迷走の果てに木魂する叫び③
ホームルームが始まる前に、私はこれまでの経緯を沙希に話して聞かせた。
話というのは勿論、秋月に何回か送ったメールの話じゃなく、彼が休み始めた初日。そう、哲平くんが代わりに私を迎えに来始めた時のことを話した。
途中、私の前に座っているクラスメートが登校して来たので沙希がその場所を譲り、合わせて私も席に立ち、なるべく教室の隅っこの方へ移動はしたけれど、あの時からそんなに日にちは経っていないので手短に話すだけで済んだ。
「何かめちゃくちゃ怪しいね、赤毛」
あ、やっぱり哲平くんは赤毛なんだ……って突っ込みはさておき、私の話を聞いた沙希は移動した教室の隅っこである窓際で、頬杖をつきながら神妙な面持ちで口を開いた。
「上手いこと言っているような感じで、でも誤魔化してるってゆーかさぁ。あいつ、前科があるからまたきっと、何か企んでいるんじゃない?」
前科って……あ、私の件か。
秋月との仲を取り持つため、哲平くんが練った一連の私への嫌がらせを思い出しているのか、沙希は半眼に口を尖らすという美少女にあるまじき表情をしながら言った。
ていうか沙希ちゃん、自分が美少女っていう自覚ないよね。それはある意味秋月にも通じる部分で、きっとこの二人は似た者同士だから始終ぶつかり合うのかな?
そんなことを一瞬頭の中で巡らせつつ、胡散臭そうに哲平くんについて語る親友へ冷や汗が垂れた私は、疑惑を向けられている彼のフォローへ入ることにした。
「企んではいないと思う。だって、秋月の代わりに迎えに来てくれているんだもん。もしそうだったら、私のこと逆にほっておいていいはずだし……」
うん、そうだよ。私は自分で導き出した結論を再び思い返した。
音信不通状態の秋月に代わり私を迎えに来てくれている哲平くんは、文字通り秋月の代わり。それはつまり、彼が今回名実共に『秋月側』にいるという答えを自然とはじき出させる。決して哲平くんは、沙希が疑っているように再び私へ危害を加えようとしているんじゃなく、むしろ秋月に協力しているということ。
それが意味するのはやっぱり、私の知らない所で秋月の身に何かが起きているんだよね。連絡が出来ない状態で、哲平くんの手を借りるぐらいに。
「それもそっか。だったら赤毛、秋月と手を組んでる形だよね?」
沙希も私と同じことを思いついたのか、人差し指を端整な顎にあて、上目線に考えを述べる。言い方はちょっと誤解を招きそうだけど、指している意味は同意語。
しばらくそのままのポーズでいた沙希は、更に突っ込んだ意見を言ってくれた。
「やっぱりさ、赤毛をふんじばってでも事情を聞いた方が良くない? 私もついて行くから、ちょっとあとで一年の教室に行こうよ。何組だっけ?」
いやいやいやいやいや。べ、別に哲平くんをふんじばらなくてもいんだからね沙希!
ぽきぽきと指を折って間接を鳴らす親友に思わず手を出して止めた私は、でも、頼もしい彼女の意見に賛同した。
そうだね、聞くべき所はちゃんと聞いておかなきゃ。もし、秋月と二人で何かをしているんだったら、秋月の彼女としても、彼らの先輩としても見過ごせないから。
……と思ったんだけど。
「森脇? さっきまでいたんですけど……」
教室内を見渡しながら、私と沙希に呼び止められた一年の男子生徒が呟く。その言葉から察しなくても、一緒になって秋月と哲平くんがいるクラスを見渡した私たちは、教室に目的の人物がいないのを確認した。ちらちらとこちらを見てくる一年生の中で、目立つ赤い髪をした彼はいない。
「あれ?」
「なに、いないわけ? ちょっとあんた、どこ行ったか分かる?」
ホームルームを迎え、終業式も終わり。
掃除の時間になったのと同時に急いで来てみたのはいいけど、どうやら行き違いになっちゃったみたい。すぐさま沙希が男子生徒に哲平くんの所在を尋ねたけれど知らないみたいで、ただ首を横に振るだけだった。
沙希に詰め寄られたあと少し頬を染めたその男子生徒は、他のクラスメートにも哲平くんの行き先をわざわざ聞いてくれたりもした。だけどみんな知らない様子。誰もが首を横に振るという同じ反応をし、私と沙希は当初の計画に対して出鼻をくじかれる形となった。
「いないんじゃあしょうがないけどさ~」
「うん、とりあえず戻ろっか沙希」
「そうだね、行こ。帰って来たら言っといてくんない? 流香があんたに聞きたいことがあるってさ」
帰り間際に沙希がそう告げる。私も彼女に続いて行こうとした。いないのは本当に、仕方がない事だからね。
でも、私たちがこうやって秋月たちのクラスに来たことは、哲平くんの所在とはまた別のものを知らされる結果となった。沙希が言った途端、哲平くんへの言付けを向けられた男子生徒がみるみる表情を変えていったからです。
「え!? じゃあこの人が『あの』真山せんぱ……」
はい? 何でこの子、私を見て驚いてるんだろう?
最後に口ごもったのは、沙希がそんな彼を睨みつけたから。だから何!? って言いたげな目線を投げ掛けられ硬直した男子生徒をほったらかした沙希は、そのまま私の腕を掴んで自分たちの教室へと戻る。
って、ちょ、ちょっと沙希!? 一体どうしたの!? しかも微妙に、怒ってる?
どうして彼女がいきり立ちながら歩を進めているのか分からなかった私は、疑問符を頭に浮かんでいたはものの、次に発した言葉でようやくその意味を汲み取ることが出来た。
当の本人である私は気付かなかったけど、第三者である沙希は気付いたみたいです。
「気にしないで流香。まだ変に勘繰っているやつがいるけど、そのうちみんな忘れるから」
あぁ、そうか。
ようやく私は思い出した。私は学校で、ちょっと知られているんでした。あまり良くない方の意味で。沙希はあの一年の子が私を見て、『集団暴行を受けた先輩』って感じたんです。
色々あったからすっかり忘れていたけれど、以前、私は彼みたいに奇異の目で見られた期間があったっけ。それは遠い過去のようで、でも最近といえば最近。ほんの一月半ぐらい前のことでした。
「もう大丈夫だよ沙希。私は気にしてないから」
私はその優しさに感謝の気持ちを込めて、庇ってくれた親友に笑顔を向けた。正直、今の今まで忘れてたなんて流石に言えなかったけど、でも、もう自分がそれに関して平気である事はちゃんと伝えた。私には、こんなにも心を砕いてくれる親友がいるからって。
でもそうなると、ちょっと困ったな。沙希に未だ腕を引かれつつ、私は少し当惑した。また哲平くんに会うために、秋月のクラスへ行くのはしばらく無理かも、とこの時初めて気付いたから。
私が集団暴行を受けた時、助けてくれたのは秋月。
だからこそじゃないけれど、きっとまだ話題は彼らのクラスには残っていて、行く度に奇異の目で見られるのは必然……と考えるのが妥当です。ついさっき私の名前も顔もはっきりと知られ、驚かれたからね。まぁ、どんな目で見られても気にしないけど、沙希がこうやって気にかけてくれる以上、そこは自分で気をつけなくちゃ。もう心配かけたくないもん。
「となると、別の方法で哲平くんを呼んだ方がいいのかな?」
自分たちの教室へと戻ってきた私たちは、箒を手に取って教室内の床を掃きながら話し合った。もう一学期は今日で最後だから、何とかして哲平くんに会わないといけないので急を要します。
「でもどうやって? 何かいまいち、撒かれた気がするんだよねーやつに。そういうの得意そうじゃない?」
一体沙希の目に哲平くんはどんな風に映っているのか気になる所だけど、いささか否定出来ない部分もあります。本当に、撒かれている気がするのは私も同じだから。考え過ぎかもしれないけどね。いくら哲平くんでも、流石にそこまで私たちの行動を読んでいるわけないし。
「さっきから二人で何やってんの?」
「秘めごと~? ずるい~! 私たちにも聞かせてよ~」
あ、智花と柚子。私たちとは違う場所で掃除をしていた友人二人が、教室に戻って来た。怪訝な顔をしながら、床を掃いている私と沙希の元へすぐさま近寄る。朝から私たちの行動を知っていたらしい智花と柚子は掃除の時間に聞くのがベストだと思い、どうやらさっさと自分たちの所を終わらせてきたみたいです。
そういえば、この二人にはまだ話していないんだっけ。ずっと沙希だけと話していたから。秋月が学校を休んでからは、智花と柚子にも色々と気遣ってもらったからちゃんと言わないとね。
私は掃除の手を休めないようにしながらも、後から来た友人二人に対し、沙希と同様、事の顛末を話して聞かせた。
この時も、時間はあまりそうかからなかったかな? ふんふんと合の手を入れる事なく、智花と柚子は話を聞いてくれたし、途中、沙希が補足するかのように私の話を援助してくれたのでスムーズに進んだ。やがて一通り話し終えた私の顔を見るなり、先に智花が口を開く。
「おかしいと思ってたんだよ。あんなに毎日尻尾振りながら流香にくっついていたのに、急に見なくなるんだから。秋月楓が風邪? あり得ないね。ダンプカーに跳ね飛ばされても、ピンピンしてそうなやつじゃない」
智花に便乗して、柚子も自分の考えを私に告げてきた。
「秋月くんは~、例え雨が降ろうが槍が降ろうが天地がひっくり返ろうが~、デストロイな戦場の真っ只中に放り込まれても~、真っ先に流香のとこに行くタイプだもんね~。うん、嘘ついてるね~」
え。いや、あの。二人が思う秋月を、何か聞かされた感じがするんですけど。話が微妙に違う方向へ向かいだしたと感じるのは、私だけでしょうか?
「だって本当のことだし」と言った智花と柚子に、もう冷や汗だらだらです。ここは突っ込んでいいのだろうか、とも、思わず考えてしまう。秋月に尻尾なんて生えてましたっけ? とか。ダンプカーなんて例えにしたって飛躍しすぎでは!? とか。果ては天変地異を持ってくるの!? とか。全部ひっくるめてそれってどんなタイプ!? とか諸々。
うん、突っ込まざるを得ません。例えがどれも常軌を逸してますから。ていうか、二人して秋月を何だと思っているのか問いかけたいです。一応私の彼氏で、そんな人間規格外の話を持ってこられても反応に困るんですけど! って。
「それはあんたに言われたくない」
「そうだよ~。最初、流香が秋月くんをどう扱ってたのか、自分で覚えてる~?」
あたふたしながらも智花と柚子にとりあえず私が思っていることの半分ほどを言ってみたら、あっさり反論されました。
あう。そういえば私、秋月に『生意気セクハラ俺様大型犬』って言った時がありました。私も人のことを言える立場じゃなかったんですね、はい。
あれ、でも待って?
箒に寄りかかりながらうな垂れ始めた私は少し考えたあと、智花と柚子が言ったメチャクチャな秋月論の本当の意味に気付いた。
あ、違う。智花と柚子は、そういう意味で言ったんじゃないんだ。二人が言いたいのは私と沙希と同じ意見で、秋月と、その彼が休んでいる理由について語った哲平くんの『嘘』。
新元号が果たしてなんなのかエイプリルフールになんないか。
二日後楽しみです。




