あなたと私の境界線②
「あれ? 流香、お前まだ帰ってなかったのか?」
――ドキッ
突如として聞こえてきた声。慌てて私は、その声がした方へ振り向く。そこには、土埃だらけになった野球のユニフォームを着るあっくんがいた。
「あ、あっくん……」
私の体に緊張が走る。心臓がドキドキして鳴り止まない。顔も熱くなってきたのを感じた。野球部に入っているあっくんの……ユニフォームは汚れているし、汗まみれだけど。部活しているあっくんの姿がとても格好良くて、ドキドキしてしまっているからです。
「もう暗くなってくっから気を付けて帰れよー?」
「う、うん。あっくんはまだ部活……?」
「おう。もう少しで試合が始まるからな。まだまだしごかれそうで参るぜ」
言葉とは裏腹に、ニカッて笑うあっくんが眩しい! 爽やかな笑顔に私、やられました。クラッときました。胸キュンきました。全身の血管が、物凄い勢いで脈打つのが分かる。多分じゃなくても今の私、顔、赤いよね。夕方で良かった。流石に鈍感なあっくんでも、気付きそうなくらい真っ赤。
今朝のことは……まぁ、置いといて。部活中のあっくんが格好良すぎて、クラクラする。ユニフォーム……いつ見ても似合うや。
だから、偶然にもあっくんに会えて嬉しかった私は、うっかり忘れていたんです。コイツの存在を。
「先輩、帰んねーの?」
はっ! そうだった! 今私、あっくんと二人きりじゃあなかった!
私の横で、何だかやけに目が据わっている秋月が私を見下ろしていた。えっ。何ですか、そのあからさまに不機嫌な顔は。さっきまであんなに大爆笑していたのに。あ、秋月く~ん?
「あっ流香、もしかして後輩? お~すげ~~カッコイイ奴だな~。こいつかぁ~? 女子が騒いでいる一年生って」
「『こいつ』じゃねー。つーかテメー、先輩の何だよ?」
な……何、何、何?
私は驚きを隠せなかった。
「悪ぃ悪ぃって! 俺はお前の名前知らないからなぁ~? てゆうか、何で睨んでんのお前?」
「るせー、こっちが聞いてんだよ。テメーは誰だ」
な……何なんですか!? 秋月! その敵意剥き出しのオーラはっ!
私は普段。ふざけてて、からかってきて、いつも笑ってる秋月しか知らない。いや、さっき初めて物凄く淋しそうな顔をしている秋月も知ったけど……。両腕を組み、眉間にはしわ。例え誰かを知らなくても、私との会話で明らかに自分より年上だと思われる相手に対して、不遜な態度です。そのダークな雰囲気は一体、どうしたというの秋月!
「ちょ、ちょっと秋月!」
私は慌てて秋月の腕を掴んだ。
「何なのあんた! その態度は!」
思ったまま秋月につっかかる私。だけど、こちらのことを気にも留めていないのか、秋月はジロッとあっくんを睨んだまま。「あー大丈夫大丈夫」と、逆に睨まれているあっくんの方が私に気遣う始末。
それが気に入らなかったのか、更に秋月は眉間に刻まれたしわを寄せた。
「俺はこいつの幼なじみ。二年の岡田篤っつーんだ」
「幼なじみ……」
――ピクッ
秋月の片眉が反応した。
「流香とは幼稚園からずっと一緒にいるから。まぁ~、兄妹みたいなもんだな」
――ガーンッ
今度は私が反応した。友だち、幼なじみ。果ては兄妹ですか。とことん女として見られていない。いや、もういいんですけどね。こんなあっくんへは、とっくに慣れてますよ。は、ははっ。
「おっといけね! もう戻らねーと。じゃあな流香!」
タタタッと、グラウンドに向かって走り去るあっくんを見ながら感じてしまう。あっくんとの距離。それは物理的なものではなくて、心の距離。何か一線を引かれた感じで、それ以上は縮まらない。
「先輩って、さっきの奴が好きなんでしょ?」
ちょっと暗くなり始めた道をとぼとぼと歩いて帰ってたから、急に言ってきた秋月に私は過剰に反応してしまった。
「へ……な、な、な……何?」
明らかに動揺している私。ってゆーか! 何でコイツ、帰り道まで着いてくんの!?
「ねぇ、好きなんでしょ?」
ズイッと顔を間近まで近付けられて、私は再び自分が赤面したのを感じた。秋月の綺麗な顔が、すぐ側にあるから赤くなっているんじゃあありません。私の、あっくんへの気持ちを言い当てられたからです。まぁ、鈍感なあっくんは気付かなくても、普通の人は分かっちゃうかもしれないね。さっきの私の態度で。あっくんに兄妹扱いされて、ショックを受けてたから。
「べ、別にあんたには関係ないでしょ。私が誰を好きだって……」
「あちらさん、先輩の気持ちに気付いていないみたいだけどな」
うっ! 痛いところを! ニヤッ、と笑って。いつも通り、私をからかう時の表情を秋月は見せたけど、すぐに真顔になった。
「ふ~~~~~~ん」




