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危険な夏は期末試験より⑤


とめどなく流れる冷や汗と共に最終的にはうな垂れ始めた私。そんな私になんのその。秋月は、さっさとあっくんを私の部屋から追い出そうとしていた。


「つーか、とっとと帰れよ。用はもう済んだんだろーが! 俺と先輩は、勉強中なんだよ! テメーがいたんじゃあ集中できねーだろーが!」


………………。

いやいやいやいやいや! 勉強してなかったでしょうが! 集中!? 別のことに集中してませんでしたかあんたはぁ! 

危うく私はビシィとあっくんに向かって言い放つ秋月に対し、突っ込みそうだったけど堪えました。だって、そう突っ込んだら……じゃあ今まで何をしてたの? なんていう爆弾を投下されてしまう可能性があるから、ね。


「え、勉強? 何もしてなくね? 教科書もノートも開いてないだろ。今まで二人で何してたんだ?」


はい! 言ってるそばから爆弾投下!! 部屋を見渡しながら、あっくんが不思議そうに私たちに尋ねてきた。

確かに秋月用に私のノートはあるけれど、開いていないから。開く前に、秋月の変なスイッチが入ってしまいましたから。

いやああぁぁぁ~~~~~~っっ! 本当にどうして、こういう時に限って聡いのあっくん! 

言えない。恥ずかしくて言えるわけがない。まさか今まで秋月と私、試験勉強じゃなくてその、あの……い、いちゃいちゃと……ムリ! これ以上の対処は私にはムリです! あ、秋月、何とか誤魔化して……。


――ニヤッ


え、あれ。秋月が不敵に笑ってる。もしかして……きゃああぁぁぁ――――――っ!


「へっへ~んだ、俺と先輩はな~今までずっといちゃい、むぐっ……!」

「た、大変秋月! 咳が出てるよ!? 風邪ひいたんじゃない? マ、マスクしないとぉ~~~~!」


不敵に笑った秋月に、嫌な予感を覚えた私はぎりぎりセーフ。苦しい説明の中、何とか秋月の口封じに成功した。

咳なんて彼はしてません。秋月の口を、私の手が塞ぐただの口実です。かなり間抜けで、無理やりな格好だけれどもでも、あ、危なかった。絶対今、彼は曝露しようとしましたよ。あっくんが来るまで私たちが何をしていたのか、自慢気に言おうとしました。油断も隙もない!


「ふぁひふんふぁほ、ふぇんふぁい」


えーと、何すんだよ先輩って言ってんのかな? 

私に口を塞がれたままの秋月が、不満げにこちらを見ている。でも手を離さない。例え秋月が喋る度に覆っている手がくすぐったくても、あっくんが不思議そうにこちらを見ていたとしても、離しません! 

何とかこの場をやり過ごそうと試みる私。あっくんが立ち去ってくれるまで、このまま……。


――ぺろっ


「~~~~――っっ!?」

「ん? どうした流香?」


私の思惑は、一瞬で打ち砕かれました。あっくんが話し掛けてきているのに応えられません。声にならない声を出している気がする。手を基点に、全身へと電流が走った感じがします。せっかく秋月の口を塞いでいたのに、思わず私は自分の手を離してしまった。いや、離さざるを得なかったんです。

だって秋月のバカぁ~~! ひ、人の手を……な、なな、な、舐めてきたんだもん! ひゃああぁぁぁ~~~~~~っ。


「甘ぇーよ先輩。こんぐらいで俺が黙るわけねーじゃん」


引き続きニヤッと不敵に笑いながら、秋月は私に向かって言ってきた。無念です。私の力が足りないばかりに、問題児を解き放ってしまいました。覚悟するしかないのかな?


「流香?」


再び聞いてくるあっくん。もういいです。何とでも言っちゃってよ秋月。ははっ。

だけど沙希たちのみならず、あっくんにまでこれから茶化されるんじゃないかと冷や冷やな私にこのあと、意外な言葉が待っていた。


「……あー、そっか。そういうのも有りだよな。俺と先輩の秘密だっつーの! テメーには教えてやんねーよ」


どうやら秋月は、曝露するよりも秘密を共有する方がより親密さを誇示させることが出来ると思ったらしい。そしてそのまま「これいいの?」と聞きながら、私のノートをペラペラとめくり始めた。


「え、あ、秋月?」


いきなりやる気を見せ始めた秋月に、更についていけなくなった私。展開が速すぎて、事態がよく呑み込めません。でも、そんなこと気にもとめていない秋月は、私のノートを見た途端、目をキラキラと輝かせ、何故かまたうっとりし出した。


「流香先輩の字、カワッ! ずっと見てられる~俺~~」

「あー、流香は読みやすい字書くからな」


はい? 秋月とあっくんがそれぞれ、私の字を見るなりそう言ってきて、私は目が点になった。

いや、そんな褒められるほど上手くはないんだけど。しかも、なんか二人が言っていること、微妙にずれているような気がするし。構わず、二人は更にやり取りを続けていた。


「おい、覗いてくんじゃねーよ! 俺が流香先輩に借りたんだ!」

「まぁまぁ、いいじゃねーか。懐かしいなぁ~そういえばこんなのやったっけ。あ、思い出した。流香、あとで古典のノート見せてくれ、訳の写し忘れがあってさ~」


去年の国語のノートを覗き込みながらあっくんが私に尋ねてきた。そして、そのノートを何故か必死に守ろうとしている秋月が怒鳴り散らす。


「写すの忘れた方が悪ぃーんだろーが! 流香先輩に頼んな! テメーでやれテメーで。先輩のは全部、俺のもんだ!」


は? 去年の物とはいえ、私のノートを丸ごと頼ろうとしているヤツが、言う台詞じゃあありません。てゆーか、物に対してまで独占欲出さないでよ。は、恥ずかしい! 

だけどあっくんはといえばその台詞に気にも止めず、秋月へ爽やかな言葉を返す。


「そう言うなって秋月。俺も自分の持ってくるから、ついでに勉強も一緒にやろうぜ? 分からない所があったら、俺と流香で教えてやるからさ」


え? 憤慨中の秋月とは対象に、ニカッと笑ったあっくん。どうやらあっくん、自分も秋月の勉強を見てあげるつもりみたいです。私が全教科のノートを引っ張りだしているから、何か察してくれたのかもしれないけど。私はまた目が点に。秋月の方はと言えば、自分の試験勉強にあっくんまでも参戦してきたので絶句していた。


「な、何でテメーまで……!」


そう叫ぼうとする秋月になんのその、あっくんはさっさと自分の家に取りに向かってしまう。断固拒絶の意志を示せないまま、秋月は自分が予想していなかった展開に私と再び二人きりになっても、また、あの変な雰囲気に戻ることはなかったです。わなわなと体を震わし、ボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。


「今日はずっと……先輩といちゃつく予定だったのに……くそぉ!」


床をばんばんと叩きながら、悔しそうにうな垂れている秋月。途端、私の目は据わりだす。

何ですと? え、最初から勉強目的じゃなくうちに来たわけ? 

秋月の意図を知った私も、当然、体が震え始めます。


「あ~き~づ~きぃ~~」

「へ? せ、先輩、そんな見つめられても、またあの野郎が来るからチューぐらいしか出来な――っいで!」


ひ、人がこんなにあんたのこと心配してるのに! この野郎! あんたの頭の中はそっちでいっぱいですか! 

私がこのあと、秋月に制裁を加えたのは言うまでもありません。


それから随分と遠回りしたけれど、秋月の、秋月による、秋月のための勉強会はあっくんも加わり、真面目に行われた。というよりも、真面目にやらせました! えぇ、本気で危機感がないみたいなので。例え私に耳を思いっきり引っ張られて耳が赤くなったとしても。オール赤点のあんたにはこれぐらいしないと、集中してやってくれなさそうだから。


「………………」


って、あれ? 意外にも勉強を始めてからの秋月は、集中力が凄まじかった。一言も喋らずに、です。まともにテストを受けることすらしてこなかった秋月が、黙々とやっています。ちょっとそれに驚いた私。でもすぐそのあと、理由を思い当たる。答えは簡単、あっくんがいるから。死んでもあっくんに、勉強を教えて貰いたくないらしい秋月。それはもう必死になって復習をしていました。


「どうだ秋月、分からないとこあったか?」

「……るせー、黙ってろ。話かけんな」


時々自分の手を止め様子を伺ってくれるあっくんに対し、秋月は完全にそっぽを向いている。自分だけの力で勉強しようとしています。懸命にノートに書いてあることを、頭の中へ叩き込んでいる感じです。

いや、ちょっとあんた。あっくんは厚意で見てくれてるのに。別にいいじゃない、見てもらったって。

今日はもう冷や汗が垂れっぱなしの私だけれど、でも、ふとそんな秋月を見て、敢えて突っ込むのは止めておいた。

だって理由はどうあれ、真剣に私のノートを見ながらやってくれているから。いつまでも問題児のまま、私は他の人に秋月をそう見られたくない。やっぱり素直で根はいい子なんだ。そりゃあやることなすこと、メチャクチャだけれど。いざっていう時は、こうやって一緒に勉強してくれて凄く嬉しい。これからも頑張ろうとする彼に、胸が熱くなってくる。

そんな私に、あっくんは気づいたみたい。いつの間にか秋月を見て微笑んでいる私に、同じように笑ってくれた。

あぁ、そういえばこれも気付かないでいたっけ。私、完全にもう今は秋月しか見てないや。あっくんと一緒にいても、『いる』のは秋月です。


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