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再開の足跡は闇夜を駆けて②


「あんたはバカですか。あれだけ目の前でいちゃつかれてたら、今更キスの一つや二つ。大したことないように見えるから」

「もう~ラッブラブ過ぎて目も当てられませ~ん! 見るけどねん。反応の差が激しくて面白いし~。流香ぁ、諦めた方がいいよ~? もう二人に何があっても、皆驚かないから~」


嘘。

友人二人から発せられた言葉に、私は愕然とした。

え、ちょっと待って……そんなに? 私と秋月。そこまで思われる程、いちゃついて見えるの? 

記憶を辿ってみても私には思い当たる節がない。だって、柚子が言うように私たちはいつも両極端。秋月は常にべたべたしたがるけど、私の方はと言えば逆。恥ずかしくて、いつも逃げるか突っ込むか。はたまた逃げ腰になっているかのどちらかなんだから。

そんな私たちを見て何でそう思われちゃうの!? よく私たちを見ている二人に言いたいです! ちゃんと目をかっぽじって見ているんですか!? って。


でもそれこそが二人の言う、いちゃついているポイントらしい。智花と柚子曰く、以前は秋月の気持ちに全く気付かず普通に接していた私。皆が秋月を応援したくなる程、私は無頓着だったみたい。そして最初に告白されたあとも、秋月が可哀想になるぐらい私は彼に対し、完全防御の姿勢をしていたと言う。

それが今となっては彼に迫られて困惑しながらも、受け入れている。彼女らしく接している、と。

あぁ、そうか。私は何となく、何故、皆が秋月にたいしてあれ程「おめでとう」と言っていたのか、分かった気がした。要するに私たちがいちゃついて見えるのは、私の態度が変わったから……とういうわけです。でもそれって!


「ひ、ひぇぇえええぇぇえぇ~~~~!」


思いがけない事実を指摘されて、私の顔はますます赤くなった。

とどのつまり。はたから見て、私が秋月の事を好きだということが、完璧に丸分かりなわけです。本当に!? 自分では気が付かないんですけど! そんな風に見えてると言うんですか!? きゃああぁぁぁ~~~~~~っっ! 恥ずかしくて、もう秋月と一緒にいられない!


「はいは~い、落ち着いて流香」


これでもか! というぐらい、思考滅裂になってきた私へ柚子がストップをかける。立ち上がっていたのを再び座り、机の上で頭を抱えてごろごろと奇妙な動きを私がし始めたからね。

そんな私を見て、限界に達したと察してくれたみたいです。そりゃあ限界ですよ。客観的な自分を聞かされたら、誰だって恥ずかしいでしょ!? 皆が皆、そうではないかもしれないけど……少なからず、私は恥ずかしいです! 

でも私とは違い、何やら微笑ましそうにしている智花と柚子。フッと笑ったかと思うと、まずは智花が口を開いてきた。


「片思いのせいであんたの感覚は麻痺してんの? 流香、何も恥ずかしがらなくていいんだよ。それが『普通』」

「え?」


智花の言ってきたことが最初分からなくて、私は聞き返した。それを、今度は柚子が答えてくれる。


「そうそう~それが『普通』ってやつだよ~? 良かったねぇ流香~! やっと流香にも来たよ~~。秋月くんには感謝しないと!」

「??????」


まだ意味が分かってない私は頭に疑問符を浮かべ首を捻る。

一体、二人は何を言ってるんだろう? この恥ずかしさが普通って、どういうこと? 

きっと智花と柚子には分かっていること。それを私が本当に理解出来ていないのは、やっぱり長年あっくんに片思いしてきたせいなのか、実感していなかったみたいです。

私に向かって同時に、二人は言ってきた。


「それが『幸せ』ってやつだよ」

「それがね『幸せ』~」


え……。

思いがけない言葉が私に降りかかったため、きょとんとしてしまった。

今、何て言ったの二人とも。

目をしばたかせている私に若干呆れているのか、智花と柚子はお互い視線を交わし、目で合図している。まるで「言う?」みたいな表情を。当然、私は何も分かっていないからこのあと、二人に教えられた。


「初めはどうなるかと思ったよ。本当に、良かったね」


智花が優しい微笑みを私に向ける。それに便乗するかのように、柚子もにっこりと笑いながら『皆』が私へ望んでくれていた事を明かしてくれた。


「ずっとず~っと流香は『恋』を我慢してきたからね~。私たちはね、心配してたんだよ~? 岡田くんしか見られなかった流香の事~。でももう安心!」


うふっと両手で顎を支えながら、超ご機嫌な様子の柚子。ずっと私が片思いから抜け出せないのを、気にかけてくれてたらしい。それは智花も一緒だった。


「そうそう。岡田篤が倉敷さんと付き合い始めた後だって、あんたまだ好きだったからね、正直、見てられなかったわ」


今だからこそ言うけど、とばつが悪そうにしながらも本音を語ってくれた智花。でもそれだけ、私のことを案じてくれていたんだと分かる。


「でも、一番に流香を心配してたのは沙希だからね~?」


忘れてはいけないとでも言いたげに、柚子は自分の人差し指を私たちから少し離れた所へと差した。そこには、秋月のことで愚痴をこぼしに来た颯太。そして、そんな弟に捕まっている沙希がいた。


「はいはい、もういい加減あんたも諦めな。いいじゃないの。流香がオッケーしてるんだからさ」

「よくねーよっ! 秋月だぜー!? あの野郎がこの前うちに来た時、ねーちゃんに何したと思ってんだよー!?」


ぎゃんぎゃんと子犬のように喚く弟に対し、唯一無二の私の親友が落ち着いた様子で宥めている。ぽんぽんと頭を撫でてあげている辺り、沙希の方が私なんかよりずっと颯太の姉らしい。

そんな彼女が更に、颯太へ向かって言葉を投げ掛けていた。


「全く。あんたばっかりじゃないの! 私だって淋しいんだからね? 秋月に盗られて、もう一緒に遊んでくれなくなっちゃうかもしれないんだから。でも、流香が幸せの方が断然いいし。早く姉離れしな!」


とん、と颯太の額を人差し指でつついた沙希は、言葉とは裏腹に柔らかな笑顔を作っていた。


「沙希はずっと言ってたんだからね~? 『流香にはいい恋をしてもらいたい』って」


沙希たちに向けていた指を戻すと、柚子は私へと視線を戻す。そして、未だぶーぶーと文句を言っている颯太の声へ覆いかぶさるかのように、更に言葉を続けた。


「中学の時からずっと一緒だったんでしょ? それこそ沙希は流香の今までを私たちなんかより、ずっと見てきてるからね~。言ってたよ? 流香が告白した時……『あの時の流香の顔、見ていられなかった』って」


柚子の言葉を聞きながら、私の脳裏には中学時代が思い出されていた。あっくんに初めて告白した時、物陰から見守ってくれてた沙希はあっくんが去ったあと、すぐに私の所へ駆けつけて来てくれたっけ。当時の私がどんな顔をしていたのか自分じゃあよく分からないけど、必死に励ましてくれた沙希の顔はよく覚えている。眉尻は下がり、微かに揺らいでいた大きな瞳。でも、精一杯の笑顔を作っている沙希。私も、つられて笑ったような気がする……。


「まぁそれでも、どこぞの馬の骨に渡すもんかってぐらいの気位はあったけどね。秋月楓に突っ掛かる突っ掛かる! 見てて面白かったわ。試してたねー」


思い出し笑いをしそうになっているのか、智花が口に手をあてながら声を噛み殺していた。それに相槌を打つ柚子。


「うんうん! 試してたね~。小姑みたいだったよ。流香を巡る二人のバトルは熾烈を極めてましたぁ~」


度々、火花を散らした秋月と沙希。その光景が目に浮かんでいるのか、耐え切れない様子の智花と柚子。仕舞いに、いつものように大爆笑を繰り広げだした。勿論、どんどんと机を叩きながら笑っている二人に私はいつの間にか冷や汗だらだらです。

でも、突然変わった状況に若干ついて行けなかったけど、私の胸には二人が言った言葉が絶えず広がっていた。沙希がずっと、私に対して願っていてくれたこと。智花と柚子がそっと、私に教えてくれた皆の気持ち。そんな風に皆は思ってくれていたんだ。私の恋に。

この時私は、初めて自分の周囲を知ることが出来た。優しい皆の思いが嬉しくて、胸の奥が熱い。素直に私は感動していた。


まさかそんな皆の願いが、このあと、覆ることになるとは知らずに。





「んぁ――――っ! むかつく! 誰もカンニングなんてしてねっつーの! どいつもこいつも、人のこと呼び出しやがってぇぇええ!」

「はは……ははは…………」


本日全てのテストが返却され、あとは帰るだけの放課後。私を迎えに来た秋月が、怒り心頭で教室に入ってくる。それを私は苦笑いしながら出迎えた。

朝に一度来ただけで、今日ずっと休み時間になっても遊びに来なかった秋月の事情が分かったから。

どうやらテストが返却される度に、秋月は各担当教科の先生に呼び出されていたみたいです。

彼曰く、今回の期末試験は前回と比べ予想以上に出来が良く、赤点回避どころか平均点までいけたとのこと。私はずっと頑張って勉強してきた秋月を見てるから素直に喜んだけど、あまり事情を知らない先生たちからして見れば驚異の結果で、疑わざるを得なかったみたい。まぁ中間の時、名前書いただけでもましって豪語してましたからね、この人。酷い扱いだけれど、何となく先生たちの驚きも分かるから、敢えてここはスルーすることにします。


「『お前、本当に勉強してたのか?』って言いやがってあんのくそ教師! ぐわぁぁあああ~~! は~ら~た~つ~~! ぶん殴りそうだった!」

「お、落ち着いて秋月! 私は秋月が勉強してきたのを知ってるから! 頑張ったね、偉いよ」


折角のさらさらな髪を両手で掻き毟りながら、教室中に響き渡る声で喚き暴れている秋月。そんな彼を抑えようと、秋月の制服を必死に掴んだ私は笑顔で声をかけた。

かなりの激怒っぷりですから。まぁ仕方がないと言えば仕方がないけど……こ、ここは何とか押さえなきゃ!


「……流香先輩が上目使い」


って、あれ? ぼそっと何かを呟いたあと、秋月の動きが止まり私へ一瞥してくる。くいくいと彼の制服を掴んでいる私をジッと見つめ、やがて怒り心頭だった表情に赤みが差していくのが見て取れた。ん? しかも何か、目もきらきらと輝きだしたのは……何故?


「せんぱ~い。もう俺、先輩で癒されるしかねーよ。つーわけで、このあとデートしよ? あ、それとも先輩んちでいちゃついていい?」

「な、何でいきなりそうなるの!?」


ていうか、いきなり機嫌が直ったんですけどこの人! 一体どういう切り替わりの仕方をしてるの!? 

いつの間にか満面な笑顔をしている秋月が私にすがりつき、甘えた声音でねだってくる。それに慌てふためいた私をよそに、智花が秋月の援護をしだした。


「いいじゃない。二人でデートでもいちゃつくでも何でもすれば? 秋月楓、映画の割引券持ってるからあんたにあげるわ。流香と二人で行っておいで」

「マジで!? サンキュー朝霧先輩!」


智花がごそごそと自分の鞄から二枚の紙切れを取り出すと、若干にやつきながら秋月に渡す。それに気付いているのか気付いていないのか、すかさず秋月は智花からその割引券を受け取り、嬉しそうに私へと見せてくれた。


「秋月くんのツボはしっかり把握済みかぁ~。流香もあながち侮れないね! 二人で暗闇の中、色々と楽しんできてね~」

「期待に応えてやるよ」


私を除いて、周りも秋月の切り替えの早さに順応している……じゃあなかったみたい。って、ちょっと待ったぁああ! 柚子、何を言ってるの!? 秋月のツボなんて、私知らないんですけど!? ていうか秋月! 応えるって何!? 

どうやら私、秋月のご機嫌取りをいつの間にかしていたみたいです。うふふ、と楽しそうにエールを送ってきた柚子へ自身満々に答えた秋月。どちらを先に突っ込んでいいのか迷っていた私は、ずるずると秋月に引きずられ始めていたのですっかり機会を逃してしまった。


「先輩とデート~。あ! 流香先輩、何見る? 付き合ってから初デートだしさ、俺……先輩と……れ、恋愛もの見てー」


いやいやいやいやいや。何か頭を掻きながらデレッとしてるけど、本当にちょっと待って秋月! 展開が早すぎませんか!? もうこのあとの予定決定ですか!


「ちょっと待ちな、秋月!」


私の腕を引く秋月の前へ立ちはだかるように、沙希が憮然とした面持ちで行く手を遮った。何だか智花と柚子から「出た、小姑」って聞こえてきた気がしたけど、私としては救いの女神です。沙希~、助かったよ。もう私、色々とついて行けなくなって……。


「流香はポップコーン沢山食べるからね! けちけちしないでビッグサイズを買いな! もしくは通常サイズを二個!」


はい!? ちょっ、止めてくれるんじゃあないの沙希! 

ある意味、デートのアドバイスをしてきた親友へ私は度肝を抜かれた。確かに映画を見に行ったらいつもポップコーン貪り食べてますが。映画を見に来ているのか、ポップコーンを食べに来ているのかって感じの私ですが。

でもそれ、恥ずかしいからあんまり言って欲しくなかったんですけど~。


「何だよ、珍しいじゃん」


秋月も沙希がデートのアドバイスをして来たことにちょっと驚いたみたい。いつもだったら横やりを入れるのが彼女だから。でも先ほど、智花と柚子と話している時に知った沙希の私への願いが、普段とは違う、彼女の行動をさせていることに気付いた。


「やっと付き合い出したんだから助言ぐらいしてあげるよ。流香には幸せになってもらいたいからね。秋月、流香を泣かせるような真似をしたら……潰してあげるから覚えときな!」


何だか最後はかなり喧嘩越しだけれども。言葉とは裏腹に、沙希は清々しいまでの笑顔で秋月にそう言った。それに秋月も答える。


「誰に向かって言ってんだ?」


ニヤッと、ここぞとばかりに不敵な笑みを溢す秋月に私の顔は一気に赤くなった。まだ教室にいる他のクラスメートから「ひゅーひゅー」と煽られたのも赤面する一つの理由だけど、沙希へ返した秋月の言葉の中に「俺しか先輩を幸せに出来る奴はいねー」と聞こえた気がしたから。

皆の前で恥ずかしげも無く言う秋月。その答えに満足気な沙希。うぅ……。やっぱりちょっと恥ずかしいし、いまいち慣れない状況だけれど、これが智花と柚子が言う『幸せ』というものなら本当に……これ程嬉しいものはないな。

真っ直ぐに私を想ってくれる彼氏と、いつも私を案じてくれる親友。

自分がどれだけ周囲の人に恵まれているのかそのことに改めて気付いた私は、刻々と迫ってくる足音にまだ気付かないまま、一旦部室へ寄ったあと、秋月と一緒に賑やかな町へと赴いた。


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