戸惑う心に忍びよる影⑪
本当にそう思っているらしい颯太は、あっくんに愚痴を溢した。
颯太は本気で目障りなんだ……秋月が。
何やらあっくんにお願いしてる弟に、私は無性に汗が出た。
そ、颯太、何を言ってるの。それは秋月に対してあんまりだよ。
だけど、あっくんが颯太をなだめながら言った言葉に私は驚いた。さっきした溜め息がどこかへ吹き飛ぶぐらい。
「まぁまぁ颯太、落ち着けよ」
そう一言、颯太に告げるとおもむろにあっくんは私の頭をポンポンと撫でてくる。
「そんなに秋月を悪く言ってあげるなよ? 今日はアイツのおかげで、流香は助かったんだから。な! また送ってもらったんだろう? 安心したわ、俺」
「え!? ……う、うん」
ニカッと笑いながら私を見るあっくん。いきなり話を降られながらも、私は驚きを隠せない。秋月のフォローを、あっくんがしてくれたからです。散々秋月に噛み付かれてきたのに、何でもないようにしてる。
す、凄い、な。爽やか過ぎるよ、そのフォロー。
そして思ってしまう。やっぱりあっくん、いいな……って、本当に私、馬鹿じゃないの!? 我ながら自分が情けなく思えてしょうがない。また、あっくんにときめいてしまったからです。報われない想いなのにこれ以上、気持ちを積み上げてどうするのよ。
私の中に根強くある、あっくんへの恋心。そして、なかなか消えてくれない恋心。はぁ~~~~~~。
深く項垂れる私を他所に、颯太が眉をひそめながら、私とあっくんに聞いてきた。
「何の話?」
いぶかしがる颯太。秋月のフォローをしたあっくんに、納得がいかないみたい。
そうか、颯太はまだ知らなかったんだっけ。私が再度、狙われていることを……。
あとからだと文句を言われかねないので、一先ず、私は颯太に教えてあげることにした。今日あった出来事をなるべく分かりやすいよう、順序だてて。
「な、何だよそれ……」
私からの説明を聞き、今までにも増して顔面を蒼白にする颯太。話を聞いて、あわよくば私が死ぬかもしれない状況だったことにとても動揺している。
「どーして、ねーちゃんがまた狙われなきゃなんねーんだよー!?」
「落ち着けって、颯太」
錯乱し始めた颯太を止めるあっくん。そんな弟に、私も呟いた。
「私にも分からないよ……」
本当に分からない。何でこうも連続して私に危険が及ぶのか。
ただ一つ分かることは、今回は相手が『男子』であるということだけ。野球ボールもブロック塀も、女子には無理な行為だから。
「ねーちゃん、野郎に恨まれる……ってことはねーじゃんかよ」
「当たり前だろう颯太。ってゆうか流香は元々、恨みを買う奴じゃないぞ?」
うーん、と唸りながら必死に考えている颯太。それに向かって、嘆息をするあっくん。私も良く分かっていないけど、二人の方が更に分からないといった雰囲気。
女子に恨まれることは……まぁ、おいといて。男子に恨まれる理由がそもそも不明だもんね。基本私、男子の目に止まりませんから。いや、チビだから視界に入りずらいという意味じゃなくて。
「流香、何か心当たりは?」
あっくんが、私の頭を再び撫でながら聞いてくる。そんなあっくんに「撫でてこないで!」と思いながら、私は思考を巡らした。
「心当たり……うーん……」
首を捻らすけど、思い当たるものが……。あれ、でも何か引っ掛かりが……。そういえば私、最近あったんじゃなかったっけ?
喉元まで出てきそうでなかなか出てこない記憶。そこへあっくんが私に最大のきっかけをくれた。
「最近、何か変わったこととかねーのか? 変な奴とか、怪しい奴を見かけるとか」
「変わったこと…………。うーん…………………………っ!?」
私は、あっくんに聞かれてようやく思い出した。そして、何で今まで思い出さなかったのかと不思議に思う。そういえば私にはあるじゃない。『男子』に関わった、あの時が。
“真山先輩、ごめんね?”
“これから、真山先輩は色々と大変な目に遭うけど、楓のためだから。頑張ってね”
哲平くん、もしかして……これはあなたが? ハッとしている私に、心当たりがあるのだと、そう感じ取ったあっくんが聞いてくる。
「流香、あるんだな?」
ギクリとする私。でも確証がないことでもあるから、上手く言えない。口をもごもごさせていると、あっくんにしては珍しく、眉間にしわを寄せながら私の肩を掴んできた。
「なぁ、言えないことがあっても、せめて、俺や颯太には言えよ? 幼なじみで、家族だろう?」
真剣な表情で私を見るあっくん。そこでようやく、何で彼がうちに来たのか分かった。今日のことを私から色々、聞き出そうとするために来たんです。心配で、わざわざ来てくれたんです。
それを嬉しく思いながら私は考える。あっくんと颯太。この二人になら話をしてみても……いいのかな? 他の誰よりも、私と一緒の時間を共有してきたこの二人になら。いや、だからこそですね。私が抱えている哲平くんへの疑惑を、この二人には話すべきなのかもしれない。
「え、えっとね」
話が長くなるので一先ず私の部屋へ二人を招き入れた。そして、私はあっくんと颯太になるべく分かりやすいようにゆっくりと話始める。これまで巡らせていた、私の考えを。
小一時間ぐらい説明したかと思う。私が暴行を受けた日に部室まで送ってくれた哲平くんの不信な言葉。それに連なって、沙希から聞いたタレコミの話。この二つの関連性。状況的な背景を織り交ぜ、哲平くんがもしかしたら関わっていたのかもしれない。そこまで話した。
ただ、本当に確証がないので私の思い違いである可能性も示唆したけれど。
私の話を黙って聞いていたあっくんと颯太。揃って難しい顔をする。といっても、あっくんの方は何か考え込んでいる顔で。颯太は、途中から頭がこんがらがってきたとでも言いたげな違いはあるけれど。
「秋月と沙希たちには言ってないんだ。……多分、物凄く心配するだろうから」
「それは正解だったな、流香。こんなこと……小林たちが聞いたら、殴り込みしかねねーし、秋月も……混乱するだろうしな」
ポンポンと私の頭を撫でてくるあっくん。まるで妹に良く出来ましたと言ってるような、そんな感じです。ははっ、もう別にいいですけど。
「森脇って、あの赤い髪してる奴だよなー? いっつも秋月とつるんでんの。んー? 意味分かんね――! 秋月はねーちゃんのこと好きなのに、何でダチの森脇がねーちゃんを狙うんだー?」
サラッとあっくんの前で、秋月が私を好きなことを暴露した颯太。「きゃあ!」っと思わず顔が赤くなりそうだったけど、「そうだな~」と相槌を打つあっくんの様子を見て、あ、もう別にいいんだと引っ込める。そしてそのあと、あっくんが発した言葉にギョッとした。
「流香に秋月を取られたから……とか? 焼きもち妬かれてるんじゃないのか?」
な、何を言ってるのあっくん。
「うげっ、変なこと言うなよあっくん。ややこしくなる」
同感です。ぶほっとしている私たち姉弟にあっくんは、ははっと笑って「冗談だよ」と言ったけれど、半分本気で言ったなと私は思った。だってあっくん、私たちの反応に微妙に汗を垂らしてるし。でも。
「哲平くん、中学から秋月と友だちみたいだし……そういうことなのかな?」
何となく、それなら辻褄が合うと納得してしまう。高校に入ってからここ最近、秋月は私にベッタリですから。今まで一緒だったのであれば余計に、友だちとして哲平くん、寂しい思いをしているのかもしれない。だから、私が邪魔と感じているのかも。
「えー!? ねーちゃん、何で森脇を名前で呼んでるんだよー!」
「え、だって本人にそう呼んでって言われたから」
全く関係ない所を突っ込んできた颯太に私は呆れたけど、それにしてはフレンドリーだったなとも思い出した。
「とにかく」
あっくんが区切りをつけるかのように告げる。
「森脇って奴が何か絡んでいるのは間違いなさそうだな。理由は本人に聞かないと分からねーけど」
私と颯太はコクコクと頷いた。そして姉弟揃って、
「あっくんはやっぱり頼りになるなぁ~」
と思う。言って良かったかも。私はふうと溜め息をついた。あっくんと颯太に、哲平くんのことを話せて、少しすっきりしたからです。疑惑も確証へと移った。私だけの考えならまだしも、あっくんと颯太も私の話を聞いて、哲平くんを怪しんだみたいだし。
そうだ、二人に言っておかなきゃ。私はあっくんと颯太に懇願する。
「あ、秋月には言わないでおいてあげて」
「え、何でだよねーちゃん! 真っ先にアイツに言っとくべきだろー!? テメーのダチ、何とかしろ! って!」
私からのお願いに、納得がいかなそうな声を出す颯太。それをあっくんが制してくれた。
「違うぞ颯太、逆だ。流香は、秋月を気遣ってあげてんだよ。そうだろう?」
ニカッとあっくんが、私に微笑みをかけてくれた。
本当にあっくんは凄いなぁ。何でも分かっちゃうんだね。
ときめきかけたけれど何とか押し留めた。だって、他のことには気付いても、肝心な所をあっくんは未だに気付いてくれないから。私が、あっくんのこと『好き』って所。
「つーか! 秋月の野郎、ねーちゃんにこれ以上近付くなってんだ! 全部アイツのせいじゃんかー!」
怒りがぶり返してきたらしい颯太。ムッとした顔で文句を言っている。私はそれをたしなめた。確かに今までのことは、全部秋月絡みだけど……。
「颯太、そんなことを言わないの! 秋月は悪くないでしょ? 秋月は反対に、私のこと守ってくれてるんだから!」
これが本当のことです。そしてだからこそ、一番に私のそばへいてくれていることでもある。
「またねーちゃん、アイツを庇ったな!?」
私の対応にますます憤慨する颯太。でも、「そうだけどさー」とも付け加えてくれた。実際に、秋月がいなかったら危なかったことを、認めざるを得ないみたい。そんな弟に、あっくんはクシャッと頭を撫でた。
「颯太、少しは秋月を見直してやれよ? 本当にアイツがいるお陰で、流香は無事でいるんだからな?」
「う、うーん……。すっげ~嫌だけど……」
諭すように言うあっくんに渋々とする颯太。まるで本当に兄弟のようなやり取りに思わず私は笑ってしまいそうになった。でも。そのあと発せられたあっくんのセリフに、度肝を抜く。
「ま、お前の気持ち分からんでもないけどな! アイツ、流香にくっつき過ぎで流石に俺も妬けたわ」
「ははっ」と笑うあっくん。
って! えぇ!? それ、どういう意味!?
動揺しまくりの私を放っておいて、颯太があっくんに「だよなー!?」と同意してる。そして二人して『秋月、流香にベタベタし過ぎ討論』を始めた。仕舞いにはあっくん、
「流香は、俺たちの流香なのにな~?」
って、笑いながら言ってるし!
幼なじみとしての発言だってことは頭では分かっているんだけど、あっくん、私の気持ちに気付いていないのなら、そんな思わせぶりな発言は控えて欲しいです!
私はこの時、本気でそう叫びたかった。これ以上、私を戸惑わせないでよ……と、思いながら。




