〜ユウドウエンボクの奇跡〜④
「す、滑った」ダイ君が言葉を絞り出した。
なに?
「滑ってもうたわ。あはは」
「ダイ君どこか怪我してない?」
「落ちてないで。落ちてない」
いや、そんなんええから。
「ダイ君怪我は?」
「ダイ君落ちてもうたなー」ツカサがまだ動いている遊動円木から飛び降りてきた。
「お、落ちてないよ。滑っただけやん」
「いや、あれは滑ったんやないで。落ちたんや」
「落ちてないって」ツカサとダイ君は不毛な会話を続けている。
お前らどっちでもいいやろ、そんなもん。そもそも土俵が違う。滑ったと落ちたの言葉を天秤にかけるほうがおかしいやろ。ダイ君も滑って落ちたんやろ、いいやんそれで。っていうか怪我してないんやな、よかったわ。
結局ダイ君は落ちたとみなされて、みんなからデコピンをくらった。遊動円木の遊びには先に落ちたヤツがみんなからデコピンされるという罰ゲームがあった。
そしてデコを赤くして涙目のダイ君は汚名返上のためにもう一度乗ると言い出した。
「そしたら残る一人決めよか」ツカサが言い出したとき、「オレも混ぜてー」とサッカーゴール方面からヨシ君が駆け寄ってきた。
「いいで」ツカサが言った。
「みんな、これでなにしてるの?」とヨシ君。
そういえばヨシ君とは遊動円木で遊ぶのが初めてだった。
ヨシ君は普段違うグループで遊んでいて僕たちとはたまに混ざる程度だ。
「遊動円木の上に立ち乗りして、先に落ちたヤツがみんなからデコピン一発ってルールやねん」ツカサが説明した。
「面白そうじゃん。乗らせて」
「いいで、決まりやな。じゃあ乗るのはダイ君とイ・・・・・・ヨシ君な」ややあって、ツカサは言葉を言い直した。
このヨシ君には特徴が二つあった。一つはアタマ。とにかく大きい。僕たちの町は各地区ごとにソフトボールチームがあり、男子はみんな小学校二年生から強制参加させられる。ヨシ君は小学校二年生の三学期に都会から僕たちの町に引っ越してきてチームに参加したのだが、ユニフォームの帽子あわせのときにアタマが大きすぎてサイズがなく、特注サイズを注文したという経緯がある。
もう一つはイボ。ヨシ君の鼻の下には大きなイボがあった。もちろん、身体的特徴をあざ笑うようなことは決してしてはいけないのだが、僕たちはストレートに言ってしまうバカなお年頃だった。
「イボでか」
「なにそれ」
「ハナクソ?」
などと最低な発言を繰り返し、ヨシ君を怒らせては喧嘩が絶えなかった。ヨシ君はカラダが大きく、力も強かったので最低発言をしたヤツはことごとく制裁された。
そういうことがあってみんなはヨシ君の前では発言は控えたのだが、僕たちの間ではヨシ君のあだ名は密かにイボと命名され隠語となっていた。
そのため今ツカサはヨシ君のことをイボと言ってしまいそうなところを言い直してヨシ君の鉄拳を免れ、命を繋ぎ止めたのである。
⑤に続く