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今こそ伝える私はあんたの……①






あんたに出会ってから、私は徐々に自分が変わっていくのを感じた。

これまでたった一人だけしか見れず、ただただ想いを馳せる事しか出来なかった私。

遠くから見る事だけしか出来なかった私。

変化を望まなかった私。

望もうとしなかった私。

それ以上、動こうとしなかった私。

自分で諦めていたのかもしれない。

チビで童顔で冴えない私だから、どんなに頑張っても叶う事が出来ないものもあるって。


だけど秋月。

あんたは違ったんだよ? 

こんな私でもあんたは好きになってくれて、ずっと想いを届けてくれた。

ずっとずっと。好きだと。

私に、自分の気持ちを伝えてくれた。

今にして思えば、そんなあんただから私は動ける事が出来たの。

それまでの自分を、変えていく事が出来たの。

こうしてあんたに向かって走っていけるのも、全部、あんたに出会えたから。

秋月にしてみれば、自分こそが私のおかげで変わる事が出来たって言うかもしれないけど、ううん。

それは違うよ。

私たちは、一緒に変わっていったんだと思う。

お互いがお互いを見つめ合い、想い合い、共に新しい自分を見つける事が出来たんだと思う。

それは成長と言う名の軌跡。

自分を変えられない、変えたいと願った私たちの奇跡。

あんたに出会えて、私は心から思う。

良かったって。

出会えて良かった。

好きになって良かった。

一緒にいられて良かった。

だから私は今こそあんたに伝える。


『大好き』


真実偽りのない、私の気持ち。

この言葉をあんたに届けたい。

これからも、私たちが共にいるために。





颯太や沙希、智花、柚子に見送られた私は、屋上へと上がれる階段をひたすら昇っていった。

秋月に会えるという気持ちが逸り、一段一段踏みしめていくのも煩わしい。

だからついつい、階段を飛び越えながらも上がってしまった。

はたから見ればちょっとお行儀が悪いですね。

スカートをはいているのに、そんなのわき目も振らず、的な感じですから。

でも、そこは勘弁して欲しいです。

だって、やっと秋月に会えるんだもん! 

読んで字の如く、まさに飛ぶようにして階段を昇りきった私は、勢いよく屋上の扉を開けた。

途端、真っ青な空が私の視界を埋め尽くす。

白い雲が転々と流れているけれど、屋内にいたからあまりにもそれが眩しい。

しかも屋上なもんですから風も強く、思わず私は顔を手で覆ってしまった。

うぅっ。

晴れてるのはいい事だけど、ちょっと風強すぎない? 煽られるんですけど! 

だけど、そんな文句は言ってられません。

私は覆っていた手を戻し、屋上へと足を踏み入れる。

そして、必至に秋月を探した。


「秋月! 秋月―!」


屋上の入り口からじゃあ秋月の姿は見えない。

だったら、ここからじゃあ見えない所にいるのかも。

そう思った私は、あちこちと屋上を駆け回りながら秋月の名を呼んだ。


「秋月―? 秋月―! どこにいるの!?」


あれ、おかしいです。

こんなだだっ広い屋上のどこを見ても秋月がいない。

くまなく隅々まで見渡したけど、いる気配がない。

いくら呼んでみても、返事がな……い。

も、もしかして……。

私の背筋に、いくつかの氷が滑り落ちたような感覚が襲った。

最悪な想定が頭をよぎる。

もしかしてもしかしなくとも、私、間に合わなかったの? 

颯太は安心しろって言ってたけど、そんな弟を待ちきれず、秋月、帰っちゃった……とか? 

彼ならやりかねないかもしれない。

それと言うのも、秋月と颯太は天敵同士だから。

顔を合わせればいつも喧嘩が勃発。

とことん仲が悪い二人。

例え約束をしていても、それを守る義理もなければ義務もない。

そう秋月が考えても、不思議ではないです。

言いえぬ不安感が私の胸をしめつけてきた。

折角ここまできたのに、秋月とすれ違ってしまったんじゃあないかと思ってしまったから。

嘘でしょう? 

結局私このまま、秋月に会えないの? 自分の想いを、伝えられないままなの? 

青空の中を漂う雲を、どんどん彼方へと運ぶ風が、屋上を吹き抜ける。

その中に一人、佇む私。

今にも泣きそうで、ぐしゃぐしゃに顔が歪み始めたのが自分でも分かった。

どうしよう。どうしよう。

焦りばかりで、一向に思考が働かない。

この後自分はどうすべきか、全く思いつきもしない。

今まで最大限、最上級、途方にくれたと言ってもいいです。

このまま……みんなの所に戻るべきか否か。

ようやく辿り着いた結論。

だけどその結論に達しても、私はその場から動く事が出来なかった。

ここから動いてしまったら、本当に秋月と会えなくなると思えてしまったので。


でも、その行動が私にとって正解だったらしい。

打ちひしがれている私の頭上から、突如として声が降り注ぐ。


「……やっべー。とうとう流香先輩の幻聴まで聞こえてきやがった」


え? 

耳を疑った。

誰もいないはずの、私しかいない屋上に、呟き声が響き渡ってきたから。

しかもそれは紛れもなく、他のどんな人より求めて止まない、秋月の声。


「……ったく、いつまで待たせんだ弟の野郎。寝んのにも飽きたっつーの」


ぶつぶつと颯太へぼやいている秋月の声が聞こえる。

間違いないです。

確かに秋月、この屋上にいる。

そう気付いた私は、またもや必死にその声の出所を探した。


「ま、いっか。また先輩の夢でも見りゃあいいんだし。……マジで俺、どんだけ病気なんだよ」


はぁ~っと深くつかれた溜息。

それは私が最初にいた場所。

屋上を出入りする、コンクリートで出来たその建屋の上からした。

どうりで見渡してもいないはずです。そんな所にあんたいたの!? 

急いで私はそこへ登るために備え付けのハシゴを見付けると、そのまま手をかける。

同時に、秋月に向かって再び名を呼んだ。


「秋月! 秋月!」

「っ!?」


どうやら秋月も、私の存在に気付いたみたい。慌てて起き上がる気配が上からする。


「せ、先輩?」


まるで探っているみたいに、彼も私の名を呼んできた。

私はそれに応じようと、風のせいで登りにくいハシゴを何とかクリアし、建屋の屋根に身を乗り出そうとする。

そして次の瞬間。


「あ、秋月……」


かちりと目が合いました。

屋根の上でずっと寝っ転がってたらしく、ちょっと皺が寄った制服を身にまとい、きょとんとした顔をしている秋月と。

会えた。

ようやく会えた。

ずっと焦がれていた本物の秋月が、目の前にいる。

まだ屋根に身を乗り出しただけの私だけど、それでも嬉しくなり、自然と顔が綻んでいくのを感じた。

そんな私とは違い、秋月はまだ放心状態の様子で、ぱちくりと瞳を瞬かせる。

どうやらずっと寝ていたらしい秋月。

私が屋上に入って来た事で目が覚めたものの、まだ夢か現実かを判断出来ないようでした。


「え? 何で先輩がここに……まだ夢見てんのか俺?」


秋月の頭上に、いくつもの疑問符が浮かんでいるのを見た気がした。

酷く混乱し始めたみたい。

それもそのはず。秋月が待っていたのは弟の颯太の方で、姉の私じゃあないのだから。

すかさず私は秋月に向かって再度呼びかけた。


「夢じゃないよ秋月! 私だってば! わ・た・し!」

「へっ? …………な、なな、なぁっ!?」


未だ意識がはっきりと定まっていない秋月に対し、自分の存在を誇示させようとした私。

それを聞いた秋月は、やっと覚醒したらしいです。

屋根に這いつくばっている私が夢の中での私じゃない、本物の私だと。

途端、慌てだす。


「な、何で流香先輩がここに!? へ!? ど、どーして!? ……はっ! お、弟の野郎~~~~っ、騙しやがったなぁっっ!」


ちょ、ちょっと! 騙すだなんて人聞きの悪い! 

颯太は私とあんたを、ただ引き合わせてくれただけ! 

でも秋月にとっては同義。

自分の意思で、私から身を引いたわけですからね。

だから彼が騙されたと感じても、何らおかしい所はありません。

事態を把握した秋月は、急いで私から遠ざかろうとした。

いえ、逃げようとしました。

今ここで私に関わっては、折角の自分の意思が無意味のものとなってしまうから。

ハシゴにはまだ私がいるので、直接屋根から飛び降りようとする秋月。

そんな彼を見た私は、当然、焦りました。

ここで彼に去られては、今までの行為が全て、霧散してしまうので。

秋月を繋ぎとめようと、私はちゃんと屋根を這い上がろうとする。

だけど、そこへ一陣の強風が私の身を襲ってきた。

まるで秋月の下へ行くのを阻むかのような、物凄く強い風。

視界が塞がられ、煽られる。

屋根にしがみついていたものの、チビの私はその強風に耐え切れず、吹き飛ばされそうになった。


「っ!? きゃあっ!」


浮き上がろうとする体。

そしてそのまま宙に放り出され、下に叩きつけられる光景が頭によぎる。

瞬間的に身の危険を感じたのは言うまでもありません。

どっと全身から嫌な汗が噴出し、最悪の想定を私はした。

でもその強風は、最悪をもたらす風などではありませんでした。

ふわりと宙に浮かぶ私の体。

それが優しく何かに包み込まれ、落下とは逆に浮上していく。

気が付いた時、私は秋月の腕の中にすっぽりとおさまっている形で、屋根の上にいた。


「あ、あっぶねー……」


耳元のすぐそばで、秋月の声がする。

それを聞いた私は、自分が秋月によって助け出されたのを理解した。

強風により屋根から落ちそうになった私を、秋月はその場から立ち去るのを止めて、駆けつけてきてくれたんです。

屋根の上でへたり込んでいる私と秋月。

瞬時に私は秋月の背に腕を回し、彼に抱きついた。

もう離さないと。

強く強く、彼に抱きつく。


「先輩……」


激しい心臓の鼓動が、どこからともなく鳴り響いてきてるのを感じた。

それは私と秋月。両方から発せられたもの。


――ドクンッ――ドクンッ……ドクンッ……

――ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……


これは決して危機的状況から生じた鼓動ではありません。

離れ離れになっていた私たちがお互いを感じ、意識し、生じた鼓動。

それを私は文字通り、肌で感じ取った。


「先輩……」


囁くようなか細い声で私を呼ぶ秋月。

それに構わず、私はひたすら彼にしがみつく。

離れたくないと言わんばかりに、更なる力を腕に込め、未だ鳴り続ける鼓動に身を置いた。

そんな私に、再び秋月は声をかけてくる。


「先輩、駄目だって……離れろよ」


困ったように。

でも、優しく諭すよう告げてくる彼の言葉。

だけど私は首を思いっきり横に振り、それを拒否した。

だって、離れたくないんだもん。

ようやくあんたに会えたんだもん。

自らの意思で、秋月から離れたくなどないです。

あんただって、そうなんでしょう? 

私を抱き締め返そうとしないものの、秋月の顔は私の頭にぴたりと寄り添うようにつけられていた。

まるでそれが精一杯、と言ってるような、彼からの返し。

そう、受け取れます。

既にこの時、私は確信していた。

本来、私程度の力じゃあ秋月を繋ぎとめられません。

彼ならいとも簡単に、自分から私を引き離す事出来るはず。

それをしようとしないのは、何故なの? 

どうして?


「ほんと……駄目だって……先輩」


切実に私へとかけられる秋月の言葉。

そんな彼を見ようと、私は少しだけ顔をあげる。

そして、頬を少し染めつつも眉尻を下げ、苦しそうに瞳を揺らす秋月の表情を認めた。

もう、言わずにはおれません。

私は秋月に向かい、溢れ出す気持ちを彼にぶつけた。


「いや! いやなの!」


すぐそばにある秋月の顔を見つめながら、私は声をあげる。

誠真摯な私の気持ち。

真実偽りのない私の想い。


「秋月と一緒にいられないのは私、いやなの! すっごくすっごく、淋しいの!」


自然にぽろぽろと涙が頬を伝う。

だけど私はそれを拭おうとせず、ただひたすらに秋月へ想いを伝えようとした。


「そばにいてもらいたいの! ずっと一緒にいて欲しいの! これからも秋月と過ごしていきたい。それが私の……」


でもそんな私を遮るかのように、秋月が口を開く。


「駄目だって先輩……俺はもう……先輩が傷つくのは嫌なんだ……」


秋月の顔が、今にも泣き出しそうなくらい歪み始めた。

私が病院で横たわっているの思い出しているのか、はたまたそれ以前からの出来事を思い出しているのか。

これ以上、私に災難が降りかかるのは我慢出来ない。

傷つくのが、耐えられないといった面持ちで。

ふと、彼の視線が私の左腕を見ているのに気付いた。

すっかり治っていて、骨折の痕跡は見当たらない。

だけど、確かにそこが折れていたのは事実。

いくら傷が跡形もなく消え去っても、起きた出来事は消えない。

自分は私にとって、災厄そのもの。

触れ合うのは当然の事ながら、決して、そばにいるべき存在ではない。

そうとでも言いたげに、秋月は苦々しい顔をしている。

それを見た私は、ぱしっと秋月の顔を両手で掴んだ。


「いい? 傷はね、治るものなの。逆にそこから、強くなるものなの」


痛めつけられ、踏みにじられた雑草が、それでも空に向かって生えるように。

いくら傷を負わされても、それは癒えるもの。

どんなに酷い怪我でも、時間が経てば元に戻る。

私はとくとくと秋月へ言い聞かせるかのように、更に続けた。


「でも、欠けた心の隙間はなかなか埋まらない。消失感はなかなか消えてくれない」


いくら空へ伸びたくても、支えのない茎がうな垂れてしまうかのように。

地面にしっかり立っていられないほど、ぐらつき、ふらつく。

失ったのがかけがえのないものであったら、それを埋めるのは決して容易くない。

立ち直るのに、傷以上の時間がかかってしまう。

ずっと静かに聞いてくれてる秋月へ、私は願いを込めてこう言った。


「あんたがいないと、私は駄目なの。辛くて辛くて、心が押しつぶされそうになる。だから、これからもずっとそばにいて?」


欠けた心の隙間を埋めるもの。

それは私の場合、秋月しかいない。

彼において、他にいない。

とめどなく流れてくる涙が、それを物語っている。

私はひたすらに秋月の瞳を見続けた。

だけど、秋月はまだ、私の言葉に納得出来ていない様子。

悲しみに揺らぐ瞳は、私から視線を外そうとしないものの、自分の決意を揺るがすものではないみたい。

ぽつりと、秋月はまた、私を遮った。


「……駄目だって……先輩」


こんなに言っても、私の想いはあんたに届かないの? 

だったら……。

私はあっくんに気付かせてもらった事を思い出す。

まだ伝えてない、心からの私の気持ち。

それを今、実行させていただきます。

秋月の顔を掴んだままの私は、そのまま自分の顔を近づけていった。

そしてそっと、自分の唇を彼のに重ねる。


「秋月……好き」


唇を離した後、そう告げた私。尚も言い続ける。


「好き……好き……私、秋月の事…………大好き」


どれぐらい言ったか分からない、『好き』という言葉。

私は秋月にキスした後、ずっとその言葉を口にし続けた。

直後、はらりと一滴の涙が瞳から零れ落ちるのを私は認める。

でも、その涙は私から流れ出たものではありません。

秋月から、流れ出た涙です。


「……え?」


今、自分の身に何が起きたのか分かっていないらしい秋月。

半ば呆然としながらも、問いかけるように彼も口を開いてきた。

それもそのはず。だって私、秋月に「好き」ってちゃんと言った事ないもん。

しかもそれだけじゃあなく、自ら彼にキスした事ありません。

恥ずかしくなってしまうから。

なので当然、秋月にしてみれば驚きを隠せない、私からの行為です。

だけど私は、普段そんな恥ずかしくなってしまう行為を、何の躊躇もなく行う事が出来た。

それと言うのも勿論、秋月の事が好きだから。

彼の事が大好きで堪らないから、私の気持ちを分かる形で伝えたい。

その一心です。


秋月きたでー

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