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危険な夏は期末試験より⑥






「いやぁ~楓が真面目に勉強してる姿、まさか本当に見れるとは思わなかったよ。さっすが真山先輩。どんな手を使ったの?」


私のクラスで必死に勉強している秋月の姿を見た哲平くんが尋ねてきた。

あれから三日。試験勉強を私の家でやったり、図書室でやったりと、秋月と私はそんな感じで部活のない放課後を過ごしている。一向に、集中力が衰える気配のない秋月。仕舞いには、学校の休み時間までも勉強しだしたことに、着いて来た哲平くんは驚いているようです。


「どんな手って……な、何もしてないよ? ノートとってないっていうから、私の去年のやつ貸したぐらいで、秋月は自分からやってくれてるの」


何だか哲平くんに言われようもないこと聞かれている気がするけど、少々冷や汗を垂らしながら私はでもそう答えた。

正直、私もビックリです。秋月の持続性に。まさか、ここまでしてくれるとは思わなかったから。とっても嬉しいけど、困惑しているのも事実です。

思いつくとしたら初日でのあっくんだけど、それが今日まで続いている秋月の集中力の理由にならないことが分かってきた。哲平くんの求める答えになっているか甚だ疑問ですが、だけどそんな私の回答に哲平くんは納得がいったようでした。


「なるほどね。そういうことか……楓の奴、とことん先輩バカだなぁ~」

「は?」


ニコッと笑いながら言う哲平くんに、思わず私は返してしまった。

え、何それ。先輩バカ? 新しい単語が出てきたんですけど。

意味不明と言いたい私の気配を察したのか、哲平くんはすかさず言葉を足してくれる。


「んとね、楓は真山先輩のノートだからこそ集中出来てるってことだよ。見てごらん? たまにあいつ、うっとりしてるから」


口元を手で押さえ笑いを噛み殺しながら、秋月の方へと指を示す哲平くんに促されるまま、私は視線を向けてみる。そこには、ノートを食い入るように見つめている秋月が時々、颯太に突っ込まれている光景が目に映った。


「お前なにアホ面かましてんだよ、真面目にやれよなー!? 俺が折角、試験範囲まとめてやったのに、こっちも見ろよ!」


勢いよく秋月の目の前へ、一枚の紙を差し出した颯太。先日、秋月のために一年生の試験範囲をまとめてくれてたみたいだけど、それをシレッと秋月は返している。


「あ? 俺は今忙しいんだっつーの。流香先輩が俺のためにノート探してくれたんだかんな。ガン見しねーと失礼だろ! ……はぁ~先輩の字、カワッ」


何やら吐息まで漏らしている秋月に、更に颯太は声を張り上げた。


「ちょっ、待てごらぁ! 俺は!? お前のために試験範囲まとめた俺には失礼じゃねーのかよー!?」


クラス中の生徒がくすくすと笑っている。上級生の教室で、一人騒いでいる颯太が面白いようです。

颯太まですっかりクラスに溶け込んでいる……。

まぁそんな弟より、こちらの方が気がかりです。決まってこういう時、秋月はとんでもないことを言ってくるから。嵐の前の静けさを微妙に感じる。私は本格的に穴を探した方がいいかも、と思うようになってきた。隠れられる穴が。


「るせーな~~、後で見てやるからどっかそこら辺置いとけ。……この頃の先輩って何してたんだろ?」


颯太をそっちのけで思いを馳せ始めた秋月。何を考えているのか、次第にうっとりではなく、ニヤニヤと笑い出した。

何となく、哲平くんが言いたいこと分かった気がする。秋月が急にやる気を見せ始めたのは、そもそもこれが根本にあったんです。


「何で上から目線なんだよ!? てゆーか、お前キモッ! ねーちゃんの字ぃ見て何ニヤついてんだ」


どこか、どこか隠れられる所……。あ、この前と同じだけど、机の下に隠れることにします。

颯太が憤慨している中、私は椅子を動かし、急いで潜り込んだ。と同時に、秋月が颯太へ返答しだす。本当だったら彼自身を止めればいいんだけど、また手とか舐められたりしたら嫌なので、私自身が動くことにしました。耳を塞ぐ? 準備おーけーです。目も瞑ろうか。下手したら、そこまでした方がいいかもしれない。だって相手は秋月だから。ムチャクチャの根源とも言える秋月だから。赤面まで、あとわずかです。


「んなの、去年の流香先輩を考えてたからに決まってっだろ! 今よりちっさかったかもしんねー先輩が黒板見てたり、教科書開いてたり、てこてこ廊下歩いてたり、弁当食ってたり……たまんね~~……俺が知らねー先輩の日々がこのノートに全部詰まってんだかんな! ノート見てつい、夢中んなって想像しちまうんだからしょーがねーだろ!」


秋月のばかぁ―――――――っっ! 何を言ってるの!? 耳を塞いでても無理。やっぱり聞こえちゃった。てゆーか、何それ! つまりはそういうことなんですか!? 秋月が集中出来ていたのは……わ、わわわた『私自身』!? 

目を瞑っていたのを少しだけ開き、哲平くんの様子を伺ってみる。あぁ……もうすっかりお腹を抱えて笑っている。哲平くんだったらさぞかし、一緒に勉強していた私たちを思い返すのは簡単でしょーよ。そりゃあ大笑いです。だって、かたや一人は普通に試験勉強。かたや一人も試験勉強……の合間に想像までしてたんだから。


「ちょっと、秋月楓。そんな思考あんただけだから。流香は普通の子だからさ、今の所はセクハラ止まりで勘弁してやって」


ずっと今までのことを見守っていた智花が口を開く。

ナイスツッコミ! ……かと思ったら、ただボーダーラインを引いただけの彼女に思わず、異議を申し立てようと立ち上がろうとした。そして頭を机にぶつけた私。かなり快活な音が教室に木霊している。

いったぁぁ~~。そういえば私、机の下にいるんだった。きっと、こぶが出来たかもしれない。でもそれでも言いたい。智花! 今の所って何!? そしてもっと他のことを言って下さい! 逆にここは友だちとして、セクハラを止めるんじゃないの!? 

って、そういえば以前、秋月に「セクハラ」って言ったら否定しなかったな……。


「おわぁ! 先輩、大丈夫!? つーか朝霧先輩、それ無理!」


あまりの痛さにそのままうずくまったのを、秋月が急いで寄って来た。そして、はいつくばって机の下から出てきた私の頭を優しくさすってくれたけど、ちゃっかり拒否してます。無理って何ですか。セクハラをしないことが無理ってことですか。いや、違う。セクハラ止まりに対して無理って言ってたんだから、これからまた更に何かしてくるってこと!? 

私の中で、徐々に芽生えつつあるものがあった。それを増大させるかのように今度は同じく、今までのことを見守っていた柚子も間に入ってくる。


「想像じゃなくて、妄想でしょ~? 秋月くんも流香のことになると変態になるんだね~。やっぱり男の子だな~。うふふふ~」


え、最後は笑い出した!? 

何やらうきうきし始めた柚子に私は痛みで涙目になりつつも、友人がまたまた発した言葉に絶句した。

柚子ぉ! 何をそんな呑気にしてるの! 自分が言ったこと反復してみて下さい! 想像じゃなくて妄想って、どういう意味ですか!? それって今までのは全部、妄想の類いに入るんですか!? それってかなり問題発言です。確かにそれは変態です。何を考えてるの! ……ってそういえば私、秋月へ思ってた時もありました。あ、そういえばこれもですね。前に秋月へ「変態」って言った時、否定されなかったな……。あれ? ちょ、ちょっと待って~~~~!?


「高木先輩~、俺は純粋に流香先輩のこと想ってるんだっつーの。そんでこれが普通だ! 俺だって、健全な男子高生なんだかんな。当たり前だろ。先輩、保健室行った方がよくね?」


心配そうに私の顔を秋月が覗き込んで聞いてくるけど、そんなこと言っても私は誤魔化されないから。言い切った! 確実にコイツは言い切りました! 普通だって完璧に言いました! それってつまり、自分が変態って認めたということです。しかも、当たり前とまで言いました。

い、行かない。保健室には行きません! もう完全に、身の危険を感じたのは言うまでもありません。

先日、私の部屋で起きたことが思い出される。あの時の秋月は、怖かったです。それを知ってて、秋月とふ、二人っきりになったら……な、なな、何が起きるか分からないってもんです! ひいいぃぃぃ~~~~~~っ。


「いや~まったく、どんだけこの子にご執心なんだか。とんでもないヤツに好かれたね流香」


半ば呆れながら、強引に私を秋月から奪った沙希。既にこの時、私の顔は引きつってます。そして私と同様、秋月が言ったことを聞き逃さなかった沙希は、ジトッと彼を睨みつけていた。明らかに疑惑の視線です。


「流香、気をつけて? アイツあんなこと言ってるけど、いざ二人っきりなったら何しでかすか分からないタイプみたいだから。順番も何もあったもんじゃないわ。今まで大丈夫だった?」


私に向かって沙希が尋ねてくる。うん、一応大丈夫。つい最近ありましたけど、とりあえず何もなかったよ。私は沙希への返答に、コクコクと頷いてみせた。でも、引きつった顔は戻らない。

てゆーか、やっぱりそうなんですか沙希ちゃん。二人っきりになったら私、何かされるんですか沙希ちゃん。微妙に秋月の目が泳いだのも、あながち外れではないということですね? 

……あれ? 目が泳ぐ? 私は自分で言ってて気が付いた。って! ちょっと待った! 目が泳いだってことは、図星だったの!? こ、怖い……。

更に私の顔が引きつったのはもう、誰からの目で見ても明らかだった。そんな私の表情を確認した秋月は、すぐさま沙希に向かって文句をつける。


「ちょっ、待てこら小林先輩! 流香先輩の前で何言いやがんだぁ! 変なことを先輩に吹き込んでんじゃねー! ちち、違うんだかんな先輩! 俺、先輩が心配だから、ほ、保健室に……っ!」


最後どもりましたね秋月。しかも、やけに早口でしゃべりまっくって噛んだし。ということは、やっぱり図星でした。


「あんたはバカですか」

「墓穴~~」


珍しい。智花と柚子が、爆笑しないで突っ込みましたよ。


「あわよくば、って思ってたでしょあんた? 流石にここまで吹っ飛んでるとは思わなかったわ」


智花も沙希と同じく、疑惑の視線を秋月に投げ掛けた。私がやけに顔を引きつらせているので、何か感づいたみたい。そして、鋭く指摘する。


――ギクッ


秋月から、一汗流れたような気がします。


「う~ん、私的にオッケーなんだけどね~。でもちょ~っと流香、怖がっちゃってるから~」


智花のあとに柚子も続く。前半部分は大いに突っ込みたいですが、でも、私が少しずつ後ずさっているのを見たらしく、歯止めをかけてきた。


「うっ」


あ。秋月が呻き声を出した。柚子に促され、彼自身も私が微妙に秋月から離れていこうとしているのを目撃したみたい。


「弟くんの言った通りだったわ。あっぶな~。いい? 秋月、流香はこの通りの子なんだから、下手なことをするな!」


ビシィと秋月に向かって沙希が一喝した。沙希のみならず、智花も柚子も最早察してくれたようです。秋月が私に何をしてきたかを。そこへ畳み掛けるように、颯太も参戦。


「てんめ~~っまさか、もうねーちゃんに手ぇ出してんじゃねーだろーなぁああ!? くぉんの変態セクハラ野郎――! ざけんなあぁぁ!」


今までの流れで、既に私の異変には誰もが気付いていた。颯太も分かったらしいです。顔面を蒼白にさせながら、それでも器用に憤慨している弟が秋月に向かって激しく非難しだした。途端。


――プチッ


若干こめかみを痙攣させ始めた秋月。颯太の言葉によって、何かがはじけたようです。


「……~~っ! っるせ――――! だってしょーがねーだろ!? 先輩は俺にとって、『初めての人』なんだかんな!」


え。な、なな! な、何を言ってるの秋月ぃ――――――!


「え」

「うそ」

「まじ?」

「はぁ――――っっ!?」


最後、颯太の声がやけに目立つけど……。でもそれに負けずとも劣らず、沙希たちの声もまるで思いもしなかった秋月の発言に度肝を抜かれているようです。そして固まりました。みんな固まりました。しばらくの間、息をするのも忘れたかのように止まっています。

あれ、何か知らないけど、逆に私の方がみんなに見られ始めた気がする。ぎぎぎっと機械じかけのように首を動かしながら、沙希たちの視線が私へと一斉に降り注いだ。


「え、何? どうしたのみんな」


確かに秋月はまた変な事を言ったけど、あまりにもみんながこっちを見てくるから思わず私は聞いてしまった。そんな私たちには構わず。秋月はといえば、更に言葉を足している。


「手ぇ出さねー方がおかしいだろ!? ちっちぇー先輩が下から俺を覗き込んできたり、ちょろちょろと動いていたり! あんな高い声で『秋月ぃ!』とか言ってくんだぜ!? チューだけじゃ終わんねーよ! 襲いたくなるっつーの! 色々考えるっつーのっっ!」


また! 何を言ってんのあんたはぁ――――っ!


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