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刹那の時を駆け巡れ⑥






それは突如として訪れた。

今年は猛暑のため、空は秋らしい色を帯び始めたけど、未だ照りつける太陽が地面を叩き、気温の高い日々が続く九月の下旬に差し掛かった頃。

秋月と会えなくなって、このままじゃあ二ヶ月目に差し掛かってしまうじゃないかと思い始めたその日。

私の元へ、一つの連絡が入る。


《真山先輩! 今すぐ来て!》


颯太により外出禁止を発令されてた私はその後、哲平くんと逐一連絡を取り合い、及ばずながら彼のサポートをする日々を送っていた。

今回この場所を探してみたけどバツ。

次はここ周辺を探してみたけどダメ。

秋月が行きそうな場所を哲平くんが赴き、結果をメッセージや電話で教えてもらって、在宅を余儀なくされている私が地図を見ながらまとめる。

そのまとめたものをまた哲平くんへと返し、次の予測をする。

といった具合です。


だから一時限目の終了と共に哲平くんから電話が来た時は、またその結果報告かと思った。

だけど、スマホから聞こえてきた哲平くんの声はとても緊急を要するもの。

焦りとも緊張とも取れる声音を耳にした私は、瞬時に彼が次に発する言葉へ反応し、教室を飛び出した。


《楓が学校に来てる!》

「ほ、本当に!?」


哲平くんの発言で、私の感情が一気に爆発しそうになるほど高まる。

ずっと待ち望んでいた状況が、ようやく訪れたんですから当然です。

つい、スマホを落としそうになった。

涙が溢れ出しそうになった。

新学期が始まってから学校へは来ず、だからこそ散々あちこちを捜し回っていたのに。

まさか、一番可能性が低かった学校に、自ら来てるだなんて!

どうして今になって秋月が学校へ行こうと思ったのかはさっぱり分かりませんが、でも、これほど嬉しい事はない。

やっと秋月に会える。話す事が出来る。私の気持ちを伝えられる。

それだけが、私の心を埋め尽くしていた。

これまでがこれまでなだけに、まさに奇跡としか言いようがない状況。

思わず、歓喜に打ち震えてしまいそうです。


《どんな心境の変化なのかは俺にも分からないけど、とにかく今がチャンスだから!》


哲平くんもあまりこの事態を読み込めていない様子。

だけど、その言葉の端々からは私と同様に興奮が伺えた。

それに応じ、私は全力疾走で哲平くんが教えてくれた場所を目指す。


《教室じゃあないからね! 楓が行ったらしいのは屋上だから!》

「うん、分かった! ありがとう哲平くん!」


お礼を言った私は、一旦ここで哲平くんとの通話を切った。

話ながらじゃあ、とてもじゃないけど早く行く事が出来ませんから。

休み時間ともなると、廊下には多数の生徒が入り乱れ、思うように進む事が出来なくなる。

それはとてつもないロスに繋がります。

秋月がまだそこにいてくれればいいんだけど、保証は出来かねませんからね。

でも私はこの時、秋月に会えるという一心から、自分が持てる最大限の運動能力を発揮していた。

持ち前のこの身長が、人の垣根を潜り抜ける。

さながら障害物競走。

これほど自分の身長の低さが功を制したと感じたのは、後にも先にもないと思います。

そんな私に、背後から呼ぶ声がした。

どうやら私が血相を変えて教室から出て行ったのを目にしたらしい。

振り返ると、沙希や智花、柚子の友人三人が、私の後について来る姿があった。


「何かあったの流香!?」


私とは違い、「どきな!」と一喝して道を開けさせてる沙希が声高らかに叫ぶ。

それへ便乗するかのように、智花や柚子も次々と他の生徒を押しのけ、声を上げていた。


「何事!?」

「も、もしかして~!?」


教室から飛び出していった私の様子を見て、みんなは薄々感づいているみたいです。

まぁ、かなりの勢いで飛び出してきたので、察しがつくのもあながちな部分ではありますね。

私を追いかけながらも、三人の表情は「早く答えを頂戴!」と言わんばかりに訴えかけてくる。

それを認めた私は、期待通りの反応を見せた。


「秋月がね! 学校に来てるの!」


自分がこの時、どんな顔をしているかは分からない。

でも、私の返しに友人三人は嬉々としているようだった。

真剣な面持ちで尋ねてきたのが一瞬で快活に。私の歓喜を、そのまま受け止めてくれてるのが分かります。

その証拠に、三人は再び言葉を発してきた。


「マジで!?」

「来たか!」

「良かったね~!」


身長差というか、元々の足の長さが違うというか。

やり取りしてるうちにすっかり追いつかれてしまったけど、私を囲むように並行してきた友人たちは、口々に労いの言葉を投げ掛けてくれた。

それだけでも物凄く有難いです。私事なのに、気にかけてくれたわけですからね。

ただ、友人たちの行動はこれだけに留まらなかった。


「そこ邪魔!」

「はいはい、どいたどいたー!」

「しっつれ~い」


こちらからは何も言ってないのに、私の前方が少しでも空くようにし始めてくれた友人三人。

もうこれ以上の言葉はいらない。

この後自分たちがすべき事は熟知してる、とでも言いたげな感じです。

もう……何といったらいいか……。

私はそんな友人たちから援護を受け、それまで以上のスピードで目的地へと向かう事が出来た。

ありがとうみんな。本当にありがとう。

温かいみんなの心遣いに感謝の言葉が言い尽くせない私は、思わずその場で泣き崩れそうになってしまった。

でも、そんな事はしてられない。懸命に足だけは動かす。

ここまでみんなから後押ししてもらっているのだから、意地でもこのチャンスは逃しません。

きっといい結果にしてみせる。

その気持ちが更に私の原動力となった。

もう目の前なんです。

ずっとずっと待ち望んでいた秋月が、もうすぐそこに。

どんな理由で学校に来たのかまだよく分からないけど、必ず彼を引き止めたい。

今はそれだけを胸に廊下を駆けていった。

だけど階段を駆け上がり、一年のクラスがひしめく階を爆走している所で、私たちの行く手を遮ろうとする人影が現れる。

誰? 

なんて言ってたら愚の骨頂ですね。

みんな助力してくれてるのにも関わらず、こんな時に私を止めようとするのは、一人しかいない。


「この先へは行かせねーからな!」


颯太……。

上級生四人が下級生の廊下をばたばた走っていたら、それは目立つもの。

どうやら先回りをしたみたい。

私たちの存在に気付いたらしい弟が、屋上へと更に上がれる階段を前に立ちふさがってきた。

やっぱり、何が何でも颯太は私を秋月に関わらせたくないんだ。

眉間に深く皺を刻み込ませ、怖い顔で睨みつけてくる弟に、私がそう感じ取ってしまったのは言うまでもありません。

今までの経緯を考えれば当然です。

でも、折角訪れたこの機会をみすみす手放すわけにはいかない。

私は相手が例え弟でも、もう遠慮なんてしていられなかった。


「そこをどいて颯太! どきなさい!」


キーキーと、まるで猿みたいだと自分でも思った。

だけど、そんな金切り声でもお構い無しに張り上げる私。

事は一刻を争うのだから、なりふり構ってらんないです。


「もうあんたの言う事なんて聞いてあげられないからね! そこを通さないと、本当に許さないから!」


強気な口調は決して嘘なんかではありません。

あわよくば、と、本気中の本気で言わさせていただきました。

そんな私を見かねた沙希が、助け舟を出してくれる。


「弟くん、お願いだから流香を秋月の元へ行かせてあげてくんない?」


私とは対照的に、やんわりと颯太へ進言する親友。

普段の彼女からしてみれば、ここは怒号が飛び出してきそうな所。

だけど、生憎と私の方がいきり立っているので、今回ばかりは自分がそっち側に回ってくれたみたい。

冷静な対話が出来るよう、私と颯太。両者の間に入って、取り成してくれる様子が伺えた。

沙希は颯太を説得しようと、尚も言葉を口にする。

でも。


「弟くんの気持ちは分かるけど、ここは流香に道を譲ってあげて……」

「沙希ちゃんに、俺の気持ちなんて分かるわけないだろー!?」


沙希の声に対し、覆い被さる颯太の叫び。

彼女の言葉は、容赦なく一刀両断されてしまった。

これには誰もが驚愕を覚えた様子。

いくら姉の友だちだと言っても、上級生に対してここまで反抗的な態度を弟は取った事がありませんからね。

普段はみんなにからかわれたり、適当にあしらわれたり。

そんな立ち位置が、ある意味颯太に定着してると言っても過言ではないので。

それがいつもとは違う気迫に態度。

これには流石の智花と柚子も、あんぐりと口を大きく開いたままその場に固まり。

沙希に至っては颯太の返しがショックだったみたいで、半ば放心状態となっていた。


「ど、どうして……気持ちが分からないだなんて、そんな事……」

「誰も俺の気持ちなんて分かんねーよ!」


吐き捨てるかのように、投げやりな発言をした颯太。

いかにも自分の行動は、誰からも理解されないといった面持ちです。

分からないよ。

そしてあんたも、分かってない。

私はここにきてまで自らの思惑の下、足掻きに足掻こうとしているとしか見えない弟へ、怒りの色を隠せなかった。

もう我慢なりません。

一時は分かり合えたと思った。

私の気持ちを、理解してくれたと感じていた。

それが全然汲み取ってくれてない。

ましてや私のみならず、間に入ってくれた沙希にまでそんな事を言うなんてどうかしてます! 

そこまで自分の意思を貫き通したいというの!? 

これまでの秋月に対する拒絶といい、外出禁止を出した事といい。

私は最早、限界に達していた。

そっちがそのつもりなら、無理矢理にでも強行突破してやろうじゃないの! 

弟に負けじと、気迫を込めて通り抜けようとした私。

でも颯太が言うように、本当に分かっていなかったのは私の方でした。

ううん。それは私のみならず、沙希や智花、柚子にも言える事。

本当は颯太、誰よりも私のために動いてくれてたんだとこの後、弟が苦々しくも告げてきた言葉で、思い知らされる事となった。

それはずっと、颯太が密かにしてくれたもの。

ランニングと偽ってまで行われた、夜間の外出。

その理由と真相が、今、明らかにされようとしていた。


「だからこっちには行かせねーって言っただろー!? 秋月は……秋月の野郎は……こっちじゃなくて、向こうの屋上!」

「……え?」


私たちが来たのとは反対方向を指し示しながら。

颯太は悲痛な面持ちをしつつ、再び絶叫をあげた。

だけどそれは、これまで弟がしてきた事とは相反し、私を助力するもの。

通り抜けようとして颯太に押さえ込まれてた私は、思わず間抜けな声を出してしまったのは致し方ない事です。

だって、まさかそんな言葉が弟の口から出るなんて思ってもみなかったので。

すかさず聞き返してしまいました。


「え、え、どういう事?」


どうやら私が混乱し始めたと気付いたみたいです。

颯太はそんな私をジトッと睨み付けながら、おぼつかない口調で事情を話してくれた。


「俺が……秋月の野郎を呼びつけたんだよ。だから俺が行くまで、秋月はどこにも行かねー。安心しろよねーちゃん。今逆戻りしても、間に合うから」

「はい?」


またもや間抜けな声で返事してしまいました。

安心しろって……ちょっ、ちょっと待って? 

呼びつけた? 

あ、でもだからか。哲平くんがあんまり把握していなかったのは。

秋月が学校に来たのは、颯太によるものだったから。

少し事態を把握出来た私。

されど頭の中は未だ疑問符で一杯です。

何故なら。


「けど、どうしてあんたが秋月を呼ぶ事が出来たの?」


てゆーかあんたたち、天敵同士じゃあなかったっけ? 

いつもはあんなにいがみ合ってたのに。

そう、これが一番の疑問です。

私ならいざ知らず、友人である哲平くんですら、なかなか秋月を見つける事が出来なかったわけですからね。

それが最も秋月と仲が悪い、まさかの颯太。

困惑しながらも私は颯太に問うてみる。

だけど私の疑問は当の本人である颯太ではなく、何かに気付いたらしい沙希が答えをくれた。


「もしかして弟くん、ずっと夜に出掛けてたのは……秋月を捜してたの? 流香の代わりに」


目を丸くさせながらもそう告げた沙希。

それには私のみならず、智花も柚子も気付いたようでした。


「はっ! そういう事!? つまりは『ねーちゃん今まで反対しててごめんなさい』、みたいな?」

「一種のサプライズ~?」


「そんなんじゃねーよ」と頭を掻きながら、颯太は智花と柚子の言葉を否定した。

本人としては違う意図らしです。

でも、どういった経緯で秋月を呼んだのか、簡単ながらも教えてくれた。


「……ねーちゃんが期末に貸したノート。まだ奴が持ってるの思い出したから、そいつを持って来いって言っただけで……」


ただ奴を釣っただけ。

それ以外何者でもない、とでも言いたげに、颯太は居心地悪そうにして告げる。

要するに、です。

弟は沙希が指摘した通り、私の代わりに秋月を捜してくれていた。

そして見事秋月を見付け、持ち主である私すらもすっかり忘れてたノートを使って、彼が学校へ来るよう仕向けた。

と、いう訳です。

そういえば私、期末試験以来、一年の時に使っていたノートを秋月に貸しっぱなしでした。

まぁ、返して貰うつもりは元々なかったし、そんな事を考える余裕すらなかったからね。

意表を突かれました。

その手が残されていたとは、思いつきもしませんでしたので。


「……っ! もういいだろう俺の事なんか! それよりも行けよ!」


当初その反抗的な態度には驚かされたものの、一度蓋を開けて颯太の真意を知ってからは、その場の雰囲気が急速に和むものへと変化。

とても優しい眼差しを颯太に向け始めた友人三人。

とりわけ昔から付き合いのある沙希は、良く頑張ったねといった風情で弟の頭を撫でてあげていた。


「弟くん……」


そんな彼女たちによる扱いがいたたまれないのか。

颯太は話をずらしたいかのように、私に向かって激を飛ばす。

それに敢えて突っ込まず、私は素直に応じる事にした。


「さっさと秋月のくそ野郎のとこへ、行っちまえ!」

「うん!」


毎日毎日。

埃まみれ、砂だらけ。

汗が顔に滴り落ちていてもそれを拭おうとはせず。

帰ってきた途端、玄関で潰れるぐらいまで秋月を捜してくれた弟。

どんな気持ちで颯太が走り回ってくれてたのか、それは未だ私にとって与り知れない部分。

だけど心中、弟に駆け巡っていたのは、私に対する思いやりであると知りました。

それだけで、今は構わないよね? 

兎にも角にも、私は友人たちや後輩、幼馴染。

仕舞いには天敵である弟の助けもあって、ようやく秋月に会えるんだから、それを果たさないと。


四人をその場に残し、私は颯太が示した屋上へと再び走り始めた。

折角みんなが与えてくれたこのチャンス。

もうすぐそばにある、秋月と再会出来る瞬間。

何よりもかけがえのない。

心待ちにしていた、刹那の時。

そこへ到達するために、みんなに見送られながら、ひたすら足を動かし、駆け出していく。


颯太は本当に姉思いの弟なんですよ。

シスコンと違わないですけどね、基本←え


とういうわけで今回でこの章は終わり、いよいよ次が最終章となります。

最後まで成り行きを見守っていただけたら幸いです!

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