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過去と現在(いま)に決別を⑩


「お前は前にも派手な喧嘩をしたよね?」


登録番号を探しているのか、スマホをいじりながらまず始めに哲平くんはそう言った。

唐突な内容に、一瞬、自分とは関わりのないことだと思う私。

だけど、そのあと更に続けられた彼の言葉で、とある出来事を思い出したんです。


「駅近の駐車場で数人を病院送りしたやつ。俺に、楓のことで連絡してきた日だよ」


淡々と告げる哲平くんだけど、当の神澤くんは無視をしているようです。

まだ痛みがあるからなのかもしれないけど、彼からの反応がない。それには構わず、哲平くんは引き続き口を開いた。


「楓と真山先輩を見かけた奴らに会って情報を仕入れ、ついでにボコッた……と言えば流石のお前でも分かる?」


駅近の駐車場? 

病院送り? 

私は首を捻った。どこかで聞いたことがあるようなフレーズを耳にしたからです。

そんなに前じゃないよね? 

最近のような気がするから、少なくとも体育祭が終わったあと。

駅近くの駐車場で、派手な喧嘩があったって誰かが言ってたような? 

あ、確か教室でだったような気がする。

何だっけ? あれ? 確かそのとき、沙希とも会話してて……って、あ!


「もしかしてそれ、流香と秋月が一番最初デートしたときに起こったやつのこと? アミューズの」


記憶を巡らせてた私は、段々と思い起こされた内容にハッとする。

同時に沙希も思い出したみたい。

彼女がぽつりと呟いた言葉で、私は完全にそのときの光景を思い浮かべることが出来た。

そういえば、そんなことがありました。

秋月と私が部活帰りに寄ったアミューズメントパーク。そこで対戦格闘ゲームやダーツをしたあと、秋月の知り合いとおぼしき人たちにも会ったんでした。

そして私が一人の男の子にちょっかいをかけられ、それに怒った秋月が殴り飛ばして気絶させる。

……なんてことが起きたから、教室で騒がれていたその話は、秋月のことを言われているんじゃないかと思って冷や冷やしたんだっけ。

沙希により「自分たちには関係ない話」ってふってもらえて私も安堵したんだけど……。まさか、実際は私たちにも関係あることだったの? 

哲平くんからもたらされた言葉の中で、一箇所が微妙に符号する。

秋月と私を『見かけた奴ら』。

もしかして、あの喧嘩の当事者は神澤くんで、被害に遭った男の子たちは私たちと会ったあの人たちだったというわけ?


「まぁ、一人は楓のせいでのびてたみたいだけど。でもあとは全部お前でしょ?」


やっぱりそうなんだ。

疑問に思ったことが、すぐに哲平くんの口から出た。

あのあとどうなったのかちょっと気がかりだったんだけど、まさか新たに知った事実に血の気が引いた私。

関係ない話なんてとんでもない。

すっごく身近に起きた出来事だったんです。

そしてよくよく考えてみると、その頃から既に事態は動き出してたってことにも気付く。

寒気がする。

あの人たちを間接的に巻き込んでしまってたんだと思うと、とてもいたたまれない気持ちにもなる。

でも私がそう感じていても、哲平くんにとって神澤くんが起こしたあの喧嘩は、神澤くんを封じる『決定的な攻撃カード』だったみたい。


「あいつらから証言とられてるんだよ。お前の仕業って。……不本意だけど、真山先輩で連続傷害だから、当分の間、ブタ箱に入っててね? …………というわけでさかきさん駄目でした。はい、お願いします」


ブ、ブタ箱? 

取り出した携帯で誰かに要請している哲平くん。

彼が発した言葉の意味が分からなかったのは、私だけではありません。

智花が哲平くんに向かって問いかけた。


「榊って誰なの?」


それを哲平くんはすぐさま答えてくれる。


「あぁ、前にお世話になった少年課の刑事さん。めちゃくちゃ怖いけど、とっても良い人。今回のことで、ちょっと相談に乗ってもらってたんだ」

「はぁ――――――っっ!?」


にっこりしながらこちらを向いて答えてくれた哲平くんに対し、私を含め、一同一斉に声をあげたのは言うまでもありません。

しょ、少年課!? け、けけ、け、刑事さん!? 

どうしてそんな人と知り合いなの……って、聞くのは愚問でしたね。

予想外の職業名を耳にした皆は目を大きく見開き、あんぐりと開けた口のまま呆然としているけど、私には思い当たる節がありました。

中学校のとき、毎日パトカーが来てたって言ってたっけ……。

確かそう聞かされた覚えがある。

どのぐらい素行が悪かったのか知らない……知るのが怖いけど、でもきっと、その流れで知り合ったんだと思います。


「……あはっ、榊さんかー。そこに目をつけるなんて、流石は哲平くん。容赦ないねー」


神澤くんも当然、その刑事さんと知り合いの様子。

痛みがようやく和らいできたのか、倒れ付していた状態から上半身だけ起こし、その場にゆったりと座り直している。

秋月に向かって、また殴りかかろうとする素振りがそこには無い。

抵抗しようとする雰囲気も無い。

まるで全てを諦めたかのように感じます。

そんな神澤くんに対し、哲平くんはとどめの一言を放った。背後に、徐々にこちらへと近付いてくるサイレンの音を響かせながら。


「この俺が、逃げ道を残してあげると思う?」


完璧に秋月と哲平くんは、神澤くんを打ち負かした。

秋月は力技で。

哲平くんはその頭脳で。

理不尽で残酷。こちらの意見をどうやっても聞こうとしなかったあの神澤くんを、見事玉砕させました。この二人が組むと、さしもの神澤くんでもどうにもならないんだ……。

そんな単純なことを考えてしまった私。

でも間違ってはいないはず。

この数日間、それぞれがそれぞれの特性を生かし、動いていた結果がこうなってるんだもんね。

これで……終わったんだ……。

ふぅ、と力ない吐息が口から漏れる。私は一気に体中の力が抜けたような感覚を覚えた。

いえ、実際に力が抜けたんです。全部解決したんだと、心の底から安堵したから。

生涯で稀に見る経験をしてしまったけど、これからはそう簡単に起きないことを考えると、安心感もひとしお。

もう、秋月は昔に戻ることはありません。彼が本当に変わっていったからこそ、哲平くんを初めとし、沙希たちも助けに来てくれて、無事、解決出来たんだもん。

それが全て。

そう。変わっていった秋月が、誰もが驚く『あの』決断を下したのも。『最終的な結末』を起こすためのものでした。


にわかに西楠中学校の周りが賑わう。

少し遠めに聞こえていたサイレンの音がかなり聞こえるようになり、それがぴたりと校門の入り口付近で停車。

途端、すっかり夜の帳が訪れている学校の周辺は、目まぐるしく回転する赤い光に埋め尽くされていった。

とうとう数台のパトカーがここに着いたんだと思った私は、その時、先頭車から一人の中年の男性が降りてくるのを見る。

あの人が、哲平くんの言ってた榊さん? 

白髪まじりのオールバックで、少々皺の入った、でも威厳に満ちている顔。

真夏だというのに、しっかりと着こなされたスーツを身に纏っているその姿は、いかにも刑事ドラマに出てきそうな風貌って感じです。

いえ、実際本物なんですが。


「聞いてたのよりも随分派手みたいだが、まぁいい。――連れてくぞ」


西楠中学校の校庭をぐるりと見渡した刑事さん。

多少掠れた声だけれども、低く、重く圧し掛かってきそうな迫力を出した榊さんの声が、サイレン音を突き抜けて辺りに響く。

そんな刑事さんに対し、哲平くんはゆっくりと頭を下げた。

まるで「あいつを宜しくお願いします」って、言ってるような哲平くんの素振り。

それを認めた榊さんは今度、秋月の方へと視線を固定させ、彼に向けて一言放った。


「見違えたじゃないか」


たった一言だったんだけど、でもそれは秋月にとってこの上ない賞賛だったらしいです。

少し恥ずかしそうに顔を俯かせた秋月は、刑事さんに向かって同じように一言で返した。


「……べ、別に!」


あ、照れてる。

答えたはいいものの、下を向いているだけではいたたまれないのか、すぐさま秋月はぷいっと誰もいない方向へ顔を背けた。

だから知らないんだね。そんなあんたに、刑事さんが柔らかい笑顔を送ったのを。あとで教えてあげよう。

そう思った私も、つられて微笑んだのは言うまでもありません。


「えっと~もういいかな~? 流香を病院に連れて行きたいんですけど~?」


サイレン音と光に包まれて、わらわらと警察官がそこかしこで未だうずくまっている神澤くんの仲間を次々と連行していく最中、それでも和やかになってきた雰囲気に柚子がおもむろに口を開いた。

自分のことなんてすっかり忘れている私を、見るに見かねたらしいです。

はっ! そういえば腕……い、痛い~~~~。

添え木をしてもらってるけど、ジンジンどころかジクジクしている左腕を押さえた私は、思い出し痛みにうずくまった。

そんな私を見た秋月は、顔面蒼白にしながら絶叫をあげる。


「あぁぁあああ――っっ! ばっ! テメーら何もたもたしてやがんだ! さっさと先輩を医者んとこに連れてけよ!」


それに沙希が狼狽しながらも叫び返した。


「だ、だまんな秋月! あ、ああ、あんただってぼやぼやしてたでしょ!? 流香ごめん!」


口論にまで発展するかと思ったけど、お互い痛いところを突かれたらしく「うぅっ」と最後は呻き声をあげて大人しくなる秋月と沙希。

そして申し訳なさそうに、私の顔色を伺ってきた。

そんな二人を見た私は、いえいえと首を横に振る。すぐさま病院へ連れて行く……って感じじゃない展開だったから、仕方がないことです。

何よりも私自身、もともとすぐに行く気がなかったんだからね。

他人事じゃない分、結果がどうなるのか気になるから、例え連れて行かれようとしても拒否したと思うもん。

だから気にしないで? 

にっこりと笑顔を秋月と沙希に向ける私。痛いのは確かなんだけど、ようやく訪れた平穏がそれを補ってくれる。

今はもう、ただそれだけで十分です。

この時の私は、本当に心の底から安堵していたので気が緩みっぱなし。病院まで連れてってくれるという一台のパトカーに向かい、沙希と颯太に支えられながら歩いていっても、危機意識も何も持ち合わせていませんでした。

警察官がいるってこともあるけど、時々振り返りながら前を先導してくれるあっくん。後ろには智花と柚子が心配そうについて来てくれている。

そんな感じで、私の気が緩んでいたのも親しい人たちに囲まれていたから当然と言えば当然ですね。

だから重大なことに気付いていなかったんです。

校庭の真ん中で、刑事の榊さんと何やら話しをしている秋月と哲平くん。

それを横目で見ながら行く道中。私は、ある警察官の会話を耳にした。


「確か金髪の奴もいるって話だけど……いなくないか?」


……え? 

次から次へと神澤くんの仲間を連れて行っている警察官の一人が、事前にもたらされていたらしい情報と現場の情報が一致しないことに首をかしげている。

それを聞いた途端、私の背中はざわざわとざわめいた。

言い得ぬ不安感が再び、一気に押し寄せてくるのを感じる。

そういえば……『彼』はどこ? 

せわしなく飛び交う人の動きと声。もうサイレンは止まっていたけれど、まだ回転し続ける赤い光がばたばたと慌しい状況をこの場に作り出している。

それに紛れてしまったのか、私は神澤くんが今どこにいるのか分からなかった。

いくらもう安全だと言っても、一目彼の姿を見ないことには何だか落ち着きません。

きょろきょろと辺りを見回す私に気付いた智花が、「どうしたの?」と不思議そうに聞いてくる。

それに慌てた私は、気取られないためにも「何でもない」って彼女に向かい返事をしようとした。

その瞬間。

智花の背中越しに、一つの影が私の目に飛び込んできた。いつの間にそこにいたのか全く検討がつきません。

でも、賑わう校庭の片隅で、確かにそこにいました。

原付にまたがり、今にでも走り出そうとしている神澤くんの姿が。

ライトがついていないため、誰も気付いてな……い? 

どうしてそこにいるのかと、さして疑問に思いませんでした。

ただ、彼がこれから何をするのかという考えだけが、私の思考を占領している。

話が一通り済んだのか、ゆっくりと歩き出す秋月たち。

そこへ視線と原付を向けているのは……何故なの……?

激しい警鐘が私の頭で鳴り響く。

原付に乗ってこの場から逃げ出すんだったら、わざわざそちらに向ける必要なんかありません。

じゃあ彼がそうしてる他の理由は? 

結論を出す前に、必然的に私の体は動きだした。

支えてくれている沙希と颯太の腕を振り払い、秋月の下へと駆け出す。

突然の私の行動に驚くみんな。

そして秋月の方はと言えば、そんな私に気付き、怪訝そうにしながらも私を迎えようとしてくれていた。

まだ誰も、神澤くんに気付いていない。

ようやくみんながそれに気付いたのは、私が秋月に向かって走り出したあと、神澤くんが乗っている原付のエンジン音が聞こえてきてから。

でも一足遅れたため、誰もが即座に反応することが出来ないようでした。

今現在、動いている私以外は。


次でこの章のラストですー。

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