲームでさえ一日何十時間もやれば脳は疲れ果てるというのに、それをVRゲームでやったなら脳が受けるダメージは計り知れない。
疾風は体調が悪くないのではない、体調の悪い状態がスタンダードに成ってしまっているのだ。人間はギャップでしか世界を認識出来ないとは本当だったらしい。
「………よし、決めた」
数秒深刻な顔で考えた後、海斗はそう呟いた。
「ん? 決めたって、何をッ」
「疾風、これから君が決められた時間以外にゲームするのを禁止するッ!! そしてその時間以外はVRヘッドセットを没収しいかなるゲーム画面もVR映像も目に入れてはならない。題して、部分的ゲーム禁止令ッ!!」
「……はあッ? 部分的ッゲーム禁止令!?」
海斗が声高らかに宣言した言葉。その内容を耳にした疾風は信じられない、基本的人権を踏みにじられたという顔になる。
「ゲーム禁止って、これからプロゲーマーに成ろうって話してんのにおかしいだろッ! 普通プロ目指すんなら減らすどころか寧ろ増やすのが普通なんじゃねえのかよ!!」
「いいや、それは知識無き者の偏見だよ。プロのゲーマーほどプレイ時間は管理され、休憩と練習にメリハリを付けている物さ。集中出来ていない状態での練習は時間の無駄と一緒だからね。それに、疾風は練習で得るメリットよりも健康に成って消えるデメリットの方が多そうだ」
「健康に成るって……野菜でも沢山食べれば良いのか?」
「うん、可愛いねその健康観。年長さんかな?」
「うッ、うるせえな//」
その野菜を食べたら健康に成れるという余りにも可愛らしい疾風の考えを海斗が弄り、久美さんと凪咲は母性本能を擽られたのか目を輝かせる。
そして海斗は、疾風が恐らく最も最短で強く成れるであろう強化プランの説明を始めた。
「此れから疾風には正しい生活リズム、バランスの良い食事、適度な運動で健康を取り戻して貰う。今までゲームに使っていた時間を削って健康に充てる、そうやって脳のスペックを取り戻す事により見違える程ゲームの腕も上がる筈さ」
「げッ、ゲームの時間を削る…………じゃあ開いた時間何すれば良いんだよ?」
「運動とか、文化的活動とか、とにかく画面やヘッドセットを使わない何か。疾風は趣味とか無いのかい?」
「ゲーム以外の趣味無い」
「あ、前の自己紹介で言ってたね…。でもまあ良いよ、それなら今から新しい趣味を見付けていけば良い。じゃあ何かやってみたい事は?」
「………………………何も思い付かないな。ゲーム以外をしようと思った事が無いから」
疾風は腕を組み目を瞑ってウンウン唸りながら必死に何かやりたい事は無いかと考えたが、何も浮んでは来なかった。
ゲームをしていない普通の人間が休息として何を行なっているのか、それが彼には全く見当も付かなかったのである。
「それならッ、疾風君も凪咲ちゃんと一緒に夕飯とかお昼ご飯の準備手伝ってくれたら良いんじゃ無い? お料理なら毎日出来るし、習慣にも出来るからッ……」
「駄目です」
苦しそうに唸る疾風へと久美さんが一緒に料理をしないかと誘ってくれた。
しかしその提案を、何と凪咲が拒否したのである。
「疾風を厨房に立たせたら駄目です。不器用過ぎて料理を作るどころか、大怪我しないかどうかってレベルなんですから」
「あら、疾風君意外に不器用なのね。でもその程度なら慣れれば如何って事無いわよ」
「いえ、疾風の不器用さはもう慣れとかそういうレベルじゃないんですッ。昔一度一緒に料理しようとした時なんて包丁は飛んで来るし、皿は毎分割れるし、肉は炎上するし、電子レンジは爆発するしで大変だったんですからッ!! だから疾風をキッチンに立たせるのだけは駄目です、この家が壊れます!」
凪咲が語ったのは、とても事実とは思え無いギャグ漫画の様な話。
しかしそれを語る凪咲の真剣な表情。そして聡太が疾風に「これ本当?」と聞き、彼がぎこちなく首を縦に振った事で事実であると認めざるを得なく成った。
そうなると、流石に料理をさせる訳にはいかない。
「じゃあ、先ずは散歩とかで良いんじゃ無い? 疾風と凪咲ちゃんは此処へ引っ越して来たばかりだし歩くだけでも目新しい物がッ……」
「散歩ッ!? 散歩なんてもっと駄目です、迷子に成って帰って来られなく成りますッ!!」
聡太が発したその提案も、即座に凪咲によって否定されてしまう。
何でも疾風は地図を覚えられない上に方向音痴。更についこないだ携帯も財布すらも無くして帰宅が不可能に成ったばかりである。
群雲疾風とは、とことん現実で生きるのに向いていない男であった。
「そう言えば、アタシと始めて会った時もお前確か迷子に成ってたよな」
「ん? ああ、確かそうだったな。何かもう凄え昔みたいに感じる。あの時は話し掛ける相手間違えたと思ったな~」
迷子の話題が出て、優奈と疾風は昔話でもする様な口調でそう話す。実際にはたった一週間前の出来事である。
そしてその話で、予想外に凪咲が食い付いた。
「そう言えば、疾風と皆さんってどうやって出会ったんですか? 詳しい話聞いて無いから気に成ります」
「どうやって出会ったか……まあ、全ての始まりはコイツがホテル街でアタシをナンパしてきたのが切っ掛けでッ」
そう優奈が端的に自分と聡太の出会いを説明する。
しかし、その説明の中に含まれていた聞き慣れぬ幾つかの単語に凪咲の表情がまるでポーズボタンを押したかの如く固まる。そしてその意味を理解すると同時に彼女の首はゆっくりと兄の方へと回転し、次の瞬間クワアッとその目が見開かれた。
「…………なッ、ナンパァ”!? しかもほッほッホテル街で!? どういう事疾風ッ説明して! いつの間にそんなふしだらな事覚えたのよッ!!」
「おッ、おい優奈!! お前その言い方語弊があるぞ、訂正しろ!!」
「アタシの口を塞いだって、アタシの身体が受けた傷は塞がらない」
「傷ゥッ!? ちょっと疾風ッ身体に傷ってどういう事よ! こういう事ッ? そういう事を優奈さんにしたって事なのね!! 私という物が有りながら他の女に手を出してッ、この浮気者!!!!」
「ちッ、違う凪咲誤解だッ!! オレの話を聞いてくれ!」
「浮気した男は皆そんな事を言うのよ!!」
「浮気って何の話ッ? おい優奈、お前ふざけんな! 責任とって誤解とけッ!!」
「責任取るのは、アンタの方何じゃあないのかい?」
「責任”ッ!?!?」
「さっきから何ッ? 何なんだよお前のその訳分かんないセリフ口調ッ!!」
凪咲は兄の肩を掴んでブンブンと振り回し、疾風は今日2回目の左右に揺れまくる視界の中優奈に妹の誤解を解くよう叫び、優奈は面白半分に昼ドラのワンシーンの様な事を口走って事態をより複雑にしていく。
更にそんな三人の様子を見て、久美さんは「お赤飯炊きましょうか」という最早狂気な発言を口走った。
しかしその刻一刻カオスが加速していく状況の中、ずっと瞼を閉じ考え事をしていたリーダーが目を開く。
そして海斗は三人の言い争う声を押し退けるようにしてこう宣言したのである。
「じゃあこうしようッ! これからチーム全員で疾風が健康を取り戻すサポートをするんだ」
その唐突に大きな声で立ち上がりながら海斗が発した言葉に、今の今まで兄を振り回していた凪咲すらも動きを止める。
そうして一瞬の内にこの場全ての視線を集めてみせた海斗は、これから毎日みんなで分担していく事となるその内容を明かした。
「この身長170センチの赤ちゃんが1人で出歩けないのなら、誰かが一緒に付き添ってあげれば良い。そして仲間と共に外へ出て色々な物に触れる中で自然とゲーム以外の趣味を見付けていく筈だ。そうだな……姉さんと凪咲ちゃんは仕事が有るから、基本は僕と聡太と優奈で疾風を外へ連れ出していこう。当然、これから毎日ッ!!」




