迷走の果てに木魂する叫び④
「大体さぁ、流香命! みたいなやつが、流香本人からのメールを返せないわけないでしょう。やつなら這いつくばってでも返すよ」
「そうそう~。むしろ、無理にでも学校に来るんじゃない~? サボるのもあり得な~い。流香との嬉し恥ずかし楽しいスキンシップが出来なくなっちゃうも~ん」
智花と柚子はそれぞれの顔を見合わせ、「ねー?」と同調しながら再び私の方を見た。おまけで沙希の「あいつ、セクハラ魔だもんね」と言う声も聞こえた気がする。
そ、そうなんだ。友人三人からすれば、そういう風に今の状態が見えるんだ。
私からするとちょっと恥ずかしい状況だけど、でもそれは皆の目から見ても秋月が連日休んでいるのはおかしい。そういう認識からくるものだと、改めて私は思い知らされた。
やっぱり秋月の身に、一体何が起きてるのか知らなくちゃ。
「何とかしなきゃね。赤毛をふんじばるしかなくない?」
少し顔を俯き、頬を紅潮させてながらもどうやって哲平くんと連絡を取り付けるか考えていた私へ沙希が言ってきた。それに続くかのように、智花も口を開く。
「森脇哲平? あー、まずはそいつからだね。いいよ、何だったら私と柚子で呼びに行くから。流香は行きづらいかもしれないし」
話した少ない情報の中で、もう秋月たちのクラスに私が行けなさそうだと踏んでくれた智花が柚子に促す。それをすぐさま、柚子は同意してくれた。
「うん、いいよ~。首根っこ捕まえてくるから、流香と沙希はここにいて~?」
ちょっと強行姿勢な感じがするけれど、でも、本当に頼もしい友人たち。二人の申し出に、私の胸は熱い思いで一杯になった。つくづく私は、周囲の人に恵まれていると思う。いざっていう時に、何から何まで助けてくるんだもん。
感謝と申し訳ない気持ちで何度も何度も御礼を言う。それを智花と柚子は笑顔で応えてくれたから、尚更余計熱くなる。もし、皆に何か困ったことが起きたら、私も全力で助けようと心に誓ったのは言うまでもありません。
「流石にもう戻って来てるでしょう。よし、行くよ!」
「りょうか~い!」
二人は早速行ってくれるみたいで、まだ掃除が終わってない私と沙希を残し、威勢よく教室を出て行った。見送った私と沙希はこれで何かしら進展するんじゃないかと思い、やりかけの掃除を続けることで二人の帰りを待った。
だけど、私たちの考えは安易だったようです。哲平くんに会い、話を聞けば全てが分かると思っていた。でも、その当の哲平くんをとうとう、見つける事が出来なかったんだから。私と沙希のあと、掃除の時間中に再び秋月たちのクラスへと赴いた智花と柚子は、結局哲平くんに会えなかったみたい。二人は校舎内をわざわざ見て回ってくれたりもしたんだけど、どこにもそれらしい彼の姿を見かけることが出来ず。帰りのホームルームが始まる、ぎりぎりの時間になって戻って来た。
「駄目だ……どこにもいない」
「ごめんね~! 結構見て来たんだけど~」
少し息を弾ませている二人が自分の席に座っていた私へ届くぐらいの声量で、教室に入ってくる。すぐさま出迎えようと私は席を立ったけど、同時に、担任の先生からの着席を支持する声も聞こえてきたので、断念せざるを得なかった。遠巻きに智花と柚子が細々と身振り手振りを持ち入って教えてくれたので、何となく、把握することが出来たけれど……。もう、一学期の成績なんて気にしていられない。通知表を貰い、長期休暇前ではお馴染みの担任の先生による諸注意も……全然頭に入らなかった。
だってこのままだと、何も知ることが出来ずに夏休みに入っちゃうんですよ? 学校があるなら、朝の登校時間だったり、休み時間だったり、放課後の時間だったり幾らでも会う機会はある。
だけど、その会う機会がなくなったら……?
夏休みという長期休暇中は、特定の用事がない限り普通、学校には来ない。一応、私と秋月は演劇部の部活動で学校に来る機会はあるけど、彼が部活には来るっていう保障は今のところどこにもないし。
私はホームルーム中、ずっと焦燥間に苛まれた。この時になっても勿論、秋月からの連絡はない。
考えなきゃ。何とかして、夏休みに入る前に哲平くんに……。
――ブーッブーッブーッ
ん? 思考に耽っていた中。突然、スカートのポケットに入れてある私のスマホが、短い振動を刻み出した。
もしかして……秋月!?
急いでスマホを取り出す私。スマホから発せられる振動はすぐに消えてしまったので、その振動の正体はメッセージだってことが分かった。
先生に見つからないように、私は机の影で画面に表示されている文字を見る。そして、何度も何度も心待ちにしていた送り主の名前が目に入った時、心臓が飛び出しそうになった。
新着メッセージ FROM 秋月。
やっぱり……そうだ! しかも秋月から! 良かった。秋月から連絡が来て、本当に良かった。
「どうしたんだ真山? いきなり立って、何か質問でもあるのか?」
「え!? あ、いえその、すみません。何でもありません」
私は無意識の内に席を立ってたみたい。きょとんと私を見てくる担任の先生とクラスメートたちからの視線が、一斉に私へと注がれるのが見てとれた。自分が置かれている状況を把握した私は、慌てて座り直す。だけど注目を浴びてしまったことへの羞恥心はなく、秋月から送られてきたメールの内容で、既に頭は一杯だったのは無理もありません。
だって、本当に待ちわびていたから。秋月に何かあったんじゃないかって、ずっと思っていたから……。私はまだホームルームにも関わらず画面を開いた。手が少し震えている。焦る気持ちが体の動きを制しているのかなかなか上手くスマホをいじれなかったけど、それでも何とかして、秋月から送られてきたメッセージを読もうとした。
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先輩、遊ぼうよ。
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はい?
携帯の画面に表示された文字は、私が思っていた内容と大分かけ離れていた。震えていた手は、もう治まっている。いやむしろ、止まった、って言った方がいいかもしれません。
え、ちょっと待って。これは何かの冗談? 四日もの間、音信普通だったのにいきなりこれですか? 単なる私の想像に過ぎないけど、秋月から連絡が来た時はもっと、こう、近況というか事情説明というか。何かしら、そういった文面があると思ってた。その予想に反し、随分と短く且つ、楽天的なこの内容は……どういうこと? あ、遊ぼう? 拍子抜けというより、何だか怒りがこみ上げてくるんですけど!
私は急いで返信した。ずっと休んでいて、連絡も何もかも一切無かったのにいきなり遊ぼうってどういうつもりなの!? って。
――ブーッブーッブーッ
怒りが収まる前に秋月からの返事は直ぐにきた。
本当に、今まで何度もメッセージを送っても返って来なかったのに! どうして一学期最終日という今日になって、いきなり連絡が通じるのあんたはぁ! ちゃんと説明して!
既に眉間にしわが寄っているのはこの際無視。口の中に空気が溜まり、頬が膨らみ出しているのも問題になりません。肝心なことはただ一つ。秋月からの説明だけです!
でもそれは、なかなか叶わないことでした。
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そんなに怒んないで
よー。
ちゃんと埋め合わせ
するから。
ねー、遊ぼう?
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こいつはぁ! この期に及んで、まだそれを言うか!
再び送られてきたメッセージの内容を確認し、ビキィっと青筋が頭に浮かんだのは言うまでもありません。
もうこの時、私は怒り心頭だった。わなわなと肩が振るえ、スマホを握り潰しそうなぐらい手に力も入る。
怒らないでって……怒るのは当たり前でしょ!? 散々人に心配をかけておいて、どの口が言うんですか! 沙希は気にかけてくれたし、智花と柚子は校内を駆け回ってまでもしてくれたし。そして何よりも! あんた哲平くんに、どれだけ世話になったと思っているの!? わざわざ私をあんたの代わりにずっと家まで迎えに来てくれてたんだからね!
シャシャシャシャッ……! と、高速に文字を打つ私は既にホームルームが終わっていることに気付いていなかった。ただならぬ私の剣幕に不思議に思った沙希たちが囲み始めたのを知らず、秋月へと返事をする私。それだけ秋月の事が心配だったから、反動は著しいというものです。
だからじゃないけど、どうして『おかしい』と思わなかったのか?
感情の赴くまま文字を打っていた私はこの時、気付いていなかったんです。よくよく文章を読めば分かりそうなものなのに……。
唯一気付いたのは、あまりにもスマホを打つ勢いが良すぎてうっかり操作を誤らせてしまった時に開いたショートメールの画面。受信メールの一覧にあった見知らぬ電話番号。それが以前、哲平くんから送られてきたメールだったっていうこと。
「なるほど、そういうことね。だから真山先輩は俺にメールしてくれたんだ?」
明日から夏休みということもあり、私たちのクラスにはもう他のクラスメートはいなかった。私と沙希、智花と柚子。そして私が送ったメールを読み、私たちのクラスへと来た哲平くんを除いて。
皆それぞれもう家に帰ったらしい。校舎内にも数えられるぐらいの生徒しかいないみたいで、哲平くんの声は静かに教室へと広がっていく。
夏の暑さをしのぐために開けられた窓からは風が緩やかにカーテンを揺らし、次に彼が発する言葉まで時間を紡いでいった。
「楓から……ねぇ」
スマホの受信履歴に哲平くんのアドレスがあるのを気付いた私は、即、彼へとメールをした。休んでいる秋月からとても楽観的なメッセージが来たんだけど、一体どういうこと? って。
そのメール送信からあまり時間がたたない内に哲平くんが私たちのクラスへとやって来た時は、あまりにもあっけなく彼に会う事が出来て少し驚いたけど……。でも、そのことについてはもういいです。何かを考えながら詳しく話す私に耳を傾けていた哲平くん。それがいつもと変わらない、にっこりとした表情で私を見てきているから。
全てを把握していそうな感じがする。直感だけど、私は彼からそのような印象を受けた。秋月について、ようやく聞きだせるかもしれない貴重な時間です。
「ははっ、何か言わないと帰してくれそうにもないね。両手に花っていうのも、中々味わえないから大歓迎だけど」
「お世辞は結構。あんたが知っていること、包み隠さず話すんだね」
「そうだよ~? ちゃ~んと全部言うまで、離してあげないから~」
両脇を智花と柚子にがっちり固められた哲平くんは、やれやれと言いたそうな溜息をつき、少し目線を伏せた。どうやって話そうか、とまるで言葉を選んでいるみたいに、視線があちこちへと動いている。やがて考えがまとまったのか、哲平くんは再び口を開いた。
「ごめんね? 真山先輩。本当を言うと、今までの話は全部嘘」
あっさりと認めた……。四日間もはぐらかしていたはずなのに、ここへきて認めるって何で?
私のみならず、沙希や智花、柚子も面食らったのは言うまでもありません。すかさず私は、いとも簡単に自分の発言を撤回した哲平くんへ詰め寄る。
「ちょっと待って。やっぱり嘘だったの?」
「やっぱりってことは、真山先輩も薄々気付いてたんだね? まぁ確かに、俺としても下手な言い訳だったと思うけど。それ所じゃあなかったからね」
哲平くん自身も、自分がついた嘘について自信はなかったらしい。でもそれは、状況的に困難であったからこそのことだと、示唆し始めた。
「お願い。ちゃんと話してくれる? 哲平くん……、いや、秋月に何があったの?」
もう遠まわしに探りを入れる必要はないみたいです。というより、真実が明らかになる時が来た、って言った方がいいかもしれない。
懇願する私へ真っ直ぐ視線を向けてくる哲平くんの表情には、はっきりと意思が組み取れたから。もう、隠す必要がないって意思が。
「正確には楓に何かがあったって訳じゃあないんだよ、先輩」
いつもにっこりとしている哲平くんは、既にこの場から消え去っていた。いつぞやの、秋月の過去を話してくれた時みたいに真剣な眼差しを向けてくる彼。
「楓にじゃない。むしろ、何かが起きているのは真山先輩の方」
「……え?」
明日はどんな嘘をつこうか一生懸命考え中です←




