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私はあんたの何なのさ⑤




演劇部の部室に入った直後、一人の男子生徒が私たちへと近付いてくる。そして開口一番、感嘆の声をもらした。


「秋月、特殊メイクでも施したのか? 部活熱心なやつだな。褒めてやろう」

「部長、特殊メイクじゃないっす。流香先輩にやられました」


見事なほど頬へ綺麗についた手形を擦りながら、秋月はそれでも満面な笑顔をしている。そんな彼に対し、近付いてきた男子生徒はさらに的外れな言葉を口にした。


「ふむ、真山とはずいぶん仲良くなったものだ。偉いぞ真山、後輩の面倒をみて」


分厚い眼鏡を押し上げながら、三年生の演劇部部長、藤堂隆史(とうどう たかふみ)先輩は私の頭を撫でる。それを私はすかさず突っ込まさせていただきました。


「部長、何を見てそう思うんですか! 私と秋月は仲良くありませんっ! てゆーか秋月! 勝手に人を名前で呼ばないでくれない?」


ビシィっと秋月に向かって指を差し、私は未だくすぶっている怒りをぶつける。

抱っこは張り手をしても終わらず、結局部室までされたままでした。きっと部長はそれを見て、私と秋月の仲が良いと思ったんでしょう。だけど部長、しっかりとその分厚い眼鏡で見てください! 秋月の端正な顔に刻まれた、私の手形を!


「先輩つめてー。俺、もっと先輩と仲良くなりたいのに……」


まるで子犬のように潤んだ瞳で私にそう言ってくる秋月。それを見た他の部員はきゃあきゃあと煽り始める。


「秋月くん可愛い~~」

「美形はなにしても絵になるね~」

「おい真山、秋月かわいそうじゃん。仲良くしてやれよ」

「あ、もっと言って。流香先輩の心が揺れるぐらい」

「揺れるかぁ――――――っ!」


私の一喝により、全身を縮み上がらせる部員全員。心は揺れなかったけど、部室全体を揺るがすほどの声を張り上げさせていただきましたので、肉体的なショックを受けたみたいです。ただ一人、何やら不服そうに口を尖らせている秋月を抜かして。

秋月、入部したてなのに恐ろしいやつ。すっかり部員みんなを取り込んだのみならず、私の一喝も効かないなんて……。どんだけ神経図太いの。


――パンパン


部長の響き渡る手拍子によって、私を含めたその場にいる全員が一斉に我に返り、部長に注目した。


「秋月、見事な子犬っぷりだ。そして真山、声量にさらに磨きをかけたな。二人とも、今後の演技に期待しているぞ。――それではミーティングを始める!」


あ、ここに最強のお方が。さすがは部長。マイペースさでは他の追随を許しません。

淡々と部室に備え付けのホワイトボードを引っ張り出し、何事もなかったようにミーティングを始めた部長。秋月のせいですっかり忘れていたけど、そういえば今日はミーティングでしたね。


ホワイトボードには『演目決め』という文字が大きく書かれている。今日は今年一年間、演劇部でどんな演目を行うか話し合う日。演劇部は総勢二十人弱。中規模部活にしては結構な人数だけど、照明や音響、大道具、小道具係で人を割けばあまり大きな演目は出来ない。

でも、みんなそれぞ協力して分担しあうから、それなりのものも出来る。みんなで協力して一つのものを築きあげる。そういうの、私はとても大好きです。とっても居心地の良い空間。

だからこそ、すぐさま居住まいを正して部長の話に耳を傾けた。他の部員もそう。


「では何か、希望のある者はいるか?」

「はい」


部長の問いかけに、いち早く秋月が手を上げた。


「SFとかしてみたいっす。宇宙人とか出てくんの」

「面白そうだな秋月」

「え、でも藤堂部長。それってさっきの秋月じゃないけど、特殊メイクとか面倒くさくないですか? 宇宙人とかって、衣装も舞台もそれなりの物を作んないと観覧に来た人には背景が分かんないし。そもそもそこまでの技術ないし」


一人の男子部員が意見を言った。まぁ、確かに。正直、私も秋月からの提案という何とも嫌な響きを抜きにすれば変わった演目もしてみたいとは思うけど、実現するためには困難な道です。なんせうちの部長は舞台にも衣装にも凝る人だから、何かと大変そうなので。


「う~~~~~~~~む」


って部長! もしかして真剣に悩んでるんですか? ちょ、ちょっと待ったあぁぁ~~っ!

誰もが迷いを見せる部長に対し焦りを覚えたと思います。万が一採用になった場合、そのあと見ることになる地獄絵図が簡単に想像できるから。

一度『かぐや姫』をやることになり、黙々とみんなで竹林を作ったのはいい思い出です。いえ、思い出したくない思い出です。確かに場面は竹林ですけど、それをまさか本当に舞台に生やそうとするなんて……。

背中に戦慄が走る。でもそこへ意外な人物がストッパーとなった。


「部長~、それなら大丈夫っす。衣装はかかりません」


再び手を上げる秋月。かと思えば今度は立ち上がり、なぜか私の腕を引っ張って部長のそばまで行く。って、何で?


「え? どうして私まで連れてくの秋月?」


全身から疑問符を拭いきれない私は問いかける。それを秋月はニヤッと不敵な笑みで返してきた。嫌な予感がします。とてつもないものが、自分の身に降りかかってきそうな予感ぷんぷんです。

案の定、私の勘はこのあと見事に的中した。


「部長、流香先輩の片方の手を持ってください。そうそう」

「?????」


意味が分からず、私は秋月と部長の間に入り、二人に手を握られた形で立たされる。秋月も背が高いけど、部長はそれ以上に高い。180は越えていると思う。そんな長身の二人に挟まれた私は、なんだかより一層チビになった気がして軽く目眩を起こしそうになったのは言うまでもありません。

一体全体、何がしたいの秋月!


「はい、『捕らわれた宇宙人』」


はっ?

部室内が一瞬、静寂に包まれた。そのあと、一気に大爆笑の嵐。


「ウケる秋月! お前最高だよっ!」

「あははは! やだぁ~秋月くん、マジで面白いんだけどぉ~~!」

「真山さん……ププッ、う、宇宙人……」

「こりゃあ特殊メイクの必要ねーや!」

「舞台もいらん!」


えーと。つまりはあれですか。今、この私の状況は、あの有名な宇宙人の写真と同じということですか。某漫画のカバー裏にもありましたね。背の小さい、金髪で赤いコートを着た錬金術師さんと同じですね。軍服を来た人と甲冑の人に、両脇から吊るされてる……的な。

って! ふざけんな――――――――っっ!


「俺、一度やってみたかったんだよね~。先輩サンキュー、夢を叶えてくれて」


眩しいばかりに輝く美形の笑顔が私に降り注ぐ。でもそんなものは逆に嫌味ったらしく見えて仕方がなかった。私が再度憤慨したのは、当然の結果です。


「あ~き~づ~き~~」

「あれ? 先輩、どうし……っぐは!」


私は秋月の手を思いっきり振り払い、そのまま彼のお腹めがけて渾身の一撃をお見舞いした。どこまでも人のことをバカにして――!

秋月! あんたは一体、私のことなんだと思ってんの!


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