あなたと私の境界線③
何を考えているのか。秋月は私の横を歩きながら、何処か明後日の方向を見ている。
「何、そのやたら長い『ふ~~ん』って。それよりも、あんた何処まで着いて来る気なの?」
「べっつに~?」
何だろう。秋月の不審な態度が、とても気になるんですけど。そうは言っても、それを聞き返す義務もなければ、聞いてあげる義理もない。お互いそれ以上の会話をすることもなく、無言のまま、いつの間にか私の家の前まで来ていた。
「もう私、家に着いたんだけど?」
私の家は東楠高校から徒歩15分の場所にある。高校を選んだ理由として、あっくんが野球の強い東楠高校に行くと言ったこともあるけど、近い所にあったからという理由もあります。って、二つ目は単なるこじつけだけどね。
「遅くなるから、あんたも早く家に帰りなさい」
私は、何やら隣の家の表札をじっくり見ている秋月に向かって、そう言う。でも、秋月はそんな私の言葉など気にしていない様子。全く関係のない話題を、いきなり持ち出してきた。
「そういえば俺、まだ先輩の連絡先知んねー」
はっ? 人の話を聞いてなかったの? やたら周りをキョロキョロしてるし。そしていきなり私の連絡先って……意味不明なんですけど。余りにも突拍子もないことを言った秋月は、ゴソゴソとカバンの中からスマホを取り出し、満面の笑顔を私に向けてきた。
「先輩、交換しよ!」
「何言ってんの。部活の連絡網なら部長と副部長から来るから、私のなんて必要ないでしょ?」
「そうじゃなくてさ」
私の対応に少々不満に思ったのか、口を尖らせた秋月は「早く!」と、私がスマホを取り出すのを急かす。
「……負けてらんねーかんな」
ん? ボソッと呟いた秋月に意味が分からないまま、私は半ば強引に自分の連絡先を教えることになった。交換した後、満足気に秋月はスマホをしまう。
「それじゃ、先輩」
そう言い残し、秋月はスタスタと学校から来た道を戻り始めた。って、何!? アイツの家、この先じゃあなかった訳? じゃあ、どうしてここまで着いて来たんだろう……。連絡先を交換するため? いやいや。だったら学校にいた時だっていいでしょ。
秋月の意味不明な行動に呆気にとられながら。私はしばらくボーッと、帰って行く秋月の後ろ姿を見つめていた。これから先、更なる出来事が待ち受けていることを想像出来ないまま……。
翌日。四月の後半にしてはちょっと寒い朝を迎えた私は、テレビで今日の占いをチェックしながら、もそもそと朝食をとっていた。
「今日もあんまりいい運勢じゃないなぁ~。特に恋愛運」
「え? 何か言った?」
台所からひょこっとお母さんが顔を出す。それに対し、曖昧に誤魔化す私。
「別にー、何も。あれ? そういえばお母さ~ん、颯太はどうしたの?」
「颯太は朝練があるって、もう学校に行ったわよ?」
そういえば颯太、サッカー部に入ったって言ってたっけ。私は何となく、一つ年下の弟――颯太が、この前そう言っていたことを思い出す。
刹那。
――ブーッブーッブーッ
突然鳴り始めた私のスマホ。気付いた私は、パンをかじりながら見てみた。こんな朝に、一体誰からだろう? 沙希は……朝弱い子だから、こんなことしない。むしろ出来ません。じゃあ颯太? 何か忘れ物でもしたのかな? まさか、あっくん……ってことはないよ……ね?
当てはまりそうな人物を頭の中で巡らしながら、私は差出人の名前を見る。すると、途端、自分の目が丸くなっていくのを感じた。
「……………………何で?」
差出人は予想外。秋月からでした。
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先輩! 今日一緒に学校行こう♪
迎えに行くから!
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四十分後。玄関を開けた私の目の前に、「はよっす!」とニコニコしている秋月がいた。
「朝っぱらから何であんたの顔を見なきゃなんないの」
「先輩ひでー。でもオッケーしてくれたからいいや!」
断る理由ないからね。それよりも。
「あんたの家、ここら辺じゃあないんでしょ? どうしてわざわざ、うちまで来るの?」
私は昨日の疑問をそのまま秋月に投げ掛けた。昨日といい、今朝といい。端から見たら面倒くさいでしょ? 人の家に寄り道するの。きょとんとしていた秋月の顔は一瞬考えた後、「あぁ」と私が何を言いたいのか分かったらしい。そして、あっけらかんとした口調で答えてくれる。
「先輩と一緒にいたいからに決まってんじゃん」
はぁ。そうですか。
「って、先輩。何だよそのどーでもいーみたいな顔は!」
私が秋月からの返答にツイッと顔を背けたからなのか、ぶーぶーと文句を言う秋月。だからじゃないけど。彼が道すがら。通り過ぎる車のクラクション音と共に発した言葉を、私は気付くことが出来なかった。
「先輩との距離、縮めたいかんな」




