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消えた背中を探し求めて⑦


「真山さんを守ろうとしてただけですぅ~! そんなの、聞かなくても分かりますぅ~!」

「あいつ程男気あるやついねーよ! こちとら感動したってーの!」

「何? 好きな女のためでも駄目なわけ? そんなのおかしいだろ! 俺らに恋愛するなって事か!?」

「秋月くんは純粋に真山さんを想ってたんですよ!? ゴリ……先生はそれすらも分からないんですか!?」

「これだからゴリは……っ!」

「迷惑だなんて誰も思っちゃいねーよ! あいつがいて楽しかったさ!」

「そうそう! いつも楽しませて、笑わせてもらってたのは私たちの方!」

「知りもしねーお前に、何が分かる!」


どんどんとヒートアップしていくクラスメイト。

その騒ぎは最早生徒指導室内だけには留まらず、職員室全体。

果ては廊下まで聞こえてるんじゃないかと思う程、白熱したものへとなっていった。

ここまでくると、流石に他の先生たちも傍観しているわけにはいかないと思ったのか、わらわらと事態の収拾に努めようと集まり始める。

その先生たちの中に、ひょっこりと私たちのクラスの担任も現れた。


「なんだお前たち。教室に誰もいないと思ったら、こんな所にいたのか」

「先生っ! あなたの生徒たちは、一体全体どうなってるんですか!?」


ぎゃーぎゃーみんなと口論していた体育の先生は、私たちの担任が来たと同時に、今度はそちらに矛先を向ける。

それを受けた担任の先生は、何やら「ふむふむ」とその場に集合している私たちを見回すと、おもむろに口を開いた。


「そっかそっか。みんな秋月の事が好きなんだな」


ずこっとこけたのはこの場でただ一人、体育の先生のみ。

例え的外れな言葉を担任の先生が口にしたとしても、私を含め、生徒全員はこくこくと揃って頷き、答えた。


「みんなに声をかけたのは私らです」

「でも、これは任意ですから~。強制じゃあありませ~ん。そこんとこ宜しくで~す」


唯一声を発したのは智花と柚子。

騒ぎになってしまったため、クラスメイト全員を引き連れて来たのは自分たちだと、そう主張しているように聞こえた。

そして、『それ』が分かっててみんな来てる、と念押しもしている。

秋月を助けたいと思う人間が、これだけいるという事実。

先生が言うように、みんな秋月の事が好き。

それだけでここ、生徒指導室に集まっているといっても過言ではないですからね。

そんな私たちを認めた担任の先生は、体育の先生に向かって何やら意見をし始める。


「いえね、前々から感じてはいたんですが……」

「それは勿論、秋月の素行の悪さについてですよね?」


釘を刺すかのように。話している途中で横槍を入れた体育の先生は、ジロッと担任の先生を見つめる。

でも、そんなのは意に介さないといった風情で、担任の先生は続きを口にした。


「秋月は思っていたよりも問題児じゃないな、と。比較的みんなと仲良く、平和にやってるんじゃないかな、と思っている次第でして」

「な、なな、な、何を言ってるんですか! あなたはっ!」


同僚から突然カミングアウトされた体育の先生は、信じられないといった面持ちで絶叫をあげる。

そしてその勢いのまま、ビシッと指を担任の先生へと向けた。


「よく考えてもみて下さいよ! 一番あいつが迷惑をかけてるのは曲がりもなく、あなたのクラスでしょうが! 頻繁にそちらへ行ってるようですし!? 一つや二つ、被害を被った経験がおありになるんじゃないですか!?」

「あー確かに、ホームルームになってもまだいたりしますね」


「でしょう!?」と、それ見たことかと踏ん反り返る体育教師は、ぎくっと体を強張らせた私たちを一瞥した。

うぅっ。そういえばそんな時もありました。

当然、秋月に悪気はありません。

私たちも、別に大した事じゃないという認識ではいますが、それはあくまでも『私たち』だからであって、クラスを取り仕切る先生にとってははた迷惑な行為に映る恐れがあります。

恐々担任の先生の顔色を伺う私たち。

でも、それはただの杞憂でした。


「ですが、先生が頭に浮かべているような学級崩壊とまではいきませんね。かわいいものです。どちらかと言えば秋月は、誰かさんのそばにいたいがため、必死だったというのが私の印象ですね」


ちらりと担任の先生が私を見てくる。

そして、ふと笑みを溢したかと思ったら、感想めいた事を口にした。


「実に微笑ましく、和んだよ」


あぁ、そうか。

私はその言葉を聞いて、何気に先生は、私と秋月が一緒にいる場面に遭遇しているのを思い出した。

いえ、私の担任だからこそ、鉢合わせたというか。

それは教室内に限りません。

ロッカーがぼこぼこに壊された時。

集団暴行に遭った時。

体育祭で私たち二年生に紛れ混んでいた時。

どれもこれも、体育の先生は秋月が問題児だからという視点しか見ていなかったけど、担任の先生はそれとは違った見方になってきたと言ってくれた。


「最初はあの秋月が人助けするなんて予想だにしておらず、驚いたものです。単なる気まぐれかとも思いました」


ロッカーの件ですね。

確かにあの時、工具を持ってきた担任の先生は、秋月にそんな感じだったような気がする。


「でも真山が襲われた時点で確証が持てました。単なる気まぐれじゃないんだな、と」


次は集団暴行。

秋月が私に抱き着いている場面を、目撃した瞬間になるかと思われます。

あれは……うん。見られて恥ずかしかった。


「体育祭もうちのクラスにいたわけですが、これといって問題はなかったかと。優勝、もらっちゃいましたしね」

「あぁ、秋月最後は大活躍でしたもんね」


体育祭での話題が出ると、騒動を止めに来た他の先生たちの中でも声が上がった。

それを逃すまいとしてるのか、柚子がとびっきりの笑顔で補足する。


「実は最後のリレー、秋月くんが流香へ優勝をプレゼントするために頑張ったんですよ~? 素敵ですよね~?」


更に智花も便乗。


「泣けたわ……。あれには流石の私もほろりときたよ。そこまでしてあげるのかって! ドラマチックな展開、ご馳走様! 秋月楓!」


実際に泣いていたのは私だけだったんですけどね。

若干演技が入ってそうな智花は、それでも自分の発言で柚子の後押しが出来た事を確認し、にやりと影でほくそ笑んでいた。

グッと背中越しに友人二人がガッツポーズをし合っていたのを、勿論私は見逃しません。

哲平くんも見てしまったらしい。

「完敗だよ先輩方……」と、ぼそっと言っていたのを聞こえた気がします。

でもそんな友人二人や担任の先生のおかげで、徐々に秋月に対する風向きが変わってきたのを私は感じた。

喧騒入り乱れる室内だったけど、「そういえば」「確かその時」といった具合に、秋月の思い出話に花を咲かせる雰囲気になってきたからです。

それは生徒間で交わされたものではなく、職員室全体。先生たちの会話で起きたものでした。


「秋月には参ったよ。まさか借り物で真山を連れて来るとは思わなかったからなぁ~」


あ、体育祭の借り物競争で審査していた先生だ。

何やら頭を掻きながら愚痴を溢している。

それに別の先生が答えていた。


「何でしたっけ? 『今一番欲しい物』でしたか? その他大勢の生徒がいる手前、根つめて説教するわけにもいきませんしね」

「そうなんですよ~。おしべとめしべがぁ~って小学生にする説明、まさか校庭のど真ん中で、しかも競技中にするわけにもいかなく……いやはや、あれには参った」


次第に「あははは」と笑い合う先生たち。

問題行動であるのは間違いないけれど、それはたかが知れた問題行動。

中学時代、悪逆の限りを尽くしてきた彼からは、到底及びもしない内容である事を彷彿させます。

その流れに乗るかのように。私は再び、体育の先生に向かって懇願した。


「お願いです。どうか秋月の退学処分、考え直して下さい」


だけど、本当に心底秋月が気に食わないらしい体育の先生。

まだ納得がいってないようで、またもや拒否の回答を私に示してきた。


「駄目だ駄目だ駄目だ! 俺は騙されんぞ! 秋月はこれからきっとまた……」

「……うぅっ……」


再び私の涙腺が緩む。

これだけみんなが秋月を思って来てくれたのに、と思ったら、自然と込み上げてきてしまったからです。

でもそれが思わぬ副産物を呼ぶ。

私の目に涙が溜まってるのを気付いた柚子が、非難の目を体育教師に向けた。


「ちょっと~。うちのカワイコちゃんを苛めないで下さ~い」


その言葉を皮切りに、一斉にみんなが私を見る。

そして柚子に習い、次々とブーイングを先生にし出した。


「よくもうちのマスコットを泣かせたな!」

「ひっどーい!」

「ちっちゃい子に何て事を言うの!?」


え。いや、その、別に。感情が高まっていたから、思いがけず涙が出ただけなんですけど。

だけど言うが遅いか。哲平くんが思い出したかのように、ブーイングに更なる火種を投じた。


「あ、そういえば俺がここに来た時も真山先輩泣いてたよね? これは……二度目という事になるね」

「はぁっ!?」


いち早く反応したのが智花だった。

哲平くんの発言は自分にとって、最も許しがたい項目に該当していたらしい。

ゆらりと体育教師の前まで進むと、思いっきり目を据わらせてガンを飛ばし始める。


「私はさ、強者が弱者を苛めるってのがこの世でいっっっっっっっっばん嫌いなんだよ。二度泣かした? 教師が? 生徒を? ……風上にもおけないねぇ。そこに直れぇぇえええ!」

「ちょっ! ちょっとたんまたんま智花~~っ! 森脇くん、智花のスイッチを押さないで~!」

「えっ!? これが朝霧先輩のスイッチ!? 俺よりも朝霧先輩か高木先輩の方がもっと有効的な言い回しが出来るかと思ったけど……わ、悪かったよ! ごめん!」


突如として勃発した智花の逆上。

余っているパイプ椅子を振り上げ、猛然と体育教師に襲い掛かろうとする。

それに慌てた柚子が、必死に彼女を止めようとしてしがみついた。

哲平くんもまさかの事態に珍しく焦ったみたいで、柚子の助太刀をするべく、智花の振り上げられた両腕を押さえにかかる。


「駄目だよ朝霧先輩! そんな事したら旧の木阿弥!」

「うるさいっ! こいつだけは天誅下してやる! 覚悟ぉぉおおお!」


ひ、ひえぇぇ~~~~っ! 

普段冷静沈着な人程、キレたら末恐ろしいって聞くけど……これはその比じゃあありません!

「むがぁぁあああ!」といきり立つ智花に、私も体育教師との間を遮る形で身を滑りこませた。


「と、智花落ち着いて! 私は大丈夫だから! ちょっとした拍子で涙が出ちゃっただけ……」

「流香、泣かされたの?」

「え?」


ふいに生徒指導室入り口付近で、よく聞きなれた声が聞こえた気がした。

それはいつも馴染みの、凛とした声。

中学の時からずっと一緒にいる、紛う事なき、私の親友の……。


「さ、沙希!」


人混みでごった返している生徒指導室前に、一際輝くオーラを発した美少女が真顔で佇んでいる。

それを認めた私は、親友の名前を無条件で呼んでいた。

慌ただしかったため、彼女がいつここへ来たのか全く気付いていませんでした。

でも助かった。

沙希、丁度いい所に! 

智花が怒って、大変な事になりそうだったの。

一緒に止めて! 

……そう言おうとしたものの、私の声は結局発する事が出来なかった。

それは当の親友によって、阻害されたからです。


「智花、私も手伝う。そこをどきな! あんたたちっ!」


えぇぇええぇぇえええ!? 

未だ暴れている智花を制しようとしている私たちに向かって、ずんずんと沙希は歩を進めてくる。

ざわざわとざわめくクラスメイトを一喝し、私たちと同じように智花を止めようとした先生たちへも何のその。

人で入り乱れた生徒指導室の垣根を、その白魚のような手で遠慮無しに千切っては投げ千切っては投げ。

形相は既に般若の状態です。

美少女にあるまじき顔です。


「沙希、丁度いい所に。こいつを一緒にシメるよ」

「任せな! 流香を泣かせた罪。存分に味あわせてやるから覚悟しなさい!」


私が言いたかった台詞を、代わりに智花が言ってくれた。

でもその意味は全くの別物。

逆に場の状況を悪化させる内容を、平然と彼女は言ってのける。

それを沙希は別段何とも思わなかったらしく、ごくごく普通に合の手を入れていった。

これには流石に誰もが、血の気を引く音を辺りに響かせてました。

いやいやいやいやいや! そんな事しちゃまずいよ二人とも! 

智花の正義感は十分分かるものだし、沙希が怒ってくれるのはすこぶる有難いのですが、今はまずいですって! 

折角状況がいい方向へ傾いていたのに、またここで逆戻りになってしまうのは必須。

それは私のみならず、真っ先に気付いた柚子や哲平くんも、同じように思っていたらしい。

今まで以上の必死さで、何とか鎮圧を試みようとしている。

私も及ばずながら、尽力しようとした。

だけど、荒ぶる二人の勢いは留まるところを知らず。

生徒指導室は一時、騒然となってしてしまう。

その時。


「止めろ小林! 朝霧も、そこまでにしとけ!」


壁に反響して、耳朶を直撃。

喧騒が一瞬で静まり返る。

それぐらい力強い声が、生徒指導室に響き渡った。

でもその声が引き金で、沙希と智花をはっと我に返った様子。

私も二人と同様、目を見開いてその場に固まってしまいました。

どうしてここにいるんだろうという疑問は一先ず置いといて、私はすかさず声がした方へと振り向く。

この声はひょっとして? 

なんて思うのも愚の骨頂です。

だってその声の主はこの場にいる誰よりも。

沙希よりも。

昔から私にとって、馴染みのある声なんだから。


「目的が違うんじゃないのか? 教師とやり合うために来たわけじゃあないだろう? 俺は、そんなつもりでお前に着いて来たわけじゃない」


あ……あっくん。

沙希の後に控えていたらしく、生徒指導室の入り口には私の幼馴染が立っていた。

部活中だったのか、それともこれからだったのか。

野球部のユニフォーム姿で腕を組み、滅多にしない怖い顔で睨みを効かせている。

そこへまた驚くべき人物の声も追従した。


「うむ、見事だ。その声量、野球部へ据え置くには実に惜しい人材だな」


ぶ、部長!? 

長身のあっくんだけど、それよりも背が高い演劇部部長の藤堂先輩が、生徒指導室内を覗いてくる。

そして「やぁ」とでも言いたげに。片手を挙げ、私に向かって挨拶をしてきた。


はい、楓を救うためとはいえ、登場人物入り乱れてのカオスタイムです。

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