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戸惑う心に忍びよる影⑬

やっとこの章はここで終了です。

区切りがいいところで、と思ったらいつもよりも長くなってしまいました。


思わず真っ赤になりながら突っ込む私。

え、あんたの膝の上に座れっていうの秋月!? そんな恥ずかしいこと、出来る訳ないでしょ! ていうか、どうしてそんなことしなきゃならないの~~!?

そんな慌てふためく私に、秋月は言う。


「だって、シスコン野郎のせいで流香先輩と二人っきりになれなかったじゃん。もっと俺、先輩とイチャつきてーもん。さぁ、先輩!」


恥ずかしい素振りなんて微塵も感じさせない秋月の発言。両腕を広げ、眩しいぐらいに満面な笑顔で私を見てきた。そこへ颯太が、「っざけんな!」と怒鳴り散らす。


「マジで調子にのってんじゃねーよ秋月! さっさとそこから離れろ!」


ガシッと秋月の胸ぐらを掴み、猛抗議する颯太。そして、私は何故、この時弟を止めなかったのか後悔する。このあと言った颯太の言葉に、クラス中の時間が止まったからです。


「つーか、てんめ~~~よくもねーちゃんにキスしやがったな!」


………………。

チ――――――――ン。


固まりました私。

私だけではありません。沙希も智花も柚子も、そして教室にいるクラスメートたちも、颯太の張り裂けんばかりの罵声に固まりました。教室中が、沈黙の空気に包まれる。誰もが反応することが出来ない空気。衝撃的な内容で、みんな、理解するのにかなりの時間を要しているみたいな……。

私もです。まさかの事態に対応出来ない程、思考がストップしました。そんな空気を破ったのが、やっぱりコイツ、秋月です。


「何だよ。たかがチューぐらいでガタガタ騒いでんじゃねーよ。んなもん、とっくに俺と先輩は何回もしてるっつーの。な、流香先輩!」


…………………。

チ―――――――ン。


今度は颯太も固まりました。


「な、な、な……」


何かを言いたいけど、思うように動かない私の口。すでに顔は火が出そうなぐらい真っ赤。そんな私を見て、ニヤッと不敵に笑った秋月は、トドメをさすかのように言う。


「すぐに先輩を俺の物にしてやる。だからまた後でチューしよ? あの野郎を忘れる程、濃厚なやつ」


再び秋月による、私から『あっくん追い出し』宣言が発動されました。

な、な……な、何てことをみんなの前で言うの!? 秋月の……秋月の……。バカァ――――――ッッッ! 


「い、い、い……いやああぁぁぁ~~~~~~~~っっっ!」


私の大絶叫を皮切りに、一気に教室内も止まった時間が動き出した。

もう、メチャクチャです!


「ちょ、ちょっと流香! いつの間に!?」


驚きを隠せない沙希が、私の肩をガクガクと揺さぶる。


「秋月――っ! 今何つった!? 何回もって言ったかこの野郎ぉ――――っっ!」


沙希とは反対に、ど憤慨の颯太は、秋月の胸ぐらを掴んだまま揺さぶる。


「うっそ、マジで!? やるじゃない秋月楓! もうそこまでいったか!」


何故か秋月を褒めている智花。どこかしら、「待ってましたこの展開!」て言ってるような気もする。


「いやあぁ~~~~ん! 何それ、何それ~~!? やっばぁ~い、超ドキドキ~! 最高~~!」


そして大喜びの柚子。こちらは本当に、待ち兼ねた状況に大歓迎の雰囲気です。クラスメートも、にわかに興奮状態。ざわざわとあちらこちらで、


「進んだか!」

「頑張れ秋月くん!」

「いい加減、落ちろ真山!」

「真山さん、もう観念して!」

「つーかいっそ、この場でキスしたれ!」


と、聞こえてくる気がした。

ぎゃああぁ~~~~~~っ! 何でこんなことに!? 昨日の今日で、一気にみんなにバレました! よりにもよって、一番バレたくないものを沙希たちのみならず、クラス中にバレました! 

わたわたしている私へ一斉にみんなが詰めかけてくる。詳しい話を聞きたい素振りのみんな。

ヒ~~~~~ッ! さ、最悪です! とてつもなく最悪な展開です! もう、私はどうすればいいのか混乱しまくりです。

そこへ、秋月が更に惑わしてくる。


「おらぁ! テメーら、俺の女にそれ以上近付くんじゃね――――!」


お、俺の……? 黙れ秋月――――――――っっ! 調子に乗らないで! 





□□□□□□□





「おい、いい加減離せ弟! 流香先輩んとこ行けねーだろっ!」


流香が沙希やクラスメートたちに囲まれている最中。楓は、まだ颯太に胸ぐらを掴まれたままだった。


「うるせー! 行かせるかぁー! ぜってぇ、許さねーからな!」


流香の所に行きたそうな楓を押し留める颯太。かなりの怒りを楓にぶつける。

自分のたった一人の姉が同い年で、しかもこんなふざけた奴から何回も手を出された事に怒りが頂点へと達しているためだ。

そんな颯太へ、楓はグッと先程から沸々と沸き上がってきている感情を堪えている。誰にも気付かれていないが、にわかに自分の中を駆け巡る衝動。自分に対しこんな真似をして、今までだったら問答無用で殴り飛ばす所をそれを必死に抑えた。

変わろうと決めたからだ。今までの自分と決別し、流香と一緒にいるために。

それに今は、颯太に気を向けている場合ではないことも彼は熟知している。


「離せよ弟ぉ。『切れる』だろ」


誰にも聞こえないように、颯太へ向かって小さな声で言う楓。


「あ゛ぁ!?」


それを颯太は喧嘩腰に答える。

楓の『切れる』を『キレる』と受け取ったからだ。楓の胸ぐらを更にきつく締め上げ、「やってやろうじゃねーか」と挑む。

しかしそんな彼を無視し、何やらゴソゴソと流香の机の中から手を出した楓に颯太は眉をつり上げた。そして、思わず「あっ!」と声をあげそうになる。急いで自分の口を抑え、颯太は楓が手にしている物を誰にも。特に、流香に知られないようにした。それを見た楓は、「懸命じゃん」とだけ告げる。


「な、何でそんなのが……?」


楓の手に持たれている物。それを見た颯太は、絶句するしかなかった。


「丁度、手首をザックリ切る場所に仕込んでやがった」


ボソッと颯太に向かい呟く楓。彼が持っている物。それは、バタフライナイフだった。

閉じたままではない。しっかりと剥き出しのナイフが、颯太の目に飛び込んでくる。

ゾッと背筋が凍るのを感じた。姉が狙われている、その一端を目撃してしまったからだ。と同時に、颯太はハッと気付く。楓が流香の先回りをして、彼女の席に座ったのは……。


「秋月。ねーちゃんの机に、何か仕込まれてるって……分かってたのか?」


恐る恐る聞く颯太。それに楓は、固定用に使われていただろうガムテープも、流香の机の中からビリビリ剥がしながら答えた。


「ちげーよ、用心してただけだ。流香先輩には気付かせなかったけど今朝、先輩の下駄箱に剃刀があったかんな。こんなん、予想もしてねーよ」


次第に目を細める楓。パチンとナイフを閉じ、ガムテープと共に自分のポケットに閉まった彼は、未だ愕然としている颯太に向かって告げる。


「流香先輩にチクんじゃねーぞ。怖がらせたくねー」

「い、い、言えるか」


まだみんなに揉みくちゃにされている流香を見て颯太は即答する。「言えるわけねーだろ」と付け加えて。

颯太の言葉を確認した楓は、「ふぅ」と嘆息しながら額に手を添える。とりあえず、流香にこのことが知られるのを免れた。でも、どんどん沸き上がってきた感情に、自分が呑み込まれそうになるのを感じる。


「あ゛ーヤベェ。『戻り』そう」


楓は必死に堪える。昔の、『中学時代の自分』を懸命に押さえつける。昨日といい今日といい、妙に自分の神経を逆撫でする状況だ。


「俺にケンカ売ってんのか?」


そう感じてしまう。自分の中にある衝動を、まるでつつかれているような。

でも耐える。昨日はつい、流香が危険な目に遭って昔の自分に戻りかけたけど、その流香がいたお陰で戻ることはなかった。流香の涙と自分を呼ぶ声が、堕ちそうだった自分を救ってくれからだ。だから今も、自分自身と戦っている。流香に頼らずとも己を抑制出来るように。彼女のそばにいるために。一緒にいたいがために。前の自分を、懸命に封印する。

それこそが本当の意味で、彼女と一緒にいられるような気がするから。

そして彼自身、変わると決めたのだから……。


そんな楓を、颯太は自分の目を疑うように見ていた。いつもと違う彼の様子。額に手を添えられた顔は、大部分が隠されている。だけど、指の隙間から垣間見える楓の鋭い眼光と、僅かに上がっている口角が添えられた手を通り越して見えるように感じられた。

心の中で「なんつー顔をしてるんだよ」と思った。そして、本能的に「コイツはヤバイ」とも思った。あれほど頭にきている楓の胸ぐらを掴んでいた手を、思わず離してしまう程。


そんな颯太とは裏腹に、楓はやっと抑えこんだ感情を確認すると額から手を離し、颯太を見る。


「何見てんだ弟。野郎に見つめられる趣味はねーぞ」

「はっ?」


呆然と楓を見ていた颯太はここでようやく、いつの間にかニヤッと不敵に笑っている彼を認めた。


「俺、流香先輩にはいつでも……つーかむしろ、いつまでも見つめて貰いてーけど、弟のテメーじゃなぁ~。うぜーとしか言いようがねー」

「はぁっ!?」


いきなり元に戻った楓へ向かって、すっとんきょうな声を出してしまった颯太。それを楓は、更にアホ声を出させるような言葉を告げる。


「まぁでも、テメーは近い内、俺の『弟』になるわけだかんな? しょーがねー……おら、しっかり目ぇかっぽじって未来の『兄』を拝めよ」


偉そうに言う楓。そしてその未来を想像して思わず顔がニヤけてしまう自分がいるのを感じた。何とも嬉しく楽しい日々。想像するだけで、たまらない。

次第に自分の心が先程の衝動とはうってかわってウキウキしていることに気付いた。これは是が非でも自分を抑える技を身につけなくてはと、決意を新たにする。

とりあえず直ぐ様、流香を狙う不届き者をとっとと見つけだす所から始めてみようと考える楓。相手を見つけ出さないことには、おちおち流香を口説けないと思っているからだ。


「は、はぁぁ~~~~?」


そんな楓に、再びすっとんきょうな声を出す颯太。頭の中で、「今コイツ何て言った?」と思考を巡らす。そして気付いた。


「テメーが『義兄』!?」

「おう!」


驚きと共に発せられた自分の声に合わせるかのように、ウキウキしている楓の声を聞いた気がした。

颯太は一気に顔面が蒼白になるのを感じる。こんなメチャクチャな奴が、自分の姉の……を、狙ってると。

それ以上は考えたくなかった。楓がウキウキとする日々は、颯太にとって到底受け入れ難いものだからだ。あり得ない。しかも昨日、その姉が彼の毒牙にかかり始めてることも知ったばかり。


「嫌だぁ――――――――――――――――っっ!」


思わず叫びたくなる……というよりも、叫ばざるを得ない颯太。まさか、彼がすでにそこまで考えているとは思いもしなかったのだ。そんな颯太を他所に、楓はさっさと流香の下へ何事もなかったように行こうとしている。


「せんぱ~い。おらぁ、どけテメーらぁ! 先輩は俺のもんだっつーの! 気安く近寄んな、触んな!」

「おめーが近付くなぁ――――っっ!」


楓へ向かい、大絶叫の颯太。確実に身の危険を感じた。自分の姉の。


「ねーちゃん逃げろ~~! あ、秋月がぁ――――っ!」


必死に流香へ注意を呼びかける颯太。バタフライナイフの時とは違った意味を込めて、流香は狙われている。キスなんてまだまだ生易しい。そうハッキリと、颯太は気付いた。誰かがアイツを止めなくては、大事な姉の……もう無理! 本当にそれ以上は、考えたくもない。

やはり楓には、ちゃんと自分が見張っておかなければならないと改めて決意する。

諸々の総合的判断により、すでに颯太の中で楓は天敵中の天敵に確定された。何が何でも! 弟の自分が、楓の魔の手から姉の流香を守る! 


でも、そんな楓へ認めざるを得ないものもあることをこの時颯太は気付いていた。流香の下へ行く楓を追いながら、颯太は篤の言葉を思い出す。楓がいなければ、流香が危なかったという事実。実際に目の当たりにしたからこそ、認めざるを得ない。流香の机に仕込まれたナイフのことを思うと、もし、気付かなかったらと思うと。再び背筋が凍りつく。

心の中で舌打ちをしながら、颯太は今日ばかりは楓が流香と一緒にいてくれて良かったとも思った。認めたくないが、楓は確実に流香を守ってくれており、そして、タダ者ではないと感じ始めている。

颯太の中で新しく植え付けられた楓への印象。先程、自分が感じた楓の異常な雰囲気を初めて見て危ない奴だと思いながらも、でもそれ以上に、危険な状況に立たされている姉を思えば矛盾しているが、少しばかり安心してしまう。

コイツがいれば、なんとかしてくれるかも、と。


同時にふと、今回のことで颯太は思う。流香に止められてはいるけれど、哲平のことを楓にちゃんと伝えた方がいいのではないか? 

しかし、その考えもこのあと、すぐに打ち消される。


「きゃああぁ――――! あ、秋月、何すんの――!?」

「え、何って先輩。あっつ~い抱擁に決まってんじゃん」

「ほ、抱擁!? って何!?」

「てんめ~~秋月ぃ――――――! ねーちゃんに抱き着くなぁ――――――っっ!」


流香を危険な状況から守る。それはいい。ただ、それ以外の話は全く別物。

クラス中から浴びている視線の中、遠慮無しに楓に抱き着かれている流香。すかさず楓を慌てて止めに行く颯太は、この時すっかり哲平の件を忘れていた。

そして、その後やはり楓に伝えることにした。


流香が消えたからだ。


今回で颯太の楓に対する印象が少し変わりました。

まぁ根底は変わりませんが(笑)


いよいよ次章より哲平にまつわるあれこれが展開していきます。

流香に対する悪質な嫌がらせはやはり彼なのか?

もし彼だったとして、その真意は一体何なのか?

お楽しみいただけたら幸いです。

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