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再開の足跡は闇夜を駆けて⑦


私は知らなくていい事実を本人から知らされ、既に開いている口が塞がらなかった。

そんな私にはお構いなく、秋月は更に私を誘う。思わず出ちゃっただろう、本音中の本音と一緒に。


「だからさ、海かプールに行きてー! ねー、行こう? …………先輩の………………ら、まじ最高……いでっ!」


きらきらと輝く満面な笑顔をした秋月はそのあと、ニヤッと笑った。普段する不敵な笑いではなく、完全ににやけた顔です。

勿論そんな秋月へ私が問答無用で足を踏んだのは、当然の結果です!


「秋月のばかぁぁあああぁぁあぁ!」


いつもより近いから、ぼそっと小さく呟いた秋月の声をしっかりと聞いてしまった私。本当に湯気が出てくるかと思う程、顔面は真っ赤な状態になった。繋がれていた手を思いっきり振り払い、脱兎の如く逃げ出す。


「ちょっ、先輩! 俺から離れんなよ! つーか、冗談だっつーの!」


嘘だぁ! 全速力で離れる私に、何やら慌て出した秋月が追いかけてきたけれど、完全に本心を丸出しにした人から逃げるのは、当たり前です! 

ハプニング。接触。

ぼそっと聞こえた内容といい、にやけた顔といい。全く冗談に聞こえなかったから!


「近寄って来ないで~~! いやぁあ~~! 変態! どスケベ!」

「うっ! しょーがねーだろ~~!? 俺だって男なんだよ! っ、捕まえた!」

「み、認めた!? って! ひゃああぁぁ~~~~~~! …………え?」

「…………あ」


お互い叫びながら逃げつつ追いつつ、すったもんだの帰り道は俊足の秋月に追いつかれあっけなく終了。うしろから羽交い絞めにされた私は、秋月に抱き上げられる形で両腕両足を宙にばたつかせた。

でも、その動きも一瞬で終わる。叫んだあとにお互いが漏らした素っ頓狂な声。それは私たちに起きている、現状を示すものだったから。

言ったそばからこれですか? 声にならない声っていうのは、今の私みたいな感じですか? あまりにも突然の出来事で、口をぱくぱくと魚みたいに動かすことしか出来ません。


「ど、どんまい」


頭上から、私を抱き上げている秋月の声が聞こえた気がしたけど、その言葉は私の耳に届いていても聞こえない。むしろ、秋月自身が自分に言い聞かせたような感じ。


「~~~~っ! ~~~~~~っっ!?」


わなわなと震えだす私の体。見つめる先は一点集中私の胸元。

夏だからワイシャツのみの制服に学校指定のリボンがちらついて見えるけど、秋月の手も見えるのは何故ですか?


「えっと、その、あの。とりあえず、言っていい?」


しどろもどろな口調で私に問う秋月は、未だ胸元から手を離さない。逆に今、私たちに起きている事の感想を言い始めました。


「やっぱ流香先輩、ちっちぇーのに、でかっ」

「言いたいことはそれだけかぁ―――――――っっ!」


当然の如く、振り向きざまに私が秋月に渾身の張り手を炸裂させたのは言うまでもありません! 

一体! 全体! 何処を触ってんのあんたはぁぁあああ! 

軽快な音と共に秋月の拘束から開放された私は、自分の胸をしっかり両腕でガードしつつ、秋月に睨みを据えた。顔は当然真っ赤。でも、今度は恥ずかしさプラス怒りも入っている。

そんな私に慌てた秋月は、必死に自己弁論してきた。

いえ、訂正します。

またしても、単なる暴露です。


「ふ、不可抗力だっつーの! でもうっかり揉んだのは認める!」

「はっきり皆まで言うなぁあ―――――――っっ!」


謝罪じゃないでしょそれ! 反省してないでしょそれ! 絶対、あんたの前では水着姿になんないから! 

私が秋月にもう一撃をお見舞いしたのは、これもまた当然です。

全く! こっちは真面目に、これからのことを考えようとしているのに! すぐにふざけるんだから! 全然、肝心の話が出来なかったじゃない! 

肝心の話というのは勿論、神澤くんのこと。秋月の暴走によりそのことに関しては何も話が出来なく、結局、私の家の近くまで来てしまった。

まぁそうでなくても、会話なんてしなかったんですけどね。あれから私たちは一言も、口をきいていません。というより、一方的に私の方がわざわざ送ってくれている秋月に対し、口をきかなかったんですが。


「ねー先輩? まだ怒ってる?」


ぷくぅと頬を膨らませている私に、ぷにぷにとその頬をつついてくる秋月。謝罪と一緒にあれこれと彼は私へ話し掛けてきたけれど、全部、無視させていただきました。だって今日、一体何が起きたかなんてまるで忘れているみたいに、普段通りで! いつも以上に! 私にぴたりと寄り沿って絡んで来るんだもん。あ、さっきもされていましたね。懲りていないのか、まだ夏休みの予定も聞いてくるし。

もうちょっと危機感を持って欲しいと思う。もう怖くはないと思っても、やっぱり脅威の存在。少なからず神澤くんについては夏休みを迎えるその前に、考えなくちゃいけないことだと私は思っているから。


でも、ここまで私に無視されても決して話題を変えようとしない秋月。それは敢えて、話題を振ってこなかったということを後々私は知った。気付いていなかったのは、私の方だったみたいです。


「先輩。じゃあ俺、帰るから」

「………………」


うちの前まで送ってくれた秋月がちょっと淋しそうに、私に向かって言ってきた。それに対し、まだ口を開かない私。色々とあったけど、折角、付き合ってから初めてのデートだった今日という日。

にも関わらず、私がこんな状態なのは単に秋月とのこれからを思っているからこそのもの。

だからと言ってこんなんじゃあいけないことぐらいは、分かっているんですけどね。でも、神澤くんのことでもやもやとし始めた感情が一向に晴れそうにないから、黙っているしか出来ない。口を開けばきっと、秋月と口論しちゃいそうだもん。そこまでは私もしたくない。秋月は私を守ってくれたし、私に凄く沢山気遣ってもくれたから。

そんな秋月は優しい視線をこちらに向けてきた。まるで、もやもやとした私の感情を全て包み込んでくれるかのような、透き通った瞳で。


「夏休み、何処に行きたいか考えておいて? 流香先輩とだったらまじで、何処でもいいから俺」


本当に最後まで神澤くんの話題を一切振って来なかった秋月は、私の額に軽くキスしたあと、だいぶ日が落ちてきた空を背景に走りながら帰っていった。

その去り際に、唖然とする私。そして思わず、独り言を呟いてしまった。


「……ずるい」


去って行く秋月の背中を見ながら自分の額を押さえた私は同時に、トクトクと動き出した心臓と熱くなってきた顔を感じた。

不意打ちだよ。さっきまではあんなにふざけていたのに。しかも私、秋月に対してかなり悪い態度をとっていたんですよ? それなのに、あんな優しく見つめてくるなんて……。考え始めちゃったじゃない、夏休みの予定。


「……海とプール以外でとりあえず、考えてみようかな……」


我ながら単純だけど、不安定だった感情が解きほぐされるみたいにすっかり見えなくなってしまった秋月の背中を想いながら、私の思考は秋月と過ごす夏休みを巡らせ始めていた。ぶつぶつと呟きながら家の中に入った私にどんどんと暖かい感情が湧き上がってくる。

遊園地とかどうかな? それとも、動物園? 水族館は? ショッピングモールとかで、買い物したりするのもいいかも。

頭では神澤くんのことを考えなきゃ、と意識はしているんだけど、心はすっかり秋月と過ごす夏休みで埋め尽くされていた私。





だからまさか、その夏休みが訪れないなんて。

この時、夢にも思っていなかった。






「やっぱり、先輩んちから着けてきやがってたんだな」

「あはっ! 正確―。秋月くんは何でもお見通しー?」


学校のあと映画を見たから、夏に入り始めた時期でももう外はすっかり夜の帳が訪れている。


「散々、先輩のこと、悪く言いやがったよなぁ? 神澤」

「だってー、秋月くんにあんなおちびちゃん似合わないもん。消していいー?」


もう秋月は家に着いた頃かな? 

私は自分の部屋から窓を開け、空を見上げた。


「やれるもんなら……やってみろ」

「秋月くーん。その顔、すっごくいいねー。……そうこなくっちゃ」


キラキラと輝く星が空一面に見える。闇夜を照らす月も、すっごくよく見えた。

夏休みの予定は、うん、また明日、秋月に会った時にでも話してみよう。

私は窓辺に肘をつき、いつにも増して綺麗に見える夜空を堪能しながら、心の中で巡っている秋月との夏休みに想いを馳せていった。


既に駆け始めている足音を、未だ知らずに。


ラッキースケベやったった!

良かったね!

それともどんまい?(笑)


はい、今回でこの章は終了です。

どんどん不穏な雰囲気になって参りましたが、ここからが流香にとっても楓にとっても正念場なので、どうか見守ってやってくださいませ。


次回の更新は水曜日頃にできると思います(できれば)

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