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過去と現在(いま)に決別を⑨

体調崩してしまっていました(;・∀・)

子どもの風邪が移ったのですが、どーしてこんなにも強力なの子どもからの風邪は……。

せっかくの休みも布団から出られなかったYO!



え、な、何? 切羽詰ったこの雰囲気を、一気に損なわせるような声は? 

声の発生源へと視線を向けた私は、そこで脱力しきっている秋月を認めた。肩の力が極限に落とされ、両腕をぷらぷらとさせている。頭ももたげているその様は、まるでうぜーと言っているような感じでした。


「うっぜ――――――~~~~」


あ。言っているような感じじゃあなくて、実際に言いましたよこの人。しかもこれ見よがしに、力を込めて思いっきり言い放ちました。

何なの!? この空気を読めていない感ばっちりの態度は!? 

背後からでも分かります。今、秋月がどんな表情をしながらそれを口にしたのかが。整った眉毛を中央に寄せ、目を薄くしぼめつつ、口は半開き状態。あたかも鬱陶しいと言わんばかりの顔……って、彼が吐いた台詞そのまんまですね。

神澤くんより理不尽な選択肢を突きつけられて、混迷を極めそうな展開だったのに、どうしてそんな態度でいられるの!? 

私が冷や汗だらだらになったのは言うまでもありません。秋月の、奇想天外と言える反応にそう思ったのは私だけではないらしく、沙希や智花、柚子。立ち尽くしていた颯太やあっくんすらも目が点となっています。みんなの頭に幾つもの疑問符を浮かべさせているのが、幻影となって見えてきさえしてます。

まぁでも、この時の私たちがそうなってしまったのは、秋月が秋月であることをうっかり忘れていたので仕方がないことでした。

神澤くんの凶行ばかりが目についててすぐには思い出さなかったけど、秋月も元々は彼と『同じ立場』にいたんだからね。

私は「あっ!」とばかりに、負傷していない方の手を口元に持っていった。そして次の瞬間、気付いた事実を認めるにあたり、とめどなく流れてきた冷や汗を、もう、押さえることが出来なくなっていた。

荒れ狂う西楠中学校で肩を並べてた二人の『超問題児』。

その内の一人は当然、今私たちと対している神澤くん。そしてそのもう一人は、我らが秋月くん。

未だ事態は収まっていなものの、人質にとられた私が無事に開放され、ピンチだった状況が逆転した今、彼がずっと大人しくしているわけなどありませんでしたので。

身辺がすっきりした秋月は、怒涛とも言える反撃を神澤くんに対し、し始めた。


「さっきから黙って聞いてりゃあ、キモイっつーんだよこのくそ野郎。女々ししことばっか言いやがって、テメーそれでも玉ついてのか? 野郎のお前と遊んだって、面白くもなんともねーんだよこのタコ。ふわふわで柔らけー先輩触ってる方が、断然楽しいに決まってんじゃねーかボケ。ネチネチやってねーで、ちったぁ別のことして遊んでろカス。バカ。タコ。ボケ。くそ野郎」


うん、暴言だらけです。

って、ちょっとあんた! ようやく喋ったと思ったら、それはないんじゃないの!? 

ずっと黙っていたのは一応、神澤くんの話を聞いてあげてたからなのかな? 

でも、堰を切ったかのようにつらつらと神澤くんに向かって悪辣の如き言葉を並べた秋月に、思わずガクッと体が傾いた私。

途中ふわふわだの、私のどこの部分を指してるのかよく分からないことも言ってましたが、もっと他に言う言葉はなかったのかって突っ込みたい! 

そう思ったのは私のみではないらしく、秋月の横にいた哲平くんも「はぁ?」とばかりに嘆息しながら口を開いた。

はい、秋月に言ってやってください哲平くん。


「楓、何言ってんの? 語彙が少なすぎ。最後なんて同じのを繰り返しただけだろ? それじゃあ小学生並みの幼稚な文句と変わらないよ。出直してきて」


ちょっと待った哲平くん。そこじゃないでしょ! 

確かに秋月が言ったものはそんな風に聞こえる代物でしたが、もっと真面目に取り組むべき場面じゃないのここは!? 

シリアスな雰囲気ぶち壊しじゃあないですか。そんな余裕を神澤くんに持てるほど、私たちには……。


「そっか。じゃあ次はもっと言ってやる」


あんたも乗らないで! 腕組をし、フンッと意気込む秋月を視界に捉えた私は、今度は地面に向かい思いっきり頭を打ち付ける形でずっこけた。


「ちょっ! る、流香!?」


沙希がそんな行動を取った私にビックリしてたけれど、そうせざるを得なかったんで、何も言わないでくれると有り難いです。

うぅっ。もとから収拾がつかない素養を持つ神澤くんに対して、更に収拾がつかない感が否めない。

まぁ、秋月が動き出した時点で、こんなことになるんじゃないかとは予想していたけれども。

でもそれにしたって、この状況は先が読めなさ過ぎる! 神澤くんとまともにやり合えるとは思えないんですけど! あわよくばとこちらの隙を常時伺う神澤くんに、付け入られないかな? 

だけどこれが『彼らのやり方』だったとは、この時、私は露にも思っていなかった。

根本的に神澤くんを退ける要素を、既に秋月と哲平くんは見出していたらしい。先ほど哲平くんが舌打ちしたのも、それがあったからこそだったみたい。私があれこれと頭を巡らせていたものは、杞憂に過ぎなかったんです。


「酷いなー秋月くん」


無邪気な笑顔を絶やさない神澤くんの眼光が、突如として煌いた。そして、何度目か分からない『あの』残酷な言葉を口にする。


「でもおちびちゃんが消えれば、そんな風に言われることもないし、いいやー」


ぐるりと神澤くんの視線が私を捉えてきた。それがあまりにも無慈悲な感情を帯びていたので、私は否応無しに全身を硬直させる。また痛みや恐怖が訪れてくるんじゃないかと、無意識のうちに身構えてしまったから。

でも、それもすぐに和らぐ。私へ向けて放たれた神澤くんからの視線を遮るかのように、秋月が立ち位置をずらし、いつもの不敵な態度で神澤くんに挑んでいったからです。


「ばーか。勘違いしてんじゃねーよ神澤ぁ」


ニヤッとしたいつもの笑みが、秋月から聞こえてきたような気がした。神澤くんに向かって言い放った彼の言葉が、かなり自信ありげでしたから。

そう思ったのは私だけではないみたい。

言われた張本人である神澤くんも、いぶかしげな表情とともに、首をかしげている。与えた選択肢のどちらをとっても、自分が有利であることは紛れもない事実なのに、どうして秋月は不敵に振舞えるのかが疑問に思ったらしい。

事実、私を捉えていた視線を秋月の目線に合せながらも、訳が分からないとでも言いたいような表情をしている。

そんな神澤くんに対して、更に秋月はこう言ってのけた。自分が何故、そこまで自信があるのか。その理由を。


「テメーごとき雑魚。はなっから眼中ねーんだよ俺は」

「……は?」


神澤くんの口から聞き返す声が出た。

雑魚? 

神澤くんに向かって今、『雑魚』って言った? 

秋月の言い草には私もとても驚いたけど、当の本人である神澤くんの方がそれ以上に衝撃を受けているみたい。それまでしていた無邪気な顔を一瞬にして消え去り、真顔になっている。きっと思わずだったんだろうね。そんな顔をしたのは。


「……この僕が……雑魚? 今、そう言ったのー? 秋月くん」


これまでの人生において『雑魚』って言われたことがなかったのか、神澤くんは微かに眉尻を上げ、逆に秋月に対して聞き返していた。信じられないといった面持ちで。

確かに、中学時代はどうだったか知らないけど、私にしてきた数々の所業を思えば雑魚だなんて言葉は該当しません。

本人も自覚していたんだと思います。

自分がある意味……というか最悪な方面で、他人とは分け隔つ存在だということを。

だからこそ、秋月へ聞き返したわけですから。

でも、そんな神澤くんを知ってか知らずか、秋月は失笑ぎみに答えていた。


「テメーの方こそ、俺の退屈しのぎだったのがまだ分かんねーの? 今回は流香先輩が絡んでたからしょーがなく相手してやってたんだよ。じゃなきゃあとっくにオメーの存在なんて忘れてるっつーの」

「そういえば……。中学の時、楓言ってたね」


補足するかのように、中学時代で秋月が神澤くんに対してどう思っていたのか、思い出したかのように哲平くんも付け加えている。

それを認めた秋月は、「だろ?」と哲平くんに言っていた。

要するに、神澤くんにしてみれば一緒に遊んでた感じだけれど、秋月からしてみたら神澤くんよりちょっかいをかけられ、暇つぶしに付き合ってあげたに過ぎないってことですよね? 

『超問題児』として肩を並べてはいたものの、決してそこに馴れ合いなどはなく。ただ二人とも、他の人より突出していたから、そう言われていただけで……。

私は今始めて知った事情に、開いた口が塞がらなかった。他の皆はこの件に関して、私より首は突っ込んでいなかったので少しも影響なく静かに会話を聞いていたけれど、その中で一人だけ、間抜けにも私はぽかんとしてしまいました。

とんでもない温度差です。

かたや絶好の遊び相手としてかなりの意識。

かたや忘れてもいい、どうでもいい存在という扱い。

まさかこの二人の間で、お互いに対する認識の格差がこれほどあるなんて思わなかった。

冷や汗がどんどんと流れてきます。

これは……絶対的ですね。例え神澤くんがどうしかけようとしても、根底から秋月には彼に付き合おうとする意思は皆無。むしろ、接触を持とうとしなかったら完全に忘れられていたかもしれないんだから。

こんなのありですか? 

あ、でもちょっと待って? 

私はふと、あることに気付いた。哲平くんは神澤くんのことを凄く注意していたけれど、秋月はあんまり深く考えていなかった節が確かにありました。初めて神澤くんと対峙したあとでも、別段そこまで意識を取られていた様子はなく、いつも通りの態度だった秋月。

彼がどうしてそんな感じだったのか、今思うと、うん、納得しちゃう……かも……。

文字通り、秋月にとって神澤くんは、取るに足らない相手だったんだね。


「ま、そういうこった。他あたれ神澤」


しっしっ、と、手振りを用いて神澤くんを邪険に扱う秋月。

それにわなわなと体を震わせた神澤くんは、急に地面を激しく蹴り上げると、秋月に向かって猛然と走り出す。

完璧にいきり立ってしまったようです。


「……っふざけんな!」


特徴ある口調からがらりと代わったのは、自分という存在が粗末に扱われた怒りによるもの。

それは、誰の目から見ても明らかでした。

眉間は深く刻まれ、目は大きく見開かれている。走りながら腕を大きく振りかぶったのは、殴りかかろうとしているため。

激しい感情を自分の中に押し留めようとはせずに、秋月に対して真っ向からぶつけようとする神澤くん。

それだけ、彼にとって秋月は特別な存在だったということが、彼のその動きで伺い知ることが出来た。

だけど今、当の秋月によって全否定されてしまった。

秋月に向かって振り上げられようとしている拳は、そんな現実を壊したかったからなのか。

それとも、ただ単純に報復だったのかな? 

どちらなのか私には分からないけど、激昂した神澤くんの表情から読み取るに、もしかしたらその両方なのかもしれません。

だけどそんな神澤くんの思いは、あっさり秋月によって打ち砕かれる。


「けっ」


顔面に向けて放たれた拳を悪態づきながら受け止めた秋月は、それをそのまま捻って神澤くんの重心をずらし、隙が出来た腹部へと横蹴りをお見舞い。

更にそれだけでは物足りないのか、追い討ちをかけるように顔をも殴り飛ばした。

一瞬の出来事だったので、辛うじてそう捉えられただけの私。

でも運動部に所属している颯太やあっくんからすると、そんな単純には見えなかったみたい。

秋月のカウンターにごくりと生唾を飲み込んでいる。

それに構わず秋月は、足元でうずくまる神澤くんに向かってシレッとこう言い放った。


「さっき俺がやられた分と、先輩の分。これだけじゃあ足んねーけど、暴力は駄目って先輩に言われてっからこれで勘弁してやる。有り難く思え」


え、二発与えた時点で既にもう駄目なんですけど。

そしてなんであんたはそんなに偉そうなの! 

……って。本当だったらすぐにでも秋月に向かって突っ込んでるところだけど、敢えて私は何も言わなかった。

かなりの衝撃で痛みが全身を貫いているからなのか、言葉を無くし、悶絶している神澤くん。そんな彼を見たからね。


「この俺が相手してやると思ったら大間違いなんだよ。覚えとけ」


吐き捨てるかのように告げる秋月の言葉と倒れ付している神澤くん。

この二つが私の目に飛び込んできた瞬間、図らずとも決着はつけられた。そう感じました。

ずっと気がかりだった秋月を取り巻く状況。過去の因縁。


「少しでもお前が分かってくれれば、こんなことするつもりは俺にもなかったんだけどね」


溜息混じりで哲平くんも秋月に続く。

その声音から「残念」って言ってるように感じたのは私だけかな? 

いえ。言葉にしていないけど、実際に哲平くんはそう思っているはずです。

先ほど神澤くんに対して取った態度は、哲平くんなりの最後の忠告だったみたい。

舌打ちしたのも、自分の忠告が彼に伝わらなかったこそのもの。

おもむろにズボンのポケットからスマホを取り出した哲平くん。

その動作が意味するのは、神澤くんを封じ込めるために哲平くんが密かに準備していた策が動き出す合図。


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