私はあんたの何なのさ④
「先輩!」
――ガバァッ
「ふぇ? ……ひっ! って、きゃあああっ!」
不意に私は背後から誰かに抱きつかれた。いえ、誰かなんて回りくどいですね。私、その誰かを知っています。
こんなことを学校の! まだ他の生徒がちらほらいる廊下で! 遠慮なしに異性に抱きついてくるやつは、あいつしかいない!
「へっへ~。先輩、ドキッってした?」
「秋月――――――! あんたはぁ! 何すんの? 離してよっ!」
「やだっつーの。先輩、さっきから呼んでんのに無視したから」
見事こちらの要求は却下されました。いや、そもそも要求をのむような人間ではないことぐらい分かってるでしょ自分!
私を背後から抱きついてきた人物。今年、演劇部に入ってきた一年生の秋月楓。……こいつが、『あいつ』です。
「無視したんじゃなくて気付かなかっただけでしょ! は~な~し~て~っ!」
バタバタともがく私に、秋月はベッと舌を出す。
「そんなん知らねーもん。ねぇ先輩、ドキッってしたでしょ?」
このやろう! しまいには頬ずりまでしてきやがりましたよ!
いけない、いけない。口が悪すぎました。
渾身の力を込めて、秋月から逃れようとする私。でも、ガッチリと組まれた腕は微動だにしない。
「ねぇ~先輩答えてよ。ドキッてした?」
「はぁ? 決まってんでしょ! いきなり後ろから抱きつかれたら、誰でも驚くでしょーがっ!」
あ、これはまずいかも。下校中の他の生徒たちからの視線が、私たちへと向けてられてくる。それに気付いた私。まぁ、これだけ騒いでいる私の自業自得でもあるんですが。どこからともなく、黄色い声も聞こえてきさえします。最悪~~。今私、格好の見世物だよ。
それというのも、あまり公の場でされるべきではない行為を私がされているからですね。だけどそんな私には構わず、なにやら不満らしい秋月は舌打ちをしてきた。
「……っち。そんな反応つまんねーよ。もちっと面白くしてくんないと」
今、舌打ちしたかこいつ! てゆーかなに? もっと面白くぅ~~? 私はあんたの先輩なんですけど?
「いつもいつも人のことバカにして~~! あんた何様のつもり?」
身動き出来ない体勢ながらも、首だけは辛うじて動くので、私は秋月に顔を向けた。すぐそこには秋月の顔がある。そんな彼が私に対し発した言葉がこれ。
「え、俺様。もしくは秋月楓様」
カッチ――――――――ン
えっと、ここまでくればお分かりになるかと思います。私が部活へ行くのに足が重くなる理由。それがこの、秋月楓です。見た目は通った鼻筋にきめ細やかな肌。澄んだ大きな瞳に長い睫毛。アッシュカラーの長くも短くもない髪はサラサラでかなりのイケメン君。しかも、むかつくぐらい長身。まだまだ150センチに届かない私に対する当て付けと言わんばかりに、余裕で175以上はあるし! それは個人的に物凄く置いとけないけど、とりあえず置いとくことにします。
最初、秋月が演劇部に入ってくれた時は他の部員と一緒に喜んだものです。あまり注目されにくい部だったけど、彼が入ってくれたことで少しはこの演劇部も活気づくと思っていました。だけど。
「罰として先輩、このまま俺に抱かれながら部室行きね」
ニコッ、と。きっと何人もの女の子を一瞬で落とせそうな、そんな笑顔で秋月は私に言ってきた。だけどそれに騙されない私は、即座に反論する。
「はああ~? 罰ってなんでよ! 気付かなかっただけでしょ? どうしてそれで私があんたに抱っこされなきゃならないの!」
よちよち歩きの赤ん坊じゃああるまいし! 意味わかんない! 演劇部の救世主……は、言い過ぎかもしれないけど、でもそれに近いぐらいには思っていたのにぃ! まさか、こんなにふざけたやつだったとは夢にも思いませんよ。しかも、そういうふざけたことはなぜか私限定だしね。きっとこの身長の低さと童顔のせいで舐められているんだよね……私。
自分でも自覚してますよ。私がどう間違えても高校生に見えないってことぐらい。それが先輩発言してジタバタしているもんだから、さぞ面白おかしく滑稽でしょうよ。やーいやーいチビ~。外せるもんなら外してみろよ~。
そんな心の声が秋月から聞こえてきたような気がする。圧倒的な身長差で上から覆いかぶさってきてるから、もはやそれしか聞こえません! くやしいぃ~~~~~~。
「う~ん。でもこのままじゃあ歩きにくいしな~。じゃあ先輩、これで勘弁してやる」
「へ?」
次に何をされるのかと身構える前に、私は秋月に軽々と抱えられてしまった。年齢からすればお姫様抱っこに相当する体勢だけど、私の見た目からだと本当にちっちゃい子がお兄ちゃんに抱きかかえられてる感じです。って、まさか本当に抱っこされるなんて!
「きゃあああ~! 羨ましい~~っ!」
そんな声がどこからか聞こえた気がする。でも私は構ってられなかった。えぇ、構っていられませんよ。なんていったってプライドを踏みにじられ、なおかつ今まで経験したことのない高さまで一気に目線を上げられたんですから。
「ひっ! きゃあああああっ! な、なにすんの、やだ! 降ろしてよっ!」
「あぁ先輩、この高さは初めて? 良かったね! 軽く160センチデビューしたじゃん」
もうブチギレそうです。
「視線の高さだけじゃない! 恥ずかしいでしょ、この格好はっ!」
「俺、別に恥ずかしくないから。じゃあ行こうか? お姫様」
腕の中で暴れている私をよそに、ニヤッと不敵な笑みを浮かべる秋月。バカんしてバカにしてバカにして~~~~~~!
秋月にはあまり知られたくないけど、慣れない高さへは確かにチビな私にとって恐怖するものです。しかも、それが地に足がついていないとなればなおのこと。不安定で恥ずかしい恰好を余儀なくされているものだから、私が暴れまくるのも必須。それが人を小馬鹿にするような後輩からもたらされたものなら余計。
私の意識は、恐怖やら怒りやら恥ずかしさやらで支離滅裂となっていった。だけどそんな私の心情をよそに、当の後輩本人である秋月はいかにもシレッとした面持ちだった。
「先輩、あんまり暴れるとパンツ見える。つーか見えてる」
――ガバァッ
顔が一気に熱くなるのを感じながら、私は慌ててスカートを手で押さえた。
「なんだ残念~。けど先輩」
私を抱えたまま耳打ちしてくる秋月。そして次に発してきた彼の発言により、支離滅裂となっていた私の思考は速攻で一点に定まる。
「俺、ピンクの花柄より、レース着いてるパンツの方が好き」
「知るか――――――――っっ!」
――バッチーン
私は秋月に必殺の張り手をくらわしてやった。えぇ、くらわしてやりましたよ! みたか! 人のこと散々馬鹿にしたんだから、そこで悲鳴をあげている女子! このくらいさせてくださいっ!




