異世界不法労働
今思えばあの日と今日は異常だったんだ。
全国的なエラー
まずは電子がおかしかった。テレビが起動しないことを始めとしてスマホも全く起動せず…
交通手段では電車が全く動かなくなっていた。
「帰るか…」
オレは繋がらずにトップ画面で止まってしまった
スマホの画面を呆然と見ながら
一向に出発のメドが立たない電車を前にパニックになる人々を呆然と見ながら
ただ冷静な面持ちで帰宅することとした。
こんな状況だから、高校を休んでも問題ないだろう。
「お兄ちゃんも帰って来たんだ」
「あぁ…」
帰宅するとオレより早く登校したはずの中学生の妹が居間にいた。きっと同じ理由で学校に登校することを諦めたのだろう。
こんな状況でも何処か気楽そうな妹に対してオレは素っ気なく返事をする。
「あの日のこと思い出したの?」
「ちょっとな…」
「大丈夫だよ、何にも起こらないって。むしろあの人が帰って来るかもよ」
なおも口調は気楽だが心配はしているのだろう、オレの事を。
本当に妹の言葉通りになったらどれほど幸せだろうか…。
オレは重い足取りで2階の自室へと向い
そして本棚に収納してあったCDを手に取る。
「何処に行っちゃったんだ」
2年前、同じように異常なエラーが発生した時
オレの好きだった人気声優の大咲華(通称おはなちゃん)が突如行方不明になった。
ネットの掲示板ではエラーのせいだと疑う者が続出した。
オレもそう思った、思うだけだった。
2年立った今でも居場所すら掴めてない…。
恐らく今日も同じ事が起こる。誰かがいなくなる。
それは極普通の人間かもしれない、お偉いさんかも知れない、有名人かもしれない。
哀しみとどうしようもない気持ちに来れながら
ベッドに寝転がりふと考える。
あの頃は本当に楽しかった。あの人の作る世界が好きだった。
だが、それはもう…。
「メールを受信しました」
涙が落ちそうになった所で部屋に無機質な電子音が響く。
おかしい、今は電子エラーになっているはずだ…。
オレはベッドから飛び起きて部屋の隅に置いていたカバンからスマホを取り出す。
トップ画面を開くと受信されたらしいメールが何故か勝手に開かれていた。
「そんなに辛いならこっちの世界へ召喚する」
思考を読まれたかのようなメールだった。オレは不気味さを覚える。
「なんだよこれ…」
返信しようにもアドレスすら記載されて無かった。
どうするべきか迷う間にもう次のメールが受信される
「貴方を召喚する」
召喚…。それはアニメやゲームで充分に親しんだ言葉だった。
オレもしかして…。
悟った瞬間にはもう目の前が真っ暗だった。
「おい、こいつなんだ急に空から降ってきやがった」
「とりあえず牢屋にぶちこめ、それから使えるやつか判断する。くれぐれも代表にばれないようにしろ」
2人の甲高い男の声がして目を覚ますと
ワニのような怪物が俺を見下ろしていた。
ワニ‥?なんでたってるんだ‥!?
なんで話せるんだ‥!?
「めぇさましやがった」
「仕方ねぇこうなりゃ力尽くだ」
2人のワニは俺の体を無理やり強い力で掴み
引きずるように歩かせる
「おい、何すんだよ‥!」
「うるせぇ!」
抵抗するが逆効果でワニはなおも強い力で
引きずる。そうしてしばらくして小さな建物へと着いた。
中は真っ暗で辺りになにがあり何処なのかもわからないままま
冷たい部屋へと放りなげられた。
「なんだよ、ここ‥!」
そう叫ぶも返事はない。どうやらワニはもういないらしい。俺はここから出ようとしたが
少し歩いたところで柵にぶつかる。
「牢屋‥?」
ここが牢屋なのはとりあえず把握した。俺が気になるのはもっと大きな、そうこの世界のことだ。
さっきのワニ‥。日本では歩いてしゃべるワニなんて存在しない。だが存在は知っている。創作物なんかでは良く見かけるやつだ。異世界ものとか。‥もしかして俺異世界に来たのか。
本当にそんなことがありえる‥のか?
「もしそうだったらもっとワクワクするような事があって欲しかった」
すごい美人がいたり、すごい力を手に入れたり。
‥どっちもない。どころか牢屋生活が始まりそうだ。
「これからどうしたらいいんだろう」
どうにも出来ないまま、体感ではもう数日は経っていた。
ようやく明かりが灯され誰かが訪れる気配を感じ少し希望の光が見えたが
「お前にはここで労働してもらう」
希望はすぐに打ち消される。牢屋の向こうにいたのはワニだった。
「牢屋って‥?ここ牢屋だろ?」
「上にバーがある。そこで働いてもらう。むろんただ働きだ」
「嫌だよ‥」
「いいのか?断ったらお前一生ここから出れねぇぞ。このまま牢屋にいるか、ただ働きするかの二択だ」
酷い話だ。怒りよりも呆れた。
‥ここから出れないのはごめんだ。ただ働は嫌だが外に出れた方が逃げられるチャンスはある。
「わかった。働く」
牢屋から出され二階のバーへとあがると
無数の丸テーブルが並べられワニ以外にも人間が酒盛りをしていて賑やかだった。
「カウンターにいって酒持ってきてお客様のテーブルへおけ」
「え、いきなり!?」
「はやくしろ」
俺はカウンターへといき酒を持ってテーブルへと置く。それは休むまもなくずっと続けられ
身体はすっかり力を失っていた。
そのうえ少しばかりの食事しか与えてもらえず
そんな日々が数日続いた。
逃げらなかった‥。
「もう仕事辞めたい限界なんだ」
ある日一匹のワニにそう告げるとワニは笑って
全く聞く耳を持たなかった。
「牢屋生活に戻りたいとは笑わせるぜ」
周りで見ていた他のワニも技笑って
「バカだなあいつ」
仕舞いには俺の身体を足でけった。
そんな中ガラガラというすずの音と共に扉が開けられる音がする
‥あぁまた労働が始まる。そう思っていたが。
「不法労働しているのはここか‥」
何処か心地よく耳に伝わるその声は確かに知っているもので
その人物に視線を向けた瞬間俺は夢でも見てるのだろうかと思った‥。
「げっ代表‥。あ、いやぁ不法労働とは人聞きが悪いですよ。俺たちは何もやってやせん」
さっきまで俺を馬鹿にしていたワニは急に態度を変え両手を擦り合わせている。
「街の者から話を聞いている。誤魔化しても無駄だ」
「くっ‥。俺たちだって人を雇う金が無いんですよ。罰は受けます‥ころすなりなんなり。でも仲間はころさねぇでください」
「私はそんな事はしない。ただその者を解放してやってくれないか。今回はそれで良い。それと金銭は援助するから。これから何か困り事があれば私のところに来てくれ」
「代表‥」
ワニたちはみんな泣いていた。
このワニたちも色々大変だったんだな‥。
それにしても‥
俺は彼女を見やる。いないはずの彼女。
背が高く無駄のない身体付き。出るとこはちゃんと出て‥そ、そこは置いといて。キリッとした瞳に何より清んだ声。
「お花ちゃん?」
思わずそう呼びかけたがお花ちゃんは
不思議そうに
「ん‥?お花ちゃんとは誰だ‥?」
「え、忘れちゃったんですか?」
「忘れるも何も私はそういう名前では無い。エリッシュだ」
お花ちゃんことエリッシュさんと共に外へと出る。空は真っ暗だ。今は夜なんだな‥。
「大変だったな。自分の街に帰った方が良い。家族が心配するぞ」
帰る‥。そもそもここは日本なのだろうか。
ずっと行方不明だったお花ちゃんがいるのも不思議だ。しかもお花ちゃんだったことを覚えてない。‥色々疑問はあるな。
「ここは何処なんですか‥日本‥?」
「日本‥?ここはシュドールという街だよ」
全く聞いたことがない。‥やはり異世界ぽいな。
とりあえずひとつ解決か。お花ちゃんもきっとこの異世界へ飛ばされたんだろう。俺と同じように。何故か記憶は無くなっているが‥。
「俺ずっと遠くから。ここではない世界から来て。帰れないです‥」
「そうなのか‥」
きっとわかってもらえないかと思ったがお花ちゃんは心配そうに俺を見て考え込む。相変わらず優しさが溢れてるな‥。
「わかった。じゃあ私に着いて来ると良い。悪いようにはしないから」
「ありがとうございます‥」
お花ちゃんの優しさが溢れすぎて少し泣きそうだった。ワニのと出会いが辛すぎて余計に。
「先程、お花ちゃんと言っていたが。その者と私は似てるのか?」
隣を歩くお花ちゃんが俺に問う。
剥がしもなく普通に会話が出来るの嬉しい。
「似てるというか‥本人ですね。エリッシュさん本当に記憶にありませんか?声優やってた時の事‥」
「わからない‥。そもそも声優とはなんだ」
残念ながらやはり完全に忘れてしまってるらしい。
「ただ‥君のことは少し懐かしい気がする」
「本当ですか‥!?」
記憶は無いのにそういう感覚が残っているとは。そしてこれは推しにちょっとでも自分の存在があったということになる。嬉しい。
「そんなに驚くことか、面白いな君は」
お花ちゃん‥エリッシュさんは笑う。
笑い方すら上品なところも変わってないな。
「着いたぞ。ここが私の住んでるところだ」
「そうなんですか‥って城!?」
辿り着いたその場所は天高くそびえ立つ城であった。こんなところに住んでるのか。
「エリッシュさんはお姫様なんですか」
「う〜ん少し違うかな」
立派な引き戸をエリッシュさんが開け中へと入ると穏やかな雰囲気を纏ったメイドが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。あら、その野暮な男は」
いきなり酷いな!
「このものは‥そういえば名前聞いて無かったな」
「かけるです」
「かける‥‥。彼は事情があって家に帰れないと言うのでしばらくここで暮らしてもらう事にした」
「あらそうだったんですの。私はエルパシスです。よろしくお願いしますね」
エルパシスさんは手を差し出す。綺麗なメイドさんだなと思いつつ俺も手を差し出し握手をする。
‥なんか力が強いな。表情は笑顔なのが逆に怖い。
「すいません‥男はちょっと苦手なので」
「そ、そうですか。こちらこそすいません」
何故か謝ってしまった。
「ノアはどうしてる?」
「先程広場でミイさんと遊んでましたが、そのあと眠そうなノアさんの手を引っ張って部屋に行ったのを見たので今頃一緒に寝てるかと」
「そうか。それは良かった‥。かける今から部屋へと案内する」
「は、はい」
まさか推しと一緒に暮らすことになるとは。‥なんだか緊張してきたな。
「物はあまり揃って無くて申し訳ない。今度一緒に買いに行こう」
案内された1階の部屋へと辿り着きエリッシュさんが扉を開け電気をつけるとベッドと小さなテーブルが照らされた。
「ありがとうございます‥!」
「ではまた明日」
「はい‥」
エリッシュさんと別れて少し寂しさが残るが‥。
行方不明2年間に比べればまた明日会えるというのは何ともありがたいことだ。
2年間か‥記憶を失っているエリッシュさんはもう日本には戻らないのだろうか。
そして俺はこれからどうするべきなのだろうか。