暴走寸前
家に帰った俺は旅支度をしていた。冒険をする上で必要な準備なんかは、学校のカリキュラムにも入っているのでわりとすんなり終わった。
しかし、持って帰ってしまった鞄をどうしようか?これを持って旅に出る事は無いだろうから、一度ミサキの所まで持って行こうか。
ある程度の支度を終えたので、俺は鞄を持って玄関を出た。
ミサキは学校の女子寮に住んでいる。故郷はここから少し離れた小さな村らしいが、俺も行ったことはない。
学校を卒業すると、不要な荷物は学校経費で実家まで送ってくれる。
明日から旅立つ予定だったので、おそらく殆どの荷物は纏めていることだろう。
俺も寮に入っているが、女子寮とは学校を挟んで反対側だ。少し距離はあるが、走ればまだ間に合うだろう。
寮を出ると、ミサキが道沿いの塀に寄りかかって立っていた。
「これか?」
おそらく鞄の事を思い出して取りに来たのだろう。聞かなくてもなんとなくわかる。
男子寮なので、中に入れず待っていたのかな?
「ありがとう!準備は終わったんだけど、鞄の事思い出しちゃって。
中身、見ちゃった?」
ミサキは後ろ手を組んで、上目遣いで此方を見る。
「いや、流石に勝手には見ないよ。
何かあるのか?」
言ってて背徳感が募る。
「じゃあ、開けてみていいよ。」
ミサキはちょっぴり恥ずかしそうに笑顔を見せて、鞄を開けるよう促す。
俺は何も知らない事を装って鞄を開けた。
「木箱?これ、開けてみていいのか?」
「うん。プレゼント!」
「嬉しいな。」なんて言いながら、勝手に見た事を後悔する。知らないまま受け取れば、計り知れない喜びだった筈だ。
木箱の中には先ほどと変わらず、立派な宝玉と紙が入っている。
紙を開いて文字を読み、『大好きだぞ!』の文字は内容を知っていても気持ちが高ぶり嬉しくなる。
「ありがとう!俺もミサキが大好きだ!」
鞄とプレゼントを持ったまま、ミサキに抱きつく。
「ありがと」
本当に、ミサキと出会えてよかった。
「俺はもう準備できたから、このままミサキの寮まで行くよ。荷物をとってくるから、ちょっと待っててくれ。」
部屋へ駆け戻って荷物を背負う。さっき帰りがけに買ってきたミサキへの卒業記念も忘れずに持って、俺は5年間暮らした部屋を後にした。
「おまたせ!」
ミサキは先ほどと同じように、塀にもたれかかって空を見ていた。
「どうかした?」
ミサキが空を仰ぐのは、何か悩んでいる時が多い。暴走し始める前に、早めに聞いておいた方がいいのだ。
「ん〜、聖剣の事でちょっとね。」
まさか、適合者になれなかった事に気付いたのか?いや、それなら既に暴走していてもおかしくない、まだ大丈夫のはずだ。
「何かあったのか?」
「学校で教わったんだけど、聖剣って意思を持ってるらしいのよね。
でも、私にはその意思が全く伝わってこないの。」
「そうなのか?」
そんな事を習うのか?それは誤算だった・・・。とにかく、なんとか誤魔化さないと。
「もしかしたら、私は聖剣に選ばれてなんかないのかも・・・。うっ・・・・・・。」
不味い、既に泣き出しそうだ!このままだと暴走する!!
「まぁまぁ、よく考えて見ろよ。聖剣を抜いたんだぞ?
そもそも選ばれてなかったら抜く事だって出来ないじゃないか。ミサキの手元に聖剣があるのが何よりの証だろ?
聖剣はミサキを認めているが、まだ本当に力を貸すべきなのか見定めているんじゃないのか?
それなら、ミサキがより勇者らしく振る舞えば、聖剣も意思を示すような気がするぞ?」
なんとか治まってくれ・・・。
「うっ・・・ひっく・・・・。
そうかな・・・?うっ・・・・・・。」
もう一息だな。
「そりゃそうだろ?ミサキは見ず知らずの人の言う事を簡単に信じるのか?
どんな人物かもわからない奴に、いきなり命を預けてくれって言っても簡単には預けられないだろ?
それと同じさ、聖剣もミサキが力を貸し与えるべき存在なのか、見定めているはずだよ。」
確信した。事実を言ったら大変な事になる。いつだったか、修行帰りに子供から「勇者見習いだー!」と言われた事に落ち込んで、修行と託けて迷宮を一つぶち壊した事を思い出した。
別に勇者見習いと言う表現自体は間違っていないのだ。まだまだ勇者としての実力が足りていないと変に落ち込んで、あの時も大変だった・・・。
「そうかな・・・?
・・・そうよね!・・・そうに違いないわね!
ありがとう。ルーくんのお陰でスッキリした。
じゃ、早く聖剣に認められるためにも、世界を守る冒険にでかけましょ!」
さっきまでと打って変わった嬉々とした笑顔を浮かべて、ミサキはスキップをしながら女子寮へと向かい始めた。
俺はそんなミサキを追いかけながら、これからのふたり旅に心を躍らせる反面、降りかかるであろう苦労を想像して少し肩を落とした。
聖剣の持ち主を隠し通す旅が始まろうとしている。しかし、ミサキにそれが知られる事はあってはならない。どんな事が起ころうとも、俺が聖剣を引き抜いたなんて事は、絶対に言えない。
以上で終わりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたのならとても嬉しく思います。
今後とも拙作をよろしくお願いします。