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再開の足跡は闇夜を駆けて⑤

更新が滞ってしまってすみませんー!

幼稚園が春休みに入ったため、なかなか自分の時間がとれませんでした(言い訳)


さぁさぁ引き続き楓と神澤の再会の再開です!


そう言い終わるか終わらないかの瞬間、私の全身が総毛立つ。無邪気に笑っているその顔のまま、神澤くんは秋月をすり抜けるように側面へと回りこみ、背後にいる私目掛けて再び凶拳を振りかざしてきた。


「どっか行っちゃえ」


それが本音。最初から包み隠さず、彼が私に対して抱いていた心情と感情。中学の時のように、秋月とまた行動を共にしたかった彼。

でもようやく見つけ、再会した秋月のそばには私がいた。いつでもどこでも、私のそばにいてくれる秋月。だけどそれは、『他へ行かない』ことも意味している。

私にとってはとても満たされ、幸せな日々。

でも神澤くんにとっては満たされない、単調な日々。

だから私が一人でいる時に、声をかけてきたんです。秋月と一緒にいる時ではなく、私が一人でいる時を狙って。

私を秋月から『排除』するために。

どれだけ神澤くんの中で渦巻いているものがあったのか……。それを私は伺い知ることが出来ないけど、彼の私に対する視線は今まさに、私を秋月から遠ざける絶好のチャンスに煌々と輝いているように見えた。


「さっせっか!」


神澤くんに背後へと回り込まれた秋月が、咄嗟に私と神澤くんの間に自分の腕を滑り込ませる。そして腕越しに私を押し、迫り来る拳を避けさせてくれた。


「きゃあっ!」


反動で声をあげる私。でも、その声はすぐに打ち消された。拳が空を切り、少しバランスを崩したらしい神澤くんが次の行動に出る前に、秋月がカウンターで彼の腹部へ目掛け鋭い蹴りを放ったからです。


「きゃああぁぁぁっ!」


突然始まった暴力沙汰にその場にいた他の客たちも気付き、館内は騒然となった。何事かとこちらを見てくる複数の人々。でも、それに気を取られる程余裕が無かった私は、ただ秋月の背中にしがみつくことしか出来なかった。


「先輩! 来て!」


そんな私とは違い、秋月はすぐに動き出す。お腹を蹴られた神澤くんが少しよろけた隙をついて、自分の背中にしがみついている私の腕を掴むと走り出した。


「~~……っ! さ……っすが……秋月くん。逃げないでよー!」


うしろから神澤くんが呼び止めてくる声が聞こえるけどそれに構わず、秋月はざわつく人々の合間を縫うように私を引っ張っていく。私はもう既に声が出せない。されるがままの状態で、何とか秋月について行った。


「待ってよー!」


追いかけてきている!? 

さっきよりも近くなった神澤くんの声が私の耳に届いた。人が沢山いるのが逆に幸いしていて、なかなか私たちに追いついて来れないようだけど、でも、秋月と比べ私は足が遅いから、神澤くんに追いつかれるのは時間の問題。

ど、どうしよう! 追いつかれたら、またさっきみたいなことになっちゃう! 人が沢山いる場所で暴れても彼は何とも思わないみたいだし!

先ほどの、場所を考えず拳を振り上げてきた神澤くんの行動が脳裏に浮かぶ。危機感を覚えた私は秋月に着いて行こうと、必死に足を動かした。深く考えなくても、一連の彼の言動でそれは明らかなこと。哲平くんが言っていたように、何とか彼から逃れないと大変なことになってしまいそうだから。


「っこっち!」


私を引っ張っていく秋月が、映画館内にある非常階段の扉内へと私を促す。

ここから逃げるの? でも、こっちに行ったとしてもすぐに追いつかれちゃうような……。

そんな私の考えを知ってか知らずか。ちらりと背後に視線を向け、神澤くんの姿を確認した秋月はすっかり狼狽している私を無理やり非常階段へ押し込んだ。私たちが通り、半開きにされた非常階段。そこへ、すぐさま追いついて来た神澤くんも入ってくる。


「あはっ! 逃げても無駄だからねー」


まるでこの追いかけっこを楽しんでいるかのように、明るい声が彼の口から発せられた。同時に、軽やかに階段を降りる音も聞こえる。タンッタンッ、と足が地面につく音。そして、非常階段内に響き渡る高らかな声。笑いながら何段も一気に飛び降りる様子に、私はますます背筋が凍った。その仕草は本当に無邪気。追いかける目的はとても殺伐としたものなのに、どこか公園で遊んでいる児童のよう。

人を傷つけようとしているのに、どうしてそんな雰囲気が出せるの? とてもじゃあないけれど、理解出来ない。

私たちが階下に降りて行ったとふんでいる神澤くんは、どんどんと進んで行った。その合間に、相変わらずこちらへ声もかけている。

何して遊ぼうか、と……。

でも、追いかけているつもりで実は、彼自ら私たちから遠ざかっているとも知らずに。


「ばーっか。先輩を連れて、そんな遠くに逃げれる訳ねーだろ」


半開き状態だった非常階段への扉が、今はほぼ目一杯開かれている。その扉を後ろから押しのけた秋月がぽつりと呟いた。


「…………はぁっ、はぁっ……」


すっかり呼吸が乱れている私は、その言葉へ返すことが出来ず。ただひたすら、呼吸を整えることに専念していた。

無理もないよ。神澤くんから逃げるために必死で走ったし、そして何よりも、私たちがまさか扉の裏側に隠れてただけだなんて彼にバレたらと思うと、気が気じゃあなかったんだから。

咄嗟の秋月による判断。非常階段内へと私を押し込んだ秋月は、階段を降りたと見せかけてそのまま私を抱え込むように扉の裏側に回った。扉を半開きにしたのも、完全に閉じられた状態から開けられるより勢いつけられなくて済むから。神澤くんは秋月の判断通りに、私たちが下へ降りたと思ったらしい。扉もまるで体ごとぶつけて来る勢いで神澤くんは来たけれど、ただ本当に体をぶつけながら非常階段へ入って来ただけ。全開に開きこそはしたものの、勢い自体はあまり無かった。扉を開けながら入るという概念は既に彼の中になかったらしく、自分の体が入ればそれで良かったみたい。

おかげで私たちは、扉に潰される事なく済んだ。もっとも私の場合、秋月が自分の体を盾にし、庇うように包み込んでくれたからその心配は無かったんだけど。

一瞬のことですぐに理解出来なかった。だけど秋月に抱き締められながら、扉の裏で神澤くんが私たちから遠ざかって行く気配をそのまま私は感じ取っていた。


「先輩、大丈夫?」


神澤くんの時とは違い、乱れた呼吸がなかなか収まらない私に秋月が優しい声音で気遣ってくれる。少しの間だったけど、いつもより激しい運動、度重なる恐怖。ドクドクと激しく鼓動する心臓を、何とかしたい所だけど……。一気に押し寄せてきた出来事へはそう簡単に落ち着けるものじゃない。今までの私の日常を考えれば、なかなか起こり得ない出来事だから。

それに、迅速な判断をしてくれた秋月にも……ドキドキしたし……。つい今しがたまで危険な目に遭って、不謹慎かもしれないけど。か、格好良かった……です。


「……だ、大丈夫……だから」


背筋を伸ばすこともままならない私が下に顔を向け、荒い息を吐き続ける。それでも何とか声を振り絞り、心配そうに覗き込んでくる秋月へ返答した。だけど、秋月にはお見通しだったみたい。


「全然大丈夫じゃあねーじゃん。とりあえず、座れって」


秋月は再び私に優しく声をかけてくれた。すっかり神澤くんの気配は私たちから遠ざかり、一息つける状況。それを分かっているのか、秋月は私に一旦座るよう促してくれた。


「はい、ここ。怪我は? してない?」


秋月は私を階段に座らせると、すかさず自分も隣に座ってきた。そして、入念に私のボディチェックもしてくる。

いや、殴られそうになったけど、殴られてないから。そこまでしてくれなくても平気だよ。

頭や顔、肩や腕などをぺたぺたと触ってくる秋月に若干冷や汗が垂れたけど、でもそれだけ、私の身を心配してくれているというのは感じる。優しく、私の背中に自分の手を添えてきたのもまるで、息を整えるのを手伝ってくれてるかのよう。

ま、まぁ正直、大丈夫かそうじゃないかと聞かれれば……大丈夫じゃないです。映画を観に来ただけでまさかこんな事態になるとは思ってもみなかったし、男の子に殴られそうになるのは初めてで、とても怖かったし、ここまで差し迫られた状況を体感したことなかったし。

そして何よりも、笑顔で私を見てきた神澤くんにはぞっとしたし……。

想像していたよりもかなり、彼は危険だと感じたのは正直な所。全然、大丈夫じゃない。


でもそんなこと秋月には言えない。言えるわけないでしょう? だって一目瞭然なんだもん。

まだ心配げに覗き込んでくる秋月は今度、私の頭を撫でてきた。ゆっくりと、頭に伝わってくる温もり。何度も何度も繰り返してくれる、私への心遣い。秋月の度重なる優しさに、私の胸は暖かい気持ちで広がっていったけど、心臓はそれまでとは別の意味で激しく鼓動を打ち始めていた。


「本当に大丈夫だから秋月。ほら、もう落ち着いたから安心して?」


ようやく息が整った私は、精一杯笑顔を作って、それを秋月へと向けた。ここで笑っておかないと。


「本当に? ならいーけど。…………神澤の野郎……」


私に対してはとても優しい。何から何まで気遣ってくれる。冷静且つ、俊敏な行動もしてくれて、凄く頼もしく思った。でもそんな秋月だって内心、穏やかじゃあなかったってことが彼をよく見て分かった。


「先輩によくも………………殺す」


目が、全然笑ってないよ秋月。

幾度も私に声をかけてくれた間、一瞬たりとも秋月の目元は緩むことが無かったことに私は気付いた。ナイフのように鋭い眼光が、神澤くんが去っていった階下へと向けられる。まるで視線だけ、神澤くんを追いかけているような感じ。たどり着いたら噛み付いて、八つ裂きにしてしまいそうな程の鋭い眼光。

あの時みたい……だよ。秋月、今自分がどんな顔をしながら私と話しているか、気付いてる?

息が乱れていたとはいえ、どうして直ぐに分からなかったんだろう。明らかに普段とは違う雰囲気を出し始めた秋月。映画を見てる最中の、あの、ふざけ混じりの態度から一転。いつぞやの、哲平くんがわざと秋月をキレさせた時の状態に少し似ている。私に目掛け、校舎の上からブロック塀を落とされたあの時と。

いや、違う。似ているんじゃなくて、『なりかけている』んです。

私は一瞬浮かんだ思考をすぐさま訂正した。再び脳裏に浮かぶ、哲平くんの言葉。


“楓は神澤に会ったら昔のアイツに戻っちまうかもしれない。戻んなきゃいけない程の相手だから”


最初に理由を告げずいきなり殴りかかってきた神澤くんの言動を思うと、確かに、彼は普通じゃあなかった。無邪気な笑顔と相反して告げてきた言葉。と同時に、楽しそうに拳を振るってきたあの行動。

沸々と秋月から怒りが伝わってくるのを感じる。神澤くんへと向けられた声音みたいに、地の底から這い上がってくるような怒気が。

だって、分かるもん。実際に私は、何度かこんな秋月を目の当たりにしてきたし。そして今も、秋月の目つきは依然として鋭いままだから。

それらは全て、私が一因している。私を想ってくれているからこそ、秋月は怒っているんだ。

それは先ほどの、彼の言葉から伺い知ることが出来た。ただ、完全に怒りが頂点にまで達していないのは、それもまた私が一因。

神澤くんに襲われて、すっかり怯えていた私。本当に怖かったから、秋月の背中に夢中でしがみついてもいたし。そのあと、神澤くんから逃れても息が絶え絶えで、私は呼吸すらままならない状態でいた。

そんな私へ、秋月は何度も気遣ってくれた。もしかしたらまだ私に触れる前、神澤くんの拳を止めていた時から、ガタガタと体中を私が震わせていたのも秋月は気付いてくれてたのかもしれない……。


「ありがとう秋月」


私はまだ階下へと視線を向けている秋月へ御礼を言った。


「……え?」


意表をつかせてしまったのか、少し驚いた様子でこちらを振り返ってくる秋月。目元も少し、和らいだように感じた。


「ありがとう」


もう一度、秋月に御礼を言う。

ちゃんと伝えなきゃ。試験結果を先生たちから疑われて憤慨していたのとは違う、本気の怒り。ナイフのように目を鋭くさせ、地の底は這うような声音が出てしまう程の怒り。

だけど、その怒りが自分にこみ上げてきても秋月は私のことを真っ先に優先してくれたんです。一息ついた私は変わりそうになっている秋月の様子と共に、そのことにも気付いた。


「何が?」


何で自分が御礼を言われたのか分かっていない様子の秋月は、私に聞き返してきた。それに対し私は、隣に座っている秋月の制服を掴みながら答える。


「だって、秋月。私を守ってくれたから」


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