語られる真意へ向き合う心①
はい、前回の予告通り今回より新章開始です!
ここでまた一気に話が進んでいきますので、お付き合いいただけたら幸いです。
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――ドクンッ――ドクンッ
異常に波打つ心臓が、私の頭まで揺らしている。
――ドクンッ――ドクンッ
「やっぱり、そうだったんだね……」
「気付いてたんだ。いつから? ……なんてことは聞かないよ。よく考えれば、分かるようにしたつもりだから」
――ドクンッ――ドクンッ
私は今、とある場所に閉じ込められている。私を閉じ込めた、相手と共に。
――ドクンッ――ドクンッ
不思議と私は恐怖に支配されていなかった。心臓は大きく鼓動しているけれど、私を閉じ込めた相手の言った言葉に興味があったからです。
「それで今、何て言ったの?」
冷静に口を開く私。それに答えるかのように、相手の口も開いた。
「お願いがあるんだ、真山先輩に。その前に、先輩に知って貰わなきゃならないことがあるけど」
「いいから話して。何であなたが私にこんなことをしてきたのか」
私はまっすぐ相手の顔を見る。
そこにはニコッと笑いながらも思考が読めない、哲平くんがいた。
その時はまだ、私は秋月たちと一緒にいた。
四時限目が校庭で体育だった私のクラスは、昼前の運動に勤しんでいる。しかもよりにもよって、内容は校庭を隅々まで駆け回るサッカー。汗だくになっている私と沙希は、ボールが回って来ないのをいいことに校庭の片隅でポツンと二人でだべっていた。
「も~、あっつ~~い。体育館でやって欲しいよ」
沙希が強くなってきた日差しを手で遮りながら愚痴を溢す。それを私は「そうだね」と相槌を打った。
「でも、もうすぐプールになるでしょ? そうしたらあとちょっとで夏休みだよ! 楽しみだね」
「それと一緒に、期末も来るけどね……」
「はぁ」と私たちは、同時に項垂れた。
そうだった。すっかり忘れてました。プールが始まるということは、夏休みも近いけれど、期末試験も近いってことでした。
「まぁいいわ。要は、全部終らせばいいっとことだね。それに、今年の夏はいいこともありそうだし」
沙希がぱたぱたと体操着の首元を広げ、手で風を送っている。そして、何故かニンマリと笑いながら私を見て言ってきた。それを何のことだろうと分からずにいる私。とりあえず、一斉に男子が沙希を見始めたことには気付いたけど。
さ、沙希。ちょ、ちょっと~! 胸元開けすぎで見てる! 思いっきり、見られているよ~!
そんな私の心配を他所に、沙希はぐぐっと顔を近づけてくる。
「流香も年貢の納め時かもね。アイツ、絶体夏には勝負しかけてくるよ?」
「……何のこと?」
さっきからニンマリ顔を絶やさない沙希にきょとんとしている私。そして、ようやく理解した。人差し指をある方向へと向けた、沙希に促されて。
「あ、こっち見た! せんぱ~~い!」
――ガクウッ
視線の先に四時限目は移動教室らしい秋月が、二階の窓から嬉しそうに手を振っている。外で体育をしている私に気付いた秋月はどうやら、授業そっちのけでずっと私を見ていたようです。
って! 今、授業中なんですけど!
まぁ私たちも、あまり人のことは言えませんけどね。でも担当教科の先生、物凄く困った顔をしながら秋月を窓から引き剥がそうとしているし!
私はバタバタと大きく手を振って、秋月へちゃんと授業を受けるように合図を送ってみた。けれど、
「え、無理無理」
と、逆に合図をし返されてしまいました。仕舞いには秋月、担当教科の先生に向かってシッシッと追い払おうとする始末。遠目でその様子を見た私は、冷や汗が止まらない。
ははっ。もう、苦笑いしか出ませんとも……。
「いや~、本当に気持ちいいぐらい……てゆーか、ウザイぐらいだね~~」
半ば呆れ顔の沙希。でも、と更に言葉を続ける。
「ま、それだけあんたを好きってことだね。キス済みだし? もうあとは時間の問題だわ」
これ以上にはない程ニヤニヤしている沙希。にわかに「順調順調」と言ってる気もする。
そんな彼女に私はボッと顔が熱くなった。そして体育の授業中にも関わらず、私はしゃがみこんで必死に恥ずかしさを堪える。
また思い出してしまったからです。だって……だって……。教室で、みんなに私と秋月がキスしたことがバレた時、あろうことか秋月、みんなの前で抱き着いてきて、尚且つこめかみにキスまでしてきたんだもん!
当然みんなは大興奮。とりわけ智花と柚子は大はしゃぎだった。颯太だけは怒髪天になっていたけれど。そして沙希にまでついに気付かれてしまった。この時の私の反応で、私が、秋月を好きになってきてることを。流石は親友、と言わざるを得ません。
――キーンコーンカーンコーン
四時限目終了のチャイムが鳴る。と、同時にドドドッと勢いよく校舎から駆けつけてくる秋月の姿が、私の目に入った。
「あら。流香、彼氏の登場だよ」
「ち、違う――――――っ!」
あれ以来、必要以上に沙希は茶化してくる。まるで、それを望んでいるみたいな言い方をするようになった沙希。私は必死に否定するけれど、すでに私の心は沙希に見透かされているのでもう効かない。
「こらぁ――! 秋月! きさま、授業はどうしたっ!」
全くです。チャイムがまだ鳴り終わっていないのに校舎から出て来た秋月へ、生徒指導も兼ねている体育の先生が叱り飛ばす。
でもそんな先生を気にもとめない秋月は、キラキラと顔を輝かせながらぞろぞろと校舎へ戻るクラスメートを掻き分け、私と沙希の前までやって来た。
「え、何!? 今スンゲーいい響きを聞いたよーな気ぃしたんだけど!?」
地獄耳。沙希から発せられた『彼氏』という単語を見事聞き取った秋月は、体育の先生を完全に無視して私たちに聞いてくる。
「流香が欲しいなら、早く、この子を完璧に落としなさいってこと」
「な、何を言ってるの沙希!?」
サラッと答えた沙希。すでに顔を真っ赤にさせている私は、それぐらいしか彼女に言えない。そして、秋月が続いて発した言葉に再びうずくまるしかなかった。
「分かってるっつーの。うるせーよ小林先輩。うーん、じゃあこのあと二人で学校さぼろっか? んで、チューしよ? 先輩が俺だけを考えるぐらい、沢山な!」
いやあぁぁ――――――っ! 何を言ってるの秋月!? ニヤッと不敵に笑う秋月を、もう見ていられなかった私。そんな私はさておき。このあと、「ガンッ!」と秋月が体育の先生に、頭を殴られたのは言うまでもありません。
「お前はぁ! 何を言ってるんだ! 本当にどうしようもない『問題児』だな!」
怒り心頭の体育の先生。まぁある意味私も、先生の秋月に対する『問題児』発言は否定しないけど。今までメチャクチャな態度を見せられてきたものですから。
でも私はこれで始めて気付いたんです。秋月は他の生徒と比べ、明らかに先生たちから異端の目で見られている事実を。そしてそれが。今までの私に対する嫌がらせに関係していることも。
「ってーな。冗談に決まってんだろ」
殴られた箇所を抑えながら、でも、まるで何てこともないと言いたげな雰囲気を出す秋月。
そんな彼が気に入らなかったのか、先生は眉間に深くしわを刻み、更に罵声を浴びせた。
「お前みたいな奴は本来ならばな~、学校なんて来なくていいんだぞ!? 一年のくせに、やりたい放題じゃないか! 一体、どういうつもりなんだ! 授業もろくに受けず、やる気がないなら帰れぇ!」
え……。
私はしゃがみこんで伏せていた顔を思わず上げた。だって、あまりにもな先生の発言だったからです。沙希も驚いている。
確かに授業を途中で抜け出してきた秋月に非はあるけれど、それにしては言い方が酷いと感じた。学校に来るな。そこまで言われる程、秋月は悪いことをしていないのだから。
でも秋月は無視している。まるでそんな言葉は聞き慣れている……とでも思っているかのように。
更に眉間を深く刻む先生。秋月の態度が本当に勘に障るらしい。ここぞとばかりに、秋月を責め立てた。すぐさま立ち上がる私。
「せ、先生、あの、それはいくらなんでもあんまりです」
「え」と私を見る秋月。すると、先生もいぶかしげな瞳で私を見てきた。まるで、「当然のことを言ったまで」と言いたげな視線で。
「真山、秋月を庇う必要ないぞ。お前だって、散々迷惑をかけられてきてるだろう?」
はぁ。まぁ確かに、私は秋月に散々セクハラまがいなことをされてきてますね。でも庇えないぐらい、完全に拒絶する程、迷惑と思ったことはないのですが。それは多少、いやかなり。困ってはいるけれどね。
「先生、私は迷惑と思ったことはありません。大丈夫ですよ?」
私は先生に、自分が迷惑をかけられていないことを懸命に主張した。それを、先生は鼻で笑う。いかにも自分は全てを知っているかのような顔つきで、ちょっと私は顔をひきつらせてしまった。
「お前は何も分かっちゃあいない。いいか?」
何だろう。嫌な感情が、私の中で徐々に沸き上がってくる。
「お前たちは知らないだろうがな。こいつはここにいるだけで、『存在』自体が迷惑なんだぞ?」
どうも先程から鼻につく言い方をする先生。私は少し苛立つ。
何? 何か凄く嫌な感じ。
それは秋月も同様のようです。
「っ! 言うな」
拳を強く握り、彼が必死に何かを堪えているのがはた目で分かった。ボソッと呟いたかと思えば、唇を強く噛み締めている。
それに構わず、無神経にもこの体育教師は更に私と沙希に向かって吐き捨ててきた。
「『問題児』とはこいつのためにあるような言葉だな。どうしようもない。少しは大人しくなっているのかと思えば、中学の頃とさして変わらないようじゃないか」
「言うなっつってんだろ!」
途中、先生が発した言葉を理解出来なかった私たち。沙希は既に目が点になっており、私はと言えば含みのある先生の言葉に過剰に反応する秋月が気になった。
だって、酷い言い種だけれどもでも、私たちはただ先生が罵声をあげているだけと感じているのに、秋月は必死に遮っている。何なんだろうと思った。やけに様子がおかしい秋月。焦っている?
そしてようやくこのあと、私は気付いたんです。
「真山、そもそもお前が暴行を受けたのは、こいつが」
「言うんじゃね――――っっ!」
秋月の怒声が辺りに響いた。昼休みに差し掛かるこの時間。次々に校舎から、何事だろうと顔を覗かせてくる生徒たち。その中にはちらほらと他の先生たちの顔も伺うことが出来た。
そこで私は目撃する。生徒たちの興味津々とはかけ離れた先生たちの大半がする、神妙な眼差しを。何? この雰囲気。どうして先生たち、そんな目で秋月を見ているの?
「秋月! きさまは目上の人間に対して、何て口の聞き方をしているんだ!」
「るせ――――っ! それ以上言いやがったら、テメーの顔面潰すぞゴラァッ!」
「る、流香!」
意識を校舎に持っていかれていた私は沙希に促され、慌てて秋月と先生の方を見た。そこには「ふんっ」と鼻息を荒くし上から目線の先生と、その先生に今にも殴りかかりそうな緊迫した秋月の姿が目に入る。ま、まずい……。
「あ、秋月来て! お昼にしよう? 先生、失礼します」
すぐさま秋月の腕を掴み、半ば彼を強引に引く私。その場を穏便に済ますため、私はさっさと秋月を連れて立ち去ろうとした。
だって沢山の視線の中、あまりにも秋月が怒り始めてしまいましたから。このまま、暴力沙汰を起こしそうな程の。ここは先輩の私が何とかしないと、秋月があとで困るよ。
それに、この視線……変。
そんな私に先生はまるで信じられないとでも言いたげに口を開く。
「真山、あまり秋月を構うな! もっと気をつけなさい! 一緒にいる奴は、選ばないとお前のためにならないぞ!?」
は……? 私は、耳を疑ってしまった。本当に……変だよ……。どうして?
――カチンッ
秋月ではなく、私の方が頭にきた。
どうしてそこまで秋月が言われなきゃならないの?
だから私は、滅多にしない口答えをする。
「いいえ先生! それは、私が自分で決めることです!」
秋月の怒声よりも、遥かに大きな私の声。途端、ぽかんとし始める私以外の三人。予想外の私の怒りに、みんな我を忘れて固まったみたい。それに躊躇せず、私は秋月の腕を掴みながら校庭をあとにする。
だって、だって……。秋月のこと、何も分かっちゃいないんだもん!
「せ、先輩!?」
「流香……」
秋月と沙希がおもむろに私を呼ぶ。私の勢いに圧倒され、すっかり気を抜かれた秋月。そして、私の突然の逆上に冷や汗を垂らす沙希。二人が呼んだことに私は気付いていたけれど、気付かないふりをした。一刻も早く、秋月を連れて行きたかったから。連れ去ってあげたかったから。
彼が今まで私にしてくれたことを何も知らないくせに勝手な言い分を押し付けられて、彼が今まで私と一緒にいてくれた理由を何も知らないくせに引き剥がそうと仕掛けられて、頭にきた。
そんな場所から。そんな人の目から。離れたかった。例え相手が先生でも、それぐらい頭にきた。
一体、何なの? 酷いよ。あんまりだよ。確かに秋月はメチャクチャで、年上に対しても生意気でセクハラ魔王で態度がでかい俺様で犬みたいに着いてくるけれども、それ以上に、私にくれた物もあるんだから!
納得いかない、秋月に対する扱い。




