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危険な夏は期末試験より⑧






「随分、精が出てるわね~。秋月くん、良かったら泊まっていきなさいよ。もう夜遅くなってるし」

「え?」

「へ?」

「なっ!?」


私の部屋へ差し入れを持ってくるなり、お母さんが秋月に声をかけた。一斉にすっとんきょうな声を出す私たち。私と秋月は揃って目が点に。そして私たち……というより、秋月を見張るつもりで私たちの勉強に加わってきている颯太の口も、あんぐりと開いていた。

秋月をうちに泊める? あ、でも本当だ。もう十一時になってる。教えたり、問題を出し合ったりしていたから全然気付かなかった……。

スマホで時刻を確認した私。同時に、秋月も自分ので確認したのか、慌ただしく動き始めた。きっと泊まるって言うんだろうな……って、んん!?


「ヤベ、気付かなかった! 遅くまですんません、俺、帰ります!」


あれ。意外にも秋月は帰るつもりらしい。今までの行動パターンからして、あわよくばと泊まっていきそうな感じなのに。動きを止めることなく、帰り支度までしだした彼へ私は驚いた。

え、てゆーか秋月、何をそんなに慌ててるの? しきりに「それはまずい、それはまずい」を連呼しているのが聞こえるんですけど。

秋月と哲平くんの会話を聞いていなかった私は、そんな彼の行動を不思議に思う。断固反対している颯太を制しながら、私は彼を見つめた。

でも紛れもなくこの時の秋月の判断は……正しかったみたいです。


「別に気にしなくていいのよ? 親御さんには連絡しておくから。おうちの番号だけ、教えてくれる?」


引きとめようとするお母さん。確かに、この時間だったら泊まってもらった方がいいかも。いくら秋月でも、帰りに何かあったらと思うと心配だもん。


「家には誰も……いないっす。けど、夕飯までご馳走になっちまってるし……」


ちょっと声のトーンが下がった秋月。あぁ、それを気にしているの? 別にいいのに。この時私は、秋月が夕飯のみならず、うちに泊まることに対して、気が引けているのだと思っていた。本当はもっと、むしろ間逆の意味で彼はまずいと考えていたようですが。


先日の哲平くんによるトリックと今起きた秋月の行動に意表をつかれ、彼への警戒心をすっかり忘れていた私。だからお母さんへ更に遠慮がちに答えた秋月に対し、彼を繋ぎとめる一撃必殺の言葉が言えたんです。何も知らずに私、言っちゃったんです。


「秋月、泊まっていきなよ。家に誰もいないんだったらなおさらだよ。だからいいよ。一緒に寝よ?」


秋月の制服をくいくいと掴み、小首を傾げながら彼へと告げた私。それを見て、聞いた秋月の顔がどんどん赤くなり始めた。

あれ、どうしたんだろう秋月。いきなり動きが固まったんですけど。ん? 何か私、変なこと言った?


「ね、ねーちゃん、何言ってんだよー!?」


颯太が顔面を蒼白にしながら私に向かって叫ぶ。でも私はと言えば、帰り道の秋月の方が心配だったので弟が何で顔を青くさせているのか分からなかった。


「だって、こんな時間に帰らせられないよ。うちに泊まってもらった方が安心じゃない」


秋月の制服を掴んだまま、私は弟に向かって言う。


「いっ!? あ、だってねーちゃん……それっ!」

「いいから!」


何で颯太、まるでそっちの方が安心じゃないみたいな顔してるんだろ? 

微妙に眉をひそめた私はそんな颯太をピシャリと黙らせ、再び、秋月へうちに泊まるよう伝えた。


「秋月もそれでいいでしょ? 無理に帰ることはないよ。泊まってって?」

「泊まる!」


さっきは何やら固まっていたけど、今度は即答で秋月から返事がきた。良かった。私は秋月が承諾したことにほっと胸を撫で下ろす。


まさかこの状況が私と秋月にとって、とんでもない事態を招いていることだと、未だ知らずに。


「はい、これ。颯太のだけど、サイズは大丈夫そう?」


秋月へと着替えを差し出す私。区切りのいい所で勉強を終わらせ、私たちは早速、休む準備をし始めていた。時刻は既に夜中。今日の勉強はもう終了です。十分やったからね。


「平気、ありがとう先輩! しゃーねー、弟ので我慢してやっか」

「ひ、人のを借りておいて! てんめ~~っ、ねーちゃんと態度が違い過ぎだろ!?」

「ったりめーだ、バカかおめー。今ごろ何言ってんだ。所詮テメーは、弟っつーこと!」


私から着替えを受け取った秋月は満面な笑顔で私の問いに答えると、すぐ、颯太に向かって毒づいた。それにカチンときたらしい颯太。だけど憤慨しても、秋月に適当にあしらわれる始末。

ははっ。さっきまでは遠慮がちだったのに、すっかりいつもの調子の秋月。仕舞いには颯太をからかって遊び始めました。

何かやけに上機嫌のような気がする。うきうき、とも言っていいかもしれない。いつもより余計に颯太をからかいつつ、私にもベタベタしてきた。って! ひゃああぁ~~、何するの秋月! 気のせいか「とうとう俺にも……」と、彼から聞こえてきた気がするんですけど! 

何!? あんた、また何か考えてるの!? 


まぁ、それはすぐに分かりました。それぞれ順番にお風呂を済ませたあと更にうきうき、変なテンションで彼が私に向かって言ってきたから。きっぱりはっきりと言ってくれたから。


「さぁ先輩、一緒に寝よ? 約束だかんな!」


………………。はい? にこにこと満面な笑顔が眩しすぎる。あまりにも秋月が至極当然の態度で言ってきたから、私は一瞬止まってしまった。約束って何のこと? 

でもすぐに気付く。自分がさっき、彼に向かって、何て言ってたのかを……。

あっ。あぁぁあぁ――――――――っっ!


“一緒に寝よ?”


私は自分が言った内容を思い出した。巻き戻しをしているかのように、頭の中で言ったことが再生されています。ぐわんぐわんと脳みそが衝撃で揺らぎ始めた。

言っちゃってる。そういえば私、言っちゃってるじゃない! 何でその時気付かなかったの!? 秋月も驚いていただろうけど、言った本人である私の方がビックリです! どうりで最初は秋月、帰るって言ってたのにそのあと、手のひらを返したように泊まるって即答したなと思いました。

そ、そういうこと? 納得です。って、納得してる場合じゃない! ど、どうしよう~~。私にそんなつもりは無く、ただ秋月をうちに泊めるっていう意味で言っただけなのに。秋月はといえば、既にその気満々です。目をキラキラと輝かせ、私を見つめてくる。


「ち、違う! そんなつもりで言ったんじゃあ……」


私は慌てて前言撤回をしようとしたけれど、秋月によって却下された。


「先輩~、もう遅いって。俺決めちゃったし、今日は先輩と一緒に寝るー。拒否ってもダメだかんな! 自分で言ったんだから、ちゃんと守ってもらわねーと」


ニヤッと不敵に笑いながら、秋月はきっぱりと言ってきた。どんなに私が間違えたと言っても、聞く耳を持たない感じです。うぅっ! 相変わらずメチャクチャ! 

でも自分で言ってしまったことには一理あります。確かに、私がそう言ったから秋月がうちに泊まる展開になってるわけで……。ど、どうしよ~~。心の準備が! ってちょっと待った! 心の準備って何!? い、いやああぁぁぁああぁぁ~~~~! 何言ってるの私! 心の準備が出来たら、秋月と一緒に寝てもいいってことですか!? ム、ムリムリムリムリ! ただでさえ最近、自分の貞操の危機に怯えてたばかりだっていうのに!


「くぉんの秋月ぃ――! 俺がさせると思ってんのか!? いくらねーちゃんがお前と一緒に寝たいっつっても、俺がさせるかよ! おめーは俺の部屋で寝ろ!」


ちょ、ちょっとちょっと、颯太まで何を言ってるの!? あんたまでそんな風に聞き取ってたわけ!? 違うから! 

あ、でも良かった。颯太がいました。混乱気味の私を背に、颯太が秋月の目の前に立ちはだかる。まるで猫が威嚇しているみたいに「フーッ」と秋月に向かって睨みを利かせています。

ははっ。何か、小学生並の行動ですが一先ず、これで私と秋月が一緒に寝ることはないかな? 何が何でも阻止する、みたいな、弟の雰囲気がそう言っています。

眉間にしわを寄せながらそんな颯太を見てる秋月。彼自身もまた感じてるみたい。


「……っち、シスコン野郎が……うぜー」


思いっきり舌打ちしましたねこの人。あたかも、わざと相手へ聞かせているかのように。はっきりと颯太に向かって舌打ちしました。果ては毒吐きです。は、ははっ。もう何とも言えない状況。

まぁ、だけどここですんなり事態が収まったかのように錯覚してしまった私は、この時、秋月が秋月であるのを忘れていた。何かを彼は閃いたみたいです。


「おい弟、もう寝っぞ」

「だからねーちゃんとは寝させねぇ……って、っえ!? おい秋月」


すたすたと私から離れ、颯太の部屋へ秋月は向かう。それに意表を突かれた颯太が、慌てて彼のあとを追った。何だか急な態度のひるがえしに私も驚いたけど、二人が部屋に入っていくのを見届けて、私も自分の部屋に入る。

本当に今日は秋月と寝なくちゃいけないのかと冷や汗だらだらでしたが、何とか免れたと安堵する。

だって無理だもん。そんな恥ずかしいこと、出来るわけないです! ましてや相手は異性というよりかは秋月だから。な、何をされるか分かったもんじゃあありません。

だけどそんな風に心臓をばくばくさせながら考えてた私の耳に、颯太の部屋から何やら鈍い音が入ってきた。


――ゴスッ!


ん? あれ、何今の音? 

一回音がしたきり、もうその鈍い音が聞こえなくなった。秋月と颯太が何かをしているのかな? この時私は何の疑いもなく二人がまたプロレスなり何なり、ふざけ合っていると思っていた。男の子だしね。遊んでいるのかもしれないと。それに、颯太がつっかかって、秋月がそれを返り討ちするのがいつものパターンだし。

………………。

あ。ふと私はあることに気付く。微妙に汗も流れてきました。よくよく考えればあの二人……天敵同士だった。す、すす、すっかり忘れていた! 大丈夫かなあの二人? 喧嘩を始めていたりでもしたら……。い、いや! 

冷汗をかきつつ、私はそれ以上考えるのを無理やり止めた。今夜は秋月がうちに泊まっている、というだけでも賑やかなのに「秋月と颯太が騒ぎを起こすのではないか?」と考えただけで……あ、頭が痛くなってきます。

だけど私の心配事は見事、的中していたみたい。


――コンコンコン


ベッドへ入り込もうとしていた私へ、ノック音が呼び止めてくる。

え、誰? 颯太? も、もしかして……秋月のことで何かあるのかな? 早速何か起きたの!? 

でも、ドアを開けて私は再び驚いた。何故なら、弟の部屋に行ったと思われる秋月がにこにこと満面の笑顔でいたから。

え、あれ? 秋月の方だった。私に用でもあるのかな? 

疑問符をあちこちに散りばめながら、私は不思議そうな目で彼を見る。でも、秋月が私の元に来た理由がすぐに分かりました。秋月が笑顔のまま、誘ってきたからです。えぇ、誘ってくれちゃいましたよ。


「先輩、一緒に寝よ?」


はい? 私の頭の中は勿論、真っ白です。何でって、そりゃあ秋月が目の前にいるから。そして、回避したと思われる事態が再び訪れたから。って! ちょっと待ったぁぁあああぁぁ! 

パニックに陥りそうになる私。色々と突っ込みたいことがあります! まずはえーと、えーっと。そう! あんた確かついさっき、颯太の部屋に行ったじゃない! ていうか。


「ちょ、ちょっと待って秋月! 颯太はどうしたの!? 」


はい! そこを聞きたいです! 

私は秋月の誘いに答える前に颯太のことを聞く。秋月が平然と私の下へ来る。あり得ないことです。だって最後まであんなに私を守ろうとしていた弟を見れば、気になるでしょう? 一体、颯太はどうしたの!? って。絶対止めるはずだもん! 

そんな驚愕している私へ、秋月はにこにこと眩しい笑顔で答えてくれた。


「弟? 寝てるよ! ……………………白目向きながら」


ん? 最後あんた、ボソッと何かを言いませんでした? しかも、微妙に私から目線を外したし。


「は?」


あまりにも秋月が小さな声で言ったから、上手く聞き取れなかった私。だから、疑惑の目線を彼に投げ掛けた。絶対。何かしましたよコイツ。断定。何かしてきましたよコイツ。


「な、なな、な、何もしてねーかんな!? そりゃあちょっと弟に眠ってもらったけど……」


してるじゃない。思いっきりしてるじゃないのあんた。疑惑の目線が白い目線へと変わるのに、そう時間はかからなかった。颯太に何をしたの? 眠らせたって……どうやって? 私が言いたいこと、秋月も大体分かったらしい。慌てて私に向かい取り繕ってくる。


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