卒業記念
「どう?今日は修行は無しって言ったから、少しはおしゃれをしてきたのよ?」
ミサキはいつもの青い鎧姿ではなく水色のカーディガンを羽織り、白いスカートをなびかせながらクルリとその場で回ってみせた。
頭には兜の代わりに大きめの麦わら帽子を被っている。
手に持つのは青銅の剣ではなく、小さな白い鞄だ。
こんな日が来る事を、俺は一年半待ち望んでいた。
「最高に可愛い!」
まさに俺の天使だ。俺には勿体ない程の彼女。今日この日を、俺は忘れはしないだろう。何という素晴らしい日だ。
『この子っすか!?本当に、自分で引き抜かないつもりなんすか!?』
後ろのアイツがいなければな・・・。
「えへへ。こうやって出かけるのは、はじめてだね。」
ミサキの笑顔が眩しすぎる。一生守ってやるよ。
「そうだな。こんな日が毎日続けばいいのに。」
「むぅ!それって、私と旅をしたくないって事?
一緒に世界を守るって約束したのは嘘だったわけ!?」
おっと、失言だった。
「そんなわけ無いだろ?ミサキをサポートする事が一番大切だよ。
ミサキが世界に完全な平和を齎してくれると思ってるから言ったんだよ。
平和になったら、幸せに暮らそうな?」
「な〜んだ、そう言うことか!」
あまり本音を言うと暴走の一途を辿り始める。俺を置いて勝手に一人で旅立つかもしれないし、泣き喚いて取り返しがつかなくなるかもしれない。
『変なこと言ってないで、早く私を抜くっすよ!その子もアナタの事を見直すっすよ!!』
あー、うるさい。見直すとか、とんだ的外れだよ。
もし俺がミサキの目の前でそんな事をしてみろ。おそらくショックのあまり行方不明になるぞ?
間違いなく勇者を辞めてしまうだろうし、下手すれば自分を悲観して自殺だ。
ミサキはそう言う奴なのだ。
『そんな訳ないじゃないっすか!?そんなに簡単に人が命を落とすなんて、ありえないっすよ!』
なんでさっきから人の心を読んでるんだよ、プライバシーの侵害だぞ?
それなら、望み通り引き抜いてやる。
『ふぅ、やっと抜く気になったっすか。』
「どうしたの?」
無言が続いたからかミサキが不審がっている。さっさと聖剣の望みを叶えてやろうじゃないか。
「いや、ミサキが聖剣を脱ぎたがっていたのを思い出してね。どう?卒業記念にチャレンジしてみない?」
「そうね、私も大分強くなったし。
せっかくだからやってみようかな?」
『ち、ちょっと待つっす!!話が違うっすよ!?』
ミサキは持っていた鞄を俺に渡して、聖剣へと歩み寄った。両手でしっかりと握って力を込める。
おぉ、やる気満々だな。身体から溢れる闘気が凄まじい。
すまんな聖剣、いくら少女の声で語りかけようとも所詮は無機物。俺の決心は微動だにしないぞ?
『な、なんすか!?この子の力は!!』
「でぇりゃあぁぁぁぁああああ!!!!」
ミサキは全身に飛び上がらんばかりの力を込めていた。
あ、飛んでった・・・。
《トスッ》
聖剣を見事に抜いて、華麗に地面に舞い降りた。どうやら聖剣が言っていた事は本当らしい。
抜けちゃったよ。
それにしてもよく飛んだなぁ。
二階の屋根は超えてたぞ?
「ぬ、抜けた!?」
「抜けちゃったな!!」
俺も驚きを顔に作って一緒になって喜ぶ。
『本当に抜かせちゃったっす。こんな事をしても、この子の為にぬらないっすよ・・・。』
聖剣はそんな事を言っているが、ほかの誰かが抜くよりよっぽどいい。
ミサキ以外の誰かが抜いてしまった時のことなんて、考えたくもない。
「やった!私は、聖剣に選ばれたのよ!!
やっぱり私は、世界を守る使命を背負っているんだわ!!」
「本当だな。俺も、すごく嬉しいよ。」
これだけ喜んでくれると、俺も譲った甲斐があったってもんだ。
この後のデートも、上がりきったテンションで羽目を外せるかもしれない。何なら今までする事の出来なかったキスも・・・。
そう思うと心も体も弾むようだ。
「こうしちゃいられないわ。着替えて早速旅立ちましょう!世界が私の助けを待ってる!!」
「えっ!?デートは!?」
「何言ってるの?世界が平和になったら幸せに暮らすんでしょ?
その為にも、今ここで足踏みなんてしてらんないわよ!!」
『ねぇ!』
そうだった・・・。この展開は容易に予想出来た筈なのに、聖剣の処遇をどうするかでここまで頭が回っていなかった。
そりゃあ誰も抜けなかった聖剣を引き抜いたとあっては、正義感の塊であるミサキが黙っている筈ない。
真の勇者となるべく行動を開始するのは明白だった。
ここで反論しても、ミサキを不機嫌にするだけ、それなら俺は従う他ない。
「そうだな、じゃあ準備してくるよ。
一時間後にここでいいか?」
『無視しないで!?』
「もちろん!さっそく帰って準備してくるね!」
『話を聞いてくれっすぅぅ!!!!』
ミサキは引き抜いた聖剣を振り回しながら、あっという間に帰って行ってしまった。あと聖剣も一緒に。
「はぁ、デートはお預けか・・・。」
卒業式後の昼下がり、俺はとぼとぼと家に向かって歩き出した。
「あ、鞄・・・・。」
帰り道、手に持った鞄を返し忘れた事を思い出した。ミサキも聖剣が抜けた喜びで忘れてしまっている様だ。
小さいのにやけにずっしりと重たい。何が入ってるんだ?
ミサキに悪いとは思いながらも、鞄を開けてみた。
そこには一つ、木箱が入っている。
「なんだこれ?」
その木箱を手にとって開けてみると、宝玉と紙が入っていた。
俺の杖に使っているの物よりも、随分と立派な宝玉だ。
紙を開いてみると『卒業記念!大好きだぞ!』の手書きの文字。
それを見て、そっと木箱の蓋をして鞄を閉じた。
「俺も大好きだよ!!」
こんな事をされたら、デートの一回くらいなんて事はない。
足取りは軽くなり、俺の決意も固まった。早く平和を手に入れて、ミサキと幸せに暮らしてやる!
こんな事されたら、もっと大きなサプライズを返さないといけませんよね?