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再開の足跡は闇夜を駆けて①

お待たせいたしました。

新章開始です!






楽しい夏になるはずだった。


私にとっては二度目となる、高校生の夏休み。

秋月にとっては、高校に入学してから初めての夏休み。

夏に入る直前は期末試験という難関が待っているけれども、私と付き合い始めたことで秋月は更に頑張ってくれたみたい。

期末試験が始まる月曜日。迎えに来てくれた彼は、徹夜で勉強してきたのかちょっと目の下にくまを残していた。でも、にこにこと嬉しそうに私の隣を歩いて登校する。これからやってくる夏休みが、とても楽しみだと言いたげな、そんな感じ。優しく私の手を握り、優しい声を私に投げ掛けてくれた。そんな秋月に、私も微笑みをかける。


「先輩が俺の彼女だ! やっべ、最高! おい、そこのお前聞け! この人、俺の彼女なんだぞ!? 羨ましいだろ? つーか羨ましいよな? 羨ましがれ!」


……時々、メチャクチャなことをする彼だけど。でも、それも含めて私は、秋月と過ごすこれからの時間が楽しみで仕方がなかった。初めての両思いに、初めての交際。あまり恋愛経験がない私にとって、待っているだろう数々の出来事。胸をくすぐる、淡い出来事。


この時、それだけしか私の中にはなかった。

それだけしか、思い描いていなかった。

気付いていなかったんです。まだ私は、ちゃんと分かっていなかったんです。

秋月と付き合うということが、一体、何を意味するのかを。


秋月と私。

私たちの本当の意味でのスタートは、ここからだということを。

私たちが一緒にいる。

そのための試練は、これから訪れるということを。





「ねー流香先輩、夏休みどこ行く?」

「ちょ、ちょっと秋月! あんまりくっつかないでよ!」

「いーじゃん別に、だって俺たち……へへっ。せんぱ~い、好き」


無事に期末試験も終わり、勉強という重圧から開放された私たちはもう一つの重圧、テスト返却という場面に今、立たされている。これが一番どきどきするんだよね。自分では出来たなと思っても、出来てなかった場合があるから、侮れません。期末試験……すなわち! 最後まで気を抜いてはいけないもの! 

でも、この人にとってはそんなこと、最早どうでもいいみたいです。


「俺、海行きてー! プールでもいいし。つーか、先輩とだったら何処でもいいけどな! ねーねーせんぱ~い、聞いてる?」


私に向かって夏の予定を聞いてくる秋月。気分はもう既に夏休み。期末試験の結果など、完璧に頭の中から出ていってしまってる感じです。南国情緒、トロピカルな思考が彼の脳を占拠してるみたいです。

相も変わらず、朝っぱらから上級生のクラスにずかずか入り込み、近くの席から椅子を持ってきて私の横に座っている。しかも私の肩に腕を回し、遠慮なく、甘えすがり付いてくる始末。近過ぎるってもんじゃあない。完全に密着状態です! いくら期末試験が終って、いよいよ私たちが本格的に付き合い出すことになっても、もう少し場所を考えて欲しい! 

私は懸命に秋月から逃れようとしていた。だって今私たちがいる場所は……。


「は、はは、離れてよ秋月~。暑いし、そ、それに……ここ! 教室だから!」


二人っきりじゃあないんだから! クラスメートの皆もいるんだから! 恥ずかしい! 

遠慮なしに抱きついてくる秋月はいつものことだけれど……た、耐えられません。クラス中から注がれる私と秋月への視線が、とても耐え難いです。にやにやにやにやにやにや、とあちこちから聞こえてくる気がする。とりわけ、沙希、智花、柚子からのにやけた笑顔は……未だかつてない。最大級のにやけっぷりです。い、いやあぁ~~~~~~。


今日からテストが返ってくるのに朝っぱらこんな感じ。秋月が私のクラスへ来ると、なんか毎度のようにかなりの羞恥心が私に訪れているような感じがするのは気のせい? いや、気のせいじゃあないですね。毎回、恥ずかしい思いをしていますね私。秋月が私に色々とセクハラしてくる度に、穴に入りたい気持ちになっています。

でも、今回は別の意味で恥ずかしい。私たちを見てくる皆の雰囲気が、明らかに今までと違うから。どこからともなく、秋月に対して「おめでとう!」コールが……。ていうか、拍手までしだす人も出てきてます! な、何なの!? 

まぁ、しょうがないといえばしょうがないんだけど。付き合いだしてから秋月。ことあるごとに道行く人を捕まえては、私と付き合いだしたのを自慢してたので。しかも、それが半端ではありません。学校での校門や下駄箱。階段に廊下。教室ですれ違った生徒……のみならず! 道端で通りすがりのおじいさん、幼稚園児たちの集団。果ては、垣根に上っている猫にまで。全く関係ない人たちにも、見境なく自慢していたから……。

私たちが付き合い始めたことは、ほぼ、誰彼構わず知られているわけで、す。も~~~~っ! どうして、そういうことをするのあんたは! 秋月のばか~~~~~~っっ! 恥ずかしい!


「……いやぁ、本当に仲が良いなお前たち」


やや嘆息をしながら担任の先生が私たちに近付いて来た。恥ずかしさで気付かなかったけど、とっくに予鈴が鳴ってて、朝のホームルームが始まろうとしてるみたい。

た、助かった……。

先生が来たと共に、私はといえば安堵の溜め息をつく。ようやく、秋月にすがりつかれている状況から開放されると思ったから。あちこちから「ちぇ、つまんない」という声が聞こえた気がしたけど、そんな不満の声は聞いてられません!

でも、新しい事実が判明。本当に私はこの時、今の状況が終わると思っていた。先生が来たと共に、この恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない場面が落ち着くと思っていました。だけど、それは違うことに気付く。どうやら私たちが付き合い出したことは、クラスメートのみの話題ではなかったみたいです。


「秋月、お前は真山にメロメロなのか?」


はい? 私は自分の耳を疑った。今先生、なんて仰いましたか? メ、メロメロって聞こえたんですけど。

私の目が点になっているのをあまり気にしていない様子の先生は、興味深げに私たちを見てくる。先生が私を見、秋月を見た後に発せられた言葉が耳に入ってきた途端、私は一気に汗が流れるのを感じた。気温が高いからとか、秋月が抱きついているからとか、そんな類の汗ではなく。冷や汗の方です。

え、先生、もっと他に言うことはないんですか? チャイムが鳴ってるんですよね? ホームルームも、もう始まってるんですよね? 先生として、言うべき言葉はどこに行っちゃったんですか!? どうしてそこで、メロメロという言葉が出てくるんですか!? てゆーか、もっとよく見て下さい! 私にしがみついている人を、よく見て下さい!


「はぁ?」


秋月も、先生の言葉に反応する。私と同じように感じたのかな? 目が据わり、肩眉を上げ、じっとりと先生を睨みつけ始めた。


「何言ってんだ。ちげーだろっ!」


あぁ、やっぱり。流石の秋月も、おかしいと思ってたんだね。そうだよね。普通は、ホームルームが始まってたら、自分の教室に戻れと言われるからね。

でも、更に違っていたらしい私の考え。実際にそう思っていたのは、私だけだったみたいです。


「メロメロにデレデレでラブラブだっつーの!」


ふ、増えた!?

突っ込みを入れるのならともかく、まさか、増えるとは……。

秋月の発言によって、唖然としている私。だけどそんな私をよそに当の本人はシレッとしながら、私の手を絡み取り始めた。そしてそのまま、自分の口元に持っていき手の甲へキスしてくる。よっぽど彼にとって、メロメロ止まりにされたのが不服だったらしい。軽いリップ音をわざと鳴らし、訂正しろと言わんばかりにまだ先生を睨みつけています。

って! 何してんのあんたはぁ――――っ!


「見りゃ分かっだろ! 俺と先輩はなぁ、超ラブラブなんだよ! 誰も俺と先輩の邪魔はさせねーかんな! ねーせんぱ~い。今日俺、ずっとここにいていい?」


はい!? 私は再び発せられた秋月の言葉に、仰天する。そんなこと出来るわけないでしょ! クラスが違う以前に、あんたは一年! この教室は二年! 分かってんの!? 

平気で堂々、上級生のクラスに居座るつもりですか! ムチャクチャが留まる所を知らない秋月。当然私は、増えた言葉と共に秋月へと突っ込みを入れた。


「な、なな、な……何を言ってるのあんたは―――――――っっ!」


照れなんて言葉は秋月にとって、本当にないみたいです。周りなんて見えてません。どちらかというと完全無視で、わが道を突っ走っています。浮かれも浮かれ過ぎ。私の手の甲へキスしたあとは、しっしっと先生を追い払おうとまでする始末。そんな先生から、私への一言。


「真山は大変だなぁ。ご苦労さん」


せ、先生。あんまりです。


「いやぁ~笑った笑った」


朝の出来事を思い出したように、智花が口を開く。それに便乗して、柚子も言葉を繋いできた。


「見てて楽しかったねぇ~。満足だよ~」


何やら楽しげに話している友人二人に対し、自分の席に座っていた私は思わず立ち上がり、雄叫びをあげた。叫ばざるを得ません。


「私は全然笑えないし、楽しくもな――――い!」


何を言ってるの二人とも!? 両腕を振り上げ、思いっきり抗議をする私。クラスメートがくすくすとこちらを見ていたけれど、そちらにも一喝を入れさせていただきました。

だって、恥ずかしかったんだから! 皆にとっては面白かったかもしれないけれど、私にとってはめちゃくちゃ恥ずかしかったんだから! 絶対、顔から火が出ていたはずです! 

あれから私は先生にまで見放され、秋月にしがみつかれたままの状態でホームルームを過ごしそうになった。

でも、そんなムチャクチャを通す訳にもいかないので、無理やり彼を自分の教室に帰らそうと試みる。

だって先生も含めて、皆敢えて気付かないでいるのかな? 秋月が椅子を持ってきて、私の隣にいることを。つまりは、誰かの椅子を使っているんですよ? その人には椅子がないんですよ? 秋月にずっと……空気椅子をさせられているんですよ!? このままでいい訳ないでしょ!


クラス中の注目は目下私たち。ただ一人、ぷるぷると足を震わせているクラスメートには、誰も目もくれていない。足の筋力が限界へと近くなっているのか。顔面が赤くなり始めた一人の男子生徒に誰も気付いてる気配がないなんて……。もう冷や汗だらだらです。いくらなんでもそれはあんまり! ていうか、酷過ぎる! 皆、私たちばかり見ていないで、もうちょっと彼のことを気遣って下さい! 


だから私はもっともな理由で秋月を説得しようとした。秋月が帰らないと、自分の席につけない人がいる。迷惑をかけちゃあいけないから、教室に戻るようにと。

一応、私の話に耳を傾けてくれた秋月。そして最後まで聞いてくれた彼は、ちゃんと理解してくれたみたいだった。


「ちぇっ……分かった。先輩が言うんだったら戻る」


でも、彼がここで終るわけがないのは、今までのことを考えると。


「じゃあ、代わりのもの頂戴?」


予想出来る範疇だった。


――チュッ


「へへっ、じゃーまたあとでね!」


狙っていたのかいなかったのか。秋月はここぞとばかりに、皆の前で私の頬にキスをしてきた。当然、動揺のあまり私が乱れまくったのは……言うまでもありませんね。


「去り際かっこ良かったね~。やっぱり秋月くんには~あのぐらい潔く、さっぱりとやってくれないとね!」


いくつかのテストが返ってきても、休み時間の間はずっと顔を伏せていた私。

そんな私になんのその。うふっ、と柚子が同意を求めるかのように、智花へ問い掛けている。それを全くだと首を縦に振る智花が、返していた。


「だね。あとは流香、あんただよ。折角付き合い出したんだからさ、もうちょっと余裕を持ったらどうなの? やってることは、今までとあんまり大差ないんだから」


智花はそう言うと、秋月にキスされた私の頬をつついてきた。まるで、自分の口から発せられた内容を誇張するかのように。途端、私の顔は紅潮する。公衆の面前でされた行為が再び、頭の中に蘇ってきたから。

てゆーか、ちょっと待った! やってることは今までと大差ないって、どういうこと!? 格段に違うと思うんですけど! はたから見ても、かなりの差でしょ! そりゃあ普段から抱きつかれたり、頬擦りされたり、い、色々されてますが……。キスまでもが、さも日常茶飯事かのように言わないで下さい!


「な、ななな……なぁ!? 何を言ってるの智花!」


私は智花が発した思いもよらない言葉へ激しく突っ込んだ。ただでさえ恥ずかしくて仕方がなかったのに、これ以上、更に恥ずかしい印象を皆に与えるわけにはいきません。

余裕なんてこれっぽちも持てない。どちらかというと、秋月が積極的過ぎて許容量をすでにオーバーしています! 

でも、私の言い分なんて完全に無視。というよりも、最初から私の言葉なんて意見にならないとでも言いたげな反応を、智花と柚子はした。


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