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刹那の時を駆け巡れ⑤


「颯太ぁ? 外にいるの? あんたも中に入ってらっしゃい」

「やだ! まだ俺にはやる事があんだよ!」


え、何で。

ていうか、やる事って何? 

外から返ってきた颯太の言葉は、拒否を示す内容でした。

益々理解不能になってくる私。

ここにきて、何をやろうっていうの。

アミューズメントパークにいた以上、もうあんたが毎晩ランニングしてるって、嘘ついてるのばればれなんですけど。


「何言ってるの颯太。もう遅くなるんだから、ランニングはもうそこまでにしておきなさい。いいじゃない、たまには休んだって……」

「断る! んな時間はねー!」


私が思ったと同時に、お母さんが絶妙なタイミングで『それ』に触れた。

だけど、尚も颯太は主張し続ける。

あたかも自分には、外出する理由があるって事を。

家に入るよう、宥めすかすお母さんへ歯向かう颯太。

その行動にとてつもなく違和感を覚えた私が、ここぞとばかりに突っ込んだのは当然の結果ですね。

今こそ、突きつけてやります。


「颯太の嘘つき! 本当はランニングなんてしてなかったじゃないの!」

「……っ!?」


扉越しだけど、颯太が息を呑む気配が何となくした。

やっぱり、一度落ち着いた状況であれば、突っ込まれると痛いんですね。

私の詰問に、すぐさま答えられない様子の弟は、もごもごと口を濁してくる。


「そ、それは……その……」

「今度こそちゃんと答えないさい颯太! あんた毎晩、何をしてるの!?」

「え? そうなの流香? ちょっと颯太ぁ~?」


私による追及の合間に、お母さんも颯太に問いかけ始めた。

咄嗟とは言え、颯太の不可解な行動を親の前で暴露したわけですからね。

交互に颯太へと覆いかぶさる質問の嵐。

この時点で既にもう収拾がつかない状態なのですが、今度はお父さんまで奥からやってきたので、更に混迷を極める。


「颯太、お前、夜遊びでもしてるのか? 別に構わんが、ちゃんと……」

「違うっ!」


颯太から怒号が返ってきた。

言い掛かりも甚だしいと思ってるらしく、扉を隔てても、颯太の怒りが外から伝わってくるのを感じた。

じゃあ一体何なの。

両親は何も言わない颯太に首をかしげるばかり。

私はと言えば、あやふやな態度ばかりで明確な答えを示さない弟に、苛立ちを覚え始めていた。


「私には怒ったくせに……自分はいいって事!? それって都合良過ぎるでしょ!」


そりゃあ男の子である颯太と比べ、女の私が夜、外を歩き回るのはあまり好ましくない行為ですけどね。

昨今は何かと物騒だから、弟が止めに入るのは分かります。

でもだからと言って、何も理由を告げず、嘘を押し隠そうとするのは許されるもの? 

そんな事はありません。


「あんたが私を心配するように、私たちだってあんたが毎晩どこに行ってるのか心配するんだよ!? せめてお父さんとお母さんにはちゃんと訳を話なさい! 聞いてる!? 颯太!」


さっきまでとは打って変わり、立場が逆転。

今度は私が颯太に向かって叱り飛ばした。

だけど、玄関扉の向こう側からは何の反応もない。

それならば、と、がちゃがちゃドアノブの動かし、外にいる颯太を家の中に入れようと試みる。

でも颯太は玄関扉をしっかり押さえているようで、私の力ではびくともしなかった。

仕舞いには鍵を持ってるらしく、外から施錠までする始末。

って、ちょっと! そこまでする普通!? どんだけ拒むの! 

大体こっちは内側にいるんだから、鍵なんてかけても開けられるんですけど! 

理由は何であれ、颯太がひっ迫しているのは明白。

この意味不明な行動から、簡単に読み取る事が出来ました。

そんな颯太にすっかり困り果てる両親。

そして、開いた口が塞がらない私。

しばし押し問答していたけれど、事態は一気に萎み、場は静かになった。

でも逆にそれが進展へと繋がる。

微かに呟いている颯太の声が、外から聞こえてきたので。


「…………が…………ら」

「え?」


よく聞き取れない。

玄関扉で遮断されているのもあるけど、あまりにも小さい声で颯太が呟くから私は聞き返した。

外にいる弟はもう一度言ってるらしく、また同じ台詞を繰り返す。

だけどあまりはっきりと言いたくないのか、やっぱりごにょごにょとしてて、聞き取りづらいもの。


「……俺が……に…………から」


う~ん? 

最初よりかはましだけど、でも肝心の要点は全く聞こえてきません。

本当に、何を言おうとしているんだろう? 

何をしようとしているんだろう?


「颯太、全然聞こえないよ。そんな所で言ってないで、中に入ってきなよ」


再度家の中へ入ってくるよう促す私。

でも颯太は、全く聞き入れる様子がありません。

最終的にはもう追求してくるなと言わんばかりに、声を張り上げる。


「……いいだろうっ!? 何も心配されるような事を俺はしてねー! あんまり聞いてくんな!」

「なっ! ちょっと颯太! あんたそんな言い方ないでしょ!?」


あんまりです! 

弟からの酷い言われように、私の苛立ちは再燃。

どんどんとまた玄関扉を叩き、颯太に向かって反論しようとした。

が、しかし、弟は何も言ってくれないばかりかあろう事に、私を外に出さないよう両親に命令をし出す。


「父さん、母さん! もうねーちゃんの寄り道とか外出とか許すなよ! 絶対にな! 今日だって知らねー連中と話してた!」


「はぁ!?」とこちらが声を上げるまもなく、颯太はそのままどこかへと走り去ってしまった。

ダダダッと、駆け足している音が家から遠ざかっていく。

まさか、颯太からも暴露されるとは思いもしませんでした。

今までこんな事ないです。

弟の真意が、図れないなんて……。

言い逃げも言い逃げ。

肝心の自分の事は何一つ言わず、私にとって不利な状況だけを残す。

思わず呆然です。

後を追いかけるのなんてすっかり忘れ、私がただただその場に立ち尽くしてしまったのは言うまでもありませんね。

だけどこれが颯太にとって、画期的な手段であったのは間違いありません。

最後言い残した言葉が見事効き、私は両親からとても心配されてしまったから。

知らない連中とは? どうしてその人たちと? どこで会ったの? 何故そこに行ったの? 

次から次へと問いかけられる、両親からの質問。

畳み掛けてくるとまではいかないけど、事細かに、根掘り葉掘り聞かれてしまう。

そうなってしまうのも、颯太と同様の心境が両親にもあるからですね。

今までちゃんと事の経緯を説明してきて、どうして私が色々と酷い目に遭ったのかを両親は知っているし、理解もしてくれました。

でも、それらは言わば事後報告で、過ぎ去ってしまったから今更何を言ってもどうしようもないという考えからによるもの。

未然に防げるのであれば、未然に防ぐ。

それが両親にある心情と信条のようでした。

おかげで私はこれを境に、あまり心配かけるような行動は慎むよう言われてしまう。


「別にずっとってわけじゃないのよ? でも、颯太があんな態度なんだから、しばらく自重してあげなさいって事」


やんわりと告げてくるお母さん。

それを受けた私は、否応無しにも打ちひしがれてしまった。

そんな風に言われたんじゃあ、どうしようもありません。

私自身、最もな意見だと思ってしまったから。

折角秋月が住んでいる場所を知る事が出来たのに、私はもう、それ以上動く事が出来ない。

両親の話が終わった後、自分の部屋へ戻った私は、鞄を床へ置くと共にそのまま座り込む。

そして着替えもしないまま、しばらくその状態でうな垂れた。


「はぁ~~~~っ」


言いえぬ脱力感が私の身に及ぶ。

と言うのも、一歩前進したものが逆戻り。

寧ろ、スタートラインで頓挫。

いえ、これはもっと好ましくない状況ですね。

――何も出来ない。

これが唯一無二です。

ほとほと、颯太には困ってしまいました。

ここまでしなくても、これから気をつけようと思ったのに……。

勿論、私のためであるって事は百も承知です。

私が逆の立場だったら、同じ事を考えるだろうし、颯太みたいな行動を起こさないとは限りません。

だけどやっと繋げられた秋月への足がかり。

例え弟と言えど、それを阻害する権利などない。

こんな姑息な事……と言ってしまうと、あまり聞こえは良くありませんが、でも相応の事を弟にされたと、ついつい思ってしまった。

こうなってしまった以上、颯太が何をしているのかなんて考えられない。

私は今後哲平くんを頼りにすべきか、それとももっと他に別の道はないかを模索しなくちゃいけないんだから。

颯太の用事は時間がないものらしいけど、それは私にも当てはまる事。

一先ず私はスマホを手に取り、哲平くんへメッセージを送ってみる事にした。

少しでも前進したいですから。

が、しかし、事態は全く持って予期せぬ方向へとっくに進んでいる事に、この時の私はまだ感づいていなかった。

無理もないです。

だってあれじゃあ分からないもん。

颯太。

あんたは最初から、『そのつもり』で動いてたんだね。


颯太はシスコンではなく、ただ姉思いの弟なだけです(二回目)

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