第五話 最強の敵⑥
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(一先ずyoichiが言ってたトップスピードでの方向転換は事実だった。もうこれだけで充分な収穫だな)
レッドバロンは先程の一瞬にも満たぬ挨拶代わりのやり取りだけで伝わって来た物に、センスの良いジョークを聞いた直後の様な面持ちと成る。
未だ一太刀すら合わせてはいないが、それでも行っている事の繊細さに比べゲームシステムを充分に生かしきれていない荒さを相手に感じていた。恐らくまだこのバンクエットオブレジェンズに適応しきれていない初心者なのだろう。
しかしその荒さを打ち消して余り有る才能、やはり度を超えた天才とは居るらしい。彼の目には完成され型に嵌まった強さよりも、まだまだ発展途上で戦いの中ですら成長してきそうな可能性の方がよっぽど恐ろしく映った。
そして、レッドバロンというプレイヤーは藪があれば突いて蛇が出るか鬼が出るか試すタイプの人間でたったのである。
(じゃあそろそろこっちから仕掛けようか。何だか未だ引き出しが有りそうだしねッ!!)
ッダアン!!
今度はレッドバロンの方から仕掛けた。
放たれたのはシンプル且つ最速で急所へと切っ先を届かせる突きの一撃。振りかぶる予備動作すらなく、踵から背骨そして両腕から長剣までが一つの弾丸が如く撃ち出される。
恐らくそれは今まで幾度となく火蓋を切って落としてきた技なのだろう。型として洗練し尽くされ、動きに無駄がなく体が一切ブレていない。美しさすら覚えてしまう様な正しく流麗なる剣技。
しかしそんな美しき攻撃が、ジークの目には蝿が留まる様な速度に映ったのである。
ジークは頬の横で大気が切り裂かれる音を聞きながら、右足を開き上体をその方へと傾げるだけで容易く突きを回避してみせた。
重心を後ろに残しすぎて伸びがない、それが真近で見たその攻撃の感想。他のプレイヤーでは踏み込めない超高速の世界で動く彼に言わせればカウンターを狙ってくれと言っている様な物である。
初撃は様子見で送ったが、次同じ攻撃が来たら攻勢の合図。そう寧ろ狙い目としてジークは頭に書き置いたのだった。
だが次の瞬間、彼はレッドバロンの持つ別次元の『はやさ』を知る事となる。
ズオォンッ!!
それは燕が身を翻す程の刹那に放たれた次撃。突き出された剣が、まだその動作が消えるや否やというタイミングで横に薙ぎ払われたのである。
対するジークは余りにも速い二ノ太刀の襲来に面食らい、余裕綽々で敵の腕を推し量っていたその表情がパッと驚きへと切り替わった。
そして身体を大きく反らしながら背後へ飛ぶ事でギリギリ被撃を免れたのである。
しかし王者の剣は一度抜かれたら最後、敵を両断するまで決して鞘に戻る事はない。
ッヒュンザッザンッ!! ズバァッザァン″ッ!!!!
背後へ飛んだジークへと、まるで剣それ自体が意志を持ち喰らい付いているかの如く次々と斬撃が押し寄せた。
しかもそれは三連,四発所の話ではない。切っ先が空を撫で斬る音止まず、宙は残像にて埋まり、最も避けづらい場所へと吸い込まれる様に攻撃が飛んでくる。
斬撃の速度自体は大したことが無い筈なのに、何故か剣閃の渦から逃れる事が出来ない。
(なんだこれ……ッ!! そこまで速い斬撃じゃねえのに、何処までも刃が追って来て攻めに転じる隙がねえ。それどころか…どんどん逃げ場が無くなっていくッ!)
ジークは未体験の圧迫感に、まるで首を締め上げられているかの如く顔を歪めた。
終わりが見えないのだ。
それは言ってしまえば連続で止まる事無く剣を振り回しているだけ。しかしその一振り一振り全てが狙い澄まされており、ジークの回避した先へと的確に殺傷力を持った刃を届かせてくる。
剣捌き、いや全身全て。足を置く位置、重心を据える場所、身体の体勢、指先へ至るまでの腕の動き、攻撃のリズム、放つ型の選択、何もかもが究極の思考の上に成り立っている。
加えてそれが一瞬も動きを止める事無く、攻撃を繋ぎながら際限なく行われているのだ。
それは雑に例えれば、ボクシングを行いながらノンストップでチェスをしている様な物。
(オレの判断が間違ってた……こいつメチャクチャはやい。しかもオレとは別の意味でッ!)
ジークの『はやさ』を100メートル走のトップスピードだとすると、レッドバロンの『はやさ』は号砲に素早く反応するスタートダッシュ。ジークの『はやさ』をパンチの速度だとすると、レッドバロンの『はやさ』はコンビネーションの速度。ジークの『はやさ』を夜空に一筋駆ける雷光だとすると、レッドバロンの『はやさ』は全てを呑み込み拡散してゆく業火。
ジークの『はやさ』を『速さ』とすると、レッドバロンの『はやさ』は『早さ』。
全く別物の、しかし同じスピードである。
敵の隙を探ろうと攻撃を回避したは良いもののその回避が逆に隙を生み、その隙へと攻撃が飛び更に大きな隙を生む無限ループ。
容易くあしらえる小火かと思えば何時の間にか燃え広がり、ジークが気付いたのは既に周囲を大炎に取り囲まれた後であった。
もう前にも後にも逃げ道はない。彼に出来るのは唯足を止め、その袋小路へと振り下ろされる決着の一撃を潔く受け入れる事のみであった。
ッキィィィィィン”!! ダッ!!
しかし、そんな巨壁が如く取り囲んでいた業火が突如流れ、彼へと道を開けた。
そしてジークはその炎の切れ目へと素早く身を投じ、紅蓮の先へ見えた敵影目掛け突っ込んだのである。
ジークはずっとタイミングを見計らっていたのだ。この体重の乗った斬撃が振り下ろされるタイミングを。
敵の攻撃が、まるで一振り毎に研磨されているかの如く鋭さを増していくのを肌で感じていた。そしてそれは自分の癖や得意な動きを敵が学習し、そこを突いてきているからだとジークは推測したのである。
しかしだとすると序盤で勝負を決められなかった時点で既に9割手遅れ。斬撃が脇を擦り抜けていく今この瞬間も追い詰められていく、技術を見せれば見せる程相手にその技術が通用しなくなってゆく。
今頃になって中途半端に抵抗してもそれを吸収され、更に自らの喉元へと刃が食い込むのみだ。
だがそれならば己の発揮する能力を限界まで低く抑え、隙を突いて敵の想定を遥かに上回る反撃を見舞うしかない。そうジークは考えた。
そしてその最後の希望に縋り、彼は最強のプレイヤーが放つ息付く暇もない連撃を偏に回避のみで耐え凌いだのある。
そうして実際に追い込まれ、流し受けを最も有効に使える体重の乗った斬撃を引き出したジークは一気に己の持てる技術を解放。
全神経をその一瞬に注いで斬撃を流し、自らの手でチャンスを切り開いた。
そして覗いた甘露な隙の匂い放つレッドバロンの首筋へと、ジークは堪え続けたフラストレーションを爆発させ飛び掛かったのである。
ドゥン″ッ
「……流し受けか。中々珍しい技術を使うんだねッ」
吹き飛んでいくアサシンを前に、レッドバロンは口調に乱れ一つ無い声でそう呟いた。
流し受け程度の驚きでは自分に隙を作る事は出来ないよと言う代わりに。
ランクマッチで遭遇するプレイヤーや自分の腕を過信しているセミプロクラスのプレイヤーであれば流し受けをするだけで度肝を抜く事が出来たであろう。
しかし毎試合毎試合腹を探り合い、裏を掻き、新たな戦術と遭遇するプロプレイヤーが相手では心にさざ波立たせる事すら出来はしない。
レッドバロンは斬撃を流された瞬間冷静に武器を己の肉体へと切り替え、不用心に突っ込んできたジークの腹へと中段蹴りを叩き込んだのだ。
才能は五分。しかし、知識と経験と頭の回転の速さで、この戦いは片方に圧倒的な軍配が上がっていたのである。
ジークの刃は、レッドバロンには届かない。




