迷走の果てに木魂する叫び①
なんとか更新!
今回より新章です。
――本日の運勢は。仕事運『普通』、金運『普通』、恋愛運……『普通』。
「…………へー」
いつも毎朝見ているテレビの占いコーナーで、見事、オール普通の運勢を獲得した私。でも口から出たのは何とも覇気のない声だった。
いえ、訂正します。そんな重厚な表現ではなく、ただ単に興味が沸いていないだけです。こんな占いの結果を知った場合、きっと今までの私だったら。
「ぜ、全部普通!? 平凡すぎやしませんか!? 只でさえ私、チビで童顔で冴えないんですけど!」
と、突っ込みを入れまくったあと、部屋の片隅でポツン。うな垂れていそうなのが関の山ですが、生憎とそんな状態とは相反し、黙々と朝食を摂っています。
だって最近、占いの結果はもう、あまり気にしなくなってきたんだよね。というより、必要無くなってきたと言った方がいいかもしれない。随分と前からこの占いコーナーは見てきたけれど、段々、当っているのか当っていないのかも疑問になってきたし。仮に当たっていたといても、その時の私の心情とは食い違っている結果だったんだから。
ずっと今まで、報われない想いというのが私の中にあった。幼い時からずっと続いていた淡い気持ち。だけど、全く届かなかった一辺倒の想い。
切なくて、やるせなくて、苦しくて。それをどうにか昇華したくて。占いの結果で、自分を励まそうとしている部分がどこかしらにあったんです。
でも、今はもうそんなものは必要ない。例え占いの結果が平々凡々、何の特徴もない普通の日を示していても、私の心は、ウキウキと弾んでいるのだから。
「……やっぱり、遊園地とかの方がいいかも。一日中命一杯、遊べるし」
「ふぇ? 何はぁ言っふぁねーちゃん」
「な、何でもない!」
ぼそっ、と呟いた私の言葉が耳に入ったのか、一緒に朝食を摂っていた颯太が、パンを頬張りながら反応してきた。それを慌てて誤魔化す私。
危ない危ない。まさか秋月と過ごす夏休みの予定を考えてたなんて颯太に知られたら絶対、憤慨してくるに違いありません。未だに私が秋月と付き合いだしたのを、認めてくれない弟なので。そして当日になって……阻止してきたり、なんてこと……。
あり得ない話じゃあないです。颯太だったらやりかねない! 昨日だって、帰ってくるのが遅かったから、私の部屋に物凄い剣幕で怒鳴り込んできたし。下手したら当日、玄関を封鎖されそうです。それは困る!
一学期も残すところあと数日。私は、昨晩考えていた夏休みの予定を秋月に早く伝えたくて、携帯に表示されている時刻を度々確認しながら、彼がいつも私を迎えに来る時間を今か今かと待っていた。
気持ちが逸るのはやっぱり、今までとは違う状況に私がいるから。初めての両思いに、初めての交際。例え占いで今日という日が普通でも、秋月と一緒にいるだけで、特別な日になれるんだもん。
ほんのりと顔が熱くなってくるのを感じた私は、その特別な日がこれからも続いていくことを幸せに思いつつ、いつものように秋月がやって来るのを心待ちにしていた。
でもまさか、占いの通りにその今日が普通の日になるなんて、思いもしなかったけど。
「おはよう真山先輩。迎えに来たよ」
「え?」
「は? 何で森脇?」
いつも秋月が迎えに来る時間。当然、私は秋月が既にうちの前で待っているものだと思っている。それがいつも通りのことだったんだから。
だからこそ、玄関を出て、私の目に飛び込んできたのが秋月ではなく、哲平くんだったことには驚きを隠せなかった。にこっと私に笑みを向け、佇んでいる哲平くん。思いもしない人物の出迎えに、私がきょとんとしたのは勿論のこと。秋月が来るのを待ち構えていた颯太まで、素っ頓狂な声を出したのは言うまでもありません。
どうして哲平くんがここにいるの? 秋月は?
「えっと、哲平くんが何でうちに? いつも秋月が来てくれるんだけど……」
疑問に思ったままのことを、問い掛けてみた私。それをあっさりと、哲平くんは答えてくれた。
「楓はね、ちょっと風邪ひいちゃたみたいでさ。しばらく学校行けなさそうなんだよね。だから俺が代わりに迎えに来てみたんだけど、駄目だった?」
え? 秋月が……風邪?
哲平くんにそう告げられ、昨日の秋月の様子を思い出してみた私。しばらく学校に来れない程、体調を崩したなんて……。
散々、私にちょっかいをかけてきたから、とてもそんな風には見えなかったんですけど。
「そ、そうなの? 全然、気付かなかった」
昨日はずっと放課後は一緒にいたのに。神澤くんのことばかり気を取られてて、私は気付く事が出来なかった? やだ私。そうだったんならウキウキしてる場合じゃあ無いじゃない!
「大方、お腹でも出して寝てたんじゃないの? 真山先輩が気に病む必要ないからね?」
彼女なのに、秋月の状態を察知する事が出来なかった私が落ち込み始めたのを気付いたのか、少し近寄って来た哲平くんが私の頭をぽんぽんと撫でつつ、優しく諭してくれた。
「こういう日もあるってことで」
何だか簡単過ぎるような説明でいまいち腑に落ちないけど、うーん、それだったら、昨日の時点では気付けない……かな?
でも、そうだとしたら心配です。病気や怪我なんて微塵も感じさせないぐらい、秋月はいつも元気だから。一晩で体調を崩しちゃうなんて、よっぽどのことだよ。
「っだよあの野郎。だったら前もってねーちゃんに、連絡ぐらいしろよなー! 心配かけさせんじゃねーよ! やっぱアイツは相応しくねー! 認めねー!」
スマホを手に持ち、秋月に連絡しようか迷っている私を見た颯太が憤慨し始める。それを慌てて私は諌めた。
「仕方がないよ颯太。具合悪かったら起き上がったりするのも億劫だし、メッセージ送るのも大変でしょう?」
あんたも風邪ひいた時はそうじゃない、と告げ。手に持っていたスマホをカバンの中に納める。
うん、そうだよね。心配だけど、今は連絡をとらないでそっと寝かしておいてあげた方がいいや。あとで幾らでも出来る事だし。
「えー? ねーちゃん物分り良すぎねー? 俺は納得いかねーんだけど!」
まだ納得していない颯太はぶーぶーと文句を言っているけど、今度は哲平くんがそれを止めた。やれやれと溜息をつき、めんどくさそうに肩をすかしながら。
「真山が子ども過ぎなんだよ。少しは相手の事情ってものを考えたら?」
腕を組み、あーだこーだ言う子どもへたしなめているとも聞こえなくもない哲平くんの発言。あんまりこれ以上秋月の話をするつもりはないのか、さっさと学校に行きたそうな素振りも見せている。というよりも、無理やり向かわされました。
「ほらほら。早く行かないと遅刻するかもよ? ……真山、うるさいんだけど?」
私と颯太の背後に回った哲平くんが、ぐいぐいと背中を押してくる。それに反発するかのように、颯太がうしろにいる哲平くんに向かって声を荒げた。
「てゆーか! 何でテメーが迎えに来るんだよ!? 秋月が来なけりゃあ、それでいいじゃねーか! 森脇が来る必要ねーだろー!?」
まぁ、どんなに童顔でチビでも、一応高校生である私は一人で学校に行けますからね。
秋月から哲平くんに矛先を向けだした弟へ、激しく同意する私。
まさか、秋月と哲平くんから私はそういう風に見られてる訳じゃないよね? 一人で学校に行くのは、危なっかしいって。
一瞬そう思ってしまったけれど、でも流石にそれはないらしく、哲平くんはあっさりと返してきた。
「真山先輩を一人で学校に行かせたなんて楓に知られたら、俺が怒られるんだよね。あいつ、真山先輩には過保護だから」
何それ? 確かに、秋月は毎日毎日、雨の日も風の日も迎えに来てくれてるけど。それはただ単に、私と一緒に学校へ行きたかったからじゃあなかったっけ? 最初はそうだったはずです。まぁ、今ではすっかり日課みたいになってしまっておりますが。
だからこそ疑問。過保護って、どういう意味? それは違うような気がするんですけど。
哲平くんの言っている意味が分からず、背中を押されつつも首を捻っている私に代わって、弟である颯太が聞き返した。颯太も私と同様に感じたらしい。
「はぁ? 何だよそれ」
さっぱり意味が分からないとでも言いたげな颯太は、片眉を吊り上げ、うしろを振り向く。そして自分が思っていることをありのまま、全て吐き出した。
「いちいち登校すんのに、どうしてそこまでするんだよ? 一人で行ってもいーだろー!? ねーちゃんはもう、お前や変な女どもから狙われてねーんだぞ? 大体、ねーちゃんには俺とあっくんがいるんだ!」
疑問符を頭に浮かべているのか、質問攻めの颯太。最後はともかく、でも、言っている内容は至極当然のこと。さっき哲平くんがうちの前にいた時、私も不思議に思いましたから。何で哲平くんが来たんだろう、って。
事実、前までの私は秋月のファンの子たちから狙われていたり、哲平くんから試されてたりしていた。そんな私を心配した秋月が当時、送り迎えをしてくれたのは意味が分かるんだけど……。それはとっくに解決していること。既に過ぎている状況。今はもう……。
「真山だけじゃあ、不安なんだよね」
溜息をつきつつ、視線を下に向けた哲平くんがぽつりと呟く。
ん? 何で哲平くん、深刻そうな顔をしているの?
颯太と同じように、うしろを振り返って哲平くんを見た私は、少し表情に影を宿らせている彼に気付いた。ますます混乱する私。
だって、ただの登校ですよ? 今、私たちがしていることは。事故か何かに遭遇している訳ではないし、かといって周囲を見渡してみても別段何かが起きそうな気配はないし。いたって普通に、道を歩いてます。
なのにどうして哲平くんは、そんな苦虫をかじったような顔をするんだろう?
きっと私は、颯太と同じ表情をしていたと思う。さっぱり意味が分からず、頭の中は疑問符だらけだから。微妙にひっかかりを覚える。それが一体何なのかなんて、あまりよく言えない状態だけど……。
何だろう。昨日の秋月の様子といい、私はまた、何かを気付けないでいるのかな?
哲平くんが見せた些細な表情、でも、確かな変化に疑問を抱く私。そんな私を知ってか知らずか、哲平くんの再度の溜息を見逃さなかった颯太が馬鹿にされたと思ったらしく、また憤慨し始めた。
「なっ!? てんめぇ~~~~。今、溜息つきやがったな!? 俺だってなー、ねーちゃんの送り迎えぐらい出来んだよ! 昔からやってらぁ!」
思いっきり転びそうになりました。哲平くんにうしろから押されてるのもあって、若干、前のめりになりかけました。
いやいやいやいやいや。それ出来なかったら、私の方が姉としてどうしようって感じだよ颯太。はじめてのおつかいみたいに言わないで! お願いだから!
あまりにも的外れな返答した弟に物凄く突っ込みたい衝動に駆られた私だけど、それは次で見事に霧散する。何故なら、話題を振った張本人がその返答を受け取ったからです。
「そ? なら良かった」
え。先ほどの深刻そうな表情から一転し、笑顔で答えた哲平くんに度肝を抜かす私。晴れやかな顔が、異常に眩しいです。
まさか、本当に颯太が出来ないとでも思ったの!? そ、それはあんまりじゃない!?
「馬鹿にすんなよ森脇! 普段は朝練があっから、出来ねーだけなんだからなー!? そこんとこ、よく覚えておけ!」
「はいはい、分かった。真山が根っからのシスコンであることは、肝に銘じておくよ」
「違う! 俺はただ姉思いの弟なだけ!」
「じゃあそういうことで」
「分かってねーだろ!? お前、本当は分かってねーだろ!?」
「分かってるよ? 楓も大変だなぁ。真山先輩に、こんなおまけがついてきてるんだもんなぁ」
「おまけ言うなぁぁあああ!」
あの、一人で登校してもいいですか?
いつにも増して賑やかな登校に、若干、冷や汗を垂らした私が周囲の目を気にしたのは……言うまでもありません。
軽快なテンポでやり取りされている颯太と哲平くんの会話。でもその内容は、噛み合っているんだか噛み合っていないんだか微妙な所です。ぎゃんぎゃんと喚いている颯太に対し、とても冷静に返している哲平くん。周りから見れば高校生のありふれた光景できっと些細に映るかもしれないけど、いつもはこのあとムチャクチャになるので油断大敵です。
ん? ちょっと待って。このあと……?
私は何故だか不思議な感覚に捉われた。自分で思っていることに、違和感があると言うか。
「まぁまぁ、とりあえず行こうか? この辺、あんまり俺知らないんだよね。何所か面白い場所でもある?」
「いんや、家ぐらいしかねーよ? 住宅街だし」
自然と収縮されていく会話。他愛もない哲平くんの質問にそれとなく答えている颯太を見て、私は今更あることに気付いた。
あぁ、そうか。秋月がいないから……。
いつもだったら颯太の相手は秋月で、延々と終わることがない怒号のオンパレード。それにいつも冷や汗だらだらで止めに入るのがそれまでの私のパターンだったんだけど、今日は哲平くんだから、その心配はないみたい。
「…………はぁ」
何だか一気に空虚感が私を襲ってきた。同時に溜息もこぼれる。秋月がいないというだけで、ほんの少しでも周囲の状況が変わる。それをしみじみと、思い知らされた気がしたから。
秋月、大丈夫かな?
ここまできたので少しネタバレしますと、流香が毎回見ていた占いは実は当たっています。
特に恋愛運ですね(笑)
次回の更新は明日と、そのあとは週末になります。




