迷走の果てに木魂する叫び⑥
更新が遅くなってしまって本当に申し訳ないです。
新年度が始まって色々やることが多いため、今月は更新にばらつきがでそうです(´;ω;`)
私は神澤くんへとはまた違った戦慄を覚える。例え私に危害が加わらなかっとしても、結果は中学時代へ。以前、秋月が置かれていた環境そのままか、それに近い状況に彼は無理矢理落とされてるという事なんだから!
“でも先輩のことが好きになったから、そばにいたいから、楓は自分を変えようと決めたんだ”
再び思い起こされる、西楠中学での哲平くんとの会話。秋月の過去を哲平くんを通して聞いた時、私は彼の思いをもう知っている。『変わりたい』という秋月の願いを。
体育祭で堂々と上級生のスペースに居座ったり。
授業中でもお構いなしに窓から身を乗り出したり。
普段はメチャクチャなことをしてくる秋月だけど、それは以前の彼とは比べ物にならないもの。普通の高校生活を送り始めている真っ只中。
一緒に登下校したり。
期末試験の勉強したり。
休み時間にお喋りしたり。
部活に出たり。
帰りに映画を見に行ったり。
それが全部、たった一人のせいでぶち壊しになっちゃうの? そんな理不尽なことはないでしょ! 秋月はずっと頑張ってきたんだよ? 頑張ってくれてたんだよ? 彼がずっとそばにいてくれたから、逆に私は知っているんです。普通に生活していた私の歩幅を一生懸命合わせてくれてた秋月の努力を。
「酷い……っ!」
私は自分が怒りで体が震えているのを感じた。いつの間にか作っていた握り拳が、更に握力を強める。
酷い、酷いよ! 秋月が自分を構ってくれなくなったって神澤くんは言ってたけど、それの見返りがこれなの? この状況なの? 遊び半分でこんな事し始めて、身勝手にも程がある! 他人の事情を、全く省みないなんて!
「秋月は……本当に…………変わろうとしてたのにっ!」
自分が置かれている状況以外に初めて気付いた事実。それは狙われている私じゃなく、いつでもそばにいて、守ろうとしてくれた秋月の現状。
体の震えがもう止まりません。望んでいない環境に置かれてしまった秋月を思うと、怒りと共に悔しさも私の中からどんどん溢れ出してきた。目障りだと思われている私だったらいざ知らず、どうして秋月までこんな目に遭わなきゃならないの? ただ彼は、変わろうとしているだけなのに。胸の中に奔流する感情が、今にも決壊してしまいそうです。
それをどうにか堪えた私は、何とかしなきゃいけないというただ一つの思いで思考を巡らすことにした。逐一、私の表情を読み取っているのか、哲平くんからの視線を痛い程に感じる。
でも私は、そんな視線に対し、反応することが出来ない。だって、秋月の身と現状を思うと、本当に余裕がなくなってきたから。
すっかり話しに取り残されたみたいで、半ば放心ぎみになっている沙希たちからの視線も感じますが……ごめん。皆もちょっと、待ってて欲しい。今はとにかく秋月を優先させたいの。事態は進展しているというより、『悪化』しているのだから。黙ったまま全てが終わるのなんて、待ってられない。私も何か出来ることがあったらすべきです。発端の当事者である私だけれども、秋月がそんなことになっている以上、見過ごすわけにはいかないもん。秋月は私にとって大切な後輩でもあるけど、今はもう彼氏。かけがえのない、たった一人の人だから。
哲平くんからしてみれば、勝手に動かないで欲しいかもしれないけど。
「やっぱり、真山先輩だよねぇ」
「はい?」
いきなり哲平くんから声をかけられて、思考を中断させる私。あまりにも声音が重々しくなかったから、虚を突かれました。
あの、何がやっぱりなのか、よく意味が分からないんですけど……。
どことなく明るい雰囲気が、彼の吐息から漏れた気がする。疑問符が次から次へと私の頭から出てきたのは、言うまでもありません。だっていつの間にか哲平くんが普段通りの、にこにことした笑顔を浮かべていたから。
ど、どうしてそう落ち着いていられるんだろう? いえ。落ち着いているっていうか、和んでる……? 秋月を思えば、そんな雰囲気は出せないんじゃあ? 今までにあった彼の行動を考えれば、哲平くんも私と同様かそれ以上に、秋月の事を気にかけてると思ったのに。
ちょっと困惑している私を知ってか知らずか、哲平くんは更に言葉を繋いでいった。
「うん、楓は心の底から『そう』決意をしているし、願ってもいる。だから神澤に今ちょっかいを出されても、昔のあいつに『まだ戻ってない』んだよ」
私の目線に合わせるかのように少し身を屈めた哲平くんは、最後にこう伝えてくれた。まるで決定的なものが、自分の目の前にいると言わんばかりの表情で。
「誰かさんがそうやって、あいつを見ててくれているから」
哲平くんが言った内容の意味がよく分からなくて、湧き上がっていた怒りが少しだけ収縮していく。きょとんしている私が、彼の瞳に映っているのがそれを証明していた。
ん? 誰かさんって、私?
真っ直ぐに私を見てくる哲平くんは、相変わらず笑顔を崩さない。満足げに私の頭をぽんぽんと撫でてくると、「ね?」と促してくる。
秋月がまだ戻ってないって……あ、そうか。疑問符だらけだったけど、哲平くんの言葉を頭の中で反復させた私はようやく、もう一つ気がかりだったものを思い出した。
ナイフのように鋭く細められた目。だけどそれに反し、吊り上がる口角。冷たい笑みを浮かべた、私が知っている秋月じゃない、ぶちギレた彼。
そうだ。それもあったんです。神澤くんと再会したら、昔の秋月に戻ってしまうかもしれないという不安要素が。
でも以前、哲平くんも私もそう危惧していたけれど、実際に今、そんな事態には陥っていない。秋月は、自分が決めた事を忠実に守っている。
「そうだね」
そう一言哲平くんへと返した私は、まだ怒りが収まっていないけど安堵した。まだ私じゃあ、昔に戻ってしまった彼を止める自信がないというのもある。だけどそんな私の真意は、最悪な状況にまだ陥っていないという安心感からだった。哲平くんが私に対して思っているような事は何一つ、実感はないけれど。秋月を助けるなら今、この時を逃しちゃ駄目だという予感だけは、確実に私の中にはあったから。
そう思った私は同時にふと、ある事を思い起こした。
「あ」
もしかしてこの状況、秋月を再び『問題児』へと戻すために神澤くんが狙ってやっている事なんじゃあ?
「かもね」
私の表情を的確に読み取ったのか、哲平くんは私が発した言葉へ微妙に繋がらない返事をした。でも、意思は通じている返事。
やっぱり?
そう問いかける視線を哲平くんへと送ってみたけれど、正確には言ってくれなさそうな雰囲気を彼は出す。それと言うのも彼自身、明確な答えを持ち合わせていない様子みたいだからです。私から視線を外した哲平くんはまた明後日の方向へ顔を向けながら、答えられないその理由を教えてくれた。
「どちらとも言えないからね。楓に揺さぶりをかけているのか、ただ単純に、真山先輩が目障りでやっているのか。……そういう奴なんだ、神澤は」
はっきり言って行動は予測不可能と告げてきた哲平くん。それを聞いた私は、一刻も早く秋月に会いたい一心から教室から飛び出して行こうとして哲平くんに止められた。
「どこに行くつもり? 真山先輩」
「どこって、秋月の所だよ! こうしちゃあいられないじゃない!」
秋月自身、『変わらない』という意思を持ってても、神澤くんの行動に予測がつかないのなら立ち止まっている暇はないもん。これから先、それこそ何が起きるか分からないんだから、直ぐにでも秋月に会って、ちゃんと話し合わなきゃ!
哲平くんに腕を掴まれていた私は行く先を聞かれて即答する。でも、そんな私の意志を汲み取っていながら、哲平くんは自分の手を離そうとしてくれなかった。しっかりと掴まれてしまっている私の腕は、どんなに振り回しても逃れる事が出来ず、ただただ空気をかき回しているだけの状態。前に進みたいという私の足を断固としてその場に押しとどめ、秋月の元へ行くのを許してくれる気配がありません。
お願いだから離して哲平くん! こうしている間にも、秋月に何かあったら私……私……。
「秋月の所に行かせて!」
ばたばたと腕を振りつつ哲平くんへ懇願した私はきっと、誰から見ても切羽詰っていたように思う。周囲の状況をよく見れてもいない所まで、気持ちは追い込まれていたので。顔面蒼白になりながらも、「流香まで行っちゃ駄目!」と慌てて私に近寄ってくる沙希。そして、私の進路を遮るかのように教室の入り口へと回り込んだ智花と柚子の行動も、把握出来ていなかったんだから。
「離してよ~!」
そんな友人たちに構わず、未だ掴まれている腕を振り回していた私。何とか逃れようと、持てる限りの力で哲平くんの手を振りほどこうと試みる。だけど、私の足掻きはすぐに収まる形となった。掴んできている当の本人から発せられた言葉で、思わず、ぴたりと動きが止まってしまったからです。
「大丈夫だよ真山先輩。先輩自ら行かなくても、向こうからやって来るから」
哲平くんが私に向かってそう言った瞬間、ばたばたとせわしなく廊下を駆けて来る音が耳に届いてくる。
「……はい?」
再び彼の言っている意味が分からなかった私は聞こえてくるその足音をよそに、間の抜けた声で返事をした。
向こうからやって来るって……?
タイミングがいいとばかりに、哲平くんの視線は教室の入り口へと向けられる。どういう事なのか哲平くんに向かって口を開きかけた私だけれど、続いて発せられた言葉によって言えず仕舞い。いや、違う。もう、その必要はなくなったんです。
「ここに来る前に、神澤からのメッセージを楓に伝えておいたんだよ」
教室の入り口へと注がれた哲平くんの視線は、また私へと移ってきた。その表情が物語るのは、あたかも「待ってたよね?」と言いたげな感じ。彼が発した言葉の意味とを併せ、一瞬で事を理解した私はここでようやく、廊下を駆けてくる足音へ意識を向けた。
まさか……。
せわしない足音がどんどんと近付いてくる。何事かと教室の入り口に立っていた智花と柚子が、廊下へと顔を出したと同時に「あ!」と声を上げたのが見て取れた。
「る、流香! 来たよ!」
「ちょっとこっち来て来て流香~!」
私に向かって声を上げたのもつかの間、智花と柚子は揃って身を捩る。教室へと飛び込んできた人物が、あまりにも勢いよく突っ込んできたからです。
「はぁ、はぁ。せ、先輩! 無事!?」
夏の炎天下の中、どのくらいここまで走って来たんだろう……。息が乱れ、肩が上下へと弾んでいるのが容易に見て取れる。額からとめどなく流れる汗を何とか腕で拭うものの、しばらく休まないと引きそうにない感じ。
この四日間、どれだけ長時間外に出ていたのか分からないけど、少なからず少し陽に焼けた肌を見る限り、それ相応の時間だと私は推察する事が出来た。
「あ、秋月……?」
ぽろっと私の口から零れたのは、今、私たちの教室に入ってきた人物の名前。ついさっきまで、話題の中心だった人。私がずっと、会いたかった人。頭と心にいつも、思い描いていた人。哲平くんから、事の顛末を聞いた私は今、更にその思いを膨らませている。だから急いで、秋月の元へ行こうとしたんだけど……その彼が、哲平くんが言った通り、自ら私たちの所に来てくれた。四日を跨いでようやく、私の前に現れてくれた。
「あ、秋月―!」
私たちの教室に息を絶え絶えにさせながら飛び込んで来た秋月へ、私は急いで駆け寄る。じわっと体の奥底から湧き上がってくる熱い感情を必死に留めながら、今にも零れ落ちてきそうな涙を堪え、ただひたすら秋月の元へ。
そんな私に秋月は未だ整わない呼吸のまま、教室へ入って来た時と同様の気遣いの言葉をかけてくれた。
「せ、先輩、大丈夫!? 神澤の野郎に、何もされてねぇ!?」
ここに来てまで! もう! 本当にあんた、何を言ってんの!?
「ばかーっ! 私じゃなくて、あんたでしょ!」
「へ? え? ちょっ、流香先輩? ……だぁっ!」
私が自分の所へ来るのを認めた秋月は息を弾ませつつ、両腕を広げて出迎える体勢を取った。だけど私はそれにおかまいなし。勢いよく秋月へと突進をかけ、彼が思い描いていただろう光景とは全く逆の方向。それまでの心情とは相反する、体当たりの形をとった。
えっ、て周囲から驚愕の声を聞こえた気がしたけれど構わず、更に私はその後、ぽかぽかと秋月の胸を叩き続ける。
本当だったら秋月の前に来ても押さえられると思った。だけど、私を気遣う秋月の言葉を聞いちゃったらもうだめ。耐えられない。私の、堪え切れなくなってしまった感情が、一気に爆発です。




