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過去と現在(いま)に決別を⑧


な、なるほど……。そうだったんだ。

私は二人の経緯を知って、至極納得した。それなら話が分かるもん。同時に、私の声を聞きつけてくれた二人にとても感謝しました。だって奇跡と言わざるを得ません。もし、颯太とあっくんが不審に思って外に出てくれなかったら、私と秋月に訪れた危機が誰にも知られる事なく、最悪の形で終わっていたかもしれないんだから。

あ、でも待って。それなら他の皆は? どうやって私たちの事を知ったんだろう?


「楓もさ、もうちょっと他の誰かに助けを求めるとかしなよ。お前がそのまま走ってどっかに行ったって真山から連絡来た時、間に合わせるの大変だったんだからね?」


横やりを入れる形で、哲平くんが窘めの言葉を秋月に向けている。その内容を聞いた私は、颯太によって彼が事の顛末を知ったのだと理解した。

颯太とあっくんに何も告げず、私を助けるために走り去っていったらしい秋月。それを颯太から知らされた哲平くんは、危機的状況に陥った私たちを助けるために動いてくれたみたいです。何かを準備していたみたいだけど、それは他の皆と連携を取る事かな? 私と秋月がこの西楠中学校にいるだろうと思って皆が来てくれたのもきっと、哲平くんが助言してくれたからに違いありません。

本当に何から何まで、ありがとう哲平くん。あなたのおかげで私も冷静でいられたし、秋月も酷い目に遭わずに済んだ。

事情が何となくだけど分かり、安堵と共に、ようやく心が落ち着いてきた私。そこへ、ぱたぱたと駆け寄る三人の足音が聞こえてくる。

そうだ。沙希たちはどうして……。

側に寄ってきた友人たちを見て、今度はそちらへと思考を巡らす私。でも、答えは同じだった。哲平くんへ連絡を入れた颯太。そんな弟の行動は、どうやら沙希たちの方にも及んでたみたいでした。


「あぁ~流香。どうして流香がこんな目に……。でも、間に合って良かった」


ようやく怒りが収まったらしい沙希が、今度は顔を青ざめながら、未だ地べたに座っている私の所へ屈み込んできた。まるで癒すかのようにそっと優しく、神澤くんに殴られた私の頬に手を添えてくれる。同じく智花や柚子も、こちらに近付いてきては私の様子を見るため、地面に膝をつき、目線を合わせながら声をかけてくれた。


「あんたの弟がさ、私らにも連絡寄越してくれたんだけど……まさかこんな事になってるだなんて思いもしなかったわ……。もう大丈夫だよ流香。安心して」


苦虫を噛み締めるように、顔を歪めだした智花。皆の目からして、かなりみそぼらしい姿になっている私を痛々しく思ってくれてるみたい。まぁ確かに。酷い格好です私。すっかり腫れあがっている頬や左腕。更には埃や砂で、全身汚れている状態だからね。


「……っち、火炎放射じゃあ生ぬるかったか……。流香~? 顔もそうだけど、とりあえず腕が凄い事になってきてるから、添え木しとこ~? 骨に異常があるかもしれないもん~」


最初は舌打ちし、何やら末恐ろしい事を言ってる柚子だけれども、懐からハンカチを取り出して軽く私の顔を拭ってくれた後、彼女と同じ事を考えてたらしいあっくんがどこからか持ってきた木の枝を受け取り、簡易的な処置を施してくれた。その時になってようやく私は口を開く。だって、声をかけてくれた友人たちに対し、言葉にならなかったから。

思っていたよりも、私の神経はかなり張り詰められていたらしい。皆が来るまで降りかかっていた緊張や不安、恐怖、絶望が私に押し寄せていたから、当然と言えば当然と言えるかもしれないけど。でもそれらがまるで嘘のように無くなり、一気に安堵感に包まれた。度重なって起きた出来事により、震えていた体はもう収まっている。

それはどうしてなのか? 

改めて考える必要などありません。勿論、見知った人たちから発せられている柔らかな温もりが私を覆い、払拭してくれたからです。


「ありがとう……ありがとう……」


私は何度も皆にお礼を言う。未だこちらを覗き込んでいる沙希たちの耳に届くよう、同じ単語を繰り返す私。それだけしかまだ言葉として口に出せなかったけど、私なりに精一杯、感謝の気持ちを込めた言葉だった。

助けに来てくれて、本当に皆ありがとう。例え颯太から連絡が来たとしても、相手が相手なだけに沙希たちだってここに来れば当然危険が及んだはず。にも関わらず、駆けつけてくれた友人たち。有難すぎて、私は込み上げてくる気持ちが抑えられず、いつの間にかぽろぽろと涙を溢していた。

そんな私を見ていた沙希たちは、おもむろに身を寄せ合い、抱き締めてくれる。私を気遣う皆の優しさが、更に心へと染み込んでいく……。本当に、ここへ来てくれた皆には感謝の言葉が絶えない。今度は確かに感じられた温もりに、一層私が涙したのは言うまでもありません。

そんな私たちから離れた場所で、新たな展開が訪れようとしていた。でもそれは、全てを終わらせるため、避けて通ってはいけない『対話』。


「…………」

「さてと、これでお前の思惑は全部ぶち壊せたね」


感動の場面に身を委ねていた私の耳に、突如として舞い込んだ別の会話。何事だろうと、私と沙希たちは声がした方へと首を向けた。すぐ近くにいた颯太とあっくんも、怪訝な表情をしながら私たちと同様の動きをしている。

そこには、抱き合う私たちから数歩離れた場所で、秋月と哲平くんが並びあう形でたたずんでいた。顔はこちらに向けておらず、真っ直ぐ校舎の昇降口へと視線を注いでいます。

いつの間に二人はそこへ移動したんだろう? 特に秋月は、先ほどまで私のすぐ側にいたのに。

私は不思議に思ったけど、首を向けた後すぐに理解しました。理由は、彼らが注いでいる視線の先に他なりません。秋月と哲平くんに向かい合う一つの影。唯一、この場で私たち以外に倒れ付していない人物。状況が一転したのを騒ぎによって知ったのか、校舎の中へと姿を消していた神澤くんが再び、私たちの目の前に現れていた。


「あいつか! ねーちゃんを狙ったって奴は!」

「なるほど」


眉間に皺を寄せ、颯太とあっくんから憤りが発せられているように感じられた。でも、二人はそれ以上動こうとしない。「これは自分たちの役目ではない」と、判断しているように見受けられます。何故なら、まるで神澤くんの行く手を遮るかのように立つ秋月と哲平くん。事の首謀者である彼に、最も近い存在の二人がいるから。

秋月は無言のまま、神澤くんを始終凝視。代わって哲平くんが口を開く。緊迫した空気が漂う中、彼らのやり取りに息を呑み込みつつ、私たちは見守る事にした。

秋月と哲平くん。そして神澤くん。今ここで、彼らが決別の時を迎えようとしているわけだからね。


「いつも通りの粗悪なやり口。高校生にもなったんだし、少しは成長したらどうなの?」

「心外―。初めっから裏でこそこそと動いていた哲平くんに言われたくないなー」


端から聞けば明らかに挑発しているような哲平くんの口ぶり。でもそれは、彼らがこれまで築いてきた関係もあり、特に差し支えない様子。哲平くんがそのような口調でも発しても大した事ではないらしく、何事でもないかのように神澤くんは無邪気な顔で答えた。それを更に哲平くんが返す。


「でも多少は楽しんだ様子だね? 後で誰がどんな目に遭うか省みずに、さ」


考えている事や話す会話の内容は別として、いつも朗らかな笑顔を絶やさない哲平くんが、珍しくも厳しい表情をしているのが背後からでも分かる。発せられた言葉の節々に混じる感情。それは秋月の変化を心より歓迎していた彼にとって、神澤くんが私たちに仕向けてきた所業に対する怒りからくるもの。

だけどそんな哲平くんを差し置き、神澤くんはまだ自分の理念を崩そうとしない。


「あはっ。おかげさまで、まぁまぁ楽しめたよー。……これからも遊んでくれたら、もっと嬉しいんだけどねー」


それってつまり、今後も自分と関わりを持つよう要求しているの? 

私は真っ直ぐに秋月たちを見つめている神澤くんを見て、そのように感じた。でもすぐに考えを改める。

違う。これは脅迫の方です。含みのある最後の言葉と、目を細めながら秋月たちを見ている視線がそう物語っています。まぁ、実際に言ってきたんだけどね。


「冗談にしては聞き難いね」


哲平くんが嘲笑じみた声で神澤くんに返している。それを神澤くんは更に返した。


「察しのいい哲平くんだったら、冗談だと思ってないでしょー?」


細められた視線に悪意を感じる。含みある言葉に対し、もっと含みを持たせた彼の発言。それを聞いた哲平くんの声は、転じて鋭いものとなった。


「全部、自分に返るんだよ神澤。いくらお前でも、それが分からない訳じゃあないよね?」


脅しには脅しを。神澤くんに真っ向から突きつけた哲平くんの言葉は、真夏だというのにどこか底冷えさせる雰囲気を持っていた。これが彼らなりの『対話』と思うと、静まっていた緊張感が再度湧き上がってくる。もともと彼らのやり取りに手出しするつもりはなかったけど……。でもこのままにしていいのかと思う程、私は心配になってきた。案の定、神澤くんは付け入る隙を与えられたとばかりに、無邪気な顔でこう告げてきた。


「そっくりそのまま返すよー。大体、秋月くんたちがいけないと思うんだけどー? 遊ぼうって誘ってんのに遊んでくれなかったんだしー。だからおちびちゃんまで行っちゃったんだよー? 分かるー?」


自分がしでかした事は致し方ない。逆にせざるを得なかった。こちらの要望に応えなければまた私の方へ行くのも必然であり、それは仕方が無い事。

口を開いたのち、にーっと笑っている神澤くん。あからさまに満面の笑みを浮かべる彼の表情が、さっき告げた言葉の補佐をしているは誰の目から見ても明らかです。

要は、神澤くんが言いたいのはそう……いう……事。

いくつもの氷が私の背中を滑り落ちてくる。全身に這い回ってきた悪寒。反省も謝罪も、彼にとってはないようなもの。寧ろ、存在すらない。

分かっていた事だけど、あっけらかんとそう告げてきた神澤くんに対し、私は思わず口を挟みそうになった。でも遮る形でその前に不快感をあらわにした人がいる。哲平くんです。「ちっ」と舌打ちが聞こえたのは、意外にもこの場で一番しそうにない彼の口。分からず屋とでも言いたげに、一瞬、顔を神澤くんから背けています。その反応が神澤くん的に好感触だったらしい。「さぁ、どうするの?」とでも言いたげに、視線を哲平くんへと向けていた。

選択肢は二つに一つ。

いえこの場合、端から見て選択出来る事柄は一つでしか選べないようになっている。それを悟っているのか、再び神澤くんの方に目線を戻した哲平くんは、今度は無言状態。首を小さく横に振り、諦めにも似た動作をしていた。哲平くんに限ってないとは思ってたんだけど、まさか、返す言葉がない……とか?

聡明で利発。多分でなくとも、この場にいるメンバーの中で一番頭が切れる。まるで頭の中がそっくりそのまま見えているんじゃないかと思う程、常にこちら側の思考を読み、先を統べる哲平くん。その彼が黙ってしまったので、私は不安を感じざるを得なかった。彼らが対峙してからまだ少ししか時間が経っていないのにも関わらず、事態は進展する所か、良くない方へと向かっているからです。

解決の兆しが……見え……ない。

私もそうだけど、哲平くんをもってしても、秋月を取り巻く環境が全く微動だにしない。それらは全て、神澤くんによるものだけど。本当に人の事を考えていないし、話も聞かないみたいですので。そんな人を相手にしているのは今までの経緯で分かっていた事だけど……どうにもこうにも釈然としません。

確かに、理不尽な考え方で、自分勝手な物言いだけどある意味、筋は通っていると言えば通っている神澤くんの主張。どんなに私たちが必死になって抵抗しても、新たな手段を投じられてはそれがエンドレス。こちらのみの徒労に終わってしまう。神澤くんは、それすらも『遊び』にする人なんですから。

結局の所、神澤くんが満足出来る結果でしか事態は収まらない。一番手っ取り早く終わらせる方法は、神澤くん自らが提示してきているものを承諾するのが最善で最速。それしか残されていない。

きっと哲平くんも、この理不尽極まりない『案』を頭によぎらせていたと思う。だからこそ、舌打ちをしたのかな……? まぁ、私の憶測に過ぎないので何とも言えませんが、哲平くんの表情から察するに、そう感じた私。


『一番の解決策』


本当につくづく、秋月と一緒にいてこの手の話が付きまとってくるような気がする。私は誰にも分からないよう、小さく息を吐いた。溜息をつかざるを得なかったんです。この選択肢を突きつけられるのは、これで二度目ですから。ただ今回は、以前と比べものにならない程、理不尽なものですが。前は秋月のファンがらみで沙希に言われた事があるけれど、その時と今とでは突きつけられた思惑も、私の心境もかなりの差があります。いくら鈍い私でも分かっていますよ。それが唯一の『安全な道』だって。

でも、だからこそ声を張り上げて言いたい。それじゃあ話にならないでしょう!? って。私と秋月が一緒にいる。それを指図する権利なんて、そもそも誰にもないんですから。自分の我儘が、この世でまかり通ると思ったら大間違いというものです! 哲平くんじゃあないけど、分からず屋! と叫んでやりたい! ここはそれを言うべき場面。例え相手にこっちの話が通じなくても、こちらの、なけなしだけれど確かな強みをぶつけてやろうと私は思った。哲平くんが駄目なら私が! 神澤くんに引導渡してやろうじゃないですか! 

だけど、再度奮起した私に思わぬ横槍が入る。それは秋月から漏れ出た、その場にそぐわぬ長い溜息。


「はぁ~~~~~~~~っっ」


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