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過去と現在(いま)に決別を⑦


「先輩駄目だっつーの! 俺の後ろにいろよ!」

「ううん、そっちこそ駄目。私のために、あんたがこれ以上をする必要はないの。今は、私があんたを助ける番なんだから」


神澤くんの思惑を、打開するために。私の行動に慌てた秋月が止めようと自分も身を乗り出してきたけど、私はそれを制した。見せ付けるって言い方も変だけど、でもその言葉通り、私は神澤くんに見せたかったから。

秋月の……ううん。『私たち』を。

言葉で通じないのなら神澤くん。あなたに見せて、教えてあげる。過去から踏み出し、新しい道へと進んでいる――秋月と私を。


「……そんなのないよー」


秋月の前に立ちはだかる私を見た神澤くんは、心底落ち込んでいる声を出した。自分の思惑とは全く違う、正反対の行動をとった私たちをようやく認めたみたいです。


「もう、遊んでくれないって事でしょー?」


神澤くんへ分かりやすく伝えるならそういう事。暴力が含まれる遊びなんて、そんなの遊びじゃない。ただの暴力でしか成りえない。私は真っ直ぐ、神澤くんを見つめる形で肯定を示す。


「あ~あ~」


溜息混じりの声が彼の口から零れる。まるで楽しみにしていた事が無残にも散り、夢のまた夢へとついえてしまったかのような口ぶりです。

いや、実際にそうなんだけどね。私と秋月は、そういうつもりなんですから。神澤くんが最も娯楽としているものに対して、決別の意を表しているわけなので。

それは同時に、彼らの中学時代が終わりを告げる事も意味している。

私はこの時、すっかり気持ちが沈んでいる神澤くんを見て、彼が秋月を諦めてくれそうだと思った。先ほどまで楽しそうにしていた雰囲気はもう彼から感じられなくなり、どんどんと収束しているように見えたから。私の画像をあちこちにばらまき、尚且つ、私を連れ去って危害を加える。彼の目線からすればそこまでしたのに、私たちはそれに乗らなかった。最早彼にとって、致命的な結果です。神澤くんの様子を注意深く見ていた私は、心の奥底でほっとしたような感覚を出し始めていた。解決の兆しが、おぼろげながらも垣間見えたような気がしたから。

これでもう、秋月は彼――過去から開放される……。

でも、そんな私を無視し。まさかと言わざるを得ない言葉を、神澤くんは口にした。


「じゃあ二人で、消えてー?」


え? 自分が今、何を耳にしたのかにわかに信じられません。どこをどう巡り、どう考えたのか。顔を手で覆い、嘆きにも似た落ち込みを見せた神澤くんは、悲しそうな目でこちらを見てくると。自らが出した最終結論を、私たちに突きつけてくる。

それは排除。自分の思惑に反した全てを目の前から消すために、下されたもの。

どうやら本当に、神澤くんには通じないみたいです。


「っ!? だからどうしてそうなるの! 自分の思い通りにならないからって、何もかもを力でねじ伏せていいわけないでしょう!? そんなの、ただの子どもの癇癪と変わらないよ! それ分かってる!?」


私は堪らず声を張り上げ、神澤くんを糾弾した。だけど、そんな私の声をどうとも捉えてない様子の神澤くんは、目配せや手の動きで周りにいる人たちに合図を送ると、尚も言い放つ。


「遊びなんだよー? 楽しければ、何をしたっていいはずでしょー? それが叶わないなら、いらないよー」


楽しければ何をしてもいいというの? 本当に、そう思っているの? 駄目だ……この人……。

私は自分の背中に、氷が落ちてきたかのような錯覚を覚えた。常識とか倫理とか。そういったものを、完全に神澤くんは持ち合わせていないんだと。乱闘の再開を促された人たちがじりじりとこちらに近付いてくる音を認めつつ、同時に、愕然とせざるを得なかった。だって彼は既に、こちらを見ていないんだもん。それが意味するのは、『私たち』を拒否したという事。


「やっちゃってー。僕もう悲しくて、二人を見たくもないからー」


そう言いながら後ろを向き、校舎の中へと足を踏み入れる神澤くんから残酷な指令が放たれる。その言葉を聞いた秋月は、一瞬で私を覆いかぶさるかのように抱き締めてきた。遅れるかのように、私たちへと向かってくる足音が一気に動き出す。

動揺が隠せません。私は自分の顔が蒼白になっていくのを感じた。


「ったく。あの野郎、マジで馬鹿」

「あ、秋月!?」


砂利が含まれる校庭の地面へ屈みこむように座らせられた私は、ぼそっと呟く秋月の声に反応し、彼の顔を見た。そこには先ほどとは打って変わって、穏やかな表情をした彼がいる。そんな秋月はまたぽつりと、今度は私に向けて言葉を繋いでいった。


「上等じゃねーか。こんなんで全部終わるんだったら受けてやる。流香先輩、ちょっと怖ぇーかもしんねーけど、我慢してて? 大丈夫。俺が先輩を守るから」


え……。

私は自分の目を大きく見開かせながら、覆いかぶされた状態で彼のその意図を瞬時に理解し、更に顔面を蒼白させた。

もしかして秋月、私を庇いつつ、全ての攻撃を自分が引き受けるつもりなの? そんな! それじゃああんたがただで済まないじゃない! 

悲愴に歪む私の表情を秋月は汲み取ったみたいだけど、「それでも構わない」とでも言いたげな視線で彼は私を見てきた。そして、尚も告げてくる。


「これで先輩とずっと一緒にいられるなら、お安い御用だって」


最後には「にこっ」と笑う彼に、私はもう溢れ出す涙が止まらないでいた。

秋月、本当にあんたはもう、昔のあんたじゃないよ。力が全てだった過去。だけど、拳を振りかざし、殺伐とした日々を送っていた中学時代の彼はもう、ここにはいない。何もかもを受け入れ、そして包み込む。一切私には触れさせないとでも言いたげに、優しく包み込んでくる秋月の腕が、温もりが、見事彼が成し遂げた過去との決別を物語らせていた。

だから今、私たちに訪れようとしている絶対的な危機が、どうしようもなくやるせない。悲しくて悲しくて仕方がない。結局、こんな形で終わってしまうなんて……。

なるべくなら痛みを伴わず、円満に解決したかった。出来るのであればお互いに話し合い、分かち合えるのが理想的だった。だけどそれは幻として露に消え、真夏の夜空へと霧散する。けたたましく校庭に鳴り響かせる足音と声に、呑み込まれそうになっている。

最初の一手がもう目前。それが無情にも秋月の身に降りかかろうとしているのを見た私は、あまりにも酷すぎる結末に悲鳴をあげた。微かに視界の隅へと入り込む、『よく見知った人たち』の存在に気付かぬまま。

もう、本当に駄目だ……。私はぎゅっと秋月の胸にしがみつくと目を瞑り、誰宛とも分からない祈りを必死に捧げる。

その瞬間。


「うらぁぁあああ――――――っっ!」


私たちの側で、激しい怒声と打撃が秋月と私以外の人たちへ叩きつけるのを耳にした。それにつられて再び目を開けた私は、未だかつてない程驚愕を覚える。

え!? 

一人の男子が身を仰け反り、側面へ弧を描きつつ吹っ飛ばされている。私たちに最も近かった彼は、そのまま地面に身を擦りながら倒されていた。誰かに横から、思いっきり蹴り飛ばされたらしいです。

その誰かとは、見知ってるも見知ってる。というより、生まれた時からずっと一緒に過ごしている、私の弟だった。


「ねーちゃんに何しやがんだ! くぉんの野郎――――――っ!」


颯太!? 何であんたがここにいるの!? 

突然目の前に飛び込んできた弟を見た私は、あまりにも衝撃的過ぎて上手く声が出なかった。だって、いきなりの出現だったんだもん。ここには私と秋月しかいないと思っていたし、ここに私たちが来ている経緯も知らないはずなんだから。

そんな私を知ってか知らずか。見事なとび蹴りを繰り出した颯太は今度、別の男子へ猛然と向かっていく。完全に怒髪天状態です。


「あれ?」


自分に攻撃が及んでない事に気付いた秋月も、怪訝な面持ちで声を発し、伏せていた顔を上げた。それに気付いた私は、彼の方を見る。そして、別の方向から秋月を殴ろうとする影を見つけて、再び悲鳴をあげそうになった。だけどその影も、秋月を目前にして、横から入った腕に遮られる。


「それはないだろう? 後ろからなんて、卑怯なんじゃないか?」


あ、あっくん!? 

ぎりぎりと相手の腕を後方に捩りあげ、ちょっと困った顔をしているあっくんにまた私は度肝を抜かれた。颯太のみならず、あっくんまでもがここに来ているんだもん。驚かない方がおかしいです。一体全体、どういう事?


「流香、秋月。大丈夫か?」


相手の腕を捩じったまま、あっくんは私たちに気遣いの言葉を投げ掛けてきた。突然振って湧いて出てきた珍入者と乱入者に、当然、その場にいた神澤くんの仲間たちは戸惑いを見せる。

でも、あっくんが私たちに声を掛けたそれを隙ありと感じたらしい彼らは、訳が分からないといった顔をしながらも攻撃の矛先を、颯太とあっくんに向け出し始めた。

だけど、それもまた阻まれる。


「うわぁ!」

「あっちぃ!」

「うふふ~。即席火炎放射~」


今度は柚子!? 

一瞬、目の前に赤い道筋が通ったのを確認した私は、その出所を伺うために首をそちらへと向ける。そこにいたのは、ヘアースプレーとおぼしき缶を携え、ライターを構えた友人。にこにことしているけれど、額には無数の青筋を浮かびあがらせている柚子がいた。


「お、おい高木! 何て物騒なもんを持ってきてるんだ! そんなもの、人に向けちゃあ駄目だろう!?」


何人かを相手にしながら、柚子が行った所業に顔面を蒼白にさせたあっくんが注意しているけれども、当の本人は飄々としている。


「ちゃんと見てたの岡田くん? 当てようとは思ってないよ~? 流香を傷つけた虫けらに、殺虫剤をまいただけだもん~」


いや、明らかに手に持っている物と、言ってる事は違うんですけど! 

あっくん同様、あまりにもな彼女の行いに対して、それまで以上に血の気を引かせている私。相手がどうあれ、もし直接当ててたりでもしたら大怪我どころか、大惨事に成りかねないわけですから。

でも、そんな私やあっくんの考えをぴしゃりと打つ声が、また別の方向からした。


「こいつら相手に、か弱い女の子が丸腰で立ち向かえると思ってんの岡田篤。正当防衛よ正当防衛。それで通す。寧ろ通させる」


と、智花も来ていたの!? 

冷ややかな声であっくんにそう告げた智花は、何やら足元を思いっきり踏みつけている。同時に、辺りには張り裂けんばかりの絶叫が起きた。


「……お前がそれを言うのか朝霧」


振りかぶられた拳を綺麗に避けながら冷や汗を垂らしつつ、視線を智花の足元へとずらしたあっくんは、その先で股間に両手を添え、悶絶している男子を見つけていた。彼は未だ暴れまわっている颯太によって、地面へと倒された人物らしい。そのとどめとして、どうやら智花に急所を踏まれたようだった。


「いやぁ~。真山先輩のご友人方も、相当デンジャラスだよね。ある意味、負けたよ」

「くそ餓鬼どもがぁ――! 私の流香に何て事を! シメる! ――気安く私に触るんじゃない!」


バチーンと軽快な音と共に、苦笑い調な哲平くんの声と沙希の怒声が聞こえてきた。まさかと思い、そちらにも目を向けると、颯太とあっくんの助太刀をしている哲平くん。そして、こちらに来るのを阻まれ、集団の誰かに腕を掴まれたらしい沙希が、強烈な張り手を相手にくらわしている様子が見て取れた。沙希の場合それでも怒りが収まらないのか、怒涛の往復ビンタを追加しているけど。


「あ――っ! てんめ~この野郎! 沙希ちゃんに何すんだよ!」


往復ビンタから更に追加。沙希の様子が視界に入ったらしい颯太が弾丸の如く駆けてくると、その勢いのまま、またもや見事なとび蹴りを相手にくらわしている。いきなり横から不意打ちを受けたので、相手はなし崩しにも倒れ、昏倒。それを見た沙希は「あら」と一声洩らしたものの気にせず、火がついてしまったのか次なる獲物を求め出し、同様の張り手を繰り出した。その度に颯太は「沙希ちゃんに手を出すなー!」と言って、奮闘している。

あの、颯太……。沙希はどちらかというと、何をされたわけでもなく、自ら手を出してる方なんですけど……。

もう何が何やらさっぱりです。つい今しがたまで、窮地に陥っていたはずの秋月と私。それが一気に形勢逆転。いつの間にか私たちは、あちこちで倒れている人影に囲まれていた。

柚子の過激な行動で怯んだ神澤くんの仲間が、颯太とあっくん、哲平くんによって討ち取られ。智花によってとどめを。そして、沙希の怒りを存分に味わう形で一網打尽にされている。最早混乱状態の私は、うまく頭を働かせずにいた。ちょっと……いや大分、やり過ぎのような気はしなくもないけど……。でも皆のおかげで秋月が酷い目に遭わないで済んだ。本当に助かったと思ったのが私の本音。もう駄目だと、絶望に打ちひしがれていたので。

だからじゃないけどその分、どうして皆がここにいるのか疑問でした。この状況は、私と秋月でしか知り得ない事で、助けがくるなんて微塵にも感じていなかったんだから。そんな私の疑問は、秋月がしれっと発した言葉で徐々に解明されていった。


「何だよお前ら。ついてきやがったのか」


如何にもうぜーと言いたげな表情をして、口を開いている秋月。それを聞いた颯太が憤慨しつつ、突っ込んでいる。


「当たり前だろー!? ねーちゃんの叫び声が聞こえたと思ったら、うちの前で血ぃ流してるお前がいたんだぞ!? 普通、何かあったって思うだろーが!」

「だな。あれにはびっくりした」


颯太の言葉に同意した形であっくんも続く。どうやら二人はあの時、家の中まで届いていたらしい私の悲鳴を聞きつけて、外に出たみたい。そこにぼろぼろ状態の秋月がいたので、直感的に事態を悟ったらしかった。


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