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危険な夏は期末試験より⑦


「はははははは……っっ! ぐっ! 苦し……。やばい、ここまでとは……ナイス、楓……」


怒涛のように喚く秋月へたった一人、盛大に笑い出した哲平くん。秋月の発言によって、ツボにはまったようです。みんなが固まった、先ほどの秋月による発言はものともせず、何やら全てを見抜いたらしい哲平くんはお腹を抱え、既に立っていられない状態となっています。


「何がおかしいんだよ森脇ぃぃ――!」


すっかり血の気が失せている颯太が固まった四人の中でいち早く、大爆笑している哲平くんに対して怒声をあげる。そしてそのあと、みんなが秋月の発言によって何を感じ取ったのか知ることになった。颯太が張り裂けんばかりの大絶叫で、言ったからです。秋月と私の、『進み具合』を。


「全然笑えねーよ! 最低だコイツ――ッ!」


颯太が哲平くんの下へつかつかと歩み寄り、秋月に向かって思いっきり指を差しながら叫ぶ。まるでこの世の終わりと思わんばかりの悲痛さに、誰もが颯太に注目しだした。何事だろうと、わざわざ廊下から覗き込んでくる人もいます。そんな中、弟がついに言ってくれました。とんでもないことを言っちゃってくれました。


「お前分かってねーだろ! 秋月のくそ野郎、ねーちゃんと……や、や、やや『ヤり』やがったんだぞ――っ!? 最悪だ……最低だ……もうねーちゃん、嫁に行けねーよ――っ!」


………………。

チ――――――ン。


その場にいる全員が固まりました。今にも泣きそうな颯太の最後の雄叫びが響く中、一斉にみんな固まりました。沙希たちはとっくに固まっているから、続いて固まったのは私。そしてちらほらいるクラスメート。颯太の雄たけびが届く範囲内の、全ての人が固まりました。

ただ、この二人だけは違ったけど。秋月と哲平くんだけは固まらず、何やら話している。


「だってさ、楓。どうする?」


颯太を避けながら、秋月に聞く哲平くん。それを秋月の方は小首を傾げ、少し考えたあと気付いたようにシレッと答えた。


「……ちげー、間違えた。ま、いっか。先輩は俺のもんだし」


………………。

はい? 何がいいの秋月? 

私は突っ込んでやりたかったけど、どこをどう突っ込めばいいのか分からなかったので、まだフリーズしていた。

でも秋月と哲平くんが落ち着いているからでしょうか。少しずつ、止まったままだった私の思考がやがて動き出すのを感じる。


えーと、颯太は何て言ってたんでしたっけ? 何か秋月と私がしたとか言ってるけど。何を? それで確か、私がもう嫁に行けないとも言ってましたね。それは最悪で、最低なことだと……。それを秋月は否定しませんでした。んん!? ちょっと待って!


私の中で、一つの回答が導きだされる。っていうか、それしかない。さっきの秋月による『初めての人』発言が沙希たちを固まらせたことといい、その前の秋月を怖がった私に気付いた沙希たちが、秋月に忠告したことといい。颯太の悲痛な叫びに、誰もが固まったことといい。想像されるのは、一つです。


「あ……うぅ……」


全身の血管が、尋常じゃあない勢いで駆け巡ってきた。どんどん顔も熱くなってくる。血液が、沸点に達したと思うんじゃないかと感じる程。心臓も、このまま口から飛び出て来るかもしれない。そのぐらい、激しく脈打ち始めた。

私は自分で導き出した答えに真っ赤になる。みんなの頭の中に思い描かれたのは、これだったんです。そしてそれは以前から、微妙に話題になってたことでした。私は全然気付かなかったけど、みんなは分かってたんだね。いつかはこうなるのではないかと。特に颯太なんかはこれでもか、というぐらい秋月を警戒していたし……。そういうことですか? そういうことなんですよね!? みんなが今、頭によぎっているもの。それはつまり。えっと……そ、その……。


「真山先輩はいいの? 何か二人がエッチしたことになっちゃってるけど?」


哲平くんが、未だ言葉を発せずにいる私の変わりに、はっきりと言ってくれました。しっかりと、私が導き出した答え、そのままの単語を使って言ってくれました。って! はっきり言い過ぎだから! 少しは何か別の言い方してくれても良かったじゃない!


「い、いい、い……い、いやああぁぁぁああぁぁ~~~~っっ!」


私の最大級の。颯太の雄叫びとは比較にならない程の大絶叫が、教室のみならず校舎まで揺らしているんじゃないかと思う程の大絶叫が、みんなの鼓膜に直撃した。同時に、久しぶりに私は秋月に向かって渾身の一撃をお見舞いしたのは……当然の行為です!

まさか、付き合う前にこんな話が持ち上がるなんて……。


「ふぇ~~~~ん……」


半分涙声になりながら、私は再び机の下にうずくまる。極限にまで高められた羞恥心が、私を襲ってます。本当に、まさかの事態です。でも、ようやく私は理解することができた。秋月がおかしな雰囲気になった、その理由。そして、私がそんな秋月を怖く感じたのも、ある意味、本能的に察知していたんだ。貞操の危機を……。


「秋月のバカァ~~~~っ……否定してよ~~……」


本当にもう、信じらんない! 何であんたは恥ずかしげもなく、そんな平気でいられるの!? いくら私が秋月を好きになったからって、そんなふ、ふふ、深いこと、この私が考えてるわけないじゃない! 思いつきもしませんよ!


「バカァ~~~~っっ……」


更に言い続ける私。

あと、これも知らなかった。沙希たちも、こんな秋月の思考を分かっていたことに。度々彼女たちが良く分からない言葉を発していましたね。私はいつも何のことだろうと思っていたけど……そういう意味だったんです。


「ううっ……う……」


本当はその場から逃げ出したかったけど、恥ずかしくて、恥ずかし過ぎて、動けません! 

本格的に隠れられる穴が欲しかった。だって、だって、私だけ何も知らずにいたなんて! 私だけ、何も気付かず、ましてや本当に思いつきすらしていなかったなんて!


「る、流香、分かったから! あんたたちはまだだってこと分かったから!」


沙希が慰めてくれてるけど、腕に顔を埋めたまま、ぶんぶんと首を横に振る私。本当に今まで、どうしてそれが思いつかなかったのかと、うずくまったまま私は自問自答した。でも、思いつかなかったんだもん。思いつくわけないもん。だって私、チビですから。それに童顔だし。はっきり言って、異性からそんな扱いされたことありません。自慢出来ます! 悲しいぐらい自慢することが出来ます! でも……。


「先輩ごめん、俺が悪かったから! 出て来いよ」


必死に私へと謝ってくる秋月。

そう、でも秋月には……。彼には、そういう風な目で見られてたってことが分かった。


「いやぁ~~~~~~……っ!」

「う゛っ……」


秋月へ断固拒否した私。きっと秋月は顔面を蒼白にさせてたと思う。声がいつもより引きつっていたから。でもそんな彼に私は、拒否することでしか接せなくなってしまった。

だって……怖いんだもん。今まで、何度も訪れていたと思える貞操の危機に。まだまだ恋愛経験が少ない私にとって、それは凄く怖いものだから。別に、秋月自身が怖いというわけじゃあないけど。秋月のことは好きだけど。それとこれとは……べ、別問題です!


「真山先輩、誤解しないで? 楓はさ、本当に『初めて』なんだよ」


哲平くんが秋月のフォローに入ろうとしている。私があまりにも秋月に対して、拒否しているからだと思うけど。

でも哲平くんらしくなく、ちょっと慌てながら、私に向かい言葉を足した。


「初恋なんだよ、真山先輩は楓にとって。さっきの『初めての人』はそういうこと。だから、深い意味は別にないんだからね? そうだろ、楓?」


哲平くんは私へ説明してくれたあと、肘で小突いて促しながら秋月に向かって聞いた。


「う……うん」


顔を赤くしながら答える秋月。いつも尊大な態度の彼が、ちょっとしおらしい反応。私は腕に顔を埋めたまま、それを横目で見た。そう……なの?


「へ~、流香が初恋なんだ秋月楓は」


智花が好奇心に満ちた表情で間へ入ってくる。そこへ柚子も参入した。


「だからかぁ~、こんだけ流香にご執心なの~。初めてだったら、そりゃあ浮かれちゃうよね~」


うふっと笑っている柚子に向かい、哲平くんもすかさず笑いながら言葉を繋げた。何か、救いの手が差し伸べられて「助かった!」みたいな表情をしてるけど。

そんな風に感じた私には構わず、哲平くんは口を開く。


「そうそう、色ボケしてるのコイツ。しょっちゅう真山先輩の話をしてるし、考えてるし。先輩のことになるともう夢中でさー。ノート見ただけでも考えちゃうんだから、どうしようもないよね。……でもね、それだけ楓は真山先輩が好きってことだから。初恋だし、勘弁してやってくれないかな?」


………………。は、初恋……。

にこやかに私へと笑ってくる哲平くんの話を聞いていて、徐々に私も顔が赤くなり始めた。さっきまであったことなんて、頭の中から薄れるぐらい。初恋という言葉によって、心臓がくすぐったいぐらい小刻みに動き出す。どきどきと胸が高鳴り、哲平くんが言ったことが私の思考を占領し始めた。


まさかこれが、哲平くんによって仕掛けられたトリックだとは知らずに。





「あっぶな。楓、少しは言動に気をつけてよ」


すっかり話題は秋月の初恋になりつつある教室。その片隅へ。哲平くんは、当の本人である秋月を引っ張っていって、何やら話をし始めている。

ちょっと気になった私は沙希たちに茶化されながらも、ちらちらと二人を伺ってみた。会話は全くこちらには聞こえない。何を話しているのかこの時、私は想像すら出来なかった。ある意味、聞かなくて良かったのかもしれないけど。


「俺が別の話題を振ったからいいけど、あのままだったら絶対、真山先輩はお前にもう近付かなくなってたよ? お前だって分かるだろ? 先輩の性格からして、そっち方面はまだダメだってことをさ」


秋月へと肩を組み、耳元へぼそぼそと言っている哲平くん。それを秋月は、バツが悪そうに返している様子が見て取れる。一体、何を話し始めたの?


「……しょうがねーだろ。俺はいつでも流香先輩のこと欲しいんだよ。好きな女が目の前にいたら手ぇーだしたくなっだろ」


あれ。哲平くんが「あいたーっ」て顔してるのは気のせい? 何だろう。本当に二人とも、何を話してるのか気になる。


「獣かお前は。本格的に真山先輩とはまだ付き合ってないんだろ? ……とりあえずさ、ちゃんと彼女になってもらえば?」

「先輩は彼女なんかじゃねぇ!」

「はぁ!? 違うの?」


ん? 何か秋月が叫んだ気がする。何々? 私は颯太にあれこれと秋月に関して忠告を受けてたけど、気になったから再び二人へと視線を向ける。そこには、驚いた様子の哲平くんが次第に呆れ始めたのを少しだけ見れた。


「哲平~間違えんな。先輩は彼女じゃなくて、俺だけの! 運命の花嫁だっつーの! そんな小せぇー型に収めてんじゃねー!」

「いや、小さいもなにも……でかすぎるよ。お前、そんな所まで考えてたの? 初恋でそこまですっ飛ばされると……どん引きだよ。俺も真山先輩が心配になってきた……」

「何でだよ。俺、もう決めてんだかんな。先輩は俺が貰う! ぜってー貰う! 流香先輩しかもう考えらんねー」


何やら長く溜息をつき始めた哲平くん。本当に一体、どうしたんだろう? あれ。何か哲平くんが、神妙な面持ちでこっちを見てきた。物凄く先が思いやられるみたいな顔をしてるのは、また私の気のせい?


「とにかく、楓が真山先輩のこと本気だって分かったから」

「おい、初めっからそう言ってっだろ。テメーも、いくら先輩が可愛いからって手ぇ出してくんじゃねーぞ。殺すかんな」

「……出すかよ。ウザ過ぎる……お前の恋」


立っていたのに、いつの間にかしゃがみ込み始めた二人。よっぽど込み入った話でもしてるのかな? 

それはそうと私はといえば今度、クラスメートたちに本当の近況を尋ね始められて、わたわたとしていた。秋月たちに誰も近付く気配がないのは、しゃがみこんだせいでガラが悪くなってるからです。更に話を続けている二人。はたから見てかなり怪しいけど、会話の内容がそれ以上に怪しいことに、誰も聞いていなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。もし、私が聞いていたら……脱兎の如く、逃げ出している内容だから。


「でもいい? 楓がいくらそこまで考えてても、相手である真山先輩がついてこれないんじゃあ、どうしようもないんだからね? そこはちゃんと考えなきゃダメだろ」

「……順番だろ? 分かってるっつーの。……先輩にもう、怖がられるの……ヤダ」


あ、何か秋月が落ち込み始めてる。哲平くんに何か言われたのかな? ますます気になる。


「分かってるんだったらいいんだ。今までお前が真山先輩に何してきたのか、大体想像出来るけどさ。……これからは何があっても……早まるなよ。じゃないと、先輩に嫌われることになるから」


二人の顔は見えなくなるぐらい、すっかり影で隠れちゃったけど、とても深刻そう。まぁそれは私にとってはある意味、深刻なことだったみたいですが。


「…………耐える。これからはもちっと、我慢すればいいんだろ? ……出来っかな、俺」

「………………頑張りなよ、そこは」

「先輩にチューぐらいしても平気だろ? ギューも。……この前、胸触りそうだったけど」

「………………全力で耐えて」


ん? もう話は終わったのかな? 二人が立ち上がり、こちらに戻って来た。


「何を話してたの?」


ずっと気になっていた私は二人に聞いてみる。でも、秋月はジッとこちらを見てくるだけ。哲平くんには、笑って誤魔化されてしまった。

何? 何で二人して私を見たあと、お互いに顔を見合わせているんだろう? 


秋月と哲平くんが話していた内容は、誰にも知られることなく、二人の間だけでしまわれたようです。

新たに秋月が努力しなければならないこと。

だけどタイミングがいいのか悪いのか、そんな秋月に早速試練が訪れたのはこのあと、私の家で試験勉強の追い込みをしていた時だった。


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