表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/103

過去と現在(いま)に決別を①

大変お待たせいたしました(;^_^A

新章『過去と現在(いま)に決別を』開始です!






決して、推測を誤らせているわけではなかった。

常時怠りなく、気を配らせているつもりだった。

事実、他愛もない事を喋りあったりふざけあったりしていても、心の底や頭の片隅では忘れてなどいなかった。

ただ一点。『彼』がこちらの予想を遥かに上回っていただけの事。


『その時』は、満を期して私たちの元に訪れる。


じわじわと蒸し返る室内で私は一人、外から入り込んできた虫の音を聴いていた。近くに木があるらしく、夏の風物詩である蝉の声が更に私の体感温度を上げていく。蝉の声以外、何も聴こえない。この場で私以外、誰もいない事を示す音は、更に緊張感を私にもたらしていた。

暑さに誘われ滲み出てきている汗が体のあちこちを伝い、肌と服が不快に感じる程密着し始めてても、私にはそれよりもまず、気にするべき事があったから。

『ここ』から、逃げ出すためにはどうすればいいのか、と。

私が放りこまれた場所は、知らない場所ではなかった。一度見ている物たちが私を取り囲み、すぐに自分が何処にいるのか教えてくれたので焦らないで済んだ。冷静に考える事が出来たのも、今にして思えば『彼』の友人が事前に私を試してくれたおかげとも言える。

ありがとう哲平くん。『こういう事』を教えてくれたんだね。

私のすぐ近くにある鉄格子から外の風景が見える。背伸びしてようやく届く小さな窓からは、これもまた見た事があり、特徴のある建物が存在していた。所々、ビニールやダンボールで窓を補正されている建物。


今、私がいる場所は間違いなく――西楠中学校です。






教室で秋月と会うことができてから別段何かしら起きた訳ではなく、私たちは表向き、通常の夏休みを迎えていた。ただ極力、外出は避けるようにはしていました。いつ神澤くんが接触してくるか分からないので、哲平くんの助言の下、室内で過ごすのを余技なくされた私。

折角の夏休みなのに、何処にも遊びに行かないなんて……。

っと、弟の颯太には不思議がられたけど。私は夏休みの課題を先に片付けたいと思うタイプなので、それ以上追及されずに済みました。私の状況も、夏休み後半には落ち着いてるかもしれないしね。その時になったらきっと、気兼ねなく遊べるから。

それに例えずっと家にいても、沙希や智花、柚子が連絡をしてきてくれたり、遊びに来てくれたりしたからつまらなくもなかったし。

勿論、秋月もちょくちょく遊びに来てくれた。というより、完全に居座ってる感じ? 来てくれるのは元より、何回か泊まったりもしたからすっかりうちに馴染んでくれたような気がする。

ただ、毎回朝になる度に鼻血を出しているのはどうしてか分かりませんが。

その度に颯太が憤慨しているのも、気掛かりでなりません。

私の知らない所で、二人だけの何か理由でもあるのかな? 秋月と颯太が喧嘩するのは……やっぱり困るけどね。でも、ちゃんと今は秋月に会えているから、私は常に落ち着いて過ごす事が出来た。まだ秋月と哲平くんは少し、外で何かをしているみたいだけど、以前とは違って、秋月は私のそばにいてくれているから不安はないです。


そんな夏休みに突入したある日。うだるような暑さが更に増す八月に入ったばかりの頃、夏休みにも関わらず私と秋月は学校に来ていた。

というより、私が秋月を学校まで引っ張ってったと言った方がいいかもしれない。四日間、学校に来ていなかった秋月は、勿論その間部活にも来ておらず。夏休みの後に行われる文化祭での演目も、役も知らなかったので、学校に登校しているという部長の下へ連れて行ったというのが、そもそもの経緯。

私はもう知っているから直接秋月に教えてあげてもよかったんだけれども、休んだ事もあるし、ちょっと取り繕うためにも私は秋月と共に学校へと向かった。当然の事ながらまだ私の状況は不安定なので、気をつけて行きましたが。

だけどそこから全てが始まり、終わるなんて予想もしていなかったんだけど……。


「げっ、マジっすか。俺が王子役?」


燦々たる太陽が差し込んでくる部室で、秋月は寒いものでも聞いたかのような顔をした。本人にとっては性格上、耐え難い役どころらしく、げんなりもしている。

でも、そんな口から何かを吐き出しているかのような呻き声を出す秋月に、淡々と部長は言ってのけていた。


「そうだ。立っている者は親でも使え。目立つ者はとことん利用しろ、と言うだろう? お前にとっては不本意かもしれんが、実質、お前が部員の中で一番、見た目に映えるからな。決定事項だ」


『立っている者』は分かりますが、『目立つ者』の部分が全く聞いた事がないので、涼しい顔をして断言する部長に私は思わず突っ込みを入れそうになった。

でも断念します。部長は、自分が確実に思っている事しか言わない人だから、空振りに終わるのが目に見えてる。

そんな私の代わりに、言い放たれた当の本人である秋月が抗議をした。


「断る! 嫌だっつーの。んな見世物みたいな役やんのは。どっか他に、適当な奴でもやらせればいいじゃねっすか」


あ、あんたね~。

憤然と言い返す秋月に、私はこちらにも突っ込みを入れそうになりました。

いえ、言いたい事は分かりますよ? 秋月があんまり、他者から『そういう目』で見られるのが好きじゃないって事は。これまでの彼の行動からして、容易に思いつきます。だけど役を貰える事自体、有難い事なんだから、貰えなかった他の皆の事を考えなきゃ駄目でしょ。

私はそう秋月に向かって言いかけた。

でも言わずに済みました。奥の手と言わんばかりに、秋月が引き受けざるを得ない、とどめの一言を部長自ら告げたからです。


「相手役は……真山だぞ?」

「……なんっ……だと?」


それまでの不機嫌な表情は一転。部長の言葉を皮切りに、鋭い視線を伴う真面目な顔へと秋月は変貌した。きらんって、どこからともなく音が聞こえたような気がします。

そんな秋月を認めた部長はすかさず、追加の言葉を発動。


「演目は『白雪姫』。ラストがどう終わるのか……いくらお前でも、知っているな?」

「……チュー……」


真剣な顔で取り交わしているのは構いませんが、これだけは言わせて下さい。『白雪姫』のラストはそんなんじゃあありません! そこの部分だけ、二人で誇張させないで下さい! 何を言ってるんですか部長まで! 真面目に交わしているから余計、始末に負えないと感じたのは私だけですか!? 

いても立ってもいられなかった私は、無駄だと分かりつつも横槍を入れてしまった。


「違います! もっと普通に! ただのハッピーエンドです!」


必死に訂正を求める私。でも、そんな私にお構いなし。秋月と部長は意気投合をしてしまったのか、私を咎めると、もう誰にも止める事が出来ない程、暴走をし始めた。


「違うのはお前だ真山。この部分は重要だぞ? 魔女によって陥れられた白雪姫が、王子の愛を持って復活を成す。言わば、物語の最高潮となる大事な場面だ」

「そうだよ先輩。ここの部分は外せねぇ! 部長、オッケーっす。俺、王子役やります。濃厚なのを一発かましてやります」

「うむ、よくぞ言ってくれた秋月。期待しているぞ。真山と共に、お前たちの愛を観客に見せ付けてやれ!」

「望むところだ!」


いやいやいやいやいや! 力を入れる箇所は、そこだけではありません! もっとこう、全体的に! 演目に対する熱意を、分散させるべきじゃあないんですか!? よりにもよって、『そこ』だけを重要視するなんて! 

七人の小人の存在と、立場は一体……。

とめどなく流れる冷や汗が、私の体温を容赦なく奪う。真夏に顔を青くさせている人間はきっと、世界広しといえどもここにいる私だけかもしれないです。

正直に言えば、私自身最初、白雪姫を演じるのに多少の抵抗はありました。配役の決め手とされたのが、原作にある主人公の設定である『十三歳』だったので。それを忠実に則った部長。「これはお前にしか出来ないぞ真山!」と私に言ってきた時は、チビで童顔。高校二年生なのに、端から見て中学生。あわよくば小学生にしか見えない。と、そうはっきり告げられたようなものだったから。秋月と同じくらい、抵抗感は私にもありました。でもここに来て、更にその抵抗感が増したのは言わずもがなです。

うん、自分でもちゃんと分かってる。与えられた役には誠心誠意、努めなければならないって。だけど相手が秋月なら話は別! 本当にやりかねないもん! ただでさえ、夏休み入ってからは……その……。キスの頻度がいつもよりも増しているのにも関わらず、「足りねーよ!」って、言ってくる人なんですから! どうなるか分かったもんじゃあありません。

当初の不機嫌さはどこへやら。きらきらとやる気に満ちた彼の表情に、私の冷や汗は留まる気配を見せなかった。


その後、何だかんだすったもんだを繰り広げていた私たちは、来たついでに部室の掃除をしたり、小道具の手入れをしたり、既にある衣装や着ぐるみの天日干し。そして、秋月が着る衣装の採寸を測ったりと、演劇部の活動にも精を入れた。

気付けばもう夕方。夏休みという事もあって、そんなに遅くまで学校にいるのはやぶさかではないと言う部長の号令の下、私たちはそれぞれ帰路につく。ただ、そのまま真っ直ぐ帰るには至らず、私たちと同じように登校していた数人の部員。久しぶりに部室へと顔を見せた秋月に、私たちが付き合い始めた事を詳しく聞きたかったらしい彼らによってそのまま、ファミレスに連行されてしまいましたが。まぁ、普通の高校生らしい過ごし方という事で。デレデレと話しちゃう秋月と、それに食いついちゃう皆については……敢えて、私の口からは何も言いません。


「キスはもうしたの?」


と、言った一人の部員に対し。正確な回数を述べた秋月の事なんか、恥ずかしくて言えたもんじゃあないですから。


「はぁ~~。一気にどっと疲れた」


ファミレスを出て車通りの多い道をいくつか過ぎ、アパートやマンション、よく手入れのされた庭を持つ住宅や、緑が生い茂る公園が両脇に並ぶ自宅への道をだいぶ歩いて来た頃。皆と別れた私は思わず、溜息まじりに呟いた。それをすぐ隣で聞いていた秋月が、心外だと言わんばかりな表情をする。


「付き合ってんだから別にいいじゃん。キスぐらい」

「だからって、はっきり言う事ないでしょ! それに何なのあの数! そこまでしてるなんて私、全然知らなかったんだけど!」


いつもと同じように私を自宅まで送ってくれる秋月は、不服そうに口を尖らせていた。まるで、このぐらい大した事じゃないと言いたげな感じです。皆の前で、爆弾発言した件についてはとりあえず置いといて。というより、もうこれについては今の所、止められる術は思いつかないので……。具体的な数字を聞いた瞬間、度肝を抜かされた私は、それについて彼に間髪入れず突っ込みを入れさせてもらった。

だって、どう思い出してみても数が合わないもん。私が気付かない内に、秋月からキスされてるならあり得る数だけど。そもそも、気付かないなんてありえない行為ですから。

皆に知られてしまった恥ずかしさを織り交ぜつつ、顔を赤くさせながら、私はただ突っ込みを入れただけだった。だけどそう私が言い放った後、ギクリと両肩を浮かせた秋月。そんな彼が目に入った時には、言い様のない不信感を抱いく。まさかこの突っ込みで、度々ムチャクチャな行いをする秋月の、更なる破天荒さを垣間見るとは思いもしませんでしたが。


「…………秋月」


何であんた、私から目を逸らしてるの? 私に、目を合わせようとしないの?


「…………もしかして」


秋月的に、私の突っ込み箇所は困る内容という事?


「うっ!」


ちょと考えなくても一目瞭然ですね。挙動不審にも似た秋月の動作。やばい、って言う表情に移り変わっていった彼。微妙に顔色が悪くなり、だらだらと冷や汗も垂らし始めている様子さえも伺える。あちこちと視線が行き交っているそんな秋月に、私の白い目線が注がれるのは必然でした。

こいつには、思い当たる節がある。単刀直入に聞いてみよう。


「私に何かした?」

「うぅっ!」


怪しい。思いっきり怪しいです。極限にまでびくついた反応。夏、という季節だからではない、別の理由で出ていると思わしき大量の汗。それに伴い、わたわたとせわしなく体を動かし、焦る動作を見せる秋月へ、私は更に不信感を抱いた。


「思い当たる事があるんでしょう?」

「い、いや! べ、べ、別にんなもんねーよ! 流香先輩が寝てる時になんて……あっ」


すかさず追求した私。見事引っかかってくれたのか、墓穴を招いたのか。秋月は否定と同時に、ヒントを私に与えてくれた。

寝てる時……って、言った今?


「ち、ちげー! 最後の無し! 関係ねーかんな! 先輩が寝てる時に我慢出来なくなってチューしたとか、見たとか、触ったとか……って、あ゛ぁ!」

「ちょ、ちょっと――――っ! 何それ!? 見たとか触ったとかって……、あんた私に今まで何をしてたの!?」

「なんもしてねーよ! 本当だって! 最後までやってねーから!」

「最後って何――――――っ!?」


思いもよらないいきなりの事後報告に私は大絶叫をあげる。逆に、あまりもの焦りでうっかり隠していた事を洩らしてしまったらしい秋月の方はと言えば、部室での私の時みたいに顔が真っ青な状態。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ